第6話【王朝】二 エールンドレの王国の官職

【エールンドレの官制・官職】


 エールンドレの官制は、王の家政機関なのか、国家の統治機構なのか、区別が曖昧である。要するに公私の境目が無いのである。それは、官職の様な公的な上下関係と血縁の様な私的な上下関係が混然としているからである。


 エールンドレの官制の組織系統も曖昧模糊としている。目に見える様な形で存在する「役所」が殆どない。官職に就いてる者が、歩く「役所」なのである。敢えて言うならば、官職に就いてる者の屋敷が「役所」なのである。

 独立した「役所」が有るとすれば、大まかに二種類しかない。「宮廷――シャーヒガーン」と「財務処――ガンジュ」だけである。どちらも、広い意味での宮廷シャフレスターンに存在するので、一種類しか無いとも言える。


 形の有無に関わらず、エールンドレの組織は次の六つに分けることが出来る。


 先ず筆頭に来るのは「宮廷――シャーヒガーン」である。エールンドレでは、国王と王妃の私生活の場、つまり奥を指している。主に王妃の侍女や婢女、使い走りから構成されている。

 「御前会議――ハンジャマン」は、王の玉座、つまり御座所で行われる最高意思決定会議である。この会議の参加者がワースプラガーンと言われる貴族たちである。

 「従士団――ジャウェーダナガーン」は、ワースプラガーンやアーザーダーンの子弟を集めて構成される。王の護衛や小姓たちである。単なる護衛ではなく、王の秘書として様々な仕事に携わる。ここでの活躍が認められた者たちが、御前会議のメンバーや様々な役職に登用される。また幼少の者については、一人前の騎士になる為の学校の役割を果たしている。

 「騎士団――アスワーラーン」は無役のアーザーダーンである。日頃は草原に馬や牛を追っているが、一朝事あれば、王のもとに馳せ参じるのである。アネールザンドたちの郷村に対応する世界である。

 「財務処――ガンジュ」とは、直訳すると金庫、宝物庫、大蔵という意味である。エールンドレの民政一切を担当する「民部卿――ワーストリョーシャーン・サーラール」の官庁である。エールンドレの中では、最も役所らしい唯一の場所である。

 「郷村――パーイゴース」は、王都パイテフトとウェーシャゲスターン森林の間に点在する村々のことである。各村ウィスの長がウィスベドであり。数村が集まって郷デフを構成する。数村を束ねるウィスベドがデフベドである。地方と言うか近郊の「貴族」たちである。まぁ、貴族と言うよりは豪族、庄屋、名主と言った方が相応しい。


 エールンドレの官職は、成文法で規制されている訳ではないので、基準が明確な訳でない。しかし、何となく序列は決まっている。それは長年の慣習である。

 以下にエールンドレの官職を列記する。ほぼ序列を表している。


◎シャフルダーラーン

  国王――パーディフシャー

  王妃――バンビシュン

  世嗣――パサーグリウ


◎ワースプラガーン

  宰相――ビダフシュ

  将軍――スパーフベド

  留守居役――アルグベド

  軍務卿――アルテーシュターラーン・サーラール

  国務卿――ダストヤール


◎ダストワール

  神祇卿――モウベド

  神官――モウ

  魔術顧問官――モワーン・ハンダルズベド

  占星術師――アフタルマール

  典医――ビゼシュク

  教授――ヘールベド

  法学者――ペーシャシール

  裁判官――ダードワール

  監督官――アスパーサーグ

  市場監督官――バーザールベド

  司祭――ゾート

  助祭――ラスピーグ


◎ウズルガーン

  民部卿――ワーストリョーシャーン・サーラール

  郷主――ディフベド

  村主――ウィスベド


◎アーザーダーン

  執事――ダル・ハンダルスベド

  侍衛頭――プシュティーガーン・サーラール

  侍衛士――プシュティーグ

  騎士長――アスワーラーン・サーラール

  廿人頭――ウィストベド

  主馬頭――アーフワッル・サーラール

  鷹匠頭――バーズベダーン・サーラール

  内匠頭――カーリーグベド

  関所頭――ディズベド(ェ・デルベンド)

  副官――パーダン

  上級騎士――アスワール・ェ・メフ

  騎士――アスワール

  小姓――アスワール・ェ・ジュワーン

 

◎ハームハルザーン

  宮内会計士――アーマールガール・ェ・エンデルーン

  侍女頭――パリスタラーン・マヒシュト

  不寝番――シャビスターンベド

  侍女――パリスタール

  財務官――ガンジュワール

  主計官――アーマールガラーン・マヒシュト

  徴税官――バージュワール

  会計吏――アーマールガル

  門番頭――ダリーグベド

  門番――ダリーグ

  足軽頭――パヤーダガーン・サーラール

  徒士――サルワズ

  看守――ゼーンダーンバーン

  足軽――パヤーダグ

  使い走――パイグ


 上に揚げた官職や称号の中から、主要なものを抜粋し、以下で紹介する。



【国王――パーディフシャー】


 エールンドレの国王の称号は様々である。シャー、パーディフシャー、ラデェ・エールザンド、スぺナーグ・フワダーイ等である。即位式の折は、「エールザンドのラド(長)、エールザンドとアネールザンドのパーディフシャー(守護者)、エールンドレのフワダーイ(主)」などと仰々しく名乗っている。陛下に該当する二人称として、ショマーバヤーンと呼びかけられる。それは宮廷内での格式ばった呼称である。世間一般では、シャーと呼ばれている。

 「エールンドレの国王」という意味では、エールンシャーとも呼ばれる。「エールンドレの国家」なら、エールンシャフルである。「エールンドレ」と言うのは、国号ではなく地名なのである。「エールン」と言うのは、エールザンドのことである。国家が土地に根差しているにも拘らず、国家を土地ではなく人の集まりと把握しているのである。

 国王の軍旗はカイ・ドラフシュと呼ばれる。その軍旗には天の中心軸である北極星メーヘェガーが描かれている。カイ・ドラフシュは国王の統帥権を象徴している。


 エールンドレは無文字社会である。国王を掣肘する憲法などは無い。しかし、国王は立法、司法、行政の大権を欲しい儘に震える訳ではない。宗教や習慣などの不文律によって拘束されているのである。

 ハルボルズの天険に護られたエールンドレでは、対外危機など、そうそうに起こるものではない。従って、国王に強力な指導力を期待される様な事態も、なかなか起こらないのである。国王は、国政の通常業務も、危機対処も、御前会議ハンジャマンで重臣たちと合議の上で決裁する。


 王は王であると同時に神官である。王と神官は宇宙の秩序の体現者であると考えられている。その為、王と神官の体には傷一つあってはならないとされている。だから、王が一滴でも血を流すことは大事なのである。王に対する危害行為が戒められるのも、その為である。

 エールンドレでは血で血を洗う様な王位継承争いは起きたことが無い。少なくとも、その様な言い伝えは知られていない。王を強制退位させたり、継承候補者を退場させるために、目を焼きつぶして失明させる方法が知られている。史実として知られたことが無くても、実際に行われたかもしれない。

 不可抗力の病気や負傷で、王の体に欠損が生じた場合、自然と退位の条件に成る。この様な例は、老齢を除くと殆どない。


 王位の継承順位は、特に決まっていない。王の長子が世嗣パサーグリウに指名されて即位するのが典型例である。兄を飛び越して、弟が即位することも有る。王の兄弟が即位することもある。

 エールンドレの王位継承は、基本的に父系による継承の様に見える。しかし、母系継承が行われた節も有る。代々言い伝わってきた王の名前の中には、女王と解釈した方が自然なものも存在するからである。

 エーレンドレの下々の民の相続は、基本的に父系であるが、母系も可である。王家が似たような継承をしても、不思議ではないのである。


 エーレンドレの王と騎士たち、所謂エールザンドたちは遊牧民の様な生活を送っている。王都ペイテフトに留まるのは冬の間だけである。春分ノウルーズが過ぎると、ウェーシャゲスターンの森を越えてラーグ草原で、春夏秋を過ごすのである。

 恐らくエールザンドの祖先たちは、他所からエールンドレにやって来た遊牧民なのであろう。しかし、時代が下るごとに遊牧生活は形骸化しつつある。都市生活を嗜好する様になるであろう。

 しかし、王の移動は、家畜を追うよりも、地方巡幸と言う意味も大きい。エールンドレの中は遠い所でも、半日で移動出来る。ただ、地方の貴族や民衆と直接顔を合わせる意味は少なくない。そのことにより、国全体の一体感を強め、平和と安定を保つのである。エーレンドレでは王は雲の上の人ではないのである。



【従士団――ジャウェーダナガーン】


 エールンドレの王の側近は驚くほど少ない。アーザーダーン身分の者が二十人ほどである。エールンドレは人口も少なく、人材も少ない。その代わり、多忙を極める様なことも無いのである。

 国王の側近の筆頭は「執事――ダル・ハンダルスベド」である。ダル・ハンダルスベドとは戸口(宮廷)の相談役と言う意味である。これは近衛兵の長「侍衛頭――プシュティーガーン・サーラール」と兼任することも有れば、別々に任じられることも有る。別々に任じられた場合、侍衛頭は副執事的な地位に成る。

 執事の職掌は、王の側で給仕もするが、王の「従士団――ジャウェーダナガーン」を統括することである。ジャウェーダナガーンとは常に居る者を意味する。大帝国では常備軍のことであるが、小国エーレンドレでは、王の護衛と秘書を兼ねたような存在である。執事は従士団の中で、好く経験を積んだ有能な者から任用される。アーザーダーン出身の武官であるが、文武両道を求められる。


 従士団はエーレンドレのワースプラガーン、アーザーダーン、ウズルガーンの子弟から集められる。人質と言う意味も有るが、若い貴族の教育機関と言う意味合いの方が強い。ワースプラガーン、アーザーダーン、ウズルガーンの中では、アーザーダーンの子弟が圧倒的に多い。

 集めらた子供は、小姓アスワール・ェ・ジュワーンとかワッチャーグと呼ばれる。前者は若い騎士で、後者は小僧ぐらいの意味である。それらの呼称は区別されていない。文官系貴族ウズルガーンでも、同じように呼ばれている。

 小姓たちは、宮廷の雑務をこなしながら、教師ヘールベドから座学で教養を学んだり、古参の騎士から剣技、槍術、弓術、馬術、狩猟や様々な作法を学ぶ。

 ウズルガーンの子弟も同様な課程を経るが、武術や馬術を習得する者は少ない。神官や文官を目指す者が圧倒的に多い。それは、アースラワーンになって、アーザーダーンに取り立てられて家畜を宛がわれるよりも、一族の土地を継承する方を好むからである。


 従士団の中で上位に位置するのは「侍衛士――プシュティーグ」である。定員は決まっていないが、十名を超えることが無い。侍衛士の仕事は、傍に侍って護衛するばかりではなく、王の身の回りの世話や御用の取次、外に使者に立ったりする。時には、専任の料理番に替わって、王に料理を供することも有る。特定の仕事は決まってない。王に命じられれば、何でも実行する。王の護衛兼秘書である。

 正規の侍衛士に成る前は、小姓として太刀持ち、弓持ち、日傘持ち、給仕や毒味役などに廻る。小姓の中で文武共に最も優秀な者たちが、侍衛士に任命されるのである。


 従士団の中で侍衛頭に次ぐのが、「主馬頭――アーフワッル・サーラール」と「鷹匠頭――バーズベダーン・サーラール」である。

 「主馬頭――アーフワッル・サーラール」は、王宮の東側にある厩舎を管理する。自分の従僕バンダグや王から遣わされた使い走りパイグを属下に置き、馬丁の仕事を手伝わせる。王や侍臣が使う馬を世話するばかりでなく、馬の調達も手配する。その為、ラーグ草原の牧場での馬の飼育や繁殖にも責任を負う。エーレンドレの馬政担当官でもある。

 「鷹匠頭――バーズベダーン・サーラール」は、鷹匠を統括するばかりでなく、猟犬番サグバーンなども支配下に置き、狩猟全般を管理する。王が狩りをする時は扈従し、狩りの手配一切を任される。

 特に重要なのは、王や貴族の狩場の管理である。獲物が尽きない様に考慮しながら、毎年狩場を割り振るのである。また森に棲む害獣の駆除も行う。エーレンドレの野生動物管理官とも言える。


 エーレンドレの国政では国王の内帑金と国家の財政は未分離である。しかし、国王や王妃が思うが儘に財物を使い放題に出来る訳ではない。国王や従士団に関わる出納を担当する者が「宮内会計士――アーマールガール・ェ・エンデルーン」である。

 ウズルガーン出身の小姓から任用される。立場的には、従士団と財務処の両属の様な職位である。ここから、主計官や財務官のキャリアを経て、財務処のトップである民部卿に昇進することが多い


 王宮及びシャフリスターンの警備は「門番――ダリーグ」の仕事である。王都の楼門を警備するのも門番に違いないが、エーレンドレでは王宮を警備する者のみを門番ダリーグと呼ぶ。

 彼らは騎士ではなく、歩兵である。歩兵の多くは、ハームハルザーン身分ではなく、無官のワルズィーガルである。ハームハルザーンに準ずる非正規職員の様な扱いである。正規の歩兵は徒士サルワズと呼ばれる。善く訓練された歩兵である。門番ダリーグは、徒士サルワズ身分の中の精鋭である。優秀な徒士サルワズの中でも、立ち振る舞いが善いものが選ばれる。王宮の正門ダルバースの歩哨に立つのが彼らである。

 ダリーグの定員は二十一名である。七名の組が三組あり、交替で任務に就く。七名の中、最も古参な者が「門番頭――ダリーグベド」を務める。門番頭は三名存在し、更に三名の中の最古参が筆頭になる。

 彼らは歩兵であるので、王の巡幸には扈従しない。王が不在の間も王宮を護るのが門番ダリーグの任務である。厳密には従士団と言えないかもしれないが、従士団として看做されている。


 従士団の下には、下僕バンダグや庶民ワルズィーガルの者が「使い走――パイグ」として使役されている。様々な所で雑務をこなしている。前者のバンダグが元々王家に隷属する奴隷に近い身分である。一方、後者のワルズィーガルは王領の村々から徴用された農民である。必ずしも、前者が後者よりも身分が低いという訳ではない。むしろ、前者は正規雇用の末端職員で、後者は短期の非正規職員の様な立場である。

 料理番ポフタンなども、身分的にはバンダグやワルズィーガルである。しかし、専門的な技能を持っているので、ハームハルザーンに近い扱いを受けている。

 楽師フニヤーガルも准ハームハルザーン的な扱いである。しかし、歌唱や演奏に優れた小姓や騎士、神官などが務めることも有る。王自身が優れた楽師フニヤーガルであることもある。


 他に従士団の中に数えられるものが、宮廷付きの神官たちである。彼らは神官顧問団モワーン・ハンダルズベドと呼ばれる。エーレンドレの宮廷魔術と言い換えても好い。

 宮廷魔術師の典型は教授ヘールベドである。学識に溢れた神官である。王や従士団の教育に当たったり、王の相談に乗ったりする。ヘールベドが

占星術に長けていれば、占星術師アフタルマールと呼ばれる。法務に精通していれば、法学者ペーシャシールである。

 また、医術に長けた神官は典医ビゼシュクと呼ばれる。エーレンドレの医師は、経験則に基づいた医術と祈祷などの呪術を用いて治療を行う。神官の中で医術に長けている者は少ないので、かなり希少な職業である。もし、異界との往来が活発であれば、進んだ医術を習得した外国人が典医に就任する可能性もある。



【王妃――バンビシュン】


 王妃は単なる王の配偶者ではない。国王の世嗣を産むことだけが職責ではない。宮廷の奥向き一切を取り仕切る。


 王妃も王妃の為の「従士団」を持っている。それは侍女団パリスターラーンである。侍女団も、ワースプラガーン、アーザーダーン、ウズルガーンの子女から集められる。王の従士団ほど規模は大きくない。また幼少から集めることも無い。年ごろになる手前の少女が集められる。花嫁修業の場であり、礼儀作法、機織りや裁縫、刺繍、料理などを学ぶ。

 アーザーダーンの娘の中には、従士団に混ざって武芸に精を出す者すらいる。そういうジャジャ馬娘も生暖かい目で見られている。将来、女のプシュティーグに成ることを期待される。

 エーレンドレの民の間では、女が馬に乗ることは忌避されている。要は女らしくないからである。しかし、シャフルダーラーン、ワースプラガーン、アーザーダーンの女性たちは、馬に乗るくらいのことは難なく出来る。別に女らしさを損なうこととは考えていない。中には、男勝りの武芸や馬術を披露する女性も少なからず存在するのである。

 一人前の侍女パリスタルの数は五、六名ほどである。見習の少女も十名前後ほどしかいない。乗馬の得意なパリスタールは王妃を護衛しながら夏営地に扈従するのである。そうでない侍女見習は宮殿に残ったり、里帰りしたりする。

 侍女たちの中の最古参者が、侍女頭パリスターラーン・マヒシュトと成る。王妃の女執事の様な役割を果たす。

 もしも、宦官が存在するならば、不寝番シャビスターンベドと呼ばれることであろう。エールンドレの大奥は大所帯ではない。貴族や富豪の家に毛の生えた程度の者である。宦官が居たとしても、極少数である。またエールンドレ出身者ではなく、異界から齎された奴隷であろう。

 王妃付きの侍女パリスタール以外に、料理番ポフタン、楽師フニヤーガル、典医ビゼシュクも居る。料理や演奏、歌唱の得意な侍女が兼任してることが多い。

 エールンドレに女神官という者は存在しない。しかし、王家の姫君や王妃は巫女の様なな役割を果たす。王が司祭なら、助祭の様な者である。王妃付きの典医ビゼシュクとは、ある程度医術を心得た侍女のことである。国王付き典医が医師なら、王妃付きは看護婦か助産婦の様な者である。


 その他に、王妃付きの会計士アーマールガールが存在する。これは男の役人である。王妃に立てられると、王妃領として一箇村を宛がわれる。その村の収入から、王妃の生活費、侍女たちの人件費、その他の費用が賄われる。王妃付きのアーマールガールの仕事は、その会計である。

 王妃付きのアーマールガールは、王妃領のウィスベドとの連絡役でもある。日常の側仕え以外の人手が必要な時、王妃領から人手が宛がわれる。


 夫たる王に先立たれ、王妃が未亡人になった場合、太妃シャフルマードと成る。王妃時代の所領を受け継ぐ。息子が王に即死し、妻を新しい王妃に立てると、新しい王妃は新たに所領を得て自分の侍女団パリスタラーンを形成する。その場合、旧王妃である太妃は宮廷を出て、王城内の屋敷或いは所領にて隠居生活を送る。しかし、太妃と王妃が宮廷内に同居する例も無くは無いのである。例えば、太妃と王妃が姉妹或いは母娘である場合、姑と嫁の確執は起こり難いからである。

 太妃が崩じたり、他の貴族と再婚した場合は、所領を王に返上する。新たな王と再婚した場合、地位は其の儘である。亡き王の兄弟とレビラト婚は、貴族から庶民に至るまで好くあることである。夫である亡き王の息子と血縁が無い場合、要するに義理の息子である場合も問題なく再婚が行われる。母子婚の言い伝えについては、実子なのか義子なのか、実は曖昧模糊としている。兄弟姉妹婚どころか父娘婚も有るので、有り得ることなのである。

 王妃バンビシュンは、シャフルダーラーンとワースプラガーンの家柄から立てられる。初代バンビシュンであるアーバーンドフトは、アーネルザンドのウズルガーンの家柄である。その家系が、どのような歴史を辿って現在に至ってるかは不明である。

 王族であるシャフルダーラーン家の者と結婚すれば、近親婚或いは従兄弟婚になる。ワースプラガーン家の者と結婚しても、従兄弟ないしは又従兄弟であることが多い。又従兄弟よりも遠縁と結婚することがあっても、全く血縁が無い者との婚姻は稀なのである。

 もしも、異界の国々と外交関係が有れば、異国から王妃が輿入れすることが有るかもしれない。その場合、エーレンドレの人間にとっては前代未聞のことなのである。


 エーレンドレの社会では、一夫多妻は問題なく行われる。王が王妃以外に妻を立てることも普通のことである。要するに側室チャガルである。側室は宮廷近辺の屋敷で生活をする。太妃や王妃に比べれば、生活水準や侍女団もささやかなものである。太妃や王妃の様な所領は無く、女の従士団員の様な扱いである。王から生活費を下賜される。

 側室は太妃や王妃の侍女が見染められて成ることが多い。皆、ウズルガーンの子女である。王との血縁関係は無い。有っても遠縁である。側室が産んだ子供が王に即位することも有る。その場合、側室が太妃として扱われることは無い。王の実母として、密かに大切にされることは言うまでもない。これは、近親婚を重ねる王家の中に新しい血を入れる手段かもしれない。



【世嗣――パサーグリウ】


 王子たちは、ただ単に息子プフルと呼ばれることが多い。その中で、次期王位継承者に指名された者を世嗣パサーグリウと呼ぶ。幼少時に指名されることは無く、少なくとも十五歳以上の息子が選ばれる。エールンドレの社会では、十五は成人の年である。男女ともに、人生の中で最も輝かしい年代と看做される。天国に昇った者は、永遠に十五歳の姿で居ると考えられている。


 王子や王女、その他王族は、幼少期は母親のもとで育てられる。王子や男子王族は、王の従士団に入れられる。そこで部屋住み扱いの様な待遇を受ける。相談役ハンダルスベドと護衛プシュティーグを兼ねる者が、傅役として一名付けられる。その他には小姓や下僕が数名程度である。

 十五歳以上で、ワースプラガーンやウズルガーンの家に婿入りすることが有れば、臣籍に降下することになる。成人の王族のままで居る場合、馬や羊などを宛がわれて牧畜生活を送ることになる。生活水準はアーザーダーンと大差ない。そのまま代重ねすると、ワースプラガーンやアーザーダーンの身分へと降下していく。


 世嗣パサーグリウになると、太妃や王妃と同じ様に一箇村を所領として与えられる。その費用で独自の従士団を形成する。王の従士団に比べると極々小規模なものである。

 世嗣は、エーレンドレの最高意思決定機関である御前会議ハンジャマンに出席する。国政に参加しながら、王の仕事を引き継ぐのである。

 また、王が夏営地に移動して王都に不在の時、世継は留守居役アルグベドとして王都を預かるのである。王都残留の諸官を統括するのである。



【御前会議――ハンジャマン】


 ここでは仰々しく御前会議と言う用語を当てた。本来、ハンジャマンとは寄合、集会のことである。村や町の衆が寄り合って話し合うことも、ハンジャマンと呼ぶ。宮廷の会議も、村や町の衆会も、特に区別すること無くハンジャマンと呼ばれている。

 この御前会議の参加者ハンジャミーグは、ワースプラガーンと呼ばれる重臣たちから構成される。建前として、国王が最終決定権を持つ。しかし、国王が欲しい儘に権力を振るう事は滅多にない。御前会議での決定事項が、国王の勅命と言う形で国家の意思を示す。つまり、ここがエーレンドレの最高意思決定機関なのである。内閣と立法府、最高裁を兼ねた機能を持っている。

 御前会議のメンバーは、宰相、神祇卿、軍務卿、民部卿と複数名の国務卿である。これらの者を狭義でのワースプラガーンと呼ぶ。


【宰相――ビダフシュ】


 ビダフシュを直訳すると「後見」である。モウベドないしは、それに匹敵する人望や見識のある神官や王族などが就任する。特に国王が幼少或いは暗愚や病気の時は、摂政として国政を取り仕切る。

 王が病気や老齢で国政に耐えない時、世継パサーグリウが務めることも有る。これは、世継が相当経験を積んだ場合である。

 常設の官職ではないが、宰相職が置かれることは珍しいことではない。



【将軍――スパーフベド】


 文字通り将軍である。平時には全く設置されない非常職である。人々も、英雄叙事詩の中でしか知らない。国王や軍務卿などを賛美する時に用いられるくらいである。もし、設置されることが有れば、宰相や神祇卿に並んで御前会議で多大な発言権を持つ筈である。

 そもそもエーレンドレでは、精一杯頑張っても、将軍と名乗るに相応しい規模の軍勢を集められない。



【留守居役――アルグベド】


 アルグベドとは城代くらいの意味である。国王が王都を留守にする時に、王都を守る重職である。世嗣パサーグリウが居れば、世継がアルグベドに就任する。

 世嗣が不在の時でも、序列の高い重臣たちがアルグベドに就任する。基本的に武官職であるので、神祇卿モウベドが担う前例は無い。大抵の場合、武官の最高職である軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールが兼務する。

 例外として、太妃シャフルマードが就任する前例が有る。最初の王妃アーバンドフトは、太妃になった後、アルグベドの任を果たしたという伝承が残されている。

 好くある例外として、文官の最高職である民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールが就任することも屡々である。王の在不在に関わらず、民部卿は王都内の民政の担当者なのである。世嗣や軍務卿がアルグベドに就任しても、しなくても、民部卿の職掌は大差ない。


 アルグベドの職掌は王都残留の諸官の統括である。諸官と言っても、文官系は民部卿の属下にある。主に、残留する武官であるアーザーダーンを統括する。

 具体的には、王宮の門番ダリーグや使い走りパイグ達、王都の楼門を守備する門番ダリーグ、王都に残留するアーザーダーンである。

 王宮のダリーグやパイグ達については、【従士団】の項目で前述したとおりである。楼門のダリーグ達は、王宮のダリーグに比べると、兵士としての質は若干劣る。しかし、正規の歩兵である徒士サルワズ身分である。その数は各楼門ごとに五名づつである。王都全体で二十名しか居ない。最古参のダリーグが各楼門のダリーグベドを務める。人手が足りない時は、近隣の郷村から足軽パヤーダグを徴収する。平時でも総勢二三十名ほどである。昼間の門衛から、夜間の城壁の歩哨などを手伝うのである。

 万一非常事態の時は、数百名の農民たちを足軽パヤーダグとして徴収する。楼門のダリーグ達は足軽パヤーダグを指揮する下士官の役割を果たすのである。しかし、その様な事態を想定した訓練は行われていない。


 残留アーザーダーンとは、職務上の理由で王都に残留している者が殆どである。アーザーダーンの家は約六十に及ぶ。その殆どが、夏は夏営地に移動する。残留者は十家に満たない。

 病気や其の他の理由により、王都に残留する者も若干存在する。その中には、遊牧生活を倦んで定住生活に憧れる者すら出て来ている。時代が下るごとに、その様な傾向が高まることであろう。

 職務上の残留者には、アルグベドの副官ないしは幕僚であるパーダンが数名いる。彼らは軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールの属僚も兼任する。何れの立場にせよ、パーダンは憲兵の様な役割を果たす。

 季節を問わず残留するアーザーダーンは内匠頭カーリーグベドである。この官職に就いては別項で後述する。


 エーレンドレは狭い国なので、王が王都を不在にしても、所在の把握は容易である。王に直接会見することも難しくない。しかし、各郷村から上がる様々な報告や陳情、異界との問題は、全て王都が窓口になる。それらの問題は、アルグベドを経て夏営地の王の下に報告される。



【軍務卿――アルテーシュターラーン・サーラール】


 直訳すると「軍人の頭」という意味である。アルテーシュターラーン・サーラールは軍旗ドラフシュを持つ。その軍旗には北の守護星ハフトーリング(北斗七星)が描かれている。しかし、エールンドレニは七つの星に擬える程の軍勢は存在しない。

 軍務卿は国防大臣という訳である。しかし、エールンドレに深刻な対外危機がある訳でも、膨大な軍事機構を有する訳ではない。平時では小隊から中退規模、有事でも大隊規模を集めるのがせいぜいである。民衆を根こそぎ動員しても旅団規模に満たない。

 軍事の役割は治安活動だとしても、民間での刑事事件は民部卿の属下の担当である。騎士たちが出動する様な大事件は滅多に起きない。せいぜい、国王の勅命で貴族や騎士を逮捕するくらいである。憲兵隊長的な役割を果たす。

 軍務卿の数名の属僚パーダンが付いている。これまた定員は不定だが、アーザーダーンから数名任命される。軍務卿の下で、憲兵的な役割や様々な雑務をこなす。


 軍務卿には、軍事・警察的な役割の他に重要な職責が有る。アーザーダーンと言うかエールザンドの動態把握である。無文字社会なので、戸籍も住民登録も無いが、アーザーダーンの個別情報を管理するのである。その職務の為に数名の会計吏アーマールガルが付けらる。ただし、このアーマールガルは軍務卿専属ではなく、民部卿からの出向である。

 アーザーダーンの年齢、能力、人数を把握することにより、其々に仕事を割り振る人事を行う。軍務卿の人事案を御前会議で審議することにより、王が採決することになる。

 そして、次に重要なのはアーザーダーンからの徴税である。アーザーダーンは、一般の民と違い、軍務を奉仕する代わりに様々な負担を免れている。しかし、全く納税義務が無い訳ではないのである。

 秋の大祭メフラガーンの時期に成ると、軍務卿はアーマールガルたちを引き連れて王の夏営地に赴く。王の夏営地は毎年変わるが、草原の中に聖樹が立つ所が幾つかある。メフラガーンの時、遊牧するアーザーダーンは一斉に王の下に集まるのである。そこで秋の大祭を祝うのである。

 メフラガーンの祭りで、アーザーダーンたちは家族や家畜を連れ、聖樹の周りを一周して王に挨拶する。この時、アーマールガルたちは、各アーザーダーンの家族の人数や家畜の数を数えるのである。こうして羊百匹当たりにつき、一匹を王に献上する。これは王の財政に充てられるのであるが、専ら貧窮したアーザーダーンに宛がわれることが多い。

 軍務卿は、王の手足として、アーザーダーンたちの生活や福利厚生にも気を配るのである。



【国務卿――ダストヤール(ェ・ワースプラガーン)】


 直訳すると「輔弼、補佐」という意味である。宰相、神祇卿、軍務卿、民部卿などの職責を負わない無任所の大臣である。それらの重職を引退した者が御意見番として就任することが多い。定員は不定である。

 無任所であるが、必ずしも、宰相、神祇卿、軍務卿、民部卿よりも序列が低いとは限らない。例えば、世嗣と看做された成人王族は自動的に国務卿に就任する。



【神祇卿――モウベド】


 モウベドや諸神官については、ダストワールの項目で既に前述済である。本項では幾つか補足説明するに留める。


 神祇卿モウベドは、ワースプラガーン筆頭である、ウズルグパラナーン一族の世襲職である。モウベドの職位に就く者はウズルグパラナーン家の当主でもある。この職位は、家内での序列、世間での評判などを勘案した上、御前会議での審理を経て王の裁可により任命される。

 ウズルグパラナーン家は大きな集落を所領として所有している。その為、モウベド職には俸給は無い。王から所領を下賜された御恩に報いるべく、王や国に奉仕するのである。

 所領から上がる年貢の他、祭事を行うたびに王や諸侯、民から礼物を贈られる。エールンドレの貴族の中では最も裕福な部類に入る。その収入に頼ってモウベドの職責を果たすのである。モウベドの職責を果たす以外に、年貢や賦役、兵役などの義務からは完全に免れている。


 モウベド以外の神官はモウベド程豊かではない。ウズルグパラナーン家の一門であれば、当主であるモウベドからの援助が有る。しかし、全ての諸神官を養うには到底足りない。

 宮廷付きの神官は、基本的に王から俸給が出ている。裕福な神官は、王の御相伴に預かるだけで満足し、無給で王に仕える者も居る。


 司教に相当する神官モウや裁判官ダードワールは、所領を持つ地主であれば、モウベドと同じく、年貢や賦役、兵役などの負担を免れている。職責を果たすだけの収入が足りなければ、王の国庫より補充される。しかし、その特権は一代限りである。相続人が神職に就かなければ、特権は失われる。


 市場監督官バーザールベドは、民部卿の属下として、国庫から俸給を支給されている。バーザールベドは、公正な取引を監視したり、取引上の紛争を仲裁する。その場で商事裁判も下すので、ダードワールの一種である。

 素朴なエーレンドレの民は厄介な揉め事は起こさない。しかし、異界から商人が訪れて取引する場合、バーザールベドの職責は重要且つ特殊なものになる。

 その場合、異界の商人たちは契約書を用いて取引をすることになろう。契約書を盾に、無文字社会のエールンドレで商事紛争を起こす。口約束を重視して契約書の効力を認めない手も有る。一方、バーザルベドが異界の文字や言語を習得して契約書を審理する可能性もある。

 それは本世界設定の利用者の裁量次第である。


 神官である司祭ゾートは、土地を所有していれば、年貢や賦役、兵役などの負担を免れている。やはり、その特権は一代限りである。相続人が神職に就かなければ、特権は失われる。

 王からの俸給は無いが、担当区域の祭事で得た礼物を収入にする。また必要が有れば、地元のウズルガーンやカダーグ・フワダーイの援助を受けられる。

 末端の助祭ラスピーグはゾートの弟子や家来の様な存在である。師匠或いは主人であるゾートに養われている。年貢を納めるだけの土地は持たなくても、賦役や兵役などの負担を免れている。


 尚、エーレンドレには神殿は存在しない。敢えて言えば、神官の家が神殿みたいなものである。神官の家でなくても、大きな屋敷であれば、炎を祭る祭壇アータフシュガーはある。小さな家でも、竈の火が聖なるものである。エーレンドレの神官たちは神殿とか神像を重視しない。神官たちは適切な場所であれば、何処でも祭事を行うのである。適切な場所とは穢れのない所で、不適切なのは穢れた所である。

 神官たちは偶像崇拝はしないが、偶像崇拝を否定したり、排除する訳ではない。重視しないだけである。民衆が聖なる物や聖なる所を崇めることを否定しない。その様な場所で神事を行うことすらあるのである。



【内匠頭――カーリーグベド】


 この官職はアーハーンガラーン家の世襲である。アーハーンガラーン家については、アーザーダーンの項目で既に前述済である。本項では幾つか補足説明するに留める。


 アーハンガラーン家の祖アーハンガルは超人的な職人である。伝説では、ハルボルス山脈を縦貫する隧道を開削したと云う。王都ペイテフトを造営したのも、アーハンガルの業績だそうだ。

 エールンドレに於いて、ウズルグパランが神官たちの開祖なら、アーハンガルは職人たちの開祖である。アーハンガルが伝えたと云われる技は、鉱山の開削、土木工事や建築造営、鉄鋼及び其の他金属の冶金、錬金術、車両や水車の製造などと多岐にわたる。

 一方、紡績や職工、金銀細工、その他細かい器具の制作の技術は、アーハンガルが伝えた訳ではなさそうである。しかし、それらの職人たちも、カーリーグベドの監督を受けている。


 カーリーグベドはエーレンドレの全ての職人たちを統括する。カーリグベドの責任で、国家や国王の為、大規模な土木建設工事を行ったり、様々な調度や装飾品を宮廷に提供するのである。

 カーリーグベド、つまりアーハンガラーン家は一箇村を所領として持っている。所領の中には農民も居るが、半数以上が職人である。アーハンガラーン家は、代々年貢や賦役、兵役などの義務からは完全に免れている。職人たちも、職人を続ける限り同様な特権を享受している。

 国家や国王の為に行う多くの仕事は、カーリーグベドや職人たちの持ち出しである。騎士の兵役や農民の賦役と同じである。国家や国王の為に義務を果たすのは一定期間だけである。それ以外の期間は、自分の為に仕事をして収入に充てるのである。


 もしも、異界から職人がやって来たとしたら、その職人はカーリグベドの許可を得てから、仕事に就けるようになる。カーリグベドは職工ギルド長でもあるのである。


 カーリグベドが直接管轄するのは、王都内の職工街とアーハンガラーン家の所領の工房である。玄人の職人を監督するだけで、素人の農民の手仕事には干渉しない。農民の仕事に就いては、民部卿や郷村のディフベド、ウィスベドの管轄である。

 しかし、人手を要する大規模工事は、カーリグベドと職工たちだけで手に負えない。そういう大事業は滅多にないのだが、有るとすれば、王命に拠る国家的事業しか有り得ない。その様な大事業では、民部卿やディフベド、ウィスベドの手配により、農民たちが集められるのである。

 カーリグベドは、御前会議のメンバーではないが、大臣級の重職である。国王直属の官職であるが、大規模な仕事では民部卿の配下の様な立ち位置になる。



【関所頭――ディズベド(ェ・デルベンド)】


 洞窟街道ラーフェ・スーラーフは、エールンドレの外側ビールーンと内側エンデルーンを繋ぐ唯一の道である。長さは約一フラサング(6km)で、幅が馬二頭が並んで歩める程、高さは馬に乗ったまま通れる程である。伝説に拠ると名工アーハンガルが開削したと云われている。

 この洞窟街道の出入り口を塞ぐのが、関門要塞デルベンドディズである。単にデルベンドと呼ばれることが多い。


 関所頭ディズベドは、関門要塞デルベンドディズの守備隊長である。別名は防人の頭クストスパーフ・サーラールとも呼ばれる。その軍旗ドラフシュには南の守護星サードウェーが描かれている。

 デルベンドディズはエールンドレの絶対防衛線である。経験のあるアーザーダーンが就任する。洞窟街道ラーフェ・スーラーフから王都ペイテフトを繋ぐ街道の整備は、カーリーグベドの任務である。歴史的な縁も深い為、アーハンガラーン家の者がディズベドに就くことが多い。

 ディズベドの下には、副官パーダンとしてアーザーダーンが六人付く。一日三交替で二つの楼門の司る。その下には、門番ダリーグとしてセルワズ十二名が一日三交替で二つの楼門を守る。ダリーグの助手として三、四十名の足軽パヤーダグが付く。パヤーダグは農民から賦役代わりに徴収された兵士である。守備兵の兵糧、武器などを貯える必要がある為、会計士アーマールガール一名も付いて計理をする。

 王都ペイテフトの城壁を守る楼門と全く同じ造りである。エーレンドレの外側ビールーンと内側エンデルーンの両方にある。其々、数十名の兵士が詰められる余力が有る。万一に備えて、かなりの兵糧や物資が備蓄されている。


 ディズベド及びパーダンは配下の歩兵を指揮しながら、異界ビールーンの動静を見張る。来訪者が来れば、事情を聴取してエールンドレへの入国の是非を判断する。

 王と御前会議、外界の国々との関係次第であるが、審理が滞って数日或いは数週間待たされることも有る。多くの者はデルベンドの外で自活を迫られる。ディズベドが必要と判断すれば、デルベンド内で保護することも有る。

 もしも、異界との交易や通行が盛んであれば、デルベンドの外に旅籠アスピンジュや隊商宿ケルワーン・スライが建っているかもしれない。また洞窟街道ラーフェ・スーラーフ内にも、休憩用の施設が造られてるかもしれない。


 関門要塞デルベンドディズは、エールンドレの絶対防衛線である。洞窟街道ラーフェ・スーラーフの中に、通行を塞いだり、待ち伏せするための仕掛けが有ることだろう。

 万一、異界より大軍が攻め寄せてきた場合、デルベンドディズとラーフェ・スーラーフにて決戦が行われることになる。エーレンドレの精兵が集まられることになろう。しかし、要塞戦や洞窟戦では、騎士アスワールたちも御自慢の馬術を披露する機会が無い。


【騎士長――アスワーラーン・サーラール 或いは 廿人頭――ウィストベド】


 騎士長アスワーラーン・サーラールは、別名廿人頭ウィストベドとも言う。定員は二名である。其々、無役のアーザーダーン二十名ほどを東西に分けて統括する。軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールの属下にある。

 東側フワラーサーンのウィスベドの軍旗には、東の守護星ティシュタル(シリウス)が描かれている。西側フワローフラーンのウィスベドの軍旗には、西の守護星ワナンド(ヴェガ)が描かれている。


 無役のアーザーダーンたちは春になると移動を始め、夏営地のラーグ草原にて過ごすのである。役付きで夏営地に動けないアーザーダーンたちの家畜も預かって遊牧する。家畜が増えれば、増えた分を持ち主と折半する。この様にして、アーザーダーンたちの生活を支え合うのである。

 アーザーダーンたちの牧畜は、エールンドレに於いても重要な生産活動である。彼らが育てた牛は耕牛や乳牛になり、増えた羊は食肉となってロードバールの農民たちに提供されるのである。またアーザーダーンたちが生産するバターやチーズの量は農民たちを圧倒している。家畜や乳製品を提供することにより、農民から穀物や葡萄酒、綿布や麻布を得るのである。


 ウィストベドの仕事は、アーザーダーンたちを監督し、揉め事が有れば仲裁することである。国家の要職経験者の引退ポストの様な官職でもあるが、有事には配下のアーザーダーンの指揮権が発動する。

 冬になって王都ペイテフトに戻ると、軍務卿の下で冬籠りするアーザーダーンたちを監督する。夏の遊牧では東西の区分は意味が有る。しかし、王都でのアーザーダーンの屋敷は部隊別に分かれている訳ではない。ばらばらである。東西の組の者と役職付きの者の屋敷が混在している。また夏営地での東西の組み分けも、毎年固定してる訳ではない。

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