【雑記】二 エールンドレの文字
エールンドレは無文字社会と設定しました。本項では、エールンドレが文字文化を受容する場合の想定を考察してみます。
ハカーマニシュ朝のダーラヤワウによるベヒストーン碑文は有名です。古代ペルシャ語を楔形文字で記しています。しかし、これは碑文のみに使われただけで、公文書などには使われてなかった様です。公文書にはアラム語とエラム語が使われていた様です。要するに古代ペルシャ人は無文字社会だった可能性が高い訳です。
アルシャーク朝の時代になって、漸くペルシャ語をアラム文字で記す様になったらしいです。当初はアラム語を其の儘、ペルシャ語(≒パルティア語)に訳しながら読んでた様です。つまり、日本人が漢文読む様なやり方で読んでたそうです。次第にアラム文字で中世ペルシャ語(パフレヴィ語)が整って行った様です。ペルシャ語の文字化までに百年以上はかかっている筈です。
アラブの征服によりサーサーン朝が滅ぶと、パフレヴィ語で読み書きする文化は廃れてしまいました。イスラムに未改宗のゾロアスター教徒の間で細々と使われてた様です。アラビア文字を使ったペルシャ語の登場は十世紀頃から始まります。それまでペルシャ系の知識人は、読み書きにアラビア語を使ってた訳です。
無文字の言語が文字化するってのは、簡単な様で実は難しいのです。日本語も、漢文から万葉仮名に至るまで百年或いは数百年かかっている筈です。
ファンタジー世界とかで、あまり文化程度が高くなさそうな民族や種族の言語は文字を持ってるのは、実に不自然なことなのです。従来無文字だった民族が相次いで文字化していったのは、二十世紀の現象でしょう。
古代中世をモデルとした世界では、洗練された読み書き文化を持った国家や民族は珍しいと言って過言ではないでしょう。従って、エールンドレが無文字社会と言うのは、奇を衒った設定ではないのです。
ところで、エールンドレで文字文化は、どの様に受容されるのでしょうか?
文字化には二種類あります。二種類の程度と言い換えても好いでしょう。一つは、便宜の為に読み書きを使用することです。もう一つは、読み書きを定着させることです。前者はエールンドレ社会に大した影響を与えないでしょう。しかし、後者はエールンドレ社会を根本的に激変させるかもしれません。
先ず、便宜の為に読み書きを使用することについて説明します。これは異界との外交や通商の為にリンガフランカを使って読み書きすることです。読み書きをする人間は極一部の役人や商人などに限られるでしょう。もしも、エールドレの言葉と方言関係にある言語なら、そのままエールンドレの文語として定着するかもしれません。そうでない場合は、エールンドレの殆どの住民には理解不能な言語に成ります。
日本に漢文が伝播した当初は、そんな感じだったと想像されます。もっと判り易い例えを挙げると、ローマ字を読み書きできても、英語がさっぱり解らない様なものです。日本語と語彙も構造も異なるので当然のことです。
次に、読み書きを定着させることについて説明します。エーレンドレでは言霊が重視されています。言葉は口から息と共に吐き出されることにより、生きた言霊になるのです。その様な宗教的観念が文字化を阻害している要因に成ります。
そこで、エーレンドレに読み書きを定着する鍵は宗教と言うことになります。具体的に言うと、キリスト教みたいな宗教が、布教の為にエールドレ語を文字化して聖典を編むことです。逆に、外来の宗教の浸透を阻止する為、エールンドレの神官たちが率先して文字化を始める可能性も有り得ます。
私見ですが、パルティア語・パフレヴィ語の登場は、キリスト教の蔓延への対抗措置の様にも見えます。信じるか信じないかは御自由です。
無文字社会と文字化の問題って、識字率一〇〇%が当たり前だと思っている現代人には盲点じゃないかと思います。
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