第4話【宗教・神々・妖精・悪魔・魔法】エールンドレの信仰

【ウェフデーン】


 エールンドレの宗教には特定の呼称は無い。敢えて呼称を付けるなら、ウェフデーンである。ウェフデーンとは、意訳すると「善き教え」という意味である。エールンドレの人々も、そのような意味でウェフデーンという言葉を使う。しかし、本当の意味は「善き定め」である。善き心を持ち、善き言葉で話し、善き行いを為して生きて来た者が来世で迎える「定め=デーン」のことである。その様な善行を積んだ者には、今わの際にデーンが美しい乙女の姿で現れる。そして天国ワヒシュトへと誘うのである。

 一方、悪しき心を持ち、悪しき言葉を吐き、悪しき行いを為して生きて来た者は、今わの際にデーンが醜い老婆の姿で現れる。そして地獄ドゥシュフに引き摺り込まれる。善に至らず、悪にも陥らなかった者は、天国でも地獄でも無い所ハンミスタガーンに留まる。

 エールンドレの神官が教えることは其のくらいである。最後の審判とか、小難しいことは考えていない。人々は、善行を積めば神様が御護り下さり、悪行を重ねれば罰が当たるくらいに考えて生活している。人々は善悪の報いを物理学の法則の様な普遍的真理と考えている。上は王から下々の庶民に至るまで、その法則に縛られていると信じている。その法則のことをアルダーと言う。そして、アルダーとは神々をも縛る普遍的な法則である。エールンドレの人々に「科学」などという発想は無いが、アルダーは「科学」なのである。また、アルダーという言葉は「正義」という意味でも使われる。アルダーは「法則」であり「正義」なのである。善行を為した者が天国へ昇ることも「法則」であり「正義」である。それから外れた者が地獄へ堕ちるのである。


――ところで、具体的な「正義」とは何であろうか?

 それはダード、所謂「法」に拠って規定されている。ダードはアルダーに基づいた施行規則なのである。法則と神々と法律は繋がっているのである。それ故、エールンドレでの法は、神官たちによって司られている。神官の中から選ばれた者が、裁判官ダードワルとして裁判を行うのである。

 ダードは口承で伝わっているので、新刊の他や王や貴族しか知らない。しかし、庶民たちは実際の判例により、どの様なものか察しがついている。殺人、窃盗、詐欺などの他、聖なる火や水を汚すとか呪術的禁忌に対する罰や贖いが規定されている。エールンドレは閉鎖的だが豊饒な土地なので、あまり悪さをする人間も居ない。実際に起こる裁判沙汰と言うのは、法的に善悪で裁き切れない様な揉め事が殆どである。その様な揉め事は、巷や村の神官たちが仲裁に入り、殆どが解決される。それでも収まらない場合はダードワルが審理する。重要な事件が起これば、最終的に王が判決を下す。



【神官と神々】


 エールンドレの神官はアスローと呼ばれる。上述の通り、裁判官ダードワルとして司法も担う。地区の祭祀を執り行う者をゾット、それを補佐する助祭をラスピーグと呼ぶ。見習神官を教育する教師をヘールベドと呼び。神官たちの中、奇しき力を持った者をマウと呼び、神官たちを取り仕切る官職をマウベドと呼ぶ。それらの詳しい社会的役割は別項で述べることにする。ここでは神官と神々の関係について述べる。


 エールンドレのパンテオンの中でオフルマズドは「最高神」である。しかし、エールンドレの神官たちの間では、創造神とか絶対神という観念は無い。小難しい神学の理論がある訳ではなく、昔から何となく最も敬うべき神として祭って来ただけである。

 オフルマズドはダーダルとも呼ばれ、その意味は「知恵を賜う者」である。前項でダードが法であるというのも、「神が教え賜うた掟」という意味と解釈されている。法は、神が押し付けた掟ではなく、神が教えた世界の真理という位置づけである。

 「知恵の主」にして「知恵を賜う者」であるオフルマズドの役割は、神々と交信する力を持った神官マウに、神々の知恵を授けることである。神々の知恵とは、祝詞マンスラによって神々に適切な祭祀を行い、神々から加護の御力を引き出すことである。オフルマズドは神官たちの呪術の師匠なのである。現世の神官たちは、古の神官がオフルマズドから伝授された膨大な祝詞を代々引き継いでいるのである。


 オフルマズド以外でエールンドレで最も信仰されてる神格は、水と法上の女神アルドウィー・スーラー・アナーヒターである。建国神話に登場する初代王妃アーバーンドフトと同一視されている。天から降る雨や雪が、ハルボルズの峰々やウェーシャゲスターンの森に蓄えられ、ウェフロードの流れとなってロードバールの野に肥沃な土を齎す。これは全てアナーヒターの恵みであると考えられている。またエーレンドレの湧水は甘く、人々の喉を潤す。アナーヒターによって愛された土地だと思われている。ある意味、オフルマズドよりも身近な存在で、最も敬われている神格だと言って好い。


 次に信仰されている神格は信義と友愛の神ミフルである。エールンドレでは太陽神と看做されていないが、さしずめ「お天道様」の様に万人の功罪を見定めている。地獄に居る訳ではないが閻魔様的な性格の神格である。要するに司法神である。エールンドレの訴訟や裁判は、ミフルへの祭儀と共に行われる。裁く者も、訴える者も、裁かれる者も、嘘偽りないことをミフルに誓うのである。またエーレンドレは無文字社会である。言霊だけの口約束はミフルの御名のもとに交わされる。言霊とミフルの霊力により、口約束に人々を拘束する呪力が備わると考えられているのである。


 他にも、馬を護る女神ドルワースプ、牧場を護るスローシュ、戦神ワフラム、公正の測り手ラシュン、癒しの神エルメン、農耕の神ブルズ、聖なる火のアードゥル、太陽のフワル、月のマー、天アスマーン、王権に例えられる北極星メーフ・ェ・マヤーン、北に輝く北斗七星ハフトーラング、東の星ティシュタル、南の星サドウェーズ、西の星ワナンド、昴パルウェーズ、善き風ワイェウェフ、朝の神ハーワン、昼の神ラピフウィン、夕方の神ウゼーリン、黄昏と真夜中の神エーブスルースリム、真夜中と暁の神ウシャヒン、そしてエールンドレの地そのものも神として祭る。エールンドレを囲む山脈ハルボルズ、豊かな牧場ラーグ、緑の森ウェーシャゲスターン、肥沃な大地ロードバール、其の地を流れるウェフロード、そして異界を繋ぐ渓谷デルベンド、王都パイタフト、村ウィス、家カダーグ等、神々の他、森羅万象を祭るのである。要するにアニミズムである。

 そして森羅万象、所謂万物に宿る者を神々バイ(複:バヤーン)と言うが、御魂フラワフルとも言う。神々バイは御魂フラワフルであり、御魂フラワフルは神々バイである。その中、名を上げて敬われる者はヤザド(複:ヤズダーン)と呼ばれる。人々の持つ御魂もフラワフルと呼ばれる。人が死んだあとは祖霊になると信じられている。個々の人の持つデーンと紛らわしいが、具体的な違いは好く判っていない。判らないながらも、人々は区別して読んでいる。

 一般の人々が主に祭る神はアナーヒターとミフルである。この二柱の神は、王妃バンビシュンと国王シャーを象徴している。オフルマズド及び森羅万象の神々は、神官たちの祝詞の中に現れる。神官たちが神事を行う上で必須の知識であり、一般の人はオフルマズドとアードゥルくらいしか知らない。聖なる火アードゥルは神殿、祠、竈に祭られ、一般人にも身近な存在である。一般人は、其の他の神々ついてうろ覚えである。


 神々に準じる存在として霊鳥セーンムルウが信仰されている。エールザンドの祖先サルマルドをエールンドレに導いた神禽である。その似姿は、エーレンドレの天空を舞う大鷲そのものと看做されている。人の手の届かぬハルボルズの山肌に巣を作る。雌雄存在するとか、雌雄同体とされてるとか、伝承は様々である。セーンムルウは人語を話し、不死であるという。寿命が尽きると燃えて灰に成り、そこから再び生まれ変わるそうである。

 セーンムルウと同一か別の存在か定かではないが、フマームルウという霊鳥も存在する。その陰に下に入った者には恩寵が齎されると信じられている。またサルマルドの禍つ妖母シャーマラーンに葡萄と葡萄酒をもたらしたという言い伝えも有る。



【妖精】


 神々の他に人々の信仰を集める存在は妖精ペリーである。一般には、フェアリーの様に蝶の羽が生えた小さな美少女として想像されている。民話によっては、エルフの様な存在であるとも伝えられている。ペリーは無邪気で悪戯好きである。人に対しては善いこともすれば、悪いこともする。

 ペリーの男版としては、ガーンダルヴァの存在が信じられている。サテュロスやパーンの様に人型であり、山羊の様な下半身をし、足には蹄がついている。ペリー同様、人に対しては善いこともすれば、悪いこともする。森の中で、ペリーと一緒に歌い踊っていると考えられている。

 ペリーもガーダルヴァも、座敷童の様に好い遊び相手になってくれるた人間には幸を与えてくれる。逆に、ペリーもガーダルヴァを冷たくあしらったり、騙したり、悪さをすると手痛いしっぺ返しをくらわせる。


 神官ではない民間の魔法使いは、ペリーカルとかペリーバーンと呼ばれる。ペリーに働きかけて、占いをしたり、病気を治したり、時には人を呪ったりする。この手の者は少女もいるが、大抵は薬草などに詳しい老婆であることが多い。神官よりも気軽に物事を頼める存在である。王家や神官たちからは、あまり重んじられてはいないが、別に差別や排斥を受ける訳ではない。エールンドレには、教義に逢わない者を異端審問したり、魔女狩りする様な発想は無いのである。ただし、人に対する呪詛行為が明らかな場合は罰せられる。呪詛で人が死ねば殺人と看做され、法に則った刑罰を受けることになる。


 ペリーやガーダルヴァは、サルマルド等エールザンドの信仰が持ち込まれたと推察される。土着の妖精信仰としては、人熊ヒルシーグや人狼ゴルギーグが存在する。土着人アネールザンドの祖先と看做される。ヒルシーグやゴルギーグを祖先として頂く村では、祭りの時に熊や狼の皮を被って踊ることもある。また森の中で、人熊や人狼を目撃したという噂が流れることも有る。しかし、あまり信じられていない。



【悪魔】


 悪魔の存在は曖昧模糊としている。始祖王サルマルドが禍つ大蛇の悪魔デーウェアズを倒したことにより、エールンドレから悪魔が一掃されたと考えている。しかし、病気や何か悪いことが怒ると悪魔デーウの所為だと考えられる。デーウとは悪に染まったペリーやガーダルヴァという考え方も有る。ただエールンドレに残る悪魔は小者の悪鬼の様な存在と看做されている。エールンドレを滅ぼすような大悪魔は異界から来ると信じられている。


 異界には悪魔の手先となる妖術師ジャードゥーグが存在すると信じられている。血の生贄によって呪詛を為す悪しき存在と考えられている。エールンドレに入って来た余所者がジャードゥーグと看做されることが有れば、排除の対象になる。しかし、ジャードゥーグが今までエールンドレに入境したという確かな言い伝えは知られていない。


 エーレンドレでは人間以外の生き物を大ざっぱに益畜ゴスパンドと魔物フラフスタルに分けて考えている。ゴスパンドは主に羊や牛等の家畜を指す。馬や犬、鹿や兔、鶏、魚など、使役や食用に供する生き物を指している。一方、フラフスタルは主に毒蛇などの爬虫類や害虫などの昆虫を指す。人を襲う害獣の他、存在するかどうか定かではない、龍や羽根の生えた蛇などの怪物なども指す。魔物と言う概念の中に害虫や害獣も含んでいると考えてよい。



【魔法】


 エールンドレで魔法ジャードゥーギーフと言えば、呪詛、黒魔術の様なネガティブなイメージを持たれている。神官アスローたちを魔法使いジャードゥーグ呼ばわりすれば、最大級の侮辱である。しかし、神官たちも紛れもない魔法の行使者なのである。

 王が正しい統治を行ない、神官が神々を祭ることは、現世を恙無く廻し、平和と安寧を齎すと考えられている。また、人々が現世で善行を積むことは、善い来世を約束するばかりでなく、現世を恙無く廻すことに繋がると信じられている。魔法とは看做されてないが、この世を維持する世界システムを動かす為の魔法なのである。

 MMORPGに例えると、神々は管理運営者であり、王や神官は神々の助手みたいなものである。一般の人々は無意識にゲームに参加するプレイヤーである。犯罪者はゲームシステムの中で違反者である。悪魔デーウや魔法使いジャードゥーグなどは、不正アクセスをするハッカーみたいなものである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る