第5話【王朝】一 エールンドレの王国の爵位
【エールンドレの爵位】
爵位と言っても、西欧の爵位の様に領地と紐づけされている訳ではない。戦前の華族の様なランクである。と言っても、侯爵とか伯爵とか名乗る訳ではない。エールンドレの爵位とは、身分やカーストの名称に過ぎない。そういう意味では、秦漢の二十等爵の様に庶民の身分も爵位の様なものである。
爵位の順位は、シャフルダーラーン、ワースプラガーン、ウズルガーン、アーザーダーンである。其々、シャフルダーラーンが公爵、ワースプラガーンが侯爵、ウズルガーンが伯爵・子爵・男爵に相当する。アーザーダーンは中小の騎士に相当する。
上の爵位とは別に、ダストワールとハームハルザーンが有る。ダストワールは高位の神官たちである。ワースプラガーン~ウズルガーン並の敬意を受けている。ハームハルザーンは王朝に仕える役人たちである。王国の実務を担う者たちである。
【シャフルダーラーン――国王・王妃・王族】
シャフルダーラーンとは、「国を持つ者たち」という意味である。要するに王家・王室である。国王と王妃は、態々シャフルダーラーンと名乗らなくても判るので、専ら王位継承権を持つ王族を指す場合が多い。
シャフルダーラーンは、みな始祖サルマルドの子孫であり、サルマルダーンとも呼ばれる。しかし全てのサルマルダーンがシャフルダーラーンという訳ではない。現王の血筋から遠ざかり、王位継承権を失った者は、サルマルダーンと名乗っても、シャフルダーラーンとは看做されない。皇族から臣籍降下した源氏や平氏の様な存在になる。その家の権勢次第で、ワースプラガーンやウズルガーン、あるいはアーザーダーンの家柄と看做される。
西欧風の五爵制を持つ世界と連結するならば、シャフルダーラーンは公爵のカウンターパートと看做される。
国王はシャーとかパーディフシャーという称号を持つ。王妃はバンビシュンである。側室でも地位が高い者はバンビシュンと呼ばれることが有る。一般の側室は単に貴婦人バーノーグと呼ばれるだけである。
シャフルダーラーンの範囲は、だいたい直系及び兄弟姉妹である。継承権者が不足している時は、叔父叔母、甥姪、従弟にまで広げることも有る。女性にも継承権はあるが、優先順位度は低く、直系の王女シャードフトのみに限定される。直系の王子はシャーザードと称する。王位継承権者の中で御世嗣として定められた者はパサーグリウと称する。下馬評で有力視されても、パサーグリウと呼ばれることも有る。大抵、国王の長男がパサーグリウに指名されて継承する。
国王のは血筋によって継承してるのだが、オフルマズドから光輪フワルナフを与えられて即位すると考えられている。フワルナフとは、天使の輪や仏像の後光と同様の概念である。オーラと言い換えても好いだろう。
即位時に、始祖サルマルドが龍退治に用いた聖剣アズクシュが受け継がれる。即位式とか、何か重大な儀式の時にしか表に現れない。普段は何処かに秘蔵されている。
国王の権限は祭祀、司法、立法、行政、軍事の全てに及ぶ。国事に関する最終決定権を持つ。何でもできる訳だが、正義の法則アルダーと言う不文律によって掣肘されている。国王が倫理や道徳、信義や公正を軽んずれば、世界の均衡と秩序が崩れて天変地異が起こると考えられている。そういう事態が続くと、王の施政に落ち度が無くても、暗黙の圧力により退位に追い込まれてしまうことがある。
国王の権力の強弱は本人の能力と意欲次第である。能力と意欲のある王は親政に乗り出すことも有る。能力も意欲も無ければ、王妃或いは重臣たちの傀儡にされてしまう。
王妃は国王に並ぶ立つ存在である。その権限の強弱は、夫である王の寵愛の深浅に比例する。王子を産み、その王子がパサーグリウになれば、その権威は強大になる。また王子が国王に即位すれば、その権威は益々強大になる。国王が幼少であれば、監国摂政として強大な権限を持つ。しかし、権力を振るうかどうかは、本人の性格や資質次第である。王妃は良妻賢母の模範となることを期待されている。賢い王妃や王母は、良妻賢母として振る舞いながら、さりげなく権力を行使するのである。
パサーグリウや王子、その他男子王族は、王の信任と能力が有れば、重臣として国政に参加する。無役のまま、一生部屋住みの様な生活を送り者もいる。その様な境遇から、突然王位に就くこともある。国王が代替わりすると、血縁の濃淡から、自然にシャフルダーラーンの地位から外れていく。
王女などの女性王族は、適齢期が来れば名門貴族の所に降嫁する。しかも従弟婚などの近親婚が多い。兄弟姉妹、姪叔父、叔母甥などとも稀ではない。娘と父、母と息子は稀ではあるが、前例は無くは無い。エールンドレ人の中で、エールザンドで顕著である。従って、この様な血縁関係に拠り、シャフルダーラーンの地位から外れる例は少ないのである。その数を増やさず減らさず、王族内で家系を流動させているのである。
王女が女王として即位する場合、王配が国王になる。女王は、女王にして王妃であり、王妃にして女王なのである。形式上、二頭政治になる。また女王の子が即位すれば、母なる女王と子なる国王が並び立つのである。その場合、稀な母子婚が行われる可能性もある。
尚、エールザンドの近親婚はアルダーやダードに全く抵触しない。全く禁断ではないのである。王族始め、名門ほど顕著な傾向を持つ。近親婚が合法化された社会では、それに背徳感や罪悪感など皆無なのである。そのことで苦悩することなど有り得ないのだ。
アネールザンドたちは、最近親婚に抵抗感を持っている。又従兄弟や従兄弟同士の結婚は普通である。近い所で、せいぜい姪叔父、叔母甥くらいに留まる。また、エールザンド、アーネルザンド共に、レビレート婚などは全く問題が無い。寡婦を親族で庇護する意味すら持っている。
【ワースプラガーン――重臣】
ワースプラガーンとは「第一級の者たち」という意味である。西洋の爵位制度と比べれば、侯爵のカウンターパートに当たる。
ワースプラガーンの家柄は、ウズルグパラナーンとミフルダーダーン、シャフレワラーンである。その中、ミフルダーダーン、シャフレワラーンは、騎士の長の家柄として幾つかの家系に分かれている。ウズルグパラナーン家は、ダニシュマンダーンとも呼ばれ、代々神官を出す家系である。この家系の中で、神官にならなかった者はミフルダーダーン、シャフレワラーンと変わらない上級騎士としてワースプラガーンの地位に留まる。ワースプラガーンの家系の中、本流から遠ざかった末裔たちは、アーザーダーンの身分に降下する。
上記の血筋の家系以外にも、有力なウズルガーンの家系の者もワースプラガーンと看做されることが有る。国王の寵愛や群臣の人望があり、御前会議ハンジャマンの席で発言を認められる者はワースプラガーンに準じて扱われるのである。また御前会議に出席が許された王族も、シャフルダーラーンでありワースプラガーンなのである。
結局、ワースプラガーンの定義は二種類ある。
一つは家柄としてのワースプラガーンである。その家系の成員全てがワースプラガーンである。しかし、全ての男子が御前会議に列席できる訳ではなく、女子は王妃にでも冊立されなければ有り得ない。つまり家柄のワースプラガーンは、職掌としてのワースプラガーンの候補者或いは供給源なのである。
もう一つは職掌としてのワースプラガーンである。ワースプラガーンの家柄の者とウズルガーンの家柄の者の中で、御前会議ハンジャマンに出席を許された重臣である。彼らは幕閣や閣僚、家老の様な存在である。御前会議にて国政を論じ、様々な職掌を分担して国政を担う。具体的な職掌や官職については別項にて後述する。
【ダストワール――神官】
ダストワールとは「貴顕」という意味である。貴族とか貴族に相当する者全般がダストワールである。しかし、特にダストワールと呼ばれるのは、高位の神官たちである。高位の神官の中には、国政に参与する者も、国政に参与しない者も存在する。それらをひっくるめた身分がダストワールである。
ワースプラガンの家柄の中でも第一党であるウズルグパラナーン家はモウベド等の高位の神官職を独占する。御門跡や家元の様な家系である。
エールザンドの故地では、神官とは代々世襲のカーストであった。しかし、ダニシュマンド・ウズルグパランが始祖サルマルドと共に建国した時、国家を統治するうえで神官の数が足りなかった。そこで、ウズルグパランは、エールザンドとアネールザンドの優秀な若者を教育して少なからぬ神官を養成した。このことはエールザンドとアネールザンドの融合を齎し、エールンドレの政情の安定に多大な寄与をした。この点は、誰も意識してないが、始祖サルマルドの龍退治以上に重要な事績である。
ウズルグパラナーン家の当主は、聖祖ウズルグパランから、代々膨大な祝詞、呪術、法学、神話や歴史、医学、天文学等の奥義を全て伝授されてると看做されている。これらの知識を習得するには、数十年の歳月がかかる。名門の家柄に生まれたからと言って必ずしも習得できるかどうか怪しい。
非ウズルグパラナーン出身の者で、当主から奥義を伝授された者は教師ヘールベドと呼ばれている。当主はモウベドとして専ら政務に当たるので、ヘールベドが神官たちの高等教育を担う。ヘールベドは国政に参与しないが、王族の教育に当たることも有る。その権威や影響力は計り知れない。さしずめエールンドレの国師とか宮廷魔術師的存在である。
具体的にダストワールとは、神官として現役で重職に就いてる者、或いは過去に重職を歴任した者である。例え、それらの条件を満たした者でも、何らかの罪を得て身分を剥奪された者は、その限りではない。
ダストワールの官職は、モウベド、モウ、ヘールベド、ダードワルである。モウベドは大司教、モウは大司教の補佐ないしは司教である。ヘールベドは教授と言ったところである。ダードワルは裁判官である。
モウベドは御前会議に発言を持ち、ワースプラガーンの筆頭職である。国家規模の祭祀では、国王を補佐したり、自ら主宰する。また全ての神官アスローワンを監督・指導する立場である。エールンドレの神官は、祭祀のみならず、教育、司法、医療、福祉なども扱う。現代日本で例えるならば、文部科学省、法務省と裁判所、厚生労働省に跨る権限を持っている。軍権が有る訳ではないが、戦の折りに吉凶を占ったり、戦の大義の有無を問うたりするので、その影響力は大きい。
またモウベドは、時として宰相職ビダフシュに就任し、王に代わって国政を担うことも有る。ビダフシュに就任しなくても、ワースプラガンの筆頭として宰相的な立場にある。
モウベドは、ウズルグパラナーン出身者に限られている。しかし、その様な者が、意欲や能力に欠けている場合、お飾りの様な役職に留まる。モウベドは必ずしも親子で世襲する訳ではない。ウズルグパラナーンの血筋の者たちの中でから、キャリアや王の信認度によって選任される。従って、無能で愚劣な者が就任することは、そうそう有り得ない。
モウは高位の神官である。因みにモウベドとは「モウの長」という意味である。大きな村落に必ず司祭ゾート、助祭ラースピーグが居る。さしずめモウベドが中央のゾートで、モウが中央のラースピーグである。ウズルグパラナーン出身のモウは、モウベド候補者である。そうでないモウも存在する。その様なモウは、ワースプラガーンやウズルガーンの家系の出身者である。
モウは常時複数名いて、モウベドの補佐をしたり、各地の神官を監督する。地方監察のモウは監察官アスパーサーグと呼ばれる。神官たちの監督ばかりではなく、民衆の世情を探る。もし、役人に不正が有れば弾劾も行う。また、ヘールベドやダードワルも、モウが兼任する官職である。兼任してる場合、其々ヘールベドとかダードワルと呼ばれる。
ヘールベドについては既に前述した。これは官職と言うよりは、学識に深い神官の称号である。特に役職の無い者は、教授として神官たちの教育に当たる。特に学校と言う制度がある訳ではなく、ヘールベドの居る所が学び舎である。ヘールベドの屋敷、神殿の片隅、大樹の木陰が学び舎である。エールンドレでは、真の知識とは口承で伝えるべきと考えられている。なので、ヘールベドの元では膨大な知識が只管口承で教えられ、丸暗記させられるのである。文字に起こして書物化すれば便利そうであるが、頑なに口承での教育を重視している。もし文字化をする者がいたら、異端者や過激な改革者と看做されることであろう。文字とは高尚な知識を伝えるものではなく、低俗な便宜として使うものと看做されている。高貴な貴族や神官の技能ではなく、下賤な役人や商人の道具に過ぎないと考えられている。エールンドレの知識人には、読み書きが出来ない者もいるのである。しかし、神官たちは凄まじい記憶能力を持っているので、容易く読み書きを習得している者も少なくない。聖職には文字を使わなくても、実務には使うのである。
官職に就いてるヘールベドは、前述の王族の教育係以外にもある。例えば、宮廷魔術師的な顧問官である。その代表が占星術師アフタルマールである。天文観測から星占いだけでなく、国王から様々な相談を受ける。
また典医ビゼシュクも宮廷魔術師的な官職である。エールンドレの医師は神官の中で医術に長けた者である。近代的医術の無いエールンドレでは病も呪いも区別が曖昧である。医師とは治癒魔法の使い手なのである。
上記の様な宮廷魔術師は、大抵はダストワールのキャリアを積んだ年寄りである。稀に、若くしてヘールベドと呼ばれる天才も登場する。その様な者が、キャリアも無いまま抜擢されることも有る。
裁判官ダードワルには定員が無い。単独の場合も有れば、複数存在する場合も有る。大抵は常時複数名存在する。三審制という訳ではないが、小さな揉め事は司祭ゾートが仲裁し、真の重大事は国王パーディフシャーが最終決定を行う。ダードワルはゾートの手に負えない事件の裁判を担当する。下に司祭、上に国王が居るので、ダードワルは高等裁判事の様な存在である。
ダードワルの主な担当は、被告に刑罰を下す様な案件である。例えば、司祭の仲裁に応じず、強制的に賠償金を支払わせる。窃盗や傷害、強盗や殺人などの案件で、鞭打ちや追放、死刑などの刑罰を課す場合である。
正義と公正の神ミフル、正義を天秤にて測るラシュン、聖なる炎アードゥルの御名のもとに、ダードワルは己の良心に従って公正に判決を下す。何の取り調べや審理も尽くさずに裁定することは無い。なのでダードワルは、貴族から庶民に至るまで幅広く信頼されている。また、そのような人物でなければならない。法律の知識が深く、人格が高潔な人物である。
エールンドレの国王も裁判官も「由らしむべし知らしむべからず」という方針は取っていない。成文法など無いにも関わらず、法的知識は一般に普及している。それは法律に代わる伝承が流布してるからである。その内容は次の通りである。
始祖サルマルドが建国し、統治が安定した頃、ダニシュマンド・ウズルグパランは霊薬ホームを服用し、己の魂フラワフルを飛ばして天国と地獄を旅をして見て回ったのである。その言い伝えでは、どの様な者が天国へ昇り、どの様な者が地獄に墜ちるかを明らかにしている。特に裁判で重要なのは、地獄に墜ちる者を裁くことである。
殺人や強盗、窃盗は何処の世界でも処罰されることは言うまでもない。無文字社会で言霊で契約を交わすエールンドレでは、詐欺や偽証は重く罰せられる。処罰だけでなく、社会的信用を著しく失う。追放刑に処されなくても、エールンドレに居辛くなって自ら出奔することも好くある。
実子や養子の育児、年老いた親への養いを放棄することも罪になる。エールンドレには、はっきりした奴隷制が有る訳ではないが、奴隷的身分の者に対する虐待も罪になる。
何しろ、動物に対する虐待ですら罪になる。その様な者は必ず地獄に墜ちるのである。例えば、犬に餌をやらなかったり、犬を殺したり、牛、馬、驢馬などを酷使して水も飲ませない様な行為も罪である。特にエールザンドにとって犬は別格である。朧げな創世神話では、犬は人ともに現れた存在だそうだ。エールンドレの犬は大切にされてるので非常に人懐っこい。見知らぬ人にも尻尾を振って寄って来る。犬にかまれる様な者は、泥棒ないしは根っから邪悪であると看做される。犬が死んだときは、人に準じて埋葬される。
エーレンドレでは牧畜が盛んである。犬を殺して食うのはタブーであるが、犬以外の益畜は食用に屠ることが有る。その時も、豊饒と慈悲の女神アナーヒターに対し、恵みを感謝するとともに、生き物を殺す罪の赦しを乞う儀式を経てから屠るのである。鶏の様な小さな家禽は家内で捌くが、牛や羊などは司祭ゾートや助祭ラースピーグを呼んで儀式を行う。不思議なことに、豚の場合は其処まで行わない。鶏並の扱いである。また狩猟などで得た獲物についても、アナーヒターへの感謝と罪の償いを忘れないが、大袈裟に神官を呼ぶことまではしない。
余所者の目から見ると、屠畜の際の儀礼は生贄の様にも見える。しかし、エールンドレでは血の生贄は禁止されている。動物を殺すのは、食用に屠るとか狩る、害獣を駆除するだけなのである。
エールンドレで特徴的な罪状は、聖なる火や聖なる水を汚すことである。竈の火ですらも、儀式的手順を踏んで消す。この様なことは裁判沙汰にはならないが、本人が神罰を恐れて償いをする。聖なる水も、誰の目にも触れない所での間違いは火の場合と同じである。しかし、井戸や河を故意に汚すような行為は重大な犯罪と看做される。
どこの世界でも同じだが、他人の妻を寝取る不貞行為は犯罪である。一つ注意点がある。エールンドレでは近親婚が認められているが、決して近親相姦が野放図に行われている訳ではない。近親相姦が婚姻外の不貞行為に該当する場合は罪に問われるのである。
【ウズルガーン――大名】
ウズルガーンとは「大いなる者たち」という意味である。西洋の爵位制度と比べれば、伯爵・子爵・男爵などのカウンターパートに当たる。十数の村々を支配するデフベドは伯爵、数村を支配するデフベドは子爵、一村を支配するウィスベドは男爵に相当するとみてよい。
エールンドレ社会そのものが藩みたいなものである。なので、「大名」は大げさかもしれない。有力な領主くらいの意味で捉えるのが適切である。日本史で言うならば、代官と庄屋を兼ねたような存在である。
有力な領主として、ワースプラガーンもウズルガーンに違いは無いのである。ウズルガーンの中でワースプラガーンに満たない者を専らウズルガーンと呼ぶ。ワースプラガーンでも、家格が衰えていくと自然にウズルガーンに落ちていくのである。
ウズルガーンの最小単位であるウィスベドは、村落ウィスの支配を任されている。一箇村まるごと所有してる訳ではない。一箇村或いは数箇村まるごと支配する者は、ウズルガーン層の中でも高位の貴族である。
ウィスベドは村落の中で最も有力な地主である。王より特権的な地位を与えられることにより、村を支配して徴税や治安維持などの負担を負うのである。ウィスベドは一般の村人を支配してると言って好いが、一般の村人はウィスベドに従属してる訳ではない。ウィスベドは王に代わって一般の村人を支配してるだけなのである。ウィスベドの一族と其れ以外との間が、貴族と平民の境目である。村内にはウィスベド以外にも、有力な地主たちも存在する。その様な者たちをカダグフワダーイと呼ぶ。お屋敷の主である旦那様という意味である。ウィスベドは、カダグフワダーイたちの協力を得ながら、村落の統治を執り行うのである。
カダグフワダーイたちは貴族とは看做されないが、貴族と平民の間を繋ぐ重要な役割を果たしている。軍隊で言うなら、下士官の様な存在である。この階層から、王朝の役人であるハームハルザーンの人材が供給される。村落の統治に協力するカダグフワダーイも、田舎のハームハルザーンである。
デフベドは一箇村或いは数箇村に匹敵する土地を持つ大地主である。そして数村から十数村のウィスベドたちを代官として支配する。ウィスベドが下位のカダグフワダーイと大差ないのに比べ、デフベドたちこそ貴族らしい貴族と言えよう。ただしデフベドたちは騎士を養わない。万一、戦時の時には歩兵や輜重兵、土木の人夫などを徴収する。尚、険峻なハルボルズの天険に護られたエールンドレでは、そうそう外敵の侵入と言う事態は起こらない。専ら文官貴族として地方の統治に当たるだけである。
【アーザーダーン――旗本】
アーザーダーンとは「自由な者たち」という意味だと解されている。本当は「部族に属する者たち」という意味であるが、原義は殆ど忘れ去られている。王に騎士として使える以外に余り重い負担は課されていない。その意味で、確かに「自由な者たち」なのである。西洋の爵位制度と比べれると、有力なザンドベドたちは伯爵・子爵・男爵などのカウンターパートに当たる。また、末端の者ですらも騎士として扱われる。一騎駆けで王のもとに馳せ参じる様な者でも、貴族の端くれなのである。
アーザーダーンは、もともと始祖サルマルドの伴をしてエールンドレに来た者たちの子孫たちである。「王の下僕」或いは「王の奴隷」であるバンダグであることを誇っている。
エールンドレに奴隷制が有るのかどうか怪しい。貴族や富豪に隷属して使役される者もバンダグと呼ばれる。下僕だか奴隷だか定かでないバンダグが、必ずしも平民より下位の存在とは限らないのである。バンダグの地位は主人の地位に比例する。王のバンダグは貴族よりも権勢を振るうことが有り、貴族のバンダグは平民の有力者よりも立場が強かったりする。
その様な社会背景が有るので、位人臣を極めたような貴族ですらも、王に対して自らをバンダグと称して謙遜する。それ故、アーザーダーンたちはバンダグであることを誇っているのである。
アーザーダーンの最上位はワースプラガーンである。ワースプラガーンに満たない有力者はザンドベドである。一般のアーザーダーンは騎士アスワールである。ザンドベドはアスワールたちを束ねる騎士の長アスワーラーン・サーラールである。アーザーダーンという階級は騎士団であり、王国の正規軍と呼べる存在である。ウズルガーンに集まられた歩兵などは、二戦級の補助軍としか看做されていない。アーザーダーンの末端の生活水準は平民と大差ない。それでも騎士の矜持が有る為、気位が高いのである。
ワースプラガーンや有力なザンドベドはウズルガーンの様に農地を持っている。しかし、自己の土地の経営はしても、農村全体の支配には携わらない。中小のアーザーダーンを率いて牧場で馬を養うことが本分である。
アーザーダーンたちは、春夏秋、ウェーシャゲスターン森林より標高の高いラーグ草原にて牧畜を営む。有事に備えて馬を養うとともに、生活の為、牛や山羊、羊などを飼う。冬になるとラーグ草原を下ってロードバール平原にて過ごす。育てた家畜を売り払うことによって生計を立てるのである。
基本的に、一人前のアーザーダーンの男は働かない。実際に牧畜に携わるのは、女子供にバンダグたちである。アーザーダーンの男の仕事は、家族を守ることである。日頃は馬を駆って狩りをしたり、剣や槍の技を磨くことに精を出している。しかし、険峻なハルボルズの天険に護られたエールンドレでは、その様な活躍をする場が有るのか怪しい。狩りに一戦有っても、デルベンドの狭い街道で行われる筈である。隘路で騎士の出番は有りそうもない。騎士という建前とは裏腹に、平和ボケで戦力は形骸化してる可能性もある。
アーザーダーンの中に一つ特殊な集団が有る。建国神話に登場するアーハンガルの子孫アーハンガラーンである。伝説によると、一族の祖アーハンガルはハルボルズの崖を穿ち、エールンドレに繋がる道を切り開いた。これは鉱山を開削する技を持つことを意味する。
アーハンガルとは「鍛冶屋」という意味である。アーハンガラーンの者たちは、鍛冶屋にして山師なのである。貴族の端くれであるアーザーダーンに列しているが、その本分は鉱石の採掘、鉱石、金属器の鍛冶まで行う職人集団なのである。国王の隷属集団バンダガーンとして、エールンドレの工業冶金事業の一切を担っている。
祖先アーハンガルは、エールンドレの女と結婚して子孫を反映させたと云われている。そのことは、エールザンドの中では最も土着民アネールザンドとの融合が進んでいる。ウズルグパラナーンが神官の家元だとすると、アーハンガラーンは鍛冶師の家元に当たる。エールンドレで見込みのある若者は、アーハンガラーンの家に弟子入りして修行するのである。
多くのアーザーダーンは春から秋にかけてラーグ草原に移動する。しかし、アーハンガラーンの者たちの殆どは王都ペイテフトの工房街に留まる。工房街を離れる者は、王に扈従する者、鉱石を採掘する者、国境の砦デルベンドディズを守備するくらいである。
アーハンガラーン家は、騎士身分アーザーダーンに属するので、当然軍役も負担する。騎士身分にも拘らず、兵科として歩兵である。土着のウズルガーンが集めた歩兵は二線級の雑兵であるのに対し、アーハンガラーンンの歩兵は一線級の工兵として扱われる。特に重要な任務は、デルベンドの街道の整備と守備である。外敵にデルベンドディズを破られるようだと、殆ど為す術がないであろう。
国境を護る防人としての役割が有るので、アーハンガラーンの者たちは外界との接触を持っている。外務省とは言わないが、国境警備隊や法務省の入国審査部門のような役割を果たす。外界との接点が有る以上、鉱工業ばかりではなく、貿易通商にも少なからぬ利権を持っている。
アーハンガラーン家の存在は華やかさに欠け地味である。しかし、エールンドレの軍事や経済に大きな影響力を持っている。
【ハームハルザーン――寄人】
ハームハルザーンは貴族とは限らない。王朝に出仕する者の中、ワースプラガーンに非ざる者をハームハルザーンと呼ぶ。その中には貴族ではない役人たちも含まれている。また非貴族の官人こそが典型的なハームハルザーンと言える。
ワースプラガーンが国会議員から選任された国務大臣や政務官みたいなものだとすると、ハームハルザーンは実務官僚である。しかし、エールンドレの社会規模は、小さな地方都市~大きな町村程度である。実の所、役場の職員と言った方が好い。
エールンドレは前近代的な社会である。近代国家の様に巨大な行政機構を持っている訳ではない。福祉は、家庭や親族、地域社会によって賄われる。それを宗教の慈善と法治が支えている。エールンドレの行政機構は、宮廷部門、宗教・教育・法務部門、軍事・治安部門、そして財務・会計部門の四つくらいしかない。この財務・会計部門こそがハームハルザーンの活躍の場である。宮廷、宗教、軍事以外の政務・雑務は全て財務部門が担っている。
ハームハルザーンの人材供給源は、代々ハームハルザーンを出す家系の者である。代々村役人を務める者も村のハームハルザーンであり、中央に抜擢されることも有る。他には神官として教育を受けた者、武よりも文に長けたアーザーダーンなどである。貧しい家の者でも、数字に明るければハームハルザーンに成れる可能性は有るが稀である。ハームハルザーンはエールンドレの准貴族階層を形成している。
末端のハームハルザーンはアーマールガルと呼ばれている。アーマールガールとは「会計する者」という意味である。アーマールガルの職務は正に計算することなのである。民の人口を改め、土地の広さから収穫を見積もり、家畜の数を数え、収穫物を測り、穀蔵や金蔵を管理し、歳入支出を決済する。すべて計算に纏わるのである。
エールンドレは無文字社会である。アーマールガルたちは財務・会計の庶務を結縄や木に数を刻んだりして計算・管理している。それを行う専門職なのである。もし、異界から文字文化を輸入しているとしたら、アーマールガルが読み書きの担い手である。もし外来者を描くシナリオなら、アーマールガルが読み書きのできる者として対応することになろう。
宗教の所でも既述したが、エールンドレでは言霊が高尚で文字などは低俗なのである。例えるなら、昔気質の作家が万年筆で原稿用紙に書くことを尊び、ワープロやパソコンで文章作成することを見下してるようなものである。或いは、PC音痴の社長がメール業務を秘書任せにしてるようなものである。
アーマールガルは税務・財務に関わる故、下手な下級貴族よりも実入りが良い。少し便宜を図ってもらう為の囁かな礼物などは賄賂と看做されない。例え貴族よりも収入が少なくても、貴族の様に面子を守る為の支出をする必要が無い。却って下手な下級貴族よりも裕福なのである。中には横領を疑われ、時には不正を摘発される者もいる。しかし、正直者を尊び、いつも人の目を気にするエールンドレの社会では、腐敗した悪徳役人は多くはないのである。
【解説】
※爵位
エールンドレには日本語の爵位に相当する言葉はありません。また西洋の爵位制度とも異なります。序列や身分、カーストと言う意味で、此処では便宜的に爵位と称してるにすぎません。
※近親婚
現実の歴史世界の中で実在した事例なので、どうか目くじらを立てないで下さいませ。
この世界設定を流用する場合、近親相姦の度合いを薄めても好いでしょう。逆に、異界で禁断の恋に堕ち、故郷を追われた者には好い避難場所になるでしょう。
※アーハンガラーン
エールンドレにはドワーフの設定は有りません。ドワーフ好きな人は、祖先アーハンガルをドワーフということにしても好いでしょう。
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