第7話【王朝】三 エールンドレの王国の官職

【民部卿――ワーストリョーシャーン・サーラール】


 民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールは、アーネルザンドのウズルガーンの職位である。しかし、御前会議のメンバーであり、ワースプラガーンの末席を占めている。形式的な序列は低いが、実質的な権限や権力は非常に大きい。アーネルザンドの最高位の官職である。実務面での重要さを鑑みれば、実質的に宰相と言ってもおかしくない。正に位人臣を極めたと言ってもよいだろう。

 神祇卿モウベドが祭祀と司法、軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールが軍事と騎士なら、民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールは財務と民政を司る。近代国家に於ける行政の大部分を担当する。

 神祇卿モウベドはウズルグパラナーン家の世襲職であり、軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールはワースプラガーン諸家の持ち回りである。一方、民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールは、ウズルガーンの中の有力者ディフベドの持ち回りである。ディフベドたちの中で、最も経験を積んだ者の中から選ばれる。

 御前会議の最重要メンバーである神祇卿モウベドと軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールと民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールは、其々エーレンドレの神官、騎士、領主の代表者なのである。


 民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールは、民政全般に目を配りながら、財務官ガンジュワール、主計官アーマールガラーン・マヒシュトに財政を任せる。民政については、主に首都ペイテフトの市内と其の周辺の六箇村を担当する。他の三十六箇村については、其々の地域のディフベドの担当になる。

 財務官ガンジュワールと主計官アーマールガラーン・マヒシュトは、民部卿の次官に相当する官職である。ディフベドやウィスベドの他、経験を積んだ有能なハームハルザーンから任命されることが有る。非貴族が出世可能な最高位の官職である。


 財務官ガンジュワールは、王都ペイテフト内にある財庫を管理する。財庫は王宮の西側に立ち並んでいる。そこには、年貢として集められた穀物、綿布、麻布、毛皮、鞣し皮、葡萄酒、蜂蜜などが保管されている。また王が買い集めた財貨も保管されている。

 その保管内容は結縄などの方法で厳密に記録されている。その記録は財務官ガンジュワールと主計官アーマールガラーン・マヒシュトの両物で保管されている。要するに全く同じ結縄が制作されている。主計官の計算のもと、民部卿の許可を得て財務官が在庫の物資を出庫するのである。間違いのない様、二重に確認を取りながら管理している。

 財庫の管理の為に、会計吏数名、足軽頭パヤーダガーン・サーラール数名、足軽パヤーダグや使い走パイグ数十名を属僚に置く。彼らが財庫の管理や警備、財貨の出入庫を行う。


 主計官アーマールガラーン・マヒシュトは、その名の通り、会計吏アーマールガールたちの長である。主計官は、会計吏たちが計算した統計を総攬する。エールンドレ全域の収穫高、財貨の蓄積量全てを把握している。

 属下の会計吏は十名弱である。収穫期に成ると、彼らは徴税吏バージュワールとして郷村に赴いて年貢を取り立てるのである。


 民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールの属僚としては、他にも 内匠頭カーリーグベドと市場監督官バーザールベドが置かれている。本来、前者は王直属、後者はモウベドの配下である。しかし、実務の都合上、民部卿の支持を仰ぎながら職務を遂行する。内匠頭カーリーグベドと市場監督官バーザールベドについては前述済みなので再述しない。


 民間の治安は、民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールと郷村のディフベド、ウィスベドの職責である。しかし、エーレンドレには警察機構が存在しない。悪民を腕付くで拘束する場合、民部卿やディフベド、ウィスベド配下の足軽パヤーダグ、使い走パイグ、下僕バンダグなどが実行する。手が付けられないほど凶悪な場合は、徒士セルワズ、時には騎士アスワールの助力を得ることも有る。

 捕縛の任務を受けた足軽たちは、看守ゼーンダーンバーンと呼ばれる。看守が逮捕から、拘禁、刑の執行まで行う。この看守こそが、臨時の警察官なのである。



【郷主――ディフベド、村主――ウィスベド】


 エーレンドレのロードバール平原の中央に王都ペイテフトが座している。その半フラサング圏に六つの村、一フラサング圏に十二の村、二フラサング圏に二十四の村、計四十二の村がある。それらの村々の長がウィスベドである。


 郷主ディフベドは、郷ディフあるいはパーイゴースと呼ばれる地区を束ねる領主である。ディフは六つの村から成る。王都周辺の六箇村で一つのディフを形成する。その外側の三十六箇村は六つのディフに分けられている。全部で七つのディフが有り、七人のディフベドが居る。

 ディフベドは村々の支配者ではなく、村々を束ねる肝入りに過ぎない。ディフベド自身が村主ウィスベドの一人である。そのディフのウィスベドたちの第一人者なのである。


 エーレンドレの村落は、王都ペイテフトと同じく円形の集落である。王都は四重の円の中に、百軒ほどの屋敷や家々が連なっている。一般的な村落では、二重の円の中に三〇~五〇くらいの家屋が連なっている。円形集落の外にも、独立した家屋に住んでいる者も居る。村全体では平均して五〇~六〇世帯の住民が存在する。

 各村落が約五〇世帯とすると、エーレンドレの農村部には計二一〇〇世帯が存在する。これらの世帯は、平均して家族五人に数名の下男や婢女が同居している。王朝としては、年貢や賦役、兵役、出仕する世帯しか把握してないので、エーレンドレ全体の人口は不明である。概算で、農村部に一万以上二万未満の総人口を抱えていると推計できる。

 この様な世帯をワーストリョーシュと呼ぶ。家族五人に下男か婢女が一人か二人に、耕牛二頭を所有し、二ヘクタールほどの耕地を耕す。

 家族や下男婢女に平均以上の人手が有り、果樹園なども所有する豊かなワーストリョーシュも存在する。そうした富農の中で、官吏や村役人、神官を出すような一族のことをカダーグフワダーイと呼ぶ。幾ら裕福でも、その様な人材を出さない家は単なる農家に過ぎない。カダーグフワダーイらは村の中ではウィスベドに次ぐ地位を持っている。カダーグフワダーイやウズルガーンの家の次男三男坊が、ハームハルザーンやアースローの担い手なのである。


 二重の円陣から成る村の内陣は、ウィスベドの一家及び親族や下男下女の家から成っている。その中庭は村の中心地である。村の祭祀、祝宴、集会、裁判などは其処で行われている。ウィスベドの屋敷の中庭であり、村人たちの公共の広場でもある。

 ウィスベドは、下男下女を夫婦にして一世帯を作り、耕牛を貸与して大規模な耕作を行っている。平均的なワーストリョーシュの数倍から十数倍の田畑や果樹園を所有している。


 ウィスベドは代々世襲の地位であるが、国王から後付けで任命される形式を持つ。そのことによって社会的に貴族として認められる。

 ウィスベドの役目は、農民から年貢を徴収して王都に納めることである。その使命を達する為に、村の秩序と治安を守り、村民たちの生活にも心を配るのである。

 ウィスベドは、一般のワーストリョーシュの様な年貢や賦役、兵役などの義務は免れている。その代わり、王命を遂行する義務を課されている。それを遂行できないと、引退して一族内の者への交替を迫られる。最悪の場合は地位と財産を剥奪される。

 ウィスベドには、それなりに役得は有るが、王からの俸給は無い。国への義務を果たす経費は、ウィスベドの持ち出しである。その為、裕福でなければ、ウィスベドの任には堪えられない。


 ディフベドはパーイゴースの中で最も有力なウィスベドから任命される。通例、パーイゴース内の有力な家系が代々世襲している。ディフベドは、自己の村のウィスベドでもある。ウィスベドの仕事は、自分の子息や親族を代官にして任せている。

 ディフベドに任命されるウィスベドの家は、代々ほぼ固定されてる。そのようなディフベド候補家の家勢が衰えたり、適任者の不在、或いは不正の発覚、王の不興を買うなどして罷免されることも偶にある。謀反などの罪で取り潰される訳でも無ければ、家勢を盛り返してディフベドに返り咲くことも有れば、そのまま衰えて並のウィスベドに格落ちすることも有る。

 ディフベドは管轄地域のウィスベドたちの代表である。その職責は、王都と郷村の間の御用取次役である。王都の民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールと郷村のウィスベドたちの間の連絡役である。

 村落ウィスを越えて逃亡する犯罪者の捕縛も、ディフベドの職責である。エールンドレには専任の警察官は無く、ディフベドやウィスベドが集めた堅気の農民の子弟が武器を持って捕縛に当たるのである。例えて言うなら、消防団が自警団に成る様なものである。

 ディフベドの最も重要な役割は、管轄地域のウィスベド或いは村落間の利害の調整である。エールンドレでは、耕作面積は土地の所有権ではなく、水利権と労働力や耕牛の数によって左右される。調整と言う意味で最重要なのは水利権である。天候が順調で川の流れが豊富であれば、水利権争いは起きない。降雨が少なかったり、春の雪解け水が少なかったりすると、川の水位が減って水系ごとの水利争いが起こる。そこで水利権を調整して、足りない水を公平に村落に回すのがディフベドの職責である。これは日頃から人望と信用が無ければ務まらない。

 尚、王都隣接の六箇村のディフベドは、民部卿ワーストリョーシャーン・サーラールの助役的な属僚の立場にある。この役職から民部卿に昇進する例は多い。


 最後に、ウィスの群体であるディフとパーイゴースの違いとは何か?

 それは単なる言葉の違いである。非文字社会のエールンドレでは、成文法で官制を規定されている訳ではない。正式な専門用語など無いのである。ディフとパーイゴースに替わる言葉としてオスターンが使われることも有る。ディフベドのことをパーイゴースバーンとかオスターンダールと呼ぶ例もある。



【解説】


※官職名

 カタカナ名が基本で、日本語は便宜的なものに過ぎません。例えば、モウベドを「神祇卿」などと名付けましたが、「主教」と名付けても全然問題ありません。もっと直訳調にしても、より判り易い意訳にしても構いません。

 軍務卿アルテーシュターラーン・サーラールなどは、ファンタジーで好くある「戦士長」などと訳すのも好いでしょう。確かに、直訳すると「戦士長」という意味に成ります。


※関門要塞デルベンドディズと洞窟街道ラーフェ・スーラーフ

 ここは思い切って、迷宮ダンジョンにしても好いでしょう。多くの魔物が旅人を襲うような状況になる筈です。その場合、人手不足のエールンドレではダンジョンを掃討し尽くす力は無いでしょう。デルベンドディズの外側の楼門は放棄され、内側の楼門のみを守ることになるでしょう。

 その長さは約6kmと書きましたが、一フラサングは感覚的な距離です。騎行一時間で進める距離です。洞窟街道の実測距離は4kmくらいしかありません。


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