チュートリアルで“殺してしまう”最推し悪役令嬢を救いたい!

瑠輝愛

序 異世界の門

 惨劇の邸宅。

 そのシャンデリアの下で、ドレスの胸元を大胆に開く少女がいた。

 全身に浴びた返り血を舐め取ると、唇が紅色に染まった。

 黒く染まった贓物が吹き出した死体の山に囲まれて、ご満悦の様子だった。

 なんということだ。間に合わなかったか。

 聖剣機士セントヴァリオンの記念式典から駆けつけたジェランは、予想が的中したことを心から残念に思った。

 腰の聖剣をいつでも抜けるように構えつつ、ゆっくりと歩を進めた。


「本当に俺たちを裏切ったのか? アルス嬢」

「愚問ね! わたくしは魔獣王に身も心も捧げると誓ったのよ」


 その言葉を強調するように、血の滴るムチに頬ずりをした。

 仲間は式典の警護や出席で出てこれない。

 主役であるジェランは、休憩時間をこっそりと抜け出したのだ。

 アルス、ロメリア家の末娘が敵に懐柔されたという情報を聞きつけた。

 非常に間が悪いタイミングだった。

 しかし、帝国の驚異となるならば切らねばならない。


 アルスは、不敵に笑いながら言った。


「この私を虐げる、帝国のすべてのものに鉄槌を!」

「アルス!」


 アルスのムチに魔法の帯電がおこり、雷柱となってジェランを襲う。

 しかし、冷静にパターンを見極め、接近して一太刀浴びせた。

 すぐに間合いを取る。

 巨木な雷柱が、アルスを覆う攻撃が来るからだ。

 いかにチュートリアルであろうとも、難易度英雄譚なら一撃死である。


「すべての人間は豚よ。私のために喚いて、ひざまずいて、許しを請うがいい!」

「……」


 アルスの罵声にジェランは何も返さない。

 アクションゲームでは、いちいち主人公が敵に答えることはないからだ。

 そして、アルスの体力ゲージは残りわずかとなった。


「おのれ……。下等生物が」

「アルス、僕は君を必ず救ってみせるよ」


 最後はプレイヤー樹羅として、とどめの一撃を振り下ろした。

 断末魔を上げることなく絶命していく。

 それだけが現状唯一の救いだった。

 《聖剣機士ジェモナス》をクリアするためには、アルスを殺してチュートリアルをクリアしなければならない。

 これは回避できない、とされている。


 樹羅はVRゴーグルをつけ直して、ラスボスまで一気に攻略した。

 右下のタイマーが止まった。


 0:59.59.599


 一〇〇回目の挑戦は、予想以上の出来だった。

 一時間を切ることは不可能とされていたRTA《リアルタイムアタック》だったが、千分の一秒を刻んで成し遂げることが出来た。

 難易度英雄譚で、補助アイテムやスキルなしの記録では、世界一位だ。


 《聖剣機士ジェモナス》は、VRシングルプレイヤーとしては異例の、一千万本を売り上げた大ヒット作品だ。

 難易度ごとに操作が難しくなるシステムが特に受けた。

 その英雄譚難度は、実際に身体を動かして剣戟をしなければならず、それがゲーマーたちの高い壁となっていた。

 アップデートでシステム補助が当てられるようになって、かなり敷居はさがったが樹羅はそれを使おうとしなかった。


 理由は、リアルすぎるNPCたちとの会話、いわゆるアドベンチャーパートにあった。

 己の腕だけでクリアすると、生のリアクションが返ってくる。

 たとえ演技であったとしても、モチベを上げるには十分だった。

 たくさん出会えるヒロインたちのなかで、一番の推しになったのが悪役令嬢アルスだったのだ。

 だが、アルスはチュートリアルで殺される運命にある。

 樹羅にはそれが辛くて仕方がなかった。

 繰り返しプレイするうちに、救いたいという願いは強くなっていった。


 就職氷河期世代の四十路真っ只中、バイトで食いつなぐ。そしてネットの独学では限界を感じて、古武術道場に自分も門を叩いた。

 気がつけば名の知られるRTAプレイヤーになっていた。


 樹羅は、ゲームのエンディングを迎える前に、エリアの探索を隅々まで行った。

 これは競争とは関係ない。

 そもそもRTAを初めたのも、悪役令嬢アルスを救うフラグを早く探したいためだからだ。

 彼女は確かにおぞましいし、裏切る前はプレイヤーの邪魔しかしないし、罵る言葉しか吐かない。


 だけど樹羅は知っている。

 彼女が気高くて優しい少女だということを。

 ネットでそれを語っても、誰一人として相手にされなかった。

 アルスを助けたいと公言した時、一ヶ月間は嘲笑された。

 ゲーム開発側も「無理です」と一蹴した。


 それがどうした?

 だからこそ救うんじゃないか。


 探索できるすべてのエリアは巡った。

 成果は、今回もゼロだった。

 NPCも聞き飽きたセリフしか言わない。

 攻略可能ヒロインも、すべて同じ反応だ。

 全年齢向けなので、触ることすら出来ない。何らかのリアクションで何かが変わるかと、試みたが駄目だった。

 

 そしてまた、樹羅はアルスの生家にやってきた。

 お嬢様にふさわしい立派な屋敷だ。

 でもここはもう探索ができない。

 アルスを殺さなければならない前に、猫のようにネズミのように探索をした。

 だが、何もヒントは見つからなかった。

 今は入れぬ屋敷の門に手をおき、うなだれた。

 

「うわ!? なんで?」


 開くはずがない門が、ゆっくりと開いたのだ。

 恐る恐る踏み入れると、意識がもうろうとしてきた。

 息が苦しい。

 全身に痛みが走る。

 これはゲームの演出じゃない。現実リアルだ。

 はやくVRキットを外さなければ……。


§ § §


「……い!」


 声が聞こえる。

 樹羅の耳にかすかに、少女の声が聞こえた。

 まぶたをゆっくりと開けた。


「しっかりしなさい! 私の蘇生で生き返らないなんて、許さないんだから!」


 メガネをかけた、ツインテールの少女が涙をためながら叫んでいた。

 ようやく意識が働き始めて、なんとか返事を返せそうになった。


「ここは?」

「良かった……」小さな声でそういった後、いきなり罵倒にかわった。「覚えてないの? それでもこのアルス=ロメリアをかばって助けた傭兵なのかしら。しっかりなさい!」

「あ、アルス!?」


 びっくりして身を乗り出すと、頭がまたくらっとしてしまった。

 そこへ、頬にバチーンとビンタが繰り出された。


「痛!?」

「これで、目が覚めたかしら」

「アルスお嬢様なのですか?」

「そうよ。まだ寝ぼけていますの?」

「ああ、もういいです。ほんと痛いんで、ご褒美はもういいです」

「は?」

「いえ。夢の話です」


 アルスの声にしては、とても少女らしいトーンだ。

 ゲームの声は、妖艶で悪女のようだった。

 そしてなにより瞳だ。

 とても愛くるしい大きな目をしている。目つきがとても悪かったあの顔とは、似ても似つかなかった。

 でも髪は同じだ。

 アルスと名乗った少女は、周りを警戒しながら言った。


「雇った傭兵は壊滅。生き残ったのは、あなたと連れの女だけ。しかも悪いことに、魔獣は倒れてないの」

「状況はわかりました。お嬢様はお逃げください。時間稼ぎくらいはできます」


 今乗っているのは、ゲームの中で登場する機巧機士ロードらしい。

 全長三メートルほどの巨大人型鎧兵器で、対魔獣のために作られたと言うより戦争の中で開発された。

 両足が機械に埋まっている。これは、ロードの人機一体システムだ。

 よくわからないが、異世界転生しているようだ。つまり、現実世界では死んでしまったということか。

 でなければ、アルスにビンタされたり、痛みを感じたりしない。

 なにより、両手にVRコントローラーがない。

 樹羅の申し出にアルスが首を振った。


「傭兵なら、最後まで私を守り抜いてみせなさい!」

「しかし」


 いいかけて樹羅は口をつぐんだ。

 アルスの身体が震えているのだ。

 魔獣に襲われて、怯えているのだ。

 そんな中、最後の希望で樹羅を蘇生させてくれた。

 機士ヴァリオンとして応えなくてどうする。


 

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