第六話 魔獣飛翔体

 ミフィリアは「了解」と返事をすると、《ジェモナス》から飛び降りた。


「サモン! ロード・オブ・ジェネリー」


 口上に応えてすぐさま魔法陣が現れた。

 鈍色にびいろの一般兵のような鎧姿だ。

 それがバラバラになり、ミフィリアを包み込んで人機一体となった。

 

「どれくらいやれそう?」

『魔素も満タンに回復してるし、魔法弾くらいなら撃てるわ。機巧技師マイスターがいたら実弾や武器の補充も受けられたけど、贅沢言えない』

「サポートに徹してくれればいい。あの魔獣は俺が……、おっとおいでなすった」


 魔獣飛翔体が空から急降下してきた。

 今度はロードに乗っているので、なんなく回避できた。

 土埃が舞う中、アルスをミフィリアに渡した。

 頼むと言い残すと、聖剣を抜き放って土埃に突進した。

 鋭く薙ぎ払ったものの、空を裂いただけだ。

 手応えがない。

 その瞬間、真下が浮き上がって体勢を崩した。

 舌打ちしながら、後ろへバク転する。

 まだ舞う土埃の中から飛翔体が再び現れて、空高く舞った。


「どうなってんだ? 煙の中にはいなかったはずなのに」

『ジェラン、また突進してくるよ』

「ちっ。早すぎて対空できない」


 避けるのが精一杯だった。

 そしてまた土埃が広がる。

 飛行機のように滑空して地面スレスレを滑っているのか、とも考えた。

 しかし《リコネス》では確かにここにいるはずなのに、三度剣を振るっても、かすりもしなかった。

 また土埃が舞い上がり、《ジェモナス》が体制を崩す。

 今度は避けきれず地面に転がってしまった。

 

「ミフィリアが言っていた、モグラと組んでいるのか? でもそんな魔獣は探知できない」

『早く起きて!』

「ミフィリア、風の魔法を用意してくれ」

『でも』

「俺を信じてくれ。やつが急降下してきたらすぐ放ってくれ」

『わかった』


 ミフィリアは言われるがまま、両手をかかげて呪文を詠唱した。

 ジェランはまだ倒れたままだ。

 空に対空していた魔獣は、トドメとばかりに全力で強襲してきた。

 

「今だミフィリア!」

『《サイクロン》!』


 第三階位魔法《サイクロン》により、辺り一帯に暴風が巻きおこった。

 ジェランはすぐさま体を入れ替えて、魔獣の強襲を避けた。

 その時信じられないものを見た。

 空を飛ぶはずの飛翔体が、そのままドリルのように回転して地面に潜っていたのだ。

 こいつは、鳥でもありモグラでもあったのだ。

 高低差がつかめない《リコネス》では、何もわからなかったわけだ。

 土埃が吹き飛んでくれたおかげで、どこから出てくるのかも丸わかりだ。


「穴が空いていない地面から、こちらに向かって突っ込んでくる」


 ジェランはわざと穴が密集している地点を選んだ。

 アルスを抱いていた時、こいつは襲ってくることはなかった。

 ミフィリアも無事に合流した。

 そう、この魔獣は一度掘った穴は二度と通らない習性がある。

 聖剣を霞に構えた。狙いを定めながら、目線の高さ水平に剣を持つ。

 呼吸を整えて、五感を研ぎ澄ます。

 VR以上の情報を肌で感じ取れるのだ、機を逃してなるものか。

 地鳴りが《ジェモナス》の足に伝わり、ジェランの神経を通って目を見開いた。


「ここだ!」


 聖剣を鋭く振り下ろす。

 刹那それは、魔獣の身体を斜めに撫で斬っていた。

 臓物が吹き出し、返り血が雨のごとく《ジェモナス》にかけられた。

 構わず、倒れてのたうち回る魔獣に近づき、トドメの一撃を入れた。

 魔獣は声なき声をあげたあと、痙攣して絶命した。

 

 聖剣についた血のりを振るい落として、納刀する。

 すると全身についた血も清められるように蒸発していき、白銀の姿に戻った。

 ジェランが彼女たちのもとに帰ると、ミフィリアは嗚咽するような声をだした。


『もう! 倒れたときは心配したんだからね』

「心配かけてわるかったよ」


 アルスはミフィリアのロードの肩の上で、腕を組んで鼻息を荒くした。


「私は心配なんてしていないわ。あんな魔獣ごとき、勝って当然よ」

「ご期待に添えることが出来て、光栄です。アルスお嬢様を想って、最後の一太刀を振るいました」

「平民として当たり前のこと、いちいち言う必要なんてないの」

「ならばこう言いかえましょう。我が愛しき淑女のために、剣を振るいました」

「何度も同じことを言うなんて、あんたはオウムかしら」


 アルスの頬が赤くなっていくところを、ジェランは見逃さなかった。

 《ジェモナス》の望遠機能で、アルスの尊い小顔をバッチリ拡大しているのだ。

 だがミフィリアにはそれが分からなかった。


『ひどい! ジェランが命がけで戦ってくれたのに、礼の一つくらいいえないのかしら? 貴族としてのしつけがなってないんじゃないの』

「おまえこそ、平民の礼儀がなっておらぬではないか!」


 こうなると喧嘩が長くなる。

 ジェランはすぐに手を差し出し、こちらに来るように促した。


「お嬢様、このままロードで帝国までお連れしたいと思います。よろしいですか」

「仕方がないわね。許可するわ」

『ジェランはアルス嬢を甘やかしすぎよ! 貴族だからってタメなんだからね』


 なんとかミフィリアをなだめる。

 気にしていないと伝えても、ミフィリアは釈然としないままだった。

 ここで言い争っていても、帝国に帰ることは出来ない。

 ジェランは初めて《ジェモナス》に乗ったときのように、またアルスを肩に乗せて運ぶことにした。

 ミフィリアとふたりにしては、喧嘩が耐えないだろう。


「アルスお嬢様、戦っている時はミフィリアと喧嘩はありませんでしたか?」

「あいつも戦いに集中していたし、私はいちいち平民の小娘にかまっているほど趣味は悪くなくってよ」


 一安心した。

 出発しようとした時、ミフィリアが声を荒げた。


『あっ、あんたね!』

「どうかしたか」

『今アルス嬢が、わたしに向かって挑発したのよ』


 そのアルス嬢をみると、後ろのミフィリアを見ることなく前を向いて座っていた。

 気にせず数歩進んだ時、またミフィリアが声を上げた。


『ジェラン、今送ったから』

「ん?」


 《ジェモナス》インターフェイスに受信の通知が入っていた。

 視線を注視すると、通知が開封された。

 そこには、アルスがジェモナスの首に抱きついてピースサインをだしながら、舌を出して小馬鹿にしている姿だった。

 よほど腹に据えかねたのだろう。

 このスクリーンショット機能は、便利なデジカメなどと違って撮影に限りがある。

 軍事教本にも、私的利用は厳禁と書かれてあった。

 傭兵だから懲罰房とか始末書とかはないだろうけれど、このまま放っておくわけにはいくまい。

 ジェランは《ジェモナス》の手を、アルスの前に差し出していった。


「お嬢様、こちらにお乗りください。手の上のほうが高さもちょうどよいかと」

「そうね」


 これで顔を合わせてしまうことはないだろう。

 ジェランはほっとした。

 《ジェモナス》の魔素残量を調べると、残り五○。つまり五○パーセントということになる。

 ロードは魔素が切れると、強制的に魔法陣に戻されてしまう。

 つまりいざ戦闘になると戦えなくなる。

 ゲームのときは、ひたすら逃げるしかなかった。帰還も含めた燃料の使い方が必要だ。


 そういえば、石碑のような古代文字が刻まれたポータルで瞬間移動できたのだが、この世界でも同じようなことができるのだろうか。

 《リコネス》を広範囲に展開して、石碑を探してみた。

 オブジェクトの形だけなら分かるはずだ。

 

「あった! ここから一○○メートルくらいの場所か」


 アルスとミフィリアに石碑を見たいといって、ルートを変更してもらった。

 そこのあったのは、高さ二メートルくらいの大きめの石碑だった。中には象形文字のようなレリーフが掘られている。

 ロードを解除し、三人は石碑に集まった。

 ミフィリアはこれを見て訝しんだ。


「ところどころに点在している謎の石碑よね。やけに頑丈で魔獣の攻撃ですら砕けないけれど、動かすことも出来ないから放置されているものよ。こんなの何の役に立つの?」

「それを今から試すんだ。ちょっと見てて」


 ジェランはそういうと石碑に触れた。

 目を閉じてゲームで見た帝国の情景を思い浮かべる。

 帝国はかなり領地が広い。漠然と思い浮かべてはとんでもないところに飛ばされるかもしれない。

 案の定、ゲームのように目的地の名前が現れることはなかった。

 一番思い出しやすい、凱旋門の付近にある石碑を強く念じることにした。

 すると石碑がゆっくりと光り輝きはじめた。

 ジェランはアルスとミフィリアの手を握った。


「急になにするの」

「どうしたのよ」


 ふたりには「見てればわかる」とだけ伝えた。

 光は大きく広がり、三人を包み込んだ。

 光が消えて、視界が徐々に回復する。

 そこは、帝国の凱旋門広場だった。

 アルスとミフィリアは、思わず声を上げて驚いた。


「ここって広場じゃないの」

「ジェラン、どういうことよ」


 事細かく解説してあげたいが、当のジェランすら仕組みは分からない。

 ただゲームでそうだったから、試しにやってみたら出来ただけだ。

 でもこれだけは言える。


「聖剣の力だよ」


 腰に下げた聖剣ジェモナスブレードに目をやって答えた。

 するとアルスが手を叩いて言った。


「そういえば、聴いたことがあるわ。聖剣には離れた場所を結ぶ力があると。ここまで来ると、伝承はすべて真実であると思わざるを得ないわね」


 さて、ここにじっとしているわけにもいかない。

 軍服とはいえ露出の高いヴァンプレスを来た二人と、小綺麗なドレスを着たお嬢様が並んでいては、往来では目立ってしまう。

 正式な機士隊員なら、礼服といわれる他所行き用のものがあるのだが、二人はあいにくと傭兵の身分だ。そんな洒落たものはない。

 仕方がない、とジェランは隠していたマントを展開した。

 これで身体を隠して歩ける。

 ゲームでは機士隊員の下っ端という身分だったから、困らなかったのだが。

 だがミフィリアが頬を膨らませて、ジェランを睨んだ。


「私はどうするのよ。言っとくけど、これ解いたら肌着なんだからね」

「なら、あそこにちょうど仕立て屋があるから、そこで買おう」

「おごりなさいよ」

「え……」

「なによ。前払いでいくらかあるでしょ」

「ええと、お金お金」


 懐をまさぐっていると、ミフィリアが頭を抱えた。


「なにやっているの? 大昔じゃないんだから、お金はヴァンプレットに登録されているでしょ」

「電子マネーなのかよ」

「デンシ? なにそれ」

「すまん、思いついたギャグだ」

「つまらないわよ、それ」


 おもいっきり白い目で見られた。

 受けない芸人の気持ちが少しだけ分かった気がする。

 今ジェランのヴァンプレットは、聖剣に取って代わっている。

 柄を触ってステータスウィンドウを開いてみると、確かに右ななめ下に残高が表示された。

 一○万ドルガとある。

 たしか、一○○ドルガで宿屋一泊分が相場だったはずだ。

 もともとの手持ちと合わせたとしても、かなりの大金だ。

 周りに聞こえないように、ミフィリアにもこれくらい振り込まれたのか聴いてみた。

 するとミフィリアは、無言で頷いてくれた。

 犠牲になった兵士たちにも、同じ額を支払っていたことを考えれば、相当な予算を注ぎ込んだ遠征になる。

 そんな思いからアルスを見てしまうと、察したかのように言った。


「心配なさらなくても、犠牲者の報酬はすべて回収済み。あとでご遺族に送金しますわ」

「いや、黙っていれば懐が傷まないのでは?」


 ジェランはつい本音が出てしまった。

 前金とは言え、途中で死んだ傭兵だ。そこまでする義理立てはないはずだ。

 だがアルスは、首を振りながら胸を張った。


「私が、そこらの小汚い貴族と同類に思えまして?」


 そこにいたのは、気高さを誇りにした一人の貴族の姿だった。

 こんな場面をゲームで見たことがある。

 アルスがNPCと会話をしていたときだ。

 自分の傍使いたちを、自らの手で首にした直後のことだ。


「愚か者たちを放逐できて、清々しましたわ」

「給金日の直前にやめさせるなんて、さすがアルス様。どうです、これからそのお金で、お茶会のお菓子でも買いに行きませんこと?」

「この私を見くびらないでくださる? お給金は暇を与えた直後に支払いましたわ」

「まあ、もったいない」

「お父様が直接支払っていたとしても、必ず進言してましたわ。そういうの、我慢なりませんの」


 一度しか見なかったレアな会話だったし、さほど重要でないと思っていた。

 もしかしたらゲームと現実を比べたとしても、アルスの性格にさほど差はないのではないか?

 今は深く考えるべき時じゃない。

 ジェランは頭を下げて、自分の非を認めた。


「滅相もございません。愚かな発言をお許しください」

「今回だけ許してあげる。さあ、とっとと仕立て屋に行きなさい」

「寛大なお心遣い、感謝します」


 悪役令嬢と言われるアルスは、知れば知るほど真逆の性格がみえてくる。

 今の彼女との違いがあるとすれば、メガネくらいだ。

 それだけで性格が切り替わるキャラも、たしかに漫画とかによくあるがそれはコメディのときくらいだろう。

 

「ジェラン、聴いてるの?」

「え?」

「もう! どんな服がいいのか選んでって言っているのに、ずっとうわの空じゃないの」

「ごめん。ちゃんと見るよ」

「これとこれで迷ってるの」


 仕立て屋に飾っている婦人服の見本のなかで、ミフィリアはふたつを指差した。

 一つは、ウエストを絞ったプリーツミニスカートとブラウスに丈の短いジャケットの組み合わせ。もう一つは、膝丈より長めの落ち着いたフレアスカートに、襟が大きく開いているものの全体的にゆったりめのニットに、落ち着いた感じのジャケットだ。

 前者はミフィリアのスタイルを存分に強調したデザインで、後者は凱旋門広場でもよく見かける、慎み深く抑えた服装だ。

 ちなみにアルスの服装は、これぞ貴族といったきらびやかな装いをしている。とくに胸元の着飾りは豪華で、平民が着ることは一生ないと思わせるものだ。

 ジェランは迷うことなく、指を鋭くさした。


「そっちのミニスカで!」

「かわいいけど、傭兵ぽくないかなって思ってたんだよね」

「俺は断然そっち派だ」

「ジェランがそこまでいうなら、これにするわ」


 仕立て屋の店員は、かしこまりましたとうなずいた。

 それからミフィリアが指定した生地を持って、奥に入っていった。

 それから三十分もしないうちに、いや正確には十五分で服が完成した。


「早! 服ってそんなに早く作れるの?」

「はい。当店では、装飾専用のヴァンプレットを使っておりますから。他の店より四倍は早う作れるのが自慢でございます」


 店員が誇らしげに笑顔で語っていた。

 その右腕には、傭兵のミフィリアが付けているのとは違う、かなり流線型なヴァンプレットを付けていた。

 ヴァンプレットはこのように日常の仕事でも使われる、一般的なツールだ。


 他にも、料理人専用・大工専用・刀鍛冶専用と様々な用途に特化したヴァンプレットがある。

 一般人の魔素量が多いとは限らないため、魔素カートリッジで連続使用できるようになっている。

 簡単に言えば、電池で動く白物家電みたいなものだ。

 ちなみにミフィリアのヴァンプレットは、まさに篭手ガントレットの形をしていて戦闘用に特化している。だからヴンプレスを装着できるし、ロードも召喚できる。

 アルスのヴァンプレットは、小さな手首くらいの大きさのもので、装飾品としても優れている貴族御用達のデザインだ。


 ミフィリアがおろしたての服に着替えているときに、アルスが店の暖簾のれんをくぐってきた。


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