第五話 悪役令嬢アルス
どのくらい気絶していたのか?
ジェランは《リコネス》を開いてみた。
なにか時計のような機能はないか、聖剣に触りながら目を走らせた。
すぐに時刻が表示された。
これから逆算しても、五分ほど気を失っていたことになる。
どこかを打ったのか、少し頭が痛い。
上を見上げると、真っ暗だ。
地面をうがった穴が見当たらない。
地下を転がってしまったのかもしれない。
《リコネス》を閉じると真っ暗だ。
サーチライトを照らしても、その方向以外は暗いままだった。
ランタンのように周囲を照らす機能がない。
「そうだ、通信で」
聖剣に備わったヴァンプレスの通信機能を使って、ミフィリアに連絡が取れれば。
「駄目だ、ノイズがすごい」
電波と同じ仕組みなら、もしかしたらと思った。
《リコネス》を開いて魔素量を調べると、かなり高濃度のようだ。
濃すぎると混線しやすいようだ。いちいち、ゲームに描かれていない設定が立ちはだかるなと、ジェランはため息をついた。
あの状況で隣りに座っていたミフィリアだけが、落下を逃れて地上にいるのは考えにくい。
今できることは、サーチライトを照らしながら彼女たちを探すことぐらいだ。
「アルスお嬢様、ミフィリア、返事してくれ」
反響音がすごい。
洞窟のようなものなのか。
方角は《リコネス》でなんとか分かるものの、正確な位置までわからない。
ゲームのようにマップも表示してくれれば、どんなに楽だったか。
「いや、待てよ。そうか、ゲームのようにすれば」
ジェランは索敵を開始した。
そのレーダー反響結果を、そのまま《リコネス》に描かせる。
するとたちまち周囲のマップが出来上がった。
アリの巣のように入り組んでいて、かなり広い洞窟だということが分かった。
壁に近づきすぎなければ聖剣を振りまわせるし、ロードだって召喚できる。
でも今はアルスたちを探しているので、ロードは使えない。
万が一踏み潰すことだってある。
索敵に緑色の点がひとつ浮かび上がった。
すぐにそこへ向かった。
ジェランは、大きな喜びと不安が同時に湧き上がるのを感じた。
馬車がひっくり返っており、馬が無残な姿で死んでいた。けん引していた荷車もバラバラになっていて、ほぼ回収不可能な状態だ。
周囲を慎重に確認しながら、馬車の窓を覗き込んだ。
そこにアルスが、ぐったりと横たわっていた。
すぐに馬車の扉を開けるため、指をかけた。
しかし歪んでしまっていて、なかなか動かない。
翡翠の薔薇を採ったときの要領で、ヴァンプレスのパワーを少しだけ上げてみた。
胸周りから腕に至るまで、二回りほどパンプアップした。
力任せに扉の縁をこじ開けた。
パワーを元に戻してから、そっとアルスと翡翠の薔薇の苗を引き寄せて馬車の外へ運んで、ちょうど広がっていた毛布の上に寝かせた。
頭を強く打ったようで、血が流れていた。
ジェランの汎用スキルに
聖剣が淡く輝き、両手から暖かな光が放たれる。
傷がふさがったことを確認すると、他に怪我がないか確認した。
「脱がせるしかないか。痛いところを気絶している人に聞くわけにもいかないし」
背中のファスナーをおろして、スカートも脱がせた。
サーチライトに照らされた白い素肌に浮かぶ、ピンクの下着が幻想的なハーモニーを演出していた。
ライトの光量を弱めて、白飛びを抑える。
肩、肘、膝、お尻などなど、至るところに青アザが出来ていた。
骨折の疑いがある部位まである。
レントゲンみたいに透視できればよかったけれど、そこまでチートじゃないようだ。
難しいのは、治癒魔法の用途が分かれていることだ。
骨折用、打ち身用、裂傷用、などなど。
ジェランが習得しているのは、軽い骨折と傷を治せる程度のもの。
衛生機士のミフィリアなら、綺麗に治療してくれるだろう。
今できることをとにかくやるしかなかった。
骨折は全て治すことができた。
傷口も塞いだが、打ち身や捻挫の患部までは治療できなかった。
あとはアルスが起きるのを待つだけだ。
服を着せようとした時、アルスのまぶたがゆっくりと開いた。
「ジェラン? ここは?」
「気が付かれましたか、よかった。ここは地下の洞窟です。先程の魔獣の襲来で、俺たち落ちてしまったようです」
「そう、痛っ」
「起きてはいけません。骨折と傷は直しましたが、捻挫はまだあります」
「治せないのね、役立たず」
「申し訳ありません」
「まったく……、て、なにこの格好。なんで私、服着てないの!?」
「治療のため、しかたなく……」
「この変態! 強姦魔! 平民ごときが高貴な貴族の肌を見てもいいと思ってるのかしら!」
「薔薇のように美しい身体には、指一本触れてませんから!」
アルスの罵声がピタッと止まり、身体を隠すように背中を向けた。
「当然よ。……でも触りたかったのではなくて?」
返事に困る質問がきた。
はいと言えば、この変態と罵られる。
いいえと言えば、私の身体に魅力がないってこと? と非難される。
どっちを答えても好感度が下がるフラグしかたたない。
これを回避する方法はないのか?
「我慢しました。ご婦人の同意なしに肌に触れるなんてこと、機士して断じてあってはならないことです」
ジェランは脳をフル回転させて、魅力的ですけど自制しましたアピールをやってみた。
アルスの反応をおそるおそる待つ。
「我慢できてしまうほど、私はつまらないかしら? ミフィリアには触れたくせに」
「ひゃう!? まさかご存知だったとは」
喉の奥から変な声が出てしまった。
この現場に大きくもたれかかる文字が浮かんだ。
修羅場。
ああ、なんてことだ。
修羅場って実際なってみると、ほんと八方塞がりだ。
逃げ場なんてどこにもない。
たとえここに、どこでも扉があっても身体が動かない。
ジェランは顔をひきつらせながら、絶望に打ちひしがれていた。
そんなジェランの表情が見えないまま、アルスは言った。
「まだ、我慢できるの? わ、私がそちらを向けばどうかしら」
アルスは顔を赤らめながら、正面を向いた。
そしてゆっくりと両腕をおろした。
ミフィリアほどではないが、魅力的な大きさの谷間を包むピンクのブラは、アルスの喉を鳴らすのに十分だった。
アルスはまぶたを強く閉じながら、ブラのフロントフォックを外した。
肩紐を下ろすと、先端が埋もれた赤く敏感そうな部分が露わになった。
アルスは言った。
「逆光であなたの顔がよく見えないわ。目をそらさず、見てるかしら?」
「はい。こんな魅惑的な乳首は見たことがありません」
「き、気にしてるのよ! ここはあまり見ないで」
「いえ。もう我慢できそうにありません」
ジェランはヴァンプレスを解いて、肌着の姿になった。
そしてアルスを押し倒した。
アルスは抵抗せず、目をそらしたままだった。
「アルスお嬢様、平民の俺でもいいんですね?」
「特別に許可するわ。……やさしくしてね」
その一言でジェランの理性が吹き飛び、胸に吸い付いた。
太ももから破瓜の血が流れ終わったとき、アルスは令嬢らしい声で絶頂を迎えた。
それから、少し時間が過ぎた。
アルスはというと、頬を高揚させつつ痙攣していた。
初めかなり痛がっていたのが、嘘のようだ。
ジェランは、手とまだ反り返っているモノを見つめた。
「俺ってこんなテクニシャンだったか? 工夫といえばハウツー本にあった、ツバをためての温かい愛撫を心がけたくらいだけど? もしかしてカーマ・スートラが俺に憑依してたりして」
これも異世界転生した恩恵なのかもしれない。
何にせよ、コレを沈めないことには。
「やっぱり、アルス嬢とやったんだ」
「二人っきりで美少女といたら、我慢できるわけないでしょ」
「ふーん」
「え!? ミフィリア」
「遭難しているわたしを放置して、ふたりはイチャイチャねー」
ミフィリアは、ジェランの股にうずくまると、モノをしゃぶりはじめた。
「悪かった、謝るから勘弁してくれ。いま落ち着こうとしてたんだ」
「もう気にしてないから。これ、手伝ってあげるわ」
一分で果てた。
風俗嬢顔負けの超絶テクニックを、一体どこで覚えたんだ。
ミフィリアは口からこぼれた白濁を、すくっては口に運んびこんで味わった。
「これがアルス嬢の味か」
「そういう事言うなよ」
「いつまで丸腰でいるつもり? はやくヴァンプレスを装備しなさい。ここ、安全じゃないわよ。むしろ地獄の一丁目ね」
「どういうことだ?」
「魔獣の巣よ。正確には根城だけど」
「だって、索敵に反応なんて」
「ジェランが楽しんでいる間に、土壌の成分の調査してたの。間違いないわ」
「魔獣の種類も分かったのか?」
「ドリル型ね。さっきわたしたちを落とした飛来型が餌を沈めて、ドリル型が食べる。と思う」
「思う?」
「魔獣の生態なんて、はっきりしてないのよ。知ってるでしょ」
「そうだったな。じゃあ、アルスを連れて早くここを出よう」
ジェランはヴァンプレスを装着すると、アルスに服を着るように促して、お姫様抱っこした。
翡翠の苗をわたして声をかけてみると、まだ余韻が残っている様子だった。
「お嬢様、ここは危ないので外へお連れします」
「こっ……、こほん。ここまでした責任とりなさいよね」
「はい! この命にかけて!」
アルスはこちらを見ないように、そっぽを向いて言った。
「じゃあ、私を正妻にしなさい」
「もち……いや、今はここを出ましょう」
ミフィリアの視線から殺気を感じたジェランは、慌てて駆け出した。
《リコネス》を開き、周囲を索敵する。
このまま進めば地上に出られる。
それにはロードをまとって登るしかない。
それに、先程の飛翔型魔獣が待ち伏せしているとも限らない。
ジェランはロードを召喚するため、ふたりに離れるように言ったが、アルスが抱きついてきて離れようとしない。
「お嬢様?」
「いや。今、おまえと離れるとどうにかなってしまいそうなの!」
――ド……クン。
ジェランの心臓が一瞬停止した。
これが本当の尊死というものか。
耳元でそんなことを言うのは、破壊力がありすぎる。
離れてくれたミフィリアが、どうしたのと言ってきた。
なんとかごまかして、もう一度アルスに向き直る。
「ロードを召喚出来ません。しばらく離れていただけますか」
「いや。こうなったの、おまえのせいなんだからね! 責任取りなさいよ」
「困りました。地上に出なければ俺たちは
「まだわからないの! これだから平民は頭が悪いのよ」
アルスはジェランを見つめ返す。
眼鏡の奥は潤んでおり、唇がきゅっと締まった。
ようやく察っすると、ジェランは少しだけ唇をあけてアルスの唇に重ねた。
当然のようにアルスも唇をあけて、互いを絡めあった。
五つ数え終わった時、ジェランがゆっくりと離した。
「これで満足ですか、アルスお嬢様」
「足りない」
「つづきは、帝国に返ってからで」
「約束は守りなさいよ、でないとひどい目に合わせるからね」
「肝に銘じます」
アルスはようやくジェランから降りて、洞窟の端へ離れていった。
ミフィリアの視線がしびれ針のように痛いが、今は我慢だ。
ジェランは聖剣を抜刀して、柄を逆さに立てて叫んだ。
「サモン! ロード・オブ・ジェモナス」
背後に巨大な魔法陣が現れ、中から白銀の甲冑機巧機士が姿を表した。
ジェランの身体が浮き上がると、機巧機士はバラバラになって彼の身体に再構成されていく。
ジェランの身体が完全にロードと一つとなると、《ジェモナス》の腰に巨大化した聖剣が帯刀された。
洞窟の闇の中でも姿がはっきりと分かる。
ジェランは、ふたりを結界で包み込んで、《ジェモナス》の両肩に乗せた。
これでたとえ洞窟が崩れても、ふたりが負傷することはない。
「一気に行きます。振り落とされないように、首につかまっててください」
ふたりの手の感触を感じたところで、天井に向かってジャンプした。
簡単に天井が崩れて、上の階層の洞窟に飛び移ることが出来た。
さらに上にいけば地上だ。
天井に手を伸ばして、体当たりで砕けるか確認した。
岩盤が硬めだった。
でも無理に壊したら、二次被害を出さないか心配になった。
そのことをミフィリアに言うと、肩をすくめた。
「こんな魔獣地帯にピクニックにくる、一般市民がいると思う?」
ジェランは確かにそうだと、砕けた返事をした。
右拳に魔素を込める。
右肩にいるアルスに言った。
「今から天井をパンチで叩き割ります。肩が回るので、首にしっかり捕まっててください」
「いいから、とっととやりなさい! のろまなんだから」
アルスの調子が戻ってきたみたいだ。
それに安心したジェランは、天井に向かって拳を突き上げた。
またたく間にヒビが走り、天井いや地上が砕けて脱出口が開いた。
すぐにジャンプして、できるだけ地面が硬そうな場所へ着地した。
ジェランは《ジェモナス》の拳を見て思った。
全力じゃないのに、硬そうな岩盤が粉々に砕けた。まさに戦闘ロボットだな、と。
これから起こるであろう戦闘に備えて、左肩のミフィリアにロードを纏うようにお願いした。
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