第四話 翡翠の薔薇

 中は暗いため、ヴァンプレスの両肩にあるサーチライトを光らせた。魔素を充填しておいたものだから、体力は使わない。

 アルスには、ヴァンプレットのサーチライトを使ってもらった。

 自動小銃を構え、緊張感を切らさないように進んでいく。

 

 ふと、何かがサーチライトにキラリと反射した。

 もう一度照らすと、そこには薔薇の形をした宝石が岩肌についていた。

 光が中で乱反射して跳ね返ってくる。

 そのおかげでダイアモンドのように輝いていた。

 感心してそれに触れてみると、アルスが言ってきた。

 

「あら、珍しいのかしら?」

「実物をみるのは初めてで」

「まあ平民なら、そんな粗悪ものに惹かれても仕方ないわね」

「え!? これが粗悪なんですか」

「当然でしょ。よくみなさいな。エッジが欠けているし、不純物も多い」

「確かに」

「《三連星》なら、こんなことはありえないけど」

「そうなのですか」

「三つの薔薇が連なるためには様々な条件があるの。その一つが不純物なし。まじりっけなしの完全透明度よ」


 天然鉱石なら、どこかしらに不純物が交じるものだ。

 宝石に限らず、どんな鉱石でもありえる。

 ジェランは宝石には詳しくないが、天然ダイヤモンドの不純物ゼロにとんでもない値段が付くくらいは知っていた。

 あたりを見回すと、いろいろなところに翡翠の薔薇がいた。

 中には、つぼみまである。

 どうみても鉱石なのに、どうやって花開くのだろうか?

 今はそんなことよりも、アルスの警護だ。

 

 歩きはじめたアルスの後ろをいき、できるだけ洞窟の構造を把握する。

 初見プレイで何よりも大切なのは、観察だ。

 できるだけ情報を引き出し、攻略の糸口を掴む。

 ゲームならリトライが何度でもできるので、いわゆる挑戦トライ&死亡エラーが可能だがここは現実だ。

 蘇生はできるかもしれないが、回数制限がある以上、無謀なことは出来ない。

 洞窟内には、トラップらしい人工物は見当たらない。

 もちろん、後ろばかりではなく前も警戒する。

 サーチライトで前方を照らした時、きらきらと光る翡翠の欠片があった。


「これは、まさか」

「どうしたのかしら?」

「いえ」

「そう」


 洞窟は曲がりくねりはあるものの、一本道の構造だった。

 罠らしい罠もなく最奥にたどり着いた。

 そこには、ロードくらいの高さがある小高い岩山があり、周りを棘のツタがぐるぐると巻かれていた。

 この棘も翡翠でできている。

 山頂はここからでは見えなかった。

 アルスが感激の声を上げた。


「情報通りよ! あの上に三連星が咲いているはず」

「枯れてしまっている、とかはないですよね」

「それは、砕かれない限りありえないわ。なに? 今さら怖気づいたのかしら」

「いえ。ここは俺がロードで取りましょう」

「駄目よ! それこそ砕きかねないわ! 登ってきて」

「分かりました」


 アルスに自動小銃を手渡した。

 おそらくろくに使えないだろうけど、護身用くらいにはなるだろう。

 腰の聖剣と短剣を確かめて、茨に触った。

 棘に触れても痛くない。

 ヴァンプレスの装甲のおかげか。

 足をかけてみる。

 思ったより頑丈で、乗っても折れたりしないようだ。

 

 間近でみて分かったが、この茨は岩に巻かれているというよりめり込んでいた。

 サーチライトに照らされても、宝石らしい反射はなかった。

 半分ほど登ったところで、アルスの方を振り返った。


 とくに変わった様子はない。

 サーチライトに照らされた彼女は、自動小銃を肩に下げて祈るように両手を合わせていた。

 このヴァンプレスは思ったよりもパワーが上がってしまうので、できるだけ慎重に登る。

 頂上にたどり着いた。

 サーチライトで辺りを照らしてみると、人ひとり立てるくらいの狭いスペースだった。

 茨がとぐろのように巻かれており、その頂点に翡翠の薔薇三連星が……。


「ない! おいおい、なんてこった」


 生えていたであろうところに、折られた痕跡がある。

 途方に暮れていると、小さな小さな蕾を発見した。

 下で待っているアルスに大声で言った。


「お嬢様、三連星がありません。誰かが手折たおれて持ち去ったようです」

「そんな。よく探しなさい!」

「小粒のような小さい薔薇ならありました。これを持ち帰りますか?」

「それは折っては駄目よ。次の三連星になる薔薇でしょうか」

「しかし、手ぶらというわけには」


 これでは埒が明かない。

 いったん下まで飛び降りると、アルスをお姫様抱っこした。


「失礼します、アルスお嬢様」

「急に何をするのよ」

「実際に見てから判断していただこうと」

「私にあそこを登れというの? 無理よ」

「捕まっててください」


 ジェランは呼吸を整えて、膝を曲げた。

 するとヴァンプレスが淡白く輝き、パワーがみなぎりはじめた。

 ジャンプすると、思った以上の跳躍になった。もしリミッターを開放したら、どうなってしまうか。今はやめておこう。

 できるだけ一度通ったところを踏み台にしながら登る。

 別のところを踏んで、万が一岩山が崩れたら大変だ。

 山頂に到着すると、ジェランはアルスだけをそこにおろして、自分は山頂の屋根部分に降りた。

 アルスを見上げるかたちになる。

 丈の長いフレアスカートなので、中は見えないはず。

 だと思ったのに、期待は裏切られた。

 身をかがめている姿勢をとったせいで、薄いピンクが丸見えになったのだ。

 まだ幼さを残す白いおみ足に、ジェランは手を合わせたくなってきた。


「ジェラン」

「は、はい!」

「どうしたのよ、慌てて。魔獣?」

「いえ。なんでもありません」


 薄ピンクにそう返事した。

 そしてそれは左右に揺れながら話を続けた。


「このつぼみ、持っていくわ」

「よろしいのですか?」

「翡翠の薔薇がつぼみから咲くまで、おおよそ一週間よ。百年に一度と言われている花に今つぼみがついているなんて、変でしょ」

「言われてみれば、そうですね」

「この茨と岩ごと取り出せば、生きたまま運べるわ。ジェラン、やれないとは言わさなくってよ」

「お安い御用です、アルスお嬢様。では一度、私の背中に降りてもらえますか」

「分かったわ」


 アルスが恐る恐るジェランの肩を踏んだ。

 思わぬご褒美に、小躍りしそうになる。

 そのまま降りてくると、フレアスカートがジェランの頭に引っかかった。


「きゃっ! 無礼者!」

「申し訳ありません」


 一瞬、アルスの香りに包まれて、幸せのあまり尊死しそうになった。

 香水を使っていない天然のアルス香は、なんとやわらかく高貴なのだろう。

 

「降りたわよ」

「はい。首に腕を回していただけますか」

「こうかしら」

「よろしいです。では、登ります」


 つぼみを確認して、短剣で岩を叩いてみた。

 硬すぎて通らない。

 やや取り回しが難しそうだが聖剣を抜いてみた。

 刀身の峰を支えながら、慎重に岩に入れる。

 今度はチーズのようにさっくりと通った。

 すごい切れ味に感心しつつ、翡翠の薔薇の株を抜き取った。

 根っこのようなものは生えていなかった。

 この茨がその役割をしているのかもしれない。


「よくやったわ。これで、ここに来た証だけは持って帰れるわ」

「飛び降りますよ、お嬢様」

「よくってよ」


 洞窟を出ると、ミフィリアが馬車の地点から手を降ってくれた。

 成果を報告すると、残念そうにいった。


「そう。すでに誰かの手に」

「正確な時期はわからないが、おそらく一週間前から昨日にかけてだ」

「どうしてそう思うの」

「砕かれた薔薇が地面に落ちていたんだ。枯れるのは一週間かかるだろ?」

「たしかにね。それにしても、そんなのよく見つけたわね。翡翠の薔薇が砕けると、ゴマみたいに小さくなるのに」

「たまたまさ」

「ところで、いつまでアルス嬢をおんぶしているのかしら」


 ジェランとアルスがどうじに、ギクッと声を出してしまった。

 腰を落としてアルスに降りてもらうと、アルスは先程のつぼみをミフィリアに見せつけた。


「だが、安心しろ! 手ぶらでは帰らぬ」

「翡翠の薔薇のつぼみ、これなら帝国に帰るまでに咲くかも」

「ええ。ここまで一週間かかったもの」

「砕けないように容器に入れましょう。ジェランは見張り交代して」


 ジェランがうなずくと、アルスにあずけていた自動小銃を受け取って警備を代わった。


◆ ◆ ◆


 ミフィリアは、容器を探しながらアルスにたずねた。


「ねえ、ジェランのこと、どう思っているの?」

「なによ、突然」

「わたしは、ジェランが好きよ。昨夜、彼と寝たの」

「ね、ね、寝た!?」

「お嬢様でもこれくらいの意味は分かるようね。正妻はわたしだから」

「私は、まだ何も言ってないわ!」

「隠せてないわよ、顔真っ赤にしてあせってるもの」


 平静を装いながらも、顔が引きつって耳まで真っ赤にしているアルスが、ミフィリアには滑稽に見えた。

 ――これだから処女は分かりやすいわ。

 ミフィリアは容器を手渡しながら言った。


「まあいいわ。ライバル宣言はしておくわよ。正妻の座が欲しかったら、かかってきなさいな。受けて立つわよ、性悪お嬢様」

「平民のくせに、言ってくるじゃないの。貴族の処女を捧げれば、どんな男も私を正妻にしたくなるわよ」

「へぇ、どうかしらね」

「ふふーん。見てなさい」


◆ ◆ ◆


 ジェランは馬車の前で自動小銃を構えていた。

 そういえば、とヴァンプレスの性能を確認していなかった。

 パワーアップはゲームであったスキルをそのまま使ってみただけだが、予想以上だったのでバランスに少し手間取った。

 索敵ができるかどうか試してみた。

 ゲームでは画面にレーダーが表示されるけれど、現実世界にそんなものはない。

 常にゲーム画面な異世界転生モノがあった気がするが、覚えてない。

 

 ヴァンプレットでもある聖剣に触れて、索敵を念じてみた。

 すると潜水艦のソナーのような光が自分から広がった。

 相手に見えるのかはわからない。

 襟元から投影が現れた。

 その右下には《リコネス》と帝国公用語で表記されていた。

 マップのようなものはないが、中央を表す白い点と、緑色のふたつの点灯を確認できた。

 これらは、アルスとミフィリアだろう。

 敵影なら赤い点のようだが、確認できない。

 

 二人が戻ってきた。

 アルスは透明な容器に入った、翡翠の薔薇の株を大切に持っていた。

 馬車の扉を開けようとした時、アルスが背伸びをして迫ってきた。

 ジェランは何事かと思っていると、アルスが眉を上げて言った。


「この駄犬!」

「え?」

「ふんっ」


 アルスはそっぽを向いたまま、馬車に乗ってしまった。

 ジェランが首を傾げていると、ミフィリアが急かした。


「出発しましょ、駄犬ちゃん」

「なんでミフィリアからも言われなきゃならないんだよ」

「じゃあ、『旦那様』がいいかしら」

「おいおい、勘弁してくれよ。一夜でもう婚姻かよ」

「あら、私はその覚悟をもって抱かれたけど」

「というより、あれは俺が抱かれたような……」

「気持ちよくしてくれたくせに」

「あれはまあ、男として……」

『とっとと、出発して! 無駄口聞くために雇ったわけじゃないわ』


 アルスに叱られて、ようやく出発となった。

 さっきの会話が聞かれていなかったことを祈った。

 荒野を同じ道で往復するのは、ふつうのことだが魔獣が規則正しく活動しているのならば、その抜け道を通るべきだ。

 とはいっても線路が敷かれているわけじゃない。

 確率的に遭遇しない地域を行くだけだ。

 それでもたった三体の魔獣で全滅しかけてしまう。

 もし凶悪な魔獣と鉢合わせしたら、二人を守って戦える自信はない。

 ジェランは前から思っていた疑問をぶつけてみた。


「ミフィリア、ひとつ聞いていいか」

「なに、改まって」

「俺ってさ。これで何度目の蘇生になるんだ?」

「覚えてないの? 忘れてしまったから仕方ないわ。二度目よ。修練していないアルス嬢が成功させたのは、ほんと奇跡ね。でも、もうその奇跡は起きないわ。三度目の蘇生は、私でもかなり難しい。最高司祭や聖母と呼ばれるような人なら、もしかして……かもしれない」

「そうなのか」

「ちなみに一度目は、私を暴漢から助けてくれた時よ。小さかったから、覚えてないでしょ?」

「……ごめん」

「いいの。背中にその時の傷痕、まだ残ってたから許してあげる」


 ジェランはもういちど記憶を振り返ってみたが、思い出せなかった。

 ゲームの設定には、幼馴染に彼女を助けたから好感度MAXなのだと書かれていたくらいだ。

 きっとこれもこの世界の現実と生じているズレだろう。

 

 そして、もう二度と死ねないことも分かった。

 この世界に転生してきたのが自分だけだと、自惚れるつもりもない。

 凶暴な魔獣だって、ゲーム以外から出てきてもおかしくない。

 ジェランは《リコネス》を開き、周囲の警戒をおこたらないようにした。


 すると、半径一○○メートル圏内に敵影が映った。

 ジェランはミフィリアに知らせて、右に左に視線を走らせた。


「見えない?」

「どこもいないじゃないの……、上!」

「え? わ!?」


 ミフィリアの指が上がったのが先か、空から流線型の魔獣が降ってきた。

 空飛ぶ魔獣はゲームにも出てきたが、視界の外から飛んでくるやつなんて知らない。

 魔獣は荒野に突き刺さるように一瞬静止したあと、すぐさま浮き上がり馬車めがけて突っ込んでくる。

 興奮する馬をなんとか制御し、魔獣の直撃を交わすだけで精一杯だ。

 その拍子に、地面が隆起して粉々に砕けた。


「しまった! アルス!」


 落ちていく馬車を追いかけるように、ジェランも落下していく。

 そして、気がつくと何も見えない闇の中だった。

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