第三話 還る者、迫る者
ジェランが宿舎に戻ると、ミフィリアが薪のやぐらに、遺体を運んでいるところだった。
「俺も手伝うよ」
「お願い……って、なんでアルス嬢がいるのよ」
「用事のことを話したら、見ておきたいって」
「まさか、後悔なんて殊勝な事を言うつもりなの?」
アルスはミフィリアの挑発めいた言葉には乗らず、静かにこういった。
「雇い主が同席するのは、おかしいことかしら?」
「邪魔だけはしないでね」
ミフィリアは肩をすくめながら、遺体の運搬にもどった。
もう十人は運ばれている。
アルスはジェランに聞こえるようにつぶやいた。
「『私のしたことは、間違っていない』そう言ってあげなければならない気がして」
「皆、浮かばれると思います」
ジェランは一礼すると、残りの兵士たちを運搬し、やぐらに並べた。
ミフィリアが細い薪を持って、左腕のヴァンプレットに近づけた。
このヴァンプレットは、軍事用であり、様々な用途に使える篭手のようなものだ。
ヴァンプレスに一瞬で着替えることもできるし、ロードを呼び出すのもヴァンプレットの役割だ。
一人必ず所有している端末ツールだ。
アルスも身につけているけれど、一般向けのものはそこまで便利じゃない。
ジェランの腕にはヴァンプレットはなかった。聖剣ジェモナスブレードが、ヴァンプレットだと思っていいだろう。
細い薪に火がおこり、それをやぐらに放り込んだ。
予め油もふりかけておいたやぐらは、勢いよく燃え盛った。
ジェランとミフィリアは、帝国式敬礼で手をまっすぐに顔の前の横に立たせた。ちょうど、知られている敬礼で脇を締めるかっこうだ。
アルスは、その火をじっと見つめていた。
そんな彼女をみたとき、聖剣の柄に手が触れてしまった。
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アルス=ロメリア 女性17歳
生命力 C
筋力 D
素早さ C
精密さ E
知性 B
魔素効率 S/150%
スキル なし
スリーサイズ 88D/61/90
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「みんな、安らかに」
ミフィリアは、心を込めて彼らを送った。
それに雇い主であるアルスが、「誇りある戦いだった」と伝えているのだから。
ステータスに記された数値が気になった。
けっこう胸あるんだなと。
そして深夜もふけた頃。
ジェランは、兵舎の広い部屋の中で寝袋に包まれていた。
アルスは馬車で寝ると言ったので、内装を変化させて簡単なベッドを用意した。
ミフィリアは別の兵舎で眠っているはずだ。
今日はいろいろなことがあった。
疲労でくたくたなのに、目が冴えて眠れなかった。
この世界に転生したこと。
実在するアルスに出会えたこと。
このふたつだけでも十分だった。
でも、もしも歴史がゲームどおりに進んでしまうなら、アルスはこのままではジェランの手で斬ってしまう。
もしかすると別の誰かが手を下すかもしれない。
それはなんとしても回避しなければならない。
そのために転生出来たんだと思う。
誰かが仕組んだのかもしれないが、考えても答えは出ないし、知ったことではない。
「ジェラン、起きてる?」
突然、兵舎のドアパネルの向こうからミフィリアの声がした。
寝袋から出つつ、起きているよと返事をした。
「お邪魔してもいいかな?」
「お、おう」
ミフィリアが、ドアパネルをくぐり抜けて入ってきた。
ピンク色の薄手のネグリジェで、その下の下着は完全に透けていた。
ジェランは直感した。
これは間違いなく、勝負服だと。
今夜決めるつもりだと。
十代の男の子なら、あたふたするだけでそんなことを冷静に分析できるものではない。
しかしジェランの中身は、四十路のおっさんだ。
これくらいで動じるような「うぶさ」はとっくになくしていた。
これでも、数人の女性と経験はある。
ただし、元の体での話だ。
おそらく、この十七歳ジェランは童貞だろう。
ステータスに性経験はなかったし、ましてや前戯スキルすらない。
ミフィリアがゆっくりとこちらに近づいてくる。
しかし困った。
非常に困った。
こんな美味しい状況、うまそうな据え膳、いただかなくてはバチが当たる。
しかし、それはアルスが二次元だった時の話だ。
アルスは実在するのだ。
手の届かないアイドルとかなら話は別だが、手の届くところにいるのだ。
そして、ジェランの最推しなのだ。
この思いを裏切って、彼女の誘いを受けてもいいのだろうか?
こういう話を漫画で読むと、「行け、主人公の意気地なし!」と何度も罵った。
しかし、いざ自分がそのシチュエーションに置かれてしまうと、どうにもこうにも如何ともしがたい。
ミフィリアは、肩を寄せてきた。
そして、琥珀のような瞳をうるませ囁いた。
「ジェラン、私つらいの。慰めてくれるのは、あなただけよ。もう我慢するのはいや。こんな事になって、こんなこと不謹慎かもしれないけれど、わたしは今、胸が潰れそうなの。おねがい、ジェラン」
押し倒されてしまった。
若い暴れん棒の制御が全く効かない。もう薄布を貫いて入ってしまいそうだ。
またがっている美少女の引力というか淫力は、想像を絶するものがあった。
とてもじゃないが、拒絶する気力なんて起きやしない。
何よりもこれは不意打ちだ。
ミフィリアがここまで積極的だなんて、ゲームには一切描かれていなかった。
「私を、正妻にしてください」
「ミフィリア……ん!?」
翌朝。
そう、あのあとジェランのチェリーはすべてしゃぶり尽くされました。
そう、いろいろな方法で。
ミフィリアなら、となりで寝てるよ。
「ああ、なんてこった。どうしよ。最推しのアルスお嬢様がいるのに、俺ってやつは……」
「やっぱり、アルス嬢が好きなんだ」
「ひ!?」
――修羅場!
――やめて! まじで修羅場やめて!
まさか起きているとは思っていなかったジェランは、顔面蒼白のまま硬直してしまった。
ミフィリアはその顔を笑いながら、下の硬直しきっているモノを加えこんでくる。
「ちょ、ちょっと」
「ぺろ。何をあせってるのよ」
「いや、俺の気持ち知っててこんな。もしかして、アルスお嬢様に勝つため?」
「それもあるけど……、ほほんほほ」
「え? 加えながら喋られても」
「つまり、わたしを正妻にして、アルス嬢を第二夫人にすればいいじゃない」
「え?」
「ん? はむ」
「うおっ……。それ弱い。……じゃなくて、それってもしかして一夫多妻制?」
「あなた、蘇生してからホントへんよ。まあたまに起こるみたいだけど」
「じゃあ、まじで奥さんたくさん持ってもいいのか」
「当たり前でしょ? でも正妻はわたしにしてよね?」
「それは……」
「もう、いいわよ。わたしの魅力で正妻の座をとるから。それに、アルス嬢がジェランに興味なかったら、わたしが正妻ね」
知らなかった。
というか、ゲームではそんなこと一切語られてなかった。
でも、そういえば、ヒロインを一度に全攻略可能だったな。しかも修羅場なんて起こらなかった。
「そういうことだったのか。う、もう出る」
「……。ごちそうさま」
「飲んでくれたの?」
「ジェランのだもの」
首をかしげるようなその笑顔、反則すぎる。
硬派な《聖剣機士ジェモナス》が実はハーレムものだったとは。アンチの戯言かとばかり思ってた。
ジェランの精力は底なしらしい。
まだ天を向いて反り返っている。
もうこれ以上いちゃついてられない。
もう一戦行こうとするミフィリアをなだめた。
「そろそろ時間だ。準備をしないと魔獣にやられてしまう」
「そうね。ごめんなさい。初めてなのに、あんなに気持ちよかったから、つい夢中に」
「ミフィリアのことを想ってやったからね」
前世で童貞喪失のときに失敗をしてからというもの、ハウツーセックス本とかビデオとかいっぱい見まくった。
その時の相手は、初めて就職したブラック企業の同僚とだった。今思えば、会社辞めさせないためのハニトラだったんだろう。
なんとか会社を辞めてからは、風俗嬢相手に色々試してきたが結局うまく行かなかった。
まさか異世界転生で開花するとは。
部屋着のまま兵舎を出て、身支度を済ませる。
鏡があったので、自分の姿を見てみた。
当然だが、十七歳は若い。
そして過去の自分とはほとんど似ていない、イケメンというより好青年で通るような顔立ちだ。
ヒゲは濃くないようだ。
産毛も目立っていない。
身体はよく鍛え上げられており、腹筋も六つに割れていた。前世ではブヨブヨのビール腹だったのが、一夜にしてマッスルを手に入れたことになる。
とうとつに、ポージングの真似事をしてニヤけてしまう。
こんなことをしている場合ではなかったと、兵舎から出た。
大きな設営兵舎には、簡易トイレ・簡易水洗・シャワー室まである。
ここまで来ると、一個旅団なみの設備だ。
運搬用のロードとかあるのだろうか。
アルスがいくら貴族の娘だからって、軍資金に限界はあるだろう。もしかしたらもう自由にできる財産は全て投じたのかもしれない。
そこまでして向かう目的は一体なんなのか。
出発前に聞かされていた可能性もあって、なかなか聞き出せないでいた。
共用施設の水洗用蛇口をひねって、顔を洗っていると、ミフィリアが怒鳴ってきた。
「こら! 近くに川があるのに備蓄の水使うなんて非常識でしょ!」
「ご、ごめん……」
「もう、なにやってんのよジェラン。すぐ出発するから、身支度したら片付け手伝ってね」
ロード・オブ・ジェモナスでおそらく問題なく撃退できるだろう。
とはいっても、次に来る魔獣の情報が一切ない。
ゲームのようにランクの低い魔獣から襲ってきてくれるなんてことは、現実でありえない。
いきなりボスクラスの魔獣が来ても不思議ではないのだ。
分かっているのは、魔獣は周期的にここを通るということだけ。
昨夜、遺品から拝借した機士の教本から、朝十時と夕刻五時周期があった。本はすべて聖剣にコピーさせたので、元の遺体に戻してある。
今はまだ朝八時だ。
未知の敵に備えるよりも、逃げたほうが何百倍も賢い選択だ。
ジェランは寝ていた兵舎テントを、手際よく片付けていた。
「そういえば、御者のように馬車も手際よく出来たな。スキルなかったはずだけど」
聖剣の柄を触り、自身のステータスをもう一度確認した。
すると、次のページをスクロールしたあたりで、ずらりと細かいスキルがびっしりと並んでいた。
ランク付けもなにもない。
御者スキルも兵舎組み立てスキルもちゃんと載っていた。
どうやら、一般的なスキルはスキルとして扱っていないらしい。
驚いたことに、蘇生スキルまで汎用扱いされていた。
「えぇ! 蘇生まで一般スキルなのかよ。そういえば、アルスお嬢様がそんなこと言ってた気がする。てことは、スキルランクAのミフィリアは、プロの蘇生使いだったのか。そんな彼女でも救えなかったなんて……」
逆に自分を転生させた、というより転生した肉体を蘇生してくれたアルスは、素人の蘇生スキルを使ったということになる。
すこし背筋が寒くなったが、成功したから結果オーライだ。
五分とたたず兵舎のひとつが畳まれた。
この調子で次々と片付けていき、最後に一つに収納した。
あれだけ大きかった兵舎が、大きな段ボール箱一つ分に収まったのだ。
魔法の力も関係しているのかもしれない。
機士の教本にも、それらしきことが書かれていた。
「ロードで運ぶんだっけ?」
「なにいってるの? 馬車に牽引してたでしょ。それはそうと、早くヴァンプレスを装着しなさいな」
「あ、顔洗ったときのままだ」
「傭兵とはいえ軍人でしょ。しっかりしなさい」
ミフィリアはしっかりと着替えていた。
寝具姿の彼女も見たかったが、それは置いておこう。
ジェランは、聖剣の鯉口を切って口上した。
「イークウィップ、ヴァンプレス・オブ・ジェモナス」
またたく間に、ピッチリした軍服に切り替わった。胸部や腕や足に装甲が備わった、白いアーマーと黒のスーツだ。
ミフィリアは、あきれたように指をさして言った。
「その白い派手なマント、どこかにしまってて」
「あ、これ? だよな、俺もそう思った」
念じるだけで、一瞬で意匠の派手なマントが消えた。
ヴァンプレスにも、ロードと同じようにマントが標準装備されていた。
だけど流石にあのマントは、派手すぎる。
ジェモナスは、アルスのところへ行った。
御者として馬車に乗らなければならない。
馬車をノックすると、アルスの声が聞こえた。
今日の挨拶をするため、ジェランは扉越しに畏まった。
「おはようございます、お嬢様。ジェランです。本日は目的地まで、御者を担当いたします」
「おはようジェラン。任せたわ」
「かしこまりました」
荷台もつなぎとめ、出発することになった。
ジェランのとなりにミフィリアが座り、馬車の中にはアルスが座っている。
これがこの旅のすべての人数だ。
馬車の中と御者の間で、通信ができるようになっていた。
ヴァンプレスの通信機器を調整して、馬車とチューニングする。
電波には違いないが、空気中の魔素という魔力の元を媒介にしているので、根本的な仕組みがちがう。
あの機士教本は、こういった基礎まで書いてくれていて助かった。
文字が《帝国公用語》で、ゲームでも背景に描かれるくらいのもので、読めるユーザーなんて誰もいなかった。
でも、この脳はそれを覚えていてくれた。
生前のジェランがどんな人だったのか、少し気になってきたけれど、今は自分がジェランだ。
『そろそろ話してもいいでしょう。私の旅の目的』
――話してなかったんかーい!
こんなことなら素直に聴いておくんだった。
ジェランの落胆をよそに、アルスは短く説明した。
『《翡翠の薔薇》よ』
「あの、洞窟の中だけに咲くように岩肌に付いているっていう? そんなのお土産屋で買えるでしょ」
ミフィリアが肩をすくめた。
『私が手に入れたいのは、とくに珍しい《翡翠の薔薇三連星》よ』
「あの、100年に一回咲くと言われている? 咲いたなんて噂、聴いたことないわ」
『それはそうよ。貴族の間しか噂が流れないもの。平民の間に流れる頃には、とっくに誰かの手に渡っているわ』
「確かなんでしょうね?」
『だから、私は私財をなげうって、あなた達傭兵を雇った。ここまで過酷だとは思わなかったけれど』
「だから、お嬢様は俺たちを雇ったんでしょう。甘く見ていたのなら、傍付きだけで向かっていたはずです」
ジェランが会話に入った。
『そうね。そして、《翡翠の薔薇三連星》を手に入れれば、私はロメリア家に認めてもらえる。社交界では、この薔薇は一流のレディを象徴するものなの』
「アルスお嬢様なら、きっと手に入れることができますよ。成功を願っています」
『当たり前よ! でなくてはあなたたちを連れた意味がないわ!』
小高い岩山が見えた。
魔獣以外の山賊などの驚異も警戒しながら、馬車をゆっくりと走らせた。
洞窟の入り口に到着する。暗闇の口をぽっかりと開けていた。
そこでミフィリアが二人に提案した。
「馬車の警備とアルス嬢の護衛のため、どうしても一緒に行動できない。
この際だから、アルス嬢に選んでもらいましょうか」
「俺は……」
「ジェラン、ついてきなさい!」
「はい」
荷物警備を名乗り出ようと思ったが、言い終わる前にアルスに指名されしまった。
ミフィリアはうなずくと、馬車を警備する準備に取りかかった。
さすがは訓練されているだけあって、そこは行動が素早い。
傭兵とはいえ、もともとは新人機士だ。専門の訓練は積んでいる。
「ミフィリア、危なくなったら俺を呼ぶんだぞ」
「舐めないでよね。一人でもこれくらいの任務ならこなせるわ」
「おまえだって女の子だろ、だから心配でさ」
「こんな時に女扱いしないで! さっささと行きなさい」
「ごめん、悪かった。ここは任せるよ」
ジェランはアルスを先行させて、
「おまちください、お嬢様。試しておきたいことがあります」
「何かしら」
ジェランは聖剣を抜刀して、洞窟の広さで剣が振るえるか試してみた。
切っ先をこすってしまう。
中央でなければ振るうことが出来ない。
ミフィリアにそのことを伝えに戻ると、ショートソードと自動小銃を手渡された。
「短い剣と
「ありがと。あらためて、行ってくる」
「気をつけてね」
自動小銃は、ゲームの世界でもある、もっとも出番の少ない武器だ。
威力が低すぎるせいで、魔獣には一切通用しない。
しかし、盗賊などの雑魚を仕留めるなら十分の火力がある。
切りかえで魔法弾も撃てるから、弾切れの心配もない。
自分の魔素使うから、扱いが難しいけれど。
アルスともに、改めて洞窟の探索に入った。
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