第二話 満天の星の下

 ふと聖剣に触れた時、宙にウインドウが飛びした。


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ミフィリア 女性17歳

生命力B

筋力C

素早さA

器用さA

知性B

魔素効率C/100%

スキル……蘇生A・剣技B・体術B・治療A

* * *次のページ* * *

スリーサイズ 93G/63/90

好きな異性のタイプ ……

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 おっと、これ以上はみてはいけない。

 性感帯とかそんなところまでずらりと並べ立てられている。

 それを見るのは、さすがに抵抗を感じた。

 

「それにしてもGもあるのか……」

「何のこと?」

「いや、別に」

「あっそう」


 先導するミフィリアの背中をよく見ると、横乳がはみ出している。

 本当にそんな女の子が現実にいるなんて、この世界はなんて恐ろしいんだ。

 お尻も、ハイレグなヴァンプレスのせいか、ほとんど丸見えだし。

 ヴァンプレスとは、機士が纏うパワードスーツのようなものだ。

 それほど身体の能力を上げることはないものの、激しい戦場においてこれなしでは危険だ。

 スーツの特性上、身体にぴっちりした白いレオタードのようなものに手足にアーマーがつく。胸の部分は分厚くなっているものの柔軟性がある。

 お!? 女の裸想像しただけで下が反応するなんて、何年ぶりだ?

 ジェランは気がついた。

 自分の身体も若いのだ。

 ならばと、自分自身のステータスも見ておこう。


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ジェラン=セヴナイト 男性17歳

生命力 A

筋力  A

素早さ B

器用さ C

知性  D

魔素効率B/100^2%

スキル……聖剣S・剣技A・体術B

* * *次のページ* * *

気が狂うほどの悪役令嬢アルス推し。

好きなプレイは、……

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 ちょ、ちょっと待った。

 これ誰かに見られたらやべぇやつじゃないか。

 うわっ、誰にも言ってない性癖まで事細かにつづられている。


 ジェランはステータスをそっと閉じた。

 聖剣Sランクは、カンストを表しているのだろうか。

 ならば初めから無双状態確定だな、とジェランはほくそ笑んだ。

 他のステータスも、数字ではなくアルファベットでランク付けされていた。

 ゲームなら数値だったので多少違和感があるものの、そこまで気にすることじゃないだろう。

 それよりも気になるのは、「魔素効率B/100^2%」だ。

 なぜ数値が累乗されているのだろうか? なのにランクはBだ。

 この部分は変えようがないだろうから、気にしすぎても仕方がない。


 テントの兵舎にたどり着いた。

 といっても、ほとんどは遺体安置所になってしまっていた。

 ミフィリアがここに安置されるだけまだマシだと、無念をこめてつぶやいた。

 これほどまで過酷な道を通り抜けようとした目的は、何なのだろう?

 見たところ、ベテランの機士がいないようだ。

 経験豊富な指揮官でもいれば、ここまでの損害は出なかったかもしれない。


「やっぱり新兵上がりだけじゃ無謀だったのよ」


 ミフィリアは、食事の準備で背を向けながら思わず本音をもらした。

 ジェランは無言のままテーブルに付いた。


「だってそうでしょ。かなりの大金を前金でもらって、成功報酬はその二倍。それに釣られた私達も悪いけど、魔獣が頻発する地域を突っ切るなんて自殺行為だったのよ」

「そうだな」


 ジェランは静かにうなずいた。

 この魔獣地区横断は、チュートリアルでも行われるイベントの一つだ。

 実際、チュートリアルだと主人公の強さを引き立たせるためか、多くの味方が死んでいく。

 ただのモブキャラだし、ほとんどがテキストや3Dモデルだけの存在だった。

 でもこうして本物の殉職者たちを見ると、その考え方も変わってしまう。

 でもこの任務は、イベントを違うところがいくつかある。

 第一に、アルスがいること。

 ゲームだと、主人公と戦場を共にするなんてことはしなかった。無理難題を押し付けては、高みの見物だったはずだ。

 そしてミフィリアだ。

 彼女と出会う、というか再会するのはチュートリアル後だ。

 昔からの幼馴染であり、ずっと主人公を慕いつづけた良妻だ。

 ユーザーからは「幼馴染だからって、負けフラグとは限らないってこのゲームで知りました」とか、のたまう奴もいた。

 

 そもそもこれがチュートリアルじゃない可能性もある。

 すべてがゲームどおりとは限らない。

 その証拠に、アルスはメガネを掛けていたし。

 でも大きな流れの中で、チュートリアルが進んでいるのなら止めなければならない。

 主人公であるこの俺ジェランが、アルスを斬るという最低なイベントを。

 腰の聖剣から、責任が重くのしかかった気持ちになった。


「あれ? お塩どこ置いたかしら? 貴重だからちゃんとしまったのに。ジェランは知らないよね」

「ごめん」

「そうよね……。あれ?」


 ミフィリアは前屈になって、食料の置いてある棚を調べはじめた。

 ジェランは、まるーいふたつの膨らみが揺れる絶景を堪能しすぎて、いるが立ち上がることが出来なかった。


「元気になったのはいいが、やはり考えものだな。このスーツの上からでもおもいっきり目立ってる」

「あったあった。ん? なにか言った?」

「なんでもない。戦友たち、弔ってあげないとな」


 なんとか落ち着かせようと、わざと暗い話題をふってみた。

 ミフィリアは、伏し目がちになってうなずいた。


「そうしたいけれど、ここじゃ無理よ。おそらく明け方にまた魔獣がやってくる。残念なだけど、遺品だけ預かって置いていくしかないわ」

「そうだな」


 ゲームでは端折られていた部分だ。

 彼らの亡骸はどうしていたのだろうか?

 そして遺族はどうなってしまうか?

 命がけの戦いなら、必ずついてまわる常識のはずなのに、つい目をそけてしまう。

 

 食事が出来た。

 乾燥肉や乾パンを工夫して作ったものだが、とても美味しい。

 塩加減が絶妙に効いている。


「美味しいよ、ミフィリア」

「ありがとう。ジェランだけでも喜んでくれる人がいて、よかったわ」

「ああ。そうだ、アルスお嬢様におすそ分けしてもいいか?」

「構わないけど、傭兵の料理なんて食べないと思うわよ」

「様子も気になるし、俺行ってくるよ」

「じゃあわたしは、拾ってきた薪で火葬する準備をしておくわ」

「分かった、後で」


 ミフィリアに持ち運べるように、容器を用意してもらった。

 こぼさないように、早足で馬車に向かった。

 馬車の傍で焚き火が付けられていた。わきには使い終わった着火剤一式が置かれていた。

 その大岩の上に、アルスが膝を抱えて座っていた。

 ジェランが声をかけると、アルスはそっぽを向いた。

 大岩を登って、アルスに先程の夕飯を差し出した。


「ご夕食にいかがですか?」

「傭兵の食事なんて、いらないわよ」

「でしたら、半分に分けて、一緒に食べましょう。傭兵の食事でも、半分ならきっとだいじょうぶですよ。それに味は保証します」

「天体観測の邪魔よ」

「うわぁ、星が綺麗ですね」

「ご存知? 初夏の星は宝石の海と呼ばれているのよ」


 ジェランが首を振ると、アルスは得意げに語ってみせた。

 いろいろな色の星々がまたたいていた。

 転生前の空とは比べ物にならない、まさに宝石箱がひっくり返ったような夜空だった。

 この時期を過ぎると、白・青・赤の普通の色にもどるらしい。


「でも、こんな素晴らしい夜空も、傍に誰もいなかったら寂しいじゃないですか? お食事だってそうでしょ」

「一人になりたい時だってあるの。ほっといて」

「じゃあ、俺は今ふたりになりたいかな」

「な、何いってんの? 蘇生のとき頭の中おかしくなったの? ふたりでいたいなら、あの女傭兵のところに行けばいいじゃないの」


「けっこう恥ずかしいこといっているって自覚あるんですよ」ジェランはあらためてアルスと目を合わせた「今俺は、アルスお嬢様と一緒にいたい」


 月明かりに照らされたアルスの頬が、真っ赤に染まっていく。

 ジェランは笑顔を向けた。


「迷惑でしたら、お食事が終わるまでの、ほんのひと時で構いません。残念ながら、宿舎に用事も残ってますから」

「もう一度、地獄に送ってやろうかしら、この変態! あんたなんか、蘇生するんじゃなかったわよ」

「これは手厳しい」

「あんたなんかいなくても、私には大勢連れ添いがいるんですから」

「そうでしたね。代わりは務まるでしょうか?」

「犬の代わりくらいなら」

「犬ですか。せめて人にしてくださいよ」

「駄目よ! 犬と同じよお前なんか」

「犬はこうやって、おしゃべりできませんよお嬢様」

「む!? うるさいわね! それよこしなさい」

「どうぞ」

「やけ食いよ! ああもう、ロマンが台無しよ!」


 流れ星が、ひとつふたつと落ちていく夜は、風もジェランたちのことを気遣ってか、吹くことはなかった。

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