第一話 俺は機士《ヴァリオン》だ
「かしこまりました、お嬢様。救ってくださったこの生命、樹羅……いえジェランが、今度はあなたの剣となりましょう」
「ええ、期待してあげてもよくってよ」
「その言葉、大いに励みになります!」
あの悪役令嬢アルスから、こんな言葉をいただけるとは。
樹羅、いやジェランは、身体の奥から力が湧き出すのを感じた。
ロードは動くか?
脚だけならなんとか動かせる。
アルスも乗せたいが、人機一体のシステムではスペースがない。
大破した胸部に乗せて、壊れていない腕でかばいながら移動することにした。
必然的にアルスと肩を寄せ合うかたちになった。
――すごくいい香りがする。
――香水じゃない、アルスの天然の香り。すーはー。
――うわっ。髪の毛さらっさら。横顔、超カワイイ!
――ああ、このまま死んでもいいわ。
「ジェラン? 邪な考えを起こしたら、グーで叩きますわよ」
「滅相もございません! 天に誓って!」
「それが真実だった試しがないわ」
ああ、眼鏡の横からのあいも変わらず冷たいこの目。
間違いなくアルスお嬢様その人です。
などとのたまわっている間に、背中に悪寒が走った。
ロードの視線に移行するため、意識を集中する。
頭部はやられておらず、なんとか広い視界を確保できた。
全長三メートルの高さから、周囲を見渡した。
悪寒の正体である、魔獣が3体もこちらやってくる。
これは厳しいかもしれない。
ロードはほぼ大破しており、武器らしい武器はキックくらいだ。
この世界の難易度が《無双》であるなら、余裕で片付けられる。だが《英雄譚》なら最後の祈りを捧げたほうがマシだろう。
きっと異世界転生なんだから、「《無双》しちゃいましたので、これから宿屋でアルスお嬢様と夜ムフフになりました」な展開が待っているに決まってる。
「あ、フラグ……」
「なんのことかしら? きゃ!?」
魔獣が身体を丸めて体当りしてきた。
もちろん、ジェランはRTAでならした体捌きでかわそうとした。
しかしロードの脚が予想以上に鈍く、ジェランの反応についていけていない。
しかも、全身に痛みまで走ってくる。
こんなときにロードの裏設定まで再現しなくてもいいのに。
ロードの機体状況を知らせるインターフェイスが、真っ赤かだ。
さっきは正常だったのに。
――あかん。これは難易度《英雄譚》だわ。
ジェランはアルスに言った。
「今からバランスをとるため、腕を使います。お嬢様は俺に捕まっててください」
「え!?」
「お願いします。振り落とさない自信は、流石にありません」
「分かったわ。えいっ」
アルスの柔らかな胸が顔をおおって、天国か地獄か頭が混乱を始めた。
しかし、生き残るなら地獄だと認識しなければならない。
視線をロードのヘッドに集中すれば、視界は遮られない。
今度は魔獣の突進を紙一重で交わすことが出来た。
しかし、このまま時間稼ぎをしても意味がない。
次の攻撃をかわそうとした時、魔獣が何かに被弾した。
射出方向に視線を向けると、僚機らしきロードが肩の二門で狙いをつけていた。
しかし、駄目だ。
「聞こえるか、そこの僚機。この量産機の火力じゃ魔獣の装甲にヒビくらいしか入らないぞ。逃げろ」
『集中させればいけるわ』
「無茶だ!」
たしかに火力を集中させればダメージは与えられるが、この魔獣は素早い。射角が制限されている肩の砲撃では、至難の業だ。
案の定、砲撃が当たらなかった。
そして、
「くそっ」
「どうしたの」
「魔獣の攻撃が味方に向かってしまいました。助けないと」
「私のことならいいから」
「ですが」
「お前は、私を守ると誓ったのでしょ。それともあれは私にではなく天に誓ったものかしら?」
「いいえ!」
こちらも無謀なのは分かっている。
だけれど、機士としての矜持がジェランにはあった。
仲間を助けなくして、隣りで確かに存在しているアルスを助けることができようか。
今できる全力の出力で疾走し、魔獣にドロップキックを食らわした。
そしてのその勢いのまま転がり、僚機の前に立った。
『あんたね! アルス嬢つれて逃げなさいよ』
「できるわけないだろ。俺は機士だぞ」
『全滅したって知らないからね』
残っている右腕はバランサーに徹し、両足だけで戦う。
アラートが鳴り続けているが、もう関係ない。
ロードか消滅するまで戦ってやる。
「俺が魔獣の軌道をできるだけそらすから、そこを狙い撃て」
『分かった』
さて何回耐えられるか。
その刹那、魔獣三体が一斉に襲いかかってきた。
いくらなんでも、それは計算外だった。
ゲームでもそんな挙動はみたことがない。
右腕をバランスに使うまでもなく、ジェランのロードは天高く吹き飛ばされてしまった。
アルスが叫び声を上げながらも、ジェランの身体にしがみついていた。
そして、すべての時が止まった。
――ああ、これは死の直前によく起こる超感覚だ。
せめて、アルスだけでも脱出させなければ。
そう思った時、耳にドクンと音が聞こえた。
それは猛烈な勢いで早くなり、ジェランに正常な感覚を取り戻した。
――アルス心臓の鼓動、俺達はまだ生きている!
これはゲームなんかじゃない。
このぬくもり、やわらかさ、鼓動は、この世界が現実だという証だ。
「うおお!」
諦めてなるものか!
そう思った瞬間、地面に向かって一陣の光がさしてきらめいた。
そして、身体が浮いている実感がある。
「もしかして、聖剣降臨イベントか!」
《聖剣ジェモナスブレード》が、ジェランたちを落下から守ってくれていたのだ。
特定のタイミングで現れるイベントとは、大きくかけ離れていた。
ジェランは初めてアルスの身体を抱き返した。
戸惑いを見せたアルスに、ジェランは言った。
「今から、新たなロードに乗り換えます。お嬢様はしばらく、空中散歩をお楽しみください」
「どういうことよ。ちょっと、離れないでよ」
嬉しい言葉だったが、ロードは人機一体の一人乗りだ。
一緒にダイブするわけにいかない。
消滅寸前のロードを解き放ち、二人だけが空中に浮遊するかっこうになった。
そしてジェランは、アルスの肩を押してにこやかに敬礼した。
「ジェラン!」
「大丈夫です、アルスお嬢様」
ジェランは光の柱に向き直ると、高らかに口上をはなった。
「俺の名はジェラン! 聖剣ジェモナスブレードよ、我に力を与えたまえ!」
それに呼応するように光が膨らみ、ジェランを包み込んだ。
そして、巨大な魔法陣が大地とは垂直に展開する。
その中から巨大な白銀のヨロイ騎士を模したロードが、マントを翻して現れた。
またたく間にバラバラに分解され、あっという間にジェランを飲み込んだ。
自身の脚に腕に、機動機巧に締め上げられる。
軽い痛みにジェランは少しうめき声を上げたものの、すぐに収まり、全神経が聖剣のロードに巡っていくのを感じ取った。
ロードの腰に納刀されている巨大な聖剣を抜き放ち、正眼に構えた。
そしてアルス嬢は、聖剣の加護の中に収められたまま、ロードの左肩に着地した。
「一体何がどうなっているのよ。この白銀のロード、まるで伝説の覇王じゃない」
「アルスお嬢様、そのシャボン玉のような結界に入っていれば安全です。観ていてください、あっというまに片付けてご覧に入れますから。後ろの僚機、聞こえるか」
『え、ええ』
「攻撃はもうしなくていい。身を守ることだけ考えてくれ」
『待ちなさい、いくらなんでも無茶よ。そのロードが何のか知らないけど、魔獣三体をたった一人でどうにか出来るわけないでしょ』
「みてりゃ分かる」
さきほど俺たちを吹き飛ばした攻撃をもう一度仕掛けに来る気だ。
三体同時攻撃。無駄のない連携。
だが、このロードに乗ったからには二度と通じない。
「RTA全イチを舐めんなよ!」
《ロード・オブ・ジェモナス》は、正眼から左へ剣を傾けた。
踏み込んだ脚を軸に腰を捻り、剣先へ解き放つ。
それは鋭い横一閃となって、魔獣たちの身体が真っ二つに分かれた。
血のりを払って、ゆっくりと聖剣を納めた。
ジェランは、肩にいるアルスの無事を確認した。
「アルスお嬢様、怪我はありませんか?」
「このくらい平気よ。怖くなんかなかったわ」
「それは何よりです」
背後にいる僚機へ振り返ると、呆然と立ちすくんでいるようだった。
ジェランが近づくと、僚機は頭を抱えて首を振りはじめた。
神経が接続されたままだと、このようにエモーションまで反映してしまう。
『信じられない! 一体だけでもロード数機がかりでやっとなのに、三体をたった一機で? わけわかんないよ』
「驚くのは後にしてくれると助かる。他の僚機は?」
今度は落ち込んだようなエモーションを見せた。
何も言わないところをみて、ジェランは察した。
前の量産機が、あれ程のダメージを受けていたのだ。他の僚機は運が良くても……。
『……みんな私をかばってくれたわ。衛生機士が生き残ってくれれば、後で治療できるだろうって。でも、みんな二回目や三回目だから』
「どういうことだ?」
『こんなときに、とぼけないでよ! もういい、わたしは休ませてもらうから』
怒ってしまった理由が分からなかった。
二回目、三回目とは何のことなのだろう?
周りに魔獣がいないことを確認したジェランは、ロードを解いて元の人間のサイズに戻った。
アルスは、聖剣の加護の中に入ったままゆっくりと落ちてくる。
それに手を差し伸べると、アルスは素直にとって地面に着地した。
「アルスお嬢様、ご無事で何よりです」
「傭兵でも、少しは役に立ったようね」
「そんな俺を助けていただき、ありがとうございました」
「あれは、お前をていの良い盾にするためよ。初めての蘇生だったようだし、運が良かったわね」
「はあ」
「あなた、記憶が混乱しているのかしら。この私が蘇生についてどうして講釈せねばなりませんの? 自分で調べなさいな」
「お嬢様の御高説は、俺のような機士にはもったいない。ぜひ、他の貴族たちに聞かせてあげてください」
「でも、あなたがどうしてもというなら……。え、ちょっと、なんで断るのよ! そこは懇願する流れでしょ!」
「御高説を拝聴させてください。お願いします」
「初めからそういいなさい」
一旦、馬車に戻ることになった。
荷台にあった飲み物をアルスに差し出すと、一気に喉を鳴らして飲み干していく。
上品な唇で水筒を口づけする姿は、なんとも
「あげないわよ」
「滅相もございません。心ゆくまで喉を潤してください」
「そこも、懇願する流れでしょ。喉乾いているの隠し通せると思ったの」
「ぜひ、お嬢様の御慈悲を頂戴したくおもいます。どうか、お恵みくださいませ」
「素直にそういいなさい。はい」
水筒が無造作に差し出された。
その行為に、ジェランの回線はショートしかけた。
さっきまでアルスが口づけしていた、尊き水筒がそのまま差し出されるとは!
てっきり、荷台の水筒から持ってくることを許可するとか、言われると思っていただけに、驚きの顔が隠せなかった。
しかし、このままではアルスに失礼である。
おそるおそる手を差し伸べると、アルスはとくにためることもなく渡してくれた。
これが尊き水筒、これが伝説の美少女間接キス!
ジェランは、吸い付くように口をつけると、わざとらしく喉を鳴らして飲みはじめた。
残りはわずかだったが、腹の底から一気に力が回復した気分になった。
「ごちそうさまでした」
「たかがレモン水くらいで、なにを言っているの? 味だってほとんどしないでしょうに」
「この御恩は今晩忘れません!」
「今晩? なに言っているの? まあいいわ、蘇生について教えてあげるわ」
アルスの御高説がはじまった。
とはいっても、とても簡単なものだった。
それは蘇生限界についてだ。
この世界の人間は、一度死んでも魔法で蘇ることができる。
その呪法は比較的簡単で、
ただし、何度もというわけではなく、二回目の以降の蘇生は成功率が著しく低下する。
とくに三回目は、五つのサイコロでゾロ目を出すくらい難しいそうだ。
僚機が言っていたことがようやく分かった。
つまり、蘇生が成功しなかったのだ。
悪いことを言ってしまった、とジェランは後悔した。
そのとき、馬車にノックが響いた。
アルスが許可を出すと、ジェランが開けた。
そこには、ボブ・ショートヘアの美少女がハイレグニーソ姿で腕を組んで立っていた。
その腕からはみ出るくらいの、女性の象徴がまぶしい。
「ジェラン! いつまで油売っているの? ずっと宿舎用意して待っていたのに」
「ええと、ミフィリア少佐?」
「は? なによそれ。わたしの階級はあなたと同じでしょ」
「ごめん、ミフィリア。今行くから」
ミフィリアのボブ・ショートは、某サイバーパンクに出てくるキャラクターにそっくりなので、ユーザーの間では「少佐」の愛称で呼ばれていた。
ちなみに、最初期のヒロインであり、好感度すでにMAXという《ちょろイン》でもある。
彼女のおかげで、恋愛パートに力を入れることなくアクションに挑めるため、《RTAの良妻》なんて二つ名まであった。
ジェランはアルスに、宿舎へ行く許可を求めた。
「行ってきなさい。傭兵の宿舎なんて、貴族の私には不釣り合いだわ」
「なんですって!」
ミフィリアがキレそうになったので、なんとかなだめた。
そういえば、この二人はゲームでも犬猿の仲だった。
しかし、馬車の中で泊まらせるのは流石に気が引けた。
なので、荷台からキャンプセットを取り出して組み立てた。
馬も馬車から離して休ませた。
「お嬢様、お夕食はどうなさいますか。よろしければ、そのときだけでも宿舎に来ていただければ一緒にお食事ができます」
「いらないわよ! とっとと行きなさいな」
「かしこまりました」
急に不機嫌なってしまった。
ゲームならモノローグや好感度情報で分かるものだが、現実ではできない。
そういえばステータスはどうやって見るのだろうか?
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