第七話 アルスの薔薇

「終わった頃かしら?」

「お待たせしております、アルスお嬢様。今、着替えているところです」

「そう、さすが帝国一仕立てが早い店ね。順番待ちじゃなかったのは、運が良くってよ」

「そうですね。たまたま、すいていました」


 ミフィリアが着替えから出てきた。

 ウエストがキュッと締まっていて、ブラウスに乳袋が出来上がり豊かでキレイなバストラインが流れている。ウエストから下にかけてミニスカートが跳ねるように元気さをアピールし、そこから伸びる太ももがなんともまぶしい。

 ジェランの脳裏にひらめきが走り、思わず手を叩いた。

 店員にこういうのを作れないか相談してみる。


「そのようなもの、作ったことはありませんね。ガーターでよろしければ、一分足らずで仕立ててご覧に入れますが、そのニーソックスとなると生地選びから試していくことになりますから一日はお時間をいただきませんと」

「じゃ、ガーターストッキングで!」

「ですが、お連れの方にご相談されたほうがよろしいのでは」


 ミフィリアに興奮気味に詰め寄って、絶対領域の素晴らしさをできるだけわかり易い言葉で伝えた。

 すると、眉毛を八の字にして困った顔をしてしまう。


「ジェランの趣味ってよくわからないわ。ミニスカにガーターストッキングって……。ドレスの下に着るものよ」

「いいから。ぜったい可愛くなるから!」


 物は試しということで、なんとか首を縦に振ってくれた。

 店員は宣言通り、あっという間にミフィリアにぴったりのサイズのガーターストッキングを仕立ててくれた。色は白一択だ。

 着替え終わったミフィリアを見ると、あまりのエロ可愛さに瞳孔が見開いていくのを禁じ得なかった。

 姿見に立つミフィリアは、まんざらでもないと言った様子だった。


「これなら下着にも見られないし、いいかも。なにより可愛いし」

「ご満足いただけて何よりでございます」


 そのやりとりをあきれ顔で見ていたアルスは、肩をすくめてみせた。


「平民の趣味は理解できないわ。いいわね、脚をそんなに出せるなんて。私がそんな格好をしたら、気でも触れたのかと大騒ぎになるわ」

「ふふん♪ ジェランが選んだのだから、いいよ」


 アルスの皮肉交じりにな言葉に、ミフィリアは勝ち誇ったように胸を張ってくれた。

 自分の趣味一○○パーセントで、選んだかいがあったというものだ。

 ジェランも服を買うことにした。

 特にこだわりはなかったので、店に飾ってあった一般的な平民の紳士服を購入した。

 ミフィリアにプレゼントした服の五分の一の値段だ。


 着替えも済んだところで、アルスの屋敷に戻ることになった。

 傭兵であるジェランたちは敷地の外に待機するのかと思っていたら、中に入ってもいいとアルスがいった。

 道中を証言する者が必要とのこと。

 しかし日もすっかり傾いている。

 ジェランたちが遠慮すると、アルスは首を振った。


「構わないわ。どうせすぐ済むから」


 含みを持った言い回しにジェランはひっかかった。

 アルスの家族のことは何も知らない。

 ゲームでは屋敷に入ることは確かにできるものの、会えるのはメイドなどの使用人のみだった。

 この凱旋門広場からアルスの屋敷までは、けっこうな距離がある。

 アルスは右手首のヴァンプレットを触り、使用人に連絡をとった。

 通信手段まで普及しているこの世界は、いったいどこまで文明が進んでいるのだろうか。

 そもそもヴァンプレットが、スーパーテクノロジー過ぎる。

 まるで魔法が科学そのもののようだ。


 しばらくすると馬車がやってきた。

 この馬二匹、妙にゴツゴツしてて、馬らしい部分が少ない。

 そこへ初老の使用人が話しかけてきた。


「サイボーグ馬は初めてでございますか?」

「さ、サイボーグってあの、身体を機械に改造しているっていう?」

「少々認識に違いがあるようで。身体に機械ではなくヴァンプレットを埋め込んで、調教した馬のことでございます」


 ヴァンプレットは機械じゃないのか?

 そんなツッコミをぐっとこらえた。

 あまり記憶喪失のふりをしていると、病院に連れて行かれそうだ。

 ジェランは物珍しく振る舞って、感嘆のため息を付いた。


「人間でそんなことしている人なんて、いないですよね」

「それは禁忌とされていますからな。人の身では余ります」

「無知を晒してしまい、お恥ずかしいかぎりです」

「いいえ、とんでもございません。ことわざに『聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥』とありますから。殊勝なのはよいことです」


 アルスとの同席が許され、馬車に乗ることになった。

 遠征のときに馬車を引いた馬は、普通の馬に見えた。

 やはりサイボーグ馬は、特別な存在なのだろう。


「お父様がサイボーグ馬を許可してくださっていたら、今頃はこんな事になっていたりはしませんでしたわ」

「貴重なのでしょうね」

「いくら我がロメリア家でも、こんな馬くらい馬車五台分はあるわよ」

「え? じゃあ」

「それ以上は言いたくないわ」


 アルスはそれだけを言うと、メガネを外して小綺麗なケースにしまった。

 たちまち目が鋭く釣り上がり、周りを威圧する眼光になった。

 ゲームでは、VRでなんども目の前でみていたが、現実となると迫力が三倍は違う。

 背筋が凍りついていくのを感じた。

 それはミフィリアも同じようで、目を合わせないようにうつむいて震えていた。

 突然アルスがジェランの胸ぐらを掴んできた。


「あなた、私の傍にいるっておっしゃったわよね? これでも同じことが言えて?」

「はい」アルスの手をそっと包み込んだ。「アルスお嬢様が寂しい時、俺はあなたの傍にいます」

「私が怖くないの?」

「俺はあなたが立派な淑女だということを、心から信じていますから」

「あの時のこと、後悔してないのね」

「ええ」今度はジェランが耳元でささやく。「できたらもう一度、幸せを感じさせてください」


 アルスが手をぐいっと引き寄せて、ジェランと唇を重ねた。

 そしてすぐに突き放した。


「これが最後ね」

「どういうことですか?」


 唐突な離別宣言に、ジェランは戸惑った。

 アルスは言った。


「家に行けば分かるわ」


 屋敷ロメリア邸に到着した。

 アルスはここで待つようにと、ジェランとミフィリアを門の前でおろした。

 ジェランはその鉄格子の門をみつめた。

 転生前、確かにこの門に触れた。それから気分が悪くなり、おそらく死んでしまって、この世界のジェランの身体に転生した。

 自分の身体は今頃、葬儀がなされて焼かれているのだろうか。

 家族のつながりはお世辞にも良かったとは言えなかったが、みんな泣いてくれただろうか?

 冷や飯のバイト先の人たちは、だれか惜しんでくれただろうか。

 まるで天国にいる気分だなと、自嘲してしまった。


「ジェラン、どうかしたの? いいことでもあった?」

「別に。ミフィリアは大丈夫か。お嬢様がメガネを外してから、相当震えていたみたいだが」

「さすがは悪名高い令嬢よね。睨まれるだけで死ぬかと思ったわ」

「ははは。それは言いすぎだ」

「アルス嬢となにか話してなかった? 小声過ぎて聞き取れなかったんだけど?」

「屋敷に入ったら覚悟しとけって」

「わたしたち、悪いことしてないわよ」

「俺もどういう意味か分からない」


 ジェランたちの前に、メイドがひとりやってきた。

 膝丈のミニスカートで、うぐいす色を貴重とした制服だった。

 彼女の案内に従い、二人は屋敷に入る。

 やはりヴァンプレスに着替えたほうがいいのか、二人で相談しているとメイドが笑顔を見せた。


「そのままで結構ですよ。戦時でもないのにヴァンプレスでお屋敷に入るのは、ふさわしくないでしょう。とアルスお嬢様が言っておられました」


 絨毯の廊下を進み、応接室に通された。

 ジェランたちが頭を下げて挨拶をすると、そこには屋敷の主らしき人物と、真っ直ぐでつややかなロングヘアを揺らす黒髪の女性が座っていた。

 向かいにはアルスが座っている。

 黒髪の女性は母親にしては若すぎる外見だった。

 アルスが立ち上がると、ジェランたちを紹介しはじめた。


「この二人が、ジェランとミフィリアです。私が雇った傭兵の生き残りですわ」

「ジェランです。傭兵の身である我々をお屋敷にお迎えいただき、まことに恐縮です」

「ミフィリアです」


 主人が顎髭をいじりながら、目で指図をした。

 黒髪の女性は立ち上がり、細い身体から伸びた手を二回叩いた。

 すぐにメイドが現れて、お呼びでしょうかローザリアンヌお嬢様と頭を下げた。


「例のものをここに持ってきなさい。アルスも見せたいのがあるのでしょう?」

「ローザお姉様? え、ええ。さっき預けたもの、持ってきて」


 布で隠された品がふたつ運ばれてきた。

 先にローザのものから外された。

 

「な!?」

「これは……」

「嘘、あれって翡翠の薔薇三連華……」


 アルスの驚きに続いて、ジェランとミフィリアが目を疑った。

 アルスは立ち上がって猛抗議した。


「ローザお姉様、どういうことですの? 私が取ってくると言った薔薇がなぜお姉様の元に?」

「あら? 一人前の淑女の証である三連華を私が手に入れるのは、ごくごく当たり前のことですわよ」

「なぜお姉様が三連華の情報を、あれは私が極秘に……。まさか? さては謀りましたわね、ローザお姉様」


 ジェランは話が全然見えなかった。

 

「アルスお嬢様、いったいどういうことなのですか?」

「極秘だと思っていた情報は、すべてローザお姉様が仕組んだことだったのよ。三連華を取る準備を進めた後に、私に伝えて吠え面かかせようって魂胆だったの!」


 それを聴いたミフィリアが声を荒げた。


「そんな。じゃあ、仲間は何のために犠牲になったのよ! こんな茶番のため? 冗談じゃないわ」

「おーっほほほ」


 ローザは仰々しく高笑いをしてみせた。


「そんな証拠がどこにありまして? 言いがかりなんて見苦しくってよ」

「だって、そうじゃなきゃ説明がつきませんわ」


 アルスの反論をまったく意に介さないローザは、三連華の傍に立って勝ち誇るようにいった。


「これは私が自力で情報を入手して、実力で勝ち取ったもの。そもそもあなた方が出発した方向とは、全く別の場所に赴きましたのよ」

「本当ですの?」


 メイドたちは目を合わせてから、ハイとうなずいた。それがジェランには端切れが悪いように思えた。

 しかしアルスはそれに気が付かず、あの鋭い目つきをローザに向けた。


「気色の悪い目でこちらを睨まないで! 私は嘘はいっておりません」


 主人は興味なさそうにヒゲをいじりながら、ローザの申し開きに頷いた。

 アルスはそんなやり取りに見向きもせず、悔しそうにスカートを握りしめていた。

 そんなお嬢様をみて黙っているほど、自分の騎士道は腐っていない。

 今こそ助けるときだと手を上げた。


「アルスお嬢様、発言をお許しいただけないでしょうか」


 アルスは主人に確認のアイコンタクトを取ると、変わらない調子で頷いた。

 発言の機会を許されたジェランは、一歩進みでた。

 

「俺はアルスお嬢様の推察を支持します」

「何をいうかと思えば、くだらない。アルスの従者なのだから当然でしょ」

「お言葉ですがローザリアンヌお嬢様、アルスお嬢様の発言を裏付ける証拠があると言ったのです」

「どこにそんな証拠があるというの?」

「こちらです」


 ジェランは聖剣の鞘に触れた。柄に触れて攻撃の意思があると勘違いされないためだ。

 そこから光が漏れ出した。

 ジェランは鞘ごと聖剣を掲げる。


「この剣の鯉口を切ってもよろしいですか? 見せたいものがございます」

「……よろしくってよ」


 ローザは、周りの従者たちの臨戦態勢を確認してから了承した。

 ジェランは、あらためてかしこまった。


「寛大なご配慮、ありがたく存じます」


 ゆっくりと鯉口を切り、わずかに刀身をみせた。

 すると光が翡翠の薔薇三連華に注がれて、洞窟の景色が映し出された。

 それは三連華があったはずの小高い丘の上のものだった。

 それをみたローザはためいきを付いて、肩をすくめた。


「だからなんなの。こんな映写魔法、別に珍しくもないわ」

「では、少し位置をずらしてご覧に入れます」


 映写が三連華からわずかにずれると、折れた茎が現れた。もちろんその上には華はない。

 そしてもう一度重ね合わせると、折れた茎の映写と三連華の茎の切り口が寸分違わず一致した。

 ローザはやっとこの映写の証拠価値に気が付き、思わず息をのんだ。


「こ、これはなにかの間違いよ」

「ローザお姉様、お見苦しくってよ!」


 アルスは指を揃えてローザを指し示し、堂々と詰め寄った。

 そして言葉をつづけた。


「まったく別の場所で手に入れたですって? よくおっしゃいますわ。やはり私を陥れて悔しがらせ、ご自分が愉悦に浸るのを楽しまれるためにわざわざ手を回したのですわね」

「ええそうですわ。この情報は先に私が手に入れましたの。でもアルスが一人前の淑女の証を手に入れることに必死になっていたものですから、手を貸してあげようと思ったのですわ」

「どの口がそんなことをおっしゃいますの! 開き直りも大概にしていただけませんこと?」

「でもアルスは、結果的に手に入れることが出来ませんでしたわね? その事実には変わりはありませんわ」


 これでは堂々巡りだ。

 ローザは自分の非を認めるどころか、アルスに失敗の烙印をおそうとしている。

 しかし、結果だけ見ればそのとおりだ。

 ジェランはなにか手はないか考え初めた。

 そのとき、まだ開いていないアルスの翡翠の薔薇が目に止まった。


「アルスお嬢様の翡翠の薔薇が、まだお披露目されていません」

「ジェラン、でもあれは」

「アルスお嬢様が選ばれた華です。俺はお嬢様を信じます」

「分かったわ。開けてちょうだい」


 メイドが箱に覆われた布を取り払った。

 そこには小さな蕾の翡翠の薔薇があるだけだった。

 ローザはあざ笑った。

 ジェランはそれをいなすように、隣りにいるミフィリアに言った。


「君なら、咲かせることができるんじゃないかい?」

「ヒールの力で成長を早めるやつ? そんなことをしたら花は枯れてしまうわよ」

「でもこれは翡翠の薔薇だよ。そう簡単に枯れないんじゃないか」

「そうね。やってみるわ」


 ミフィリアはアルスの翡翠の薔薇に近づくと、ガントレットを装着している右手をかざした。

 そこから暖かな光が放たれて、翡翠の蕾に注がれていく。

 そして少しづつ芽吹き、華が開いた。


「そんな馬鹿な! ありえないわ!」


 ローザは驚愕のあまり声を荒げた。

 片やアルスたちは、感嘆の声を漏らした。


「一つの蕾から三つの薔薇が華ひらくなんて」

「あたしも、こんなの見たことない」


 ローザが先取りした三連華は、一本の茎に三つの薔薇が連なるものだ。

 でもアルスが持ち帰った翡翠の薔薇は、一つの蕾から三つの華がまるで寄り添う姉妹のように咲き誇った。

 翡翠の薔薇に詳しいミフィリアも、予想外の成長に目が輝いていた。

 アルスは主人にあらためて、自分の三連華を披露した。


「お父様、これが私の淑女の証ですわ」

「どうやら、ローザの負けのようだな」


 初めて口を開いた主人から、ローザの敗北宣言がくだされた。

 その宣言にローザはすぐに詰め寄った。


「お父様! そんな、こんなこと認められなくってよ!」

「『策士策に溺れる』とはまさにお前のことだよ。それに、アルスの三連華は新種だ。品評会にだせば、どれだけの値がつくか計り知れない。お、そうだな。この華の名を《アルスの薔薇》とでも名付けるか」

「このことは、お姉様たちにご報告しますわ。アルス、覚えてなさい」


 アルスはごきげんよう、とだけ挨拶してローザを見送った。

 そして、父である主人に向かってスカートをつまみ上げて、頭を下げた。


「お父様、聡明なご采配に感謝いたしますわ」

「これだけのものを見せられてはな。しかし今回だけだ、分かるな」

「重々承知しております」

「《アルスの薔薇》を品評会に出して、初めてお前が淑女だと認められる。手放すのは惜しいかもしれんが、それが仕来りだ。あとは自分でやりなさい。手配くらいはしてやろう」

「感謝いたします、お父様」

「それから、姉がいないときくらいはメガネをかけてくれ。お前の目つきは、その、心臓に悪い」

「部屋に忘れてきましたの。では、これで失礼しますわ。あなたたち、私の部屋においでなさい」


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