第十七話 ロン

 深夜の日付が変わった頃。

 侵入者をしらせる警報が、うたた寝気味だったジェランの耳にだけ響いた。

 さっそく老人を始末しに来たらしい。

 彼を幽閉している地下室に行き、身を隠した。

 暗がりの中、光る得物で老人を突き刺そうとした時、振り下ろすのをやめてしまった。


「うわわわん、うわわわわん」


 夜泣き!?

 幼児退行した老人が突然泣き出したのだ。

 これもジェランは予想外だった。

 侵入者はすぐに逃げ出した。

 すぐさまジェランも追いかける。

 予め、追跡用に姿を消すための第四階位魔法をかけてある。まず追跡に気づかれないはずだ。

 繁華街の裏路地に入り、そこを迷路のように抜けると、大きな料理店の裏口に入った。

 ここの地区では一番の規模の店だ。

 木を隠すなら森の中といったところか。

 ジェランも注意深く潜入して、追跡者についていく。

 そして、上司らしき男と話し始めた。


「ただいま戻りました」

「首尾は?」

「とどこおりなく、始末しました」

「そうか。お前がミスをすることはありえないが、念の為だ。ほら、ボスに酌くらいしていけ」

「分かりました、老師」


 侵入者――今はジェランが侵入者だが――が部屋に入った。

 ジェランは扉が閉まる前に入り、天井に張り付く。

 侵入者が自分を隠した外套を取り払うと、ベリーショートの女性だった。腰だけが妙に大きく発達しているが、胸は服の上からではよく確認できない。

 下着姿の彼女は、派手なマンシュ地方のドレスに着替える。体のラインがでているワンピースで、タイトスカートの部分に深いスリットがあった。

 マンシュは、前世の頃で言う中国の隣りの東の地域だ。

 だからか、妙に衣装も店の内装も中華っぽい。

 化粧を終えた彼女は、鏡台をじっと見ていた。


「殺せなかった……。裏切り者の老人だけど、あんな赤ん坊みたいな姿になっているなんて。わたしは子供だけは殺らない」


 誓いを新たにするように、化粧の筆をおいた。

 彼女が部屋を出ていった時、ジェランは天井から音を立てないように降りた。

 暗殺者か。

 ジェランはそれ以上のことは考えないようにした。

 住む世界が違うし、振りかざす正義も違う。

 それが彼女の生き方なのだ。

 そして大きな問題がある。

 女暗殺者なんて、ゲームにいなかった。キモい顔の男が襲ってくるエピソードがあったけど、実際に戦うこともなくテキスト上の存在だった。

 だからこそ、下手に関わるとどうなるかわからない。


「いや、どうなるかわからないなら、むしろ」


 アルスを処断するイベントを回避できる可能性も、あるということかもしれない。

 もしかしたら更に状況が悪くなるかもしれない。分の悪い賭けだ。

 だがこのまま最悪になるなら、乗るのも悪くない。

 ジェランは部屋を出て、女暗殺者の後を追った。

 追跡は楽だった。侵入者を見失わないように、あの結界にはマーキングも仕込んでおいた。


 一番上の階にいるようだ。

 階段にいた屈強な見張りには、睡眠魔法で眠ってもらった。

 三階最上階は、作りも派手でVIPルームといったところだろう。

 給仕も踊り子もすべてが、半裸の年若い女の子だった。中には胸にも衣服をつけた女の子はいたが、例外なく露出は高めだ。

 その中に三人の男がいた。

 女を侍らせている小男と、腰に剣を下げている屈強な二人の男だ。小男がロンで間違いないだろう。


「いい趣味してるぜ。ここがロンの根城ってわけか」


 ジェランは皮肉交じりにつぶやくと、部屋端の観葉植物に身を隠した。

 ロンはスケベ顔で女たちの胸をまさぐり、先端をつねっていた。

 女たちは笑顔を絶やさないが、その奥には恐怖と嫌悪が混じりあっているのがすぐに分かった。

 

「いや! 離して!」


 ひときわ巨乳の女が、つばでベトベトになる身体に耐えられず、ロンを突き飛ばした。

 ロンが舌打ちをしてなにか指図をした。

 すると取り巻きたちが女を羽交い締めにして、奥へ連れ去っていった。

 女たちはみんな目を伏せ、耳をふさいだ。

 絹を割いたような悲鳴が鳴りひびいた。


 ジェランはまさかと動こうとうしたが、手下たちが返り血を浴びて出てきた。

 目の前で平然と血を拭う。

 どんな殺し方をしたら、あんなに真っ赤になるんだ?

 あの分では、遺体はほとんど残っていないかもしれない。

 ロンが鼻で笑うと、ふんぞり返って怒鳴った。


「いいか。同じ目に合いたくなかったら、あんな真似二度とするな。おまえたちには呪印が施してあるんだからな」


 女たちは震えるというより、ただ呆然と伏せていた。なんども目の当たりにしているのだろう。

 ジェランの内からふつふつと怒りが込み上げてきた。

 聖剣に手をかけたその時、先程の着替えていた華奢な女がでてきた。

 ロンはそれを見てニヤけると、ソファに座り直してそばにいた女を目の前に膝まつかせた。


「おい、シズカ」

「はい」

「そのテーブルにうつ伏せに寝て、股を開け」

「……」

「なんだ、どうした?」

「かしこまりました」


 シズカと呼ばれた華奢な女は、服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になると、料理が乗っているテーブルの上にそのまま四つん這いになり、肩を付けるように伏せた。

 股は否応なく広がり、彼女の秘部がロンに全て晒された。

 ジェランは聖剣にかけた手を下ろせず、ただじっとしているしかなかった。


 呪印とさっき言っていた。

 もしあのとき飛び出していたら、それで女たちが全員殺されるかもしれない。

 シズカは表情を見られないようにしていた。

 身体は子鹿のようにおびえていた。

 ロンが燭台を持って立ち上がった。そのロウソクは太く長く、太い芯から炎が立っていた。


 股間に顔をうずめていた女は、離れないようについていく。

 ロンが唇をゆがませると、あろうことか燭台の火の付いたロウソクをシズカの秘部に突っ込んだ。

 シズカは、鼓膜がつんざくような苦悶の叫びを上げた。

 ロウを垂らすだけのSMプレイかと思っていたジェランの頭は、怒りで沸騰しそうだった。

 しかし、呪印があっては下手な動きは出来ない。

 一か八か、やるしかない。

 ここで彼女たちを放っておいたら、アルスのナイトになる資格はない。

 ジェランは聖剣を引き抜いて魔法を唱え始めた。


「……咆哮となりて、全てを吹きとばせ! 《第三階位 ストームホーン》」


 ジェランを中心に強風が巻き起こり、あっという間に燭台の火は消え、ヴァンプレットの照明も破壊された。

 室内は混乱し、ロウたちは吹き飛ばされないように身をかがめるので精一杯だった。

 台に乗っていたシズカがまっさきに吹き飛ばされるも、すぐにジェランが受け止めた。

 他の女性たちも暴風に乗せて外へ飛び出した。

 すぐに完全結界を貼り、呪印の遠隔作動を防いだ。

 風にのってそのまま浮遊し、安全な屋上に運んだ。

 混乱しておびえている彼女たちに、ジェランは身を晒すように両手を広げていった。


「まずは安心してくれ。敵じゃない。俺の自己紹介は後だ。まずは彼女の治療をしなければ」


 ジェランは声をかけてから、シズカから燭台を引き抜いた。

 すると血と皮が引きづられて出てしまう。

 歯を食いしばっていたシズカは、涙を流して耐えていた。

 すぐにヒールをかけるも、傷の具合が良くならない。


「これは、専門の魔法をかけないとだめか」


 いつまでも、吹きさらしにしておくわけにもいかない。

 心当たりのある場所に、全員を連れて行く。

 姿だけ消す魔法をかけ、完全結界を制御しながらあるくのは、聖剣に頼っていたとしても頭が割れるように痛かった。演算で無理をさせているからか、柄からかなり熱が出ている。

 ようやく落ち着けたが、そこは毛布もなにもない冷たい床の上だった。


「マーヴ、無理を言ってすまない」

「なあに。か弱い女たちを追い返すほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ。整備室しか空いてないが、いつまでもいてくれて構わないぜ」

「後は頼んでいいか? ミフィリアたちの様子を見に行きたい」

「任せときな。おまえら、外に出たら呪印が発動するからな。おとなしくしておいてくれよ。飯持ってくるからな」


 ジェランは彼女たちに会釈すると、地下から一階へ登った。

 シズカを寝かせていたマーヴの寝室をノックをすると、入室を断られてしまった。


「待ってて。まだ中のロウとか取り除けてないの。とても見せられないわ」

「分かったよ。近くで待っているから、終わったら教えてくれ」


 ロンの裏組織と魔獣王の繋がりを探ろうとしたら、とんだ救出劇になってしまった。

 でも彼女たちからなにか聞き出せれば、アルス捜索の手がかりになるかもしれない。

 とりあえず、完全結界の中では呪印発動はないはずだ。

 手持ち無沙汰になって聖剣の柄を撫でていると、ヴァンプレス姿のミフィリアがドアを開けてくれた。

 部屋に入ると、毛布をかぶったシズカが静かな寝息を立てていた。


「出産じゃないけど、難産だったわよ。中に張り付いたロウや火傷の治療に、子宮内膜までボロボロになってた。覚えた治癒魔法のほとんどを唱えた気分よ」


 治癒はヒール一つだけで全てが治るわけじゃない。

 裂傷・火傷・腐食・骨折、そして病気ともなればさらに数百にも及ぶ。それをきちんと診断して魔法を唱えなければ、患者は治らない。重傷者なら命に関わる。

 そう、これは日本があった世界の医療と何ら変わらない。メスや薬がヴァンプレットに変わっただけだ。

 ジェランには軽いキズを治すことしか出来ないし、聖剣にもそれ以外の魔法が登録されていない。

 コップの水を一気に飲み干しているミフィリアからは、疲労の色が濃くうかがえた。

 ジェランは彼女を労いながら、一つの疑問に気がついた。


「あのロウソクが、子宮の中まで刺さってしまったのか?」

「違うわ」


 ミフィリアはそれ以上語らず、腰に手をやった。

 彼女から静かに湧き出ている怒りに気が付き、全てを悟った。

 そしてため息を付いてから、話を続けた。


「――一度や二度の痕じゃないわよ。研修で娼婦を診たことあるけど、こんな酷いの初めてだわ」

「じゃあ、地下の彼女たちも?」

「おそらくね」


 ジェランは奥歯を噛みしめると、踵を返した。


「待ってジェラン! あなたが動いたら完全結界が消えてしまうわ」

「俺が出来ることは、ロンの野郎をたたっ斬ることだけだ! 許せねぇ」

「わたしだって同じ気持ちよ。でも、今は彼女たちの治療と安全が優先よ」

「チクショウ! どうしたらいいんだ」

「わたしに考えがあります」


 二人の会話に柔らかく割り込んできたのは、私服姿のマユだった。

 そして会釈をすると、朝の挨拶を交わしてきた。

 もうそんな時間かと部屋の時計を見ると、五時過ぎを回っていた。

 マユは話を続けた。


「ここにいるという情報を流すんです」

「待ち構えようってわけ?」


 ミフィリアの反応にうなずくと、マユはジェランを見据えていった。


「家屋の外でも、近くなら結界は貼れるのよね?」

「ああ。でも、偽の情報を流すというのはどうだ? 彼女たちの近くで荒事は起こしたくない」

「あんたたち、本当に素人ね」


 声の主に視線を滑らせると、シズカが起きていた。

 毛布にくるまってはいるが、その瞳は鋭く隙がなかった。


「そんなの向こうも全部お見通しよ。裏組織を舐めないほうがいいわ」

「シズカ、起きてて大丈夫なのか」

「わたしのことなんかより、奴らよ。完全結界だってバレたら、ここを攻め込まれるのも時間の問題よ」

「どうしたらいいんだ?」

「わたしの提案、乗ってくれるなら行けるわよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る