第十九話 オペと聖剣S
リディと魔獣ロードは一体化していたが、分析はほぼできた。
マーヴによると、生態的に直つなぎしているわけではなく、魔術的につながっている可能性が高いとのことだ。
その説明にたどり着くまでに、アカデミー級の薀蓄を聞かされてしまったので、知恵熱で頭が痛くなった。
話についていけたのは、ミフィリアだけだった。
「機巧部分はさっぱりだけど、生理学ならまあまあ勉強になったわ」
彼女の知識に舌を巻きながら、医者になることを勧めてしまった。
でも、冗談♪ とはぐらかされてしまった。
マーヴとミフィリアによる話し合いが長くなりそうなので、この魔獣ロードをどうしようかとなった。
とりあえず、ジェモナスの異空間に退避させることにした。
マーヴによると、一機くらいなら入るらしい。
もちろん、リディも一緒に入ることになる。
それにジェランも付き合うことにした。
異空間の中は、熱くもなく寒くもない。快適よりやや乾いた感じの湿度に感じた。
向かって右には、お世話になっている頼もしいロードのジェランが、こちらを見下ろして歓迎しているように感じた。
そして左側には、四つん這いになったままの魔獣ロードがいた。
背中へひとっ飛びで登ると、水中というか宇宙にいるような、浮遊感に胃が踊ってしまった。
「マーヴの奴、こんな空間で作業しているのか。気をつけないと、軽食を吐きそうになる」
「ゲロは勘弁してよ。ここって、物が漂いやすいから」
ロンの根城だった瓦礫から拾った、露出の高い衣服がちょうど良かったのでリディに勧めてみた。
何も着ないよりはマシだと受け取ってくれたものの、やはりほとんど隠せていない。
サイズが小さめなのも相まって、グラビアアイドルのエロ下着になってしまっていた。
「魔獣ロードについて聞きたいんだが、こいつはもう動いていないのか?」
「ええ、そうよ。あなたの聖剣で制御機関が破壊されたみたいなの。それにはたしか、精神を破壊する力があるのよね。おそらく魔獣部分の生態パーツが、それでイカれたんでしょう」
「リディは平気なのか?」
「ええ。魔獣と生態的につながっているわけじゃなかったみたいだから。でも、あの一撃はさすがに効いたわ」
「あははは。手加減する余裕なかったから」
「どうしてここに来たのよ」
「一人じゃ退屈だろうと思ってな」
「嘘。本当は、お嬢様の居所を聞きに来たんでしょ」
「バレたか。この機会に、君のことも知りたかったんだけど、それは今度にするよ」
「本当、おかしな人ね。まあいいわ」
リディは腰を魔獣ロードから引っ張り上げると、脚をゆっくりと伸ばした。
ぴったり閉じているので、何も見えない。
そして真に迫るように、ゆっくりと言った。
「今は廃墟となったロメリア家の別邸宅よ。そこにお嬢様はいる」
「廃墟?」
「貴族が廃墟の家を持つのは、珍しいことではないよ。首が回らなくなって、家屋を売っても買い手がつかずそのまま放置なんてのはね」
ロメリア家は下級貴族だ。
日本人が思い浮かべるような、きらびやかな生活とは縁遠い人たちだ。
やはりロメリア家は、それほど追い詰められているのだろう。
リディは続けた。
「亡くなった奥様のお気に入りだった別邸でね。ステンドグラスで彩られた、とても素敵なところだったの。でも、街からは遠すぎて」
「ステンドグラスって、いろいろな色のガラスで作られたアレか?」
「そうよ。平民のあなたがよく知ってるわね」
「本で読んだことがあって……」
ジェランの言葉は、消え入るように小さくなった。
アルスを救うために繰り返したあのゲームの日々が、脳裏に鮮明に蘇ってきた。
ただのゲームじゃない、この世界の元になった転生前の世界。
そこで必ずアルスを殺すことになる強制イベントの場所は、ステンドグラスが見下ろす屋敷の中だ。
「ジェラン?」
「あ、いや。なんでもない」
その時、ミフィリアからメールが入ってきた。
作戦会議が終わったので戻ってくるように、とのことだ。
それをリディに伝えると、明らかな作り笑いで手を降った。
「期待してるわ」
「出来るだけのことはやってみる。みんなそのつもりだ」
ジェランはロードの異空間から出ると、船から陸に降りたような感覚になった。
「ああぁ。すっごく落ち着くぅ。なんだこれ」
「はははっ。新米機巧技師と同じこと言ってやがる」
「マーヴか。ミフィリアから連絡があったけど、うまくいきそうなのか」
「それは部屋で説明するわ。整備室じゃなんだし、みんなそこに集まってる」
ジェランは頷くと、マーヴについて行った。
部屋には、ミフィリアとマユがいつになく真剣な面持ちで座っていた。
ジェランが座ると、ミフィリアが切り出してきた。
「結論から言うわ。残念だけど、リディを完全に元に戻すのはできないわ」
「無理なのか」
リディになんて伝えよう、そんな考えを逡巡し始めているとマーヴが言ってきた。
「無理ってのはちょっと語弊がある」
「そうよ。これから詳しく説明するわ」
ミフィリアが話を続けてくれた。
リディの背中から伸びたホースのようなものは、脊髄から接続されてしまっていて、厄介なことに生命維持にまで関わっている。
それと魔獣ロードは接続されているが、どうやら換装することを目的にしていた痕跡が見られた。
つまりきちんと処理すれば、魔獣ロードとリディを切り離すことは可能なのだ。
「……それで、どうやって切り離すのかなんだけどね」
「俺も出来る限り調べたんだが、なんせ見たことない仕様でな。魔獣とロードを一つにさせるなんて発想すら、アカデミーのへんくつジジイからすら聞いたことない」
「そこで、同じ未知の技術が詰まっている聖剣の出番ってわけ」
ジェランは聖剣に視線を下ろした。
これにそんな人を治す力があるのか?
マーヴとミフィリアに視線を戻すと、ふたりとも頷いた。
やるしかないと。
ミフィリアとマーヴが提示した作戦はこうだ。
ミフィリアは治療魔術すべてを聖剣に注ぎ込み、その魔法力でホースを斬る。
その後すぐ、マーヴが切断面を修復するため再び聖剣に力を注ぎこむ。
ジェランはそのための媒介として徹する。
他の人が聖剣に触れれば、廃人か死だからだ。
それに魔法を聖剣に向けてどうなるか、未知数である。
すべてを聞いたジェランは、おもむろに鞘ごと聖剣を持ち上げた。
「分かった。こいつに賭けよう!」
再び整備室に皆で降りた。
そしてジェランは、リディと繋がった魔獣ロードを召喚した。
金属と生命のいびつな四つん這いの巨体が、がらんどうの部屋に現れた。
ジェランが声をかける。
「おい、気分は?」
「なんていうのか、なんか急に安心してきた」
「そいつは良かった。今から作戦の内容を説明するから、聞いてくれ」
ミフィリアとマーヴも加わって、先程の話をリディに聞かせた。
すると、リディはこう言ってきた。
「失敗するとどうなるの?」
ジェランが言葉に窮していると、ミフィリアが変わりに伝えてくれた。
「正直に言うわ。何かしらの不随は避けられない。下半身かもしれないし、全身かもしれない。死亡するリスクはほぼゼロだけど、念の為に聞くわ。あなた何回目?」
「おかげさまで、まだバージンよ」
「なら、万が一が起きた場合は蘇生させてあげるから」
「むしろ、死んだほうがやりやすいんじゃないの?」
「それはないわ」
ミフィリアは首を大きく振った。
腕を組んでおもむろに右肘を立てた。豊満な胸に目がいってしまう。
「マーヴとの話し合いでその選択肢ももちろん話したけれど、それをするとあなたの繋がったそのパイプが腐ってしまうの。ほんと呆れるくらい良く出来てるわ」
もはやリディと繋がったパイプは、彼女の一部だ。臓器と言ってもいい。
二人が言うには、それがなくなると生命維持すら困難になる。さらにリディが死亡するとそれが腐り始め、蘇生が困難になる。
事故での蘇生の場合、先程言った不随は免れないと。
まさに、パーツ交換を前提にした設計だった。
ミフィリアはまとめに入った。
「だから、わたし達の作戦がベストなの。これ、ジェランの国ではオペって言うらしいから、今からオペと命名しましょ」
「わかった。どっちみち、このままじゃ本当にこれのパーツになって生きるしかないのだし」
「リディ!」ジェランが声をかけた。「お嬢様を助けるには、君が必要だ。だから、必ず救う」
リディは呆れるように肩をすくめた。
「あんたって、バカ正直ね。そこは励ますところでしょ」
「悪い。俺の最推しは、アルスお嬢様だからさ」
「何言っているのかわからないけれど、なんかむかつくわ。わかったわよ。あんたたちのオペに乗ってあげる」
マーヴも含め全員がヴァンプレスを纏う。
さあいよいよ、というところで声をかけてきた人たちがいた。
ロンに買われていた元性奴隷達だ。
「あの、わたし達もお手伝いしたいのですが」
マユがジェランたちに頷いて、振り返った。
ここは彼女に任せよう。
「みなさんとお気持ちは、わたしも同じです。攻撃魔法しか使えないし、得意なことも活かせません。でも、出来ることはありますよ」
「それはなんですか?」
「この作戦が終わった後、温かい食事と湯浴みを用意してあげることです」
「でも……」
「応援して支えてあげることも、立派なお手伝いですよ」
肩に手をやってにこりと微笑むマユに、彼女たちも自分たちの出来ることを見つけたみたいだ。
ジェランは微笑むと、改めてミフィリアとマーヴに向かい合った。
「必ず助けよう」
「もちろん!」
「まかせとけ」
鞘に走る刀身の音を聞きながら、ジェランはゆっくりと聖剣を抜いた。
ミフィリアは、魔法の詠唱に入る。
治療術の最高階位は第三までだが、このオペのためにかなり複雑な術式を組んだ。
普通なら、こんなピーキーな様式を扱えるわけがない。それを可能にするのが聖剣の魔法演算能力だ。
ミフィリアの詠唱が魔法の力の流れとなり、聖剣が緑色に輝き始める。
癒やしの色なのだろうか。でも普段のヒールで、こんな色は見たことがなかった。
刀身が光の緑色に変化しおったところで、ミフィリアが尻餅をついて倒れた。
あらかじめこうなることは聞かされていたので、あえて放っておいてリディに繋がれたホースに集中する。
「リディ、今からそのホースを斬るよ。マーヴ、準備はいいか?」
「いつでも来て」「やってやるぜ!」
聖剣から流れてくる魔法の力を感じながら、余計な力をできるだけ抜き、スキル聖剣Sに身を任せる。
――少しでも
刀身が光の残像を残しながら、素早くそして正確に流転を描いた。
するとホースが潰れることなく、竹を割ったように一本づつ切断されていく。
聖剣の動きが止まった刹那、マーヴが動いた。
彼のヴァンプレスは、戦闘ではなく整備に特化していた。次々と両腕や腰のベルトから工具が出現する。
それが一つ一つ意志があるかのようにうごき、軍隊のように規律を持ってホースの切断面に挑んでいく。
まるでアナログ時計を分解修理しているように見えた。
作業内容はわからないがそれでも、それが精密かつ超スピードで動いていることだけは分かった。
間違いなく天才の職人芸だ。
しかしマーヴの額から汗が滴ってきた。
でも拭うのがジェランの仕事じゃない。
再び聖剣を構えた。
マーヴのヴァンプレスと通信接続して、彼のツールの演算を半分肩代わりする。
魔法を唱えるとき、聖剣を介するとどうして楽になるのか?
ジェランが自分なりに出した答えが、コンピュータと同じ演算能力だ。
だから、魔法として動いていないヴァンプレスの動作も高速演算がなされているはずなのだ。
そして案の定だ。
「すっげぇぜ、ジェラン。こんなに頭がクールになったのは始めてた。もっとギアが上げられそうだ」
文字通りマーヴの額から汗が引いていく。
そして、次第により高密度な作業になっていく。
その作業に魅入ってしまったとき、マーヴの手が止まった。
「おい、どうした? なにかトラブルか」
「あははは!」
マーヴがいきなり笑いだして、ヴァンプレスを解いた。
そして親指を上げてウインクをしてみせた。
「オペ大成功だ!」
ジェランも応えて親指を上げると、すぐにリディの様子をうかがった。
「リディ、どうだ? 気分は?」
「……終わったの?」
「ああ。オペは成功だ」
リディが恐る恐る後ろを振り返ると、ホースが切断されて短くなっているのが見えた。
そして、ホースに手を伸ばしていった。
「痛くない。私は生きてるの?」
「ああ! よくがんばったよ!」
ジェランはリディを抱き寄せると、頭を撫でてあげた。
すると彼女から小さなすすり泣きが聞こえた。
それは大きくなり、ジェラン達からは笑顔と涙がこぼれていった。
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