最終話

 アルスは意識を取り戻してくれた。

 今まで起こったことは、ほとんど忘れてしまったらしい。

 つまり魔道具は、記憶を司る海馬を支配していた可能性が高い。

 そしてジェランは、魔獣王の幹部を倒したという功績が認められて、皇帝に謁見することが許された。

 貴族であるアルスの同行は許されたものの、ミフィリア・マユ・シズカ・リディの同行は許しが降りなかった。

 

 ジェランがヴァンプレスを装着し、その外套を身体に包んだ。

 その時ノックの音が聞こえたので、ドアノブを引いた。

 そこにはリディがメイド服姿でロングスカートをつまみ上げて挨拶をかわしてきた。


「おはようございます、ジェラン様」

「おはよう、リディ。身体の調子はどうだい?」

「おかげさまで、問題なく業務を果たせています。あれもメイド服を着れば目立ちませんし」

「そうか、それはなによりだ」


 あれとは、今もリディの腰から伸びているパイプのことだ。

 魔獣ロードと呼ばれる混成の機巧兵士と、生命維持を強要された名残だ。

 あれから時間が経って、機巧技師マイスターのマーヴと衛生機士のミフィリアの研究もあって、服を着ても問題ないくらい短くすることが出来た。

 リディはそれ思ってか、笑顔を返してくれた。


「みなさんには、お世話になりっぱなしで。私は……」

「リディ、それはもういいんだ」

「ですが、過去は消えません」

「なら、償いとして俺の剣の相手をしてくれないか」

「それが償いになるのでしょうか」

「いい稽古相手がいないんだ。剣聖のリディなら申し分ない」

「ですが……」

「きっと償いは生きていれば必ず見つかるよ。だから、アルスの前では笑顔でいて欲しい」

「それはとても辛い、仕打ちですね」

「それはそうと、アルスの準備は終わったんだな」


 これ以上はジェランも言葉に詰まってしまう。

 アルス本人も許しているのに、それが逆に枷になっているようだ。

 これ以上暗い気分になる前に、業務を思い出させることにした。

 リディに連れられて、アルスの部屋の前に来た。

 彼女が会釈をして場を離れると、ジェランは部屋をノックする。


「アルスお嬢様、ジェランです」

「入っていいわよ」

「失礼しま……す」


 思わず息を呑んだ。

 シンプルな赤い一着のドレスなのに、まるで絵画のような世界がそこに広がっていた。

 ジェランは慌てて口を締めて、深く会釈をした。


「おはようございます、アルスお嬢様。今朝のお召し物は、花園に咲く一輪の薔薇そのものです」

「大げさね。陛下の御前に派手なドレスで拝謁するわけにいかないから、地味めなの選んだのに」

「では、『俺にとっては』を付け加えましょう」

「よろしい」


 メガネのアルスはジェランにそういうと、微笑みながら腕を引っ張った。

 この一輪の笑顔を守るためなら、世界を敵に回してもいいと本気で思った。

 馬車に入り、城に向かう。

 城下街に入り、巨大な城壁を抜けると、真っ白というよりメタリックな城が見えた。

 あらゆるところに砲門があり、複数のロードが常に警戒している。

 おそらくここが、帝国の中で最も安全な場所で間違いない。

 

 馬車が止まると、そこにはレッドカーペットが伸びていた。

 ジェランが驚いていると、衛兵により扉が開けられて手が差し伸べられた。

 アルスはその手に応えると、すっと立ち上がった。

 そしてジェランも出るように促された。

 ジェラン、アルスの順番でカーペットを歩くようにも言われた。

 身分的にはアルスが先だと思ったが、この場のマナーでは男性が先らしい。


 まもなく謁見の間に通された。

 荘厳な部屋を想像していたし、ゲームもそうだったが、とても質素なところだった。

 玉座が二つと皇帝直属の機士たちと王族が囲んでいたが、それも少数だった。

 ジェランたちがかしずくと、数分の間があった後に皇帝が現れた。皇女も現れて、二人は同時に玉座についた。


 宰相がヴァンプレスから公式の書類を映し出して、声を上げて読み上げ始めた。


「本日、皇帝陛下が直々にお前たちを召喚したのは、こたびの魔獣王幹部討伐の働きについてである。ジェランよ大儀であった。陛下より、願いをひとつ聞き届けることが許された。そして……」

「もうよい、宰相。世は長い話が嫌いだ」

「はっ。失礼しました!」

「ジェラン、おもてをあげよ」


 目線をゆっくりと前に向けると、一◯メートルほど先に頬杖をついて鎮座する皇帝がいた。

 思った以上に若く、イケオジという言葉がぴったりくる。

 頭には宝石を散りばめた王冠をたたえ、鼻下に蓄えたヒゲもよく似合っていた。

 向かって右には皇妃が座っていた。胸の谷間を強調した豪華なドレスを着こなしており、両手には鞘に収まった皇帝の証である剣を行儀よく持っていた。

 いついかなる時も剣を抜くという、皇帝の威厳が見事に表されていた。

  視線が交差したとき、皇帝が再び話はじめた。


「ご苦労であった。魔獣王には帝国としても手を焼いていてな。ここ数年よい報告を聞かぬ。そんな中、お前が幹部を倒したと聞いた。世は、久々に胸がすっとしたよ」

「ありがたきお言葉です。恐れながら陛下、幹部を直接討ったのは、仲間でございます」

「仲間……、ああお前の女たちか。女に褒美の言葉など、無粋だな」

「しかし……。いえ、失礼しました」


 となりのアルスに小声で止められて、ジェランは引き下がった。アルスは今だ平伏したままだ。

 皇帝は鼻を鳴らすと、話を続けた。


「そこでだ、褒美を取らそうと思う。なんでもよいぞ。帝国自慢の娼館使い放題とか、高級レストラン食い放題、巨額の富、地位もよい。世はおまえの口から直接聞きたいのだ」

「では。このジェランは、ここにいるアルス=ロメリア直属の聖剣機士になりたく思います」

「……」


 謁見の間が静まり返った。

 いや、この空気は、明らかに凍りついている。

 それでも、とジェランは一歩踏み出した。


「俺は本気です! 俺の剣は、アルスお嬢様のために振るいたい。そのためにも、正式な免状が欲しいんです」

「女の剣に? 女は剣の鞘だ。女が剣を持ってどうする」


 皇帝は腰を上げると、皇妃が持っていた剣を引き抜いた。

 その瞬間、ものすごいプレッシャーがジェランたちを襲う。

 ただのお飾りなんかじゃない。

 百戦錬磨の歴戦の剣気だ。

 ジェランは動けないまま、皇帝の切っ先に鼻が触れた。

 血が少しだけ流れるも、すぐにヒールをかけて血を止めた。

 皇帝は感心を示した。


「ほう。見上げたものだな」

「御前を血で汚すわけには参りませんので」

「礼儀はわきまえているようだが、汗を止められたら完璧だったな」

「も、申し訳ございません」

「まあよい。剣を持った世を前にして、汗一つかかぬやつなど皇妃くらいだ。ジェランよ」

「はい、陛下」

「女が機士を持つなど前代未聞だ。たとえ貴族であっても、皇妃ですら直属の機士を持たぬ。……そうか、分かったぞ。アルス・ロメリア、お前がこやつを抱き込んだか。たまにいるのだよ、身の程をわきまえぬ悪女、いや悪役令嬢とやらがな」


 アルスは平伏したまま、皇帝に答えた。


「お恐れながら陛下。私はジェランに、そのように言ったことは一度もありません。ですが、陛下」

「なんだ?」

「なにとぞ、ジェランの願いを叶えてはくれませんか。私にできる精一杯の褒章は、このような前代未聞の願いを、後押しすることしか出来ません」

「おまえの言い分は分かった。なあジェラン」


「はい、陛下」

「お前は世から目を逸らさなかったな」

「控えろ、とはおっしゃいませんでしたので」

「確かに。世はずっとお前に剣気をぶつけていたつもりなのだがな」

「お心遣い、恐悦至極に存じます」

「なんのことかな」

「この、身体が潰されるような剣気を、我が正妻に向けなかったことを、心から感謝します」

「ふっ。もうよい、控えよ」

「はっ」


 ジェランがかしずくと、皇帝は剣を皇妃の鞘に収めた。

 皇妃が頷くと、収められたままの剣が皇帝に返される。

 それを握ると、皇帝は踵を返した。


「アルス・ロメリア。面をあげよ」

「はい! 陛下」

「これを使え」


 皇帝の剣を差し出されたアルスは、皇帝を直接見た緊張も相まって身体が固まってしまった。

 それを見た皇帝が、ニヒルに笑った。


「使わなければ、叙任式が出来ぬだろ。それともこの剣以外で、聖剣機士を召し立てる気か?」

「い、いえ。滅相もございません陛下」


 アルスは皇帝の剣をうやうやしく受け取ると、叙任式の準備が執り行われた。

 まさに前例がない出来事に、王族も貴族も騒然となっていた。しかし、誰も異を唱えることはなかった。

 皇帝が剣を抜いたときの勅語は、誰も逆らうことが出来ぬ勅令となる。

 しかし、皇帝がそこまでして一介の機士の願いを認めることに、訝しまないものはいなかった。

 そんなことはジェランにはどうでも良かった。

 どんな形であれ、正式にアルスの剣になれることが、ただただ嬉しかった。

 アルスは、ジェランの前に立った。


「聖剣機士ジェラン・セヴナイトよ。我が剣となる誓いを立てるなら、その意志を示せ」

「はい!」


 ジェランが膝をついて平伏すると、アルスが鞘が収められたままの剣を肩に置いた。

 ジェランがその鞘を握ると、アルスが剣を引き抜いた。

 ジェランは高々とあげて、堂々と宣言する。


「これより聖剣機士ジェラン・セヴナイトは、アルス・ロメリアの剣となることをここに宣言する! 剣よ、誓言を」剣が渡った。

「アルス・ロメリアの宣言を受諾し、我ジェラン・セヴナイトは生涯を剣として主に尽くすことを誓います!」


 誰も拍手をしなかったが、皇帝が犬をからかうように笑って拍手をした。

 すると全員が拍手をしてくれた。

 これで晴れてジェランは、アルスの剣になったのだった。


§§§§


 皇帝と皇妃は、叙任式が終わって早々と退出した。

 皇帝は満足そうにヒゲをいじって言った。


「ははは! 見たか教会連中の顔。吹き出さないようにこらえるのが、大変だったよ」

「陛下、お顔に表れてましたよ」

「え、そうだったのか? 教えてくれよ」

「楽しいそうでしたので」

「あいつらには悪いことをしたな」


「良いではありませんか。彼らには過ぎた褒美ですよ。いいのですか、あんなことをしてしまって」

「いいんだよ。世はこのような歴史に残る事をやりたくて、ウズウズしておったのだよ。大昔の戦なら、いくらでもチャンスはあったろうが」

「聖剣機士はこれからどうなるのでしょう」

「そういうおまえも、笑っているぞ」

「あら、これは失礼しました」


§§§§


 その満月の夜。

 ロメリアの屋敷では、防音の魔法をかけた寝室でジェランが女たちに囲まれていた。

 女たちとは、アルス・ミフィリア・マユと、シズカ・リディもである。

 シズカは人生を変えた責任を取れなど言い出して、初めてを捧げると宣言していた。

 リディは自分をもらってくれるのはもやはジェランしかいないと、側女として立候補してきた。


 リディとシズカは、すでに処女を散らせてぐったりとしていた。

 裸眼のアルスが上にまたがり、リズミカルに腰を振っていた。


「あんた、容赦ないわね。初めての娘相手に、本気でイカせるなんて」

「手加減したつもりだったんだけど。というか、アルスもどこでそんな腰使い覚えたの」


 タメ口での会話を許されたジェランではあったが、どことなくぎこちない。

 アルスは得意げに言った。


「これくらい淑女のたしなみよ。それはそうと、あんた達そこで待ってなさいよ。マユ、魔女なんだから相手してなさいよ」


 そういわれたマユは困った顔をした。


「そう言われましても、わたし女性相手では勃たなくて」

「そんなの慣れよ。ミフィリアも、マユの舐めてなさいな」


 ミフィリアは聞こえるように舌打ちしたが、渋々とマユの巨根をしゃぶり始めた。

 

 こうして一晩が流れ、さらに月日が流れていく。


 マーヴは名実ともに、聖剣機士の専属機巧技師となった。

 名誉も回復して、仕事の依頼が殺到している。一年先も予約で埋まっているそうだ。

 機巧技師の依頼料については、まだまだ課題が残っている。


 シズカは暗殺者としてのスキルを生かして、なぜか小さな酒場を開いた。

 本人に聴いてみたところ、暗殺業はなんでも屋だから、接客から世話まで出来る酒場がぴったりなんだそうだ。

 五つほど休憩部屋もあり、夜の接待場としても提供しているらしい。


 マユはギルドの受付嬢に戻った。

 相変わらずの人気だが、ジェランの側女になったことは周知されており、涙を流す傭兵たちがたくさんいたらしい。

 だが人妻好きに狙われているとか、いないとか。


 リディはアルスの専属メイドとして、今も仕えていた。

 だが週に一度は、ジェランの剣の相手として共に汗をかいていた。

 稽古の後の高ぶりを鎮めるため、リディがマウントをとってくることはしょっちゅうである。


 ミフィリアはジェランの強い推薦もあって、ギルド設営の診療所を開くことになった。

 ジェランとミッションを同行するときは閉めているので、不定期な診察になるのだが、それでも常連も多くかなり繁盛している。


 アルスはというと、もちろんジェランの主として正妻として傍にいた。

 ロメリア家は聖剣機士が召し抱えられたことで、下級貴族から中級貴族に昇格した。

 おかげで財政も良くなり始め、姉たちは良い縁談を持つことができるようになった。

 長女が魔獣王の幹部だったということは、皇帝以外知られていない。

 隠蔽してくれた意図は不明だが、「おもしろいから」だそうだ。

 家の厄介者だった末娘が、家を救い、家族を救ったのだ。

 そして、ジェランはそれに付け加えることにした。


 アルス自身を死亡フラグから救ったのだと。


 転生してきて悔いはない。

 こうしてアルスを正妻に娶って、幸せにくらしているのだか……ら。

 ――ゾクリ。


「アルス、その目で睨まないでくれよ。怖いんだから」

「あんた、また他の女の子のこと考えてたでしょ。これ以上側女増やす気?」

「ないない。みんなを相手にしているだけでもう、手いっぱいだよ」

「うそだって顔に書いてあるわよ」

「厳しいなー」


「あのとき、私の蘇生で生き返ってくれて、ありがとう。賭けだったけど、死んでいたら今の私もいなかったかもしれない」

「こちらこそ、ありがとう。今の俺と君があるのは、君のおかげだよ」

「なによ、それ。変なの」

「本当のことさ」


 アルスの指を絡めて、深く長いキスをした。

 剣として男としての誓いを新たに刻みながら。

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チュートリアルで“殺してしまう”最推し悪役令嬢を救いたい! 瑠輝愛 @rikia_1974

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