第十三話 ショッピング
屋敷から出てきたアルスは、ワンピースに小さなショルダーバッグを斜め掛けしていた。ツインテールだった赤髪は、ポニーテールに変わっていて、ふたつの髪飾りで留めてあった。
ジェランが心からの笑みを向けると、アルスが恥ずかしそうに視線を外した。
「大人っぽくて、とてもお似合いですよ」
「私は子供じゃないわ。ていうか、ジェランと変わらないでしょ」
「では、参りましょうか」
「ちょっと待ちなさい。屋敷に入ることを許可するわ、こっちに付いてきて」
アルスに連れられて、屋敷の庭の裏手に回った。
すると、見たことがある石碑が置かれていた。
「ねえ、前に瞬間移動したでしょ。これ使ってやってみせてよ」
「こんなところにもポータルがあるなんて」
「ポータルっていうのこれ」
「お屋敷の大事な石碑なのでは?」
「家建てたとき、どかせなかったから囲ったって聞いたわ。だから詳しいことは誰も知らないのよ」
ロメリア家屋敷にポータルがあるなんて、ゲームではなかった。
何かしらの意図を感じてしまう。
もしかしたら転生の原因がこの石碑にあるのかもしれない。
じっくりと調べたいが、今はそれどころではないし当分は無理そうだ。
ジェランは調査を早々に諦め、ポータルに手を掲げた。
すると石碑の文字が輝き始め、周りの光が歪んだ。
アルスの手を取り、中に招き入れた。
「お嬢様、行き先を強く思い浮かべてください」
言われるがまま目を閉じて、静かにつぶやいた。
「シルバープレイス」
「着きましたよ、お嬢様」
「え、もう?」
アルスは目の前に広がる、たくさんの人が賑わう商店街に驚いていた。
一瞬で飛んでしまうのだから、なかなか慣れるものじゃない。
ここはゲームでも物資調達のお世話になったところで、ちょうど真ん中にポータルが置かれているのだ。
すべての店に入れたわけではないので、どんな店が並んでいるのか、ジェランも楽しみだった。
アルスがまず先に向かったのはブティックだ。
ここでは既製品が展示されていて、それを直接購入またはサイズに合わせて仕立ててくれる店となっていた。
華やかな服飾がならぶ中、アルスはめぼしい服に触っては肩に当てていた。
どれもお気に召さないようで、すぐに別の服に移っていく。
何着目かのとき、ジェランのオタクセンサーにビビッと反応した服があった。
「お嬢様、お待ち下さい。これを試着してはいかがですか」
「ええ、これ? 私の趣味じゃないわ」
「新しい趣にチャレンジするのも、悪くないと思いますよ。なにより、絶対似合います」
「あんたがそこまでいうなら、着てあげてもいいけど。ダメだったら買わないわよ」
「もちろんです」
試着室のカーテンを閉めて、アルスが着替え始めた。
しばらく待っていると、声がかかってきた。
「ねえこれ、背中にボタンがあるんだけど。手が届かないのよ」
「分かりました。女の店員を呼んできます」
「なんでわざわざそんなことするのよ。ジェランが留めてよ」
「はい、ただちに!」
最推しの背中のボタン留めてよイベントを断る男がいるだろうか?
他の童貞丸出しラノベや漫画なら断るかもしれないが、ジェランは違う。
カーテンを開けないように入ると、アルスが背中を向けていた。
ポニーテールを前に流しているので、汗ばんだ白いうなじが丸見えになっている。
背中に見えるブラジャーのホックも、いい仕事をしてくれている。
後ろ姿だけで下がこんなに固く反り返るものなのか。
「ねえ、なにしているのよ。あっ、変なことしたら絶交するからね。こんなところで盛ったりしないでよ」
「俺は無理強いはぜったいにしません! ではボタンを留めます」
細いウエストを締めるように引っ張って、ボタンを留めていく。
留め終わると、腰のラインがまるでヴァイオリンのようになだらかで、ヒップラインは上に引き締まっていた。
「お嬢様、ウエストはきつくありませんか」
「丁度いいくらいよ」
「日々の賜物ですね。ご婦人みな羨ましがっているのでは」
「そんなことないわ。お姉様たちに比べたら私なんて」
それ以上のことは聞くまいと、ボタンをすべてつけ終わったことを告げて更衣室から出た。
アルスは四姉妹の末っ子だ。
姉たちはそうとうのやり手らしい。
この前会った三女ローザリアンヌは、とても賢くしたたかに思えた。それだけでなく、あの身体の細さは神から与えられたギフトだと言っても過言ではない。なのにちゃんと女性らしい曲線があった。
次女と長女はどれだけすごいのか、興味が沸かないわけではないが、それがアルスを助けることにつながるのだろうか?
アルスがカーテンを開けて出てきた。
細く締まったウエストの上に、けっして小さくない魅力的な乳袋が乗り、全体的に活発な雰囲気を出している。
悪く言えば、エロゲでよくある「こんなエロい制服あるわけないだろ」なデザインなのだ。
それを着こなしているアルスも、かなりのポテンシャルを秘めていると言えよう。
それにしてもこの世界のブティックに、よくこんなデザインがあったものだ。
店員さんにそれとなく聞くと、意外な答えが返ってきた。
「これは、使用人や給仕のものが着る服です。紳士の皆様に喜んでもらえています」
「じゃあ、普段遣いは」
「それはよしたほうがよろしいかと。見たところ貴族でいらっしゃるようですし」
「あのスカートのエプロンを外して、こういった感じのスカートに仕立て直せる?」
「それでしたら、スカートを交換するだけで大丈夫ですよ」
他のスカートを指差して、交換してもらうことにした。
するとさらに可愛くなって、もはや恋愛ゲーのメインヒロインである。
ジェランは拍手を送って褒めちぎった。
「素晴らしい! どこに出かけても、一目置かれる淑女になられましたよ」
「そうかしら。でも、さすがに社交場には出られないわよ」
「外出用の普段着として、お召しされては」
「そうね。それなら悪くないかも」
アルスは姿見の前でくるくると回ってみせた。
笑顔もこぼれて、上機嫌のようだ。
「店員、これをいただくわ」
「お待ち下さい、お嬢様。この支払だけは俺にさせてください」
「ジェラン、ダメよ。平民に奢られたとあっては、貴族の恥だわ」
「プレゼントです。それならば、プライドも保てるのでは」
「あなたがそこまでいうなら、分かったわ。今回だけもらってあげる」
「ありがとうございます!」
推しに直接プレゼントを渡せるなんて、なんて幸せなことなんだろう。生放送配信者にお金を送る行為はあるけれど、それ以上の充実感だ。
アルスはこの服装のまま店を出てくれた。
ジェランはアルスの服を包んでもらって、荷物持ちに徹する。この紙包の中に、アルスの脱ぎたての私服があるなんて。今すぐ頬ずりしたいが、そこは機士だ。涙をこらえて我慢するしかない。
宝飾店に入ったアルスは、展示品を見ることなく真っ直ぐ受付に向かった。
ジェランは首を傾げてわけをたずねた。
「あの、宝石を見ないのですか」
「これだから平民はダメね。ショーケースに並んでいるものは、みんなフェイクよ。ヴァンプレットの投影だけのものだってあるでしょ」
「え、知らなかった」
「たまにいるのよね。強盗にはいってくるマヌケが」
「マヌケで悪かったな」
この野太い声は、ジェランではない。
入り口に振り返ると、頭巾で顔を覆った男たち二人がヴァンプレットを向けて入ってきた。
あれは、傭兵なら簡単に手に入れることができる戦闘用だ。
ジェランがアルスを守るために身体を張ってかばうと、怒鳴りつけてきた。
「動くな! そこの女が買おうとしている宝石を出せ!」
「お嬢様ご安心を。必ず守ります」
ジェランがそう言って、聖剣を引き抜こうとした。
するとアルスが手首を掴んで、首を振った。
わけが分からず、彼女を見ると、念を押していった。
「ダメよ。もう聖剣が教会にないこともあんたが持っていることも、知れ渡っているの。ここで抜いたら、あんたを配下にしたい連中がやってきて大騒ぎよ。それに、デートが……」
「お嬢様、小声すぎて最後が聞き取れません」
「私が教会に目をつけられるってことよ!」
「かしこまりました。聖剣を使わなければいいんですね」
ジェランは強盗の要求に応じ、まずは武器を捨てた。
その刹那、身を低くした勢いで強盗に向かっていく。
強盗はヴァンプレットをジェランに向けて、火球を発射した。
ジェランは身体を回すように避けて、強盗たちの間に割って入ると、頭と頭を持って叩きつけた。
男たちはたまらず気を失った。
聖剣を捨てた直前に、ヴァンプレスを身にまとっていたのだ。
すぐにアルスのもとに向かい、無事を確認する。
アルスも宝石も無事だった。
そういった些細なトラブルはあったにせよ、ようやくカフェテリアで落ち着くことが出来た。
かなりの量を持たされたが、どの店にいっても時間がかからなかった。
ずいぶん前から入念に下調べをしていたと、アルスは言っていた。
テラスでくつろぐアルスの隣りで、ジェランは荷物番として立っていた。
「ジェラン、座りなさい。荷物は私のヴァンプレットに入れとくから」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
ジェランが座ると、給仕がやってきた。
安い紅茶を注文する。
アルスはヴァンプレットを操作し、荷物に向けた。
すると掃除機のように吸引していき、荷物はあっという間になくなった。
「これ不便よね。取り出す時、みんないっぺんに出てくるものだから、買い物にはあまり向かないのよね」
「遠征のときのとは別のヴァンプレットですか」
「そうよ。収納用。といっても、割れ物には向かないけどね」
アルスが高級なアイスティをすすった。
香りがここまで届いてくる。
ジェランの紅茶も届き、口につけようとした時、アルスがたずねた。
「ねぇ? 今日はどうだったかしら」
「とても楽しい時間を過ごさせていただきました。俺は帝国一幸せものです」
「ふーん。私も……って?」
「お嬢様?」
「虫か何かに刺されたみたい。ヒールしてくれる?」
「こめかみですか。分かりました」
もう蚊の季節なのか。
すこし赤く腫れているところに、第一階層のヒールを使う。するときれいに皮膚が戻った。
「ありがと……、私、ちょっと席を外すわ」
「え、ええ」
唐突に立ち上がったアルスは、店内に入っていった。
紅茶を飲み終わり、アルスのアイスティの氷が完全に溶けてしまった。
まだ帰ってこない。
「お花摘みにしては、時間がかかりすぎている。まさか!?」
ジェランは嫌な予感がして、店員にたずねた。
確かにトイレに向かったらしい。
すぐにジェランはトイレをノックする。
「アルスお嬢様?」
返事がない。
何度叩いても反応がない。
「お嬢様、失礼します!」
鍵がかかっていない?
すぐに開けると、トイレには誰もおらず、窓が空いていた。
ウエストの細いアルスならギリギリ通れる窓だ。
店を出て、その窓付近に向かった。
あたりを見回してもアルスの姿が見えない。
聖剣の
周りはみんな緑マーカーで、簡易マップ上を行き交っていた。
「くそ、これじゃ個人の特定なんて無理だ」
アルスの目撃者がいないか、血まなこになって探した。
表通りでも、近くの路地裏でも、見かけたものがいなかった。
まさか、こんなところでアルス失踪イベントが起きるなんて思わなかった。
ゲームとは発生したタイミングにかなりズレがでている。少なくとも聖剣機士お披露目の数日前だ。
まだ三週間も先だ。
やはりあれは、歴史をたどっているわけじゃない。
「そうだ。ヴァンプレットの通信機能がこれだけ進んでいるなら、個体別で追跡できるかもしれない。シリアルナンバーとかそんなやつで」
聖剣を握り、リコネスを開いて操作してみた。
すると識別ナンバーが帝国語でずらりと並んだ。
その横に所有者のIDが並んでいる。
前に見たアルスのステータスを開き、ヴァンプレット所有IDがないか探す。
目を右に左に上に下に走らせた。
「よしっ、これだ。リコネスの検索結果と称号して……、これか。近くにいる!」
ジェランはヴァンプレスを装着して、人通りの少ない路地裏にはいった。
この曲がり角の先に反応がある。
聖剣を抜き、ゆっくりとうかがった。
「誰もいない? あれは」
路地に捨てられていたのは、アルスのヴァンプレットだった。
それをみたジェランは、膝を落として天を仰いだ。
「アルスー!」
声をどんなに荒げても、アルスからの返事はなかった。
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