第十四話 魔獣襲来

 ジェランは冒険者ギルドの一室を借りて、ミフィリアとマユにいきさつを話した。

 できるだけ詳しく状況を話したが、自分でも何が起こったのか検討も付かなかった。

 ジェランは悲嘆に暮れながらも、二人に言った。


「これは、正式な依頼だ。頼む、一緒にアルスお嬢様を探してくれないか」

「そうね。自分のヴァンプレットを手放すなんて、只事じゃないわ」


 ミフィリアは聞いたことを咀嚼するように話し始めた。


「今やヴァンプレットは生活必需品よ。買い物もロクにできなくなる。家の鍵だって開けられないし」

「犯人がはずしたんじゃないのか?」

「脅されてはずしたのかもしれないわ」


 ヴァンプレットは装着者の意志でなければ、はずすことが出来ない。

 ミフィリアからそう聞いたとき、ジェランは焦りを隠せなかった。

 それを見たマユが、なだめるように手を握ってきてくれた。


「それは犯人にとってもリスクであるはずです。ヴァンプレットを持っていない貴族のお嬢様なんて、目立ってしかたありません。目撃者が必ず見つかるはずです。わたしからもギルドに正式に申請して、協力を募ってみます」

「ありがとう、ふたりとも。マユ、お金はあれで足りるか? もっと出したって」


「十分ですよ。それに、たくさん出しすぎると返ってアルス嬢に余計な身の危険が降り掛かってしまいます」

「どうして? みんな協力しやすくなるんじゃ」

「確かに人は集まってくれるでしょう。でも中には『もっと金が出せるんじゃないか』など、いろいろな下心を持ち出す人もいますから」

「いろいろ複雑なんだな」


「ええ。ですから適正料金というのが定められているんです。その代わり、期限は自由に決められます。どうしますか?」

「もちろん、無期限で頼む」

「ではそのようにします」


 マユは、それではと立ち上がるとすぐに書類の作成にかかってくれた。

 二人きりになったあと、ミフィリアが訝しむようにジェランに聞いてきた。


「ねえ、ロメリア家には伝えたんでしょうね?」

「側近のメイドには伝えた」

「それで?」

「一週間いなくなっても騒ぎにならないけれど、それを過ぎると流石に隠し通せない。と言われた」

「なんでよ。いくら末っ子とはいえ、大切な娘でしょうに」

「俺はとても問い詰められる立場じゃなかったから」


 なんとかメイドと直接会って、かなりの覚悟で打ち明けた。

 なのに、けっこうあっさりとした対応だった。

 いずれにせよ、タイムリミットは今度の火曜日だ。

 時間間隔が日本とずれてなくて、これほど助かったと思ったことはない。

 ミフィリアは情報を確認するように、もう一度たずねてきた。


「ねぇ。アルス嬢がさらわれる前に、蚊が飛んきたのよね」

「ああ。でも、確認はしていない。すぐに飛んでいったみたいで」

「蚊ね……」

「どうした?」

「わたし、ちょっと確認したいことがあるから、魔導図書館に行ってくる」

「分かった。なにか分かったら知らせてくれ」

「うん」


 ジェランはミフィリアと別れて、捜索に戻った。

 この帝国はあまりにも広い。

 一人だけでは無理だ。

 そして、努力に見合う対価を時間は与えてくれなかった。

 期限はあっという間に明日に迫ってしまった。

 ギルドの依頼を引き受けてくれた冒険家や傭兵も何人かいた。中には人探しを専門にする傭兵まで現れてくれた。


 だが、それでも見つからなかった。

 ジェランは捜索依頼の延長を申請したが、名乗り出てくれる者はあらわれなかった。

 調べ物をしていたミフィリアから、久しぶりに連絡が来た。

 あれから今まで、ずっと魔導図書館に通い詰めで、珍しく夜はずっと求めてこなかった。それどころか近くの宿を借りてまで調べてくれていたのだ。


 マユはそれどころではないとは承知の上で、申し訳なさそうに寂しさを慰めてほしいといってきた。

 ジェランは自分になにか出来ることはないか? 歯がゆさをおさえながら、こいつの性能を必死に解析していた。

 何日かの徹夜明けの頃、聖剣から着信音が鳴った。

 ミフィリアから連絡が来たのだ。


「ミフィリアか? ほとんど通い詰めなんだろ? ちゃんと休んでいるのか?」

『そんなことはいいから! すごいことが分かったの。通信だと周りに聞こえてしまうから、これからこっちに来て』

「分かったよ。すぐに向かう」

『急いでよ!』


 ジェランは顔を洗って、熱いコーヒーを一気飲みして眠気をさました。

 聖剣を握りヴァンプレスを装着して、屋根から屋根へ飛び移る。魔導図書館は帝国の中央都市にあるので、近くのポータルまで直線で向かった。

 ポータルを無事に抜け、当たりを見渡した。

 晴れ渡る雲ひとつない快晴の空に、突然大きな影があらわれた。

 ジェランはそれをずっと見上げると、影がどんどん大きくなっていくのが分かった。


「まさか、魔獣!? ここは結界内の帝国の中だぞ」


 帝国は魔獣襲来にそなえて、強力な結界を敷いてあると聞く。

 たとえ群れで襲ってこようとも、一体も侵入を許さなかったとか。

 なのに、なぜ。

 ジェランはすぐに聖剣を抜き放った。

 それと同時に四方からロードがあらわれた。

 衛士隊のロードたちだ。肩に身分を表す紋章がついていた。

 今度は結界が屋根のすぐ上に展開され始めて、その上にロードが飛び乗る。

 まるで見えないガラスに乗っているようにロードが浮いていた。

 これが噂に聞く、緊急結界か。

 帝国内から入ることは出来て、外からの侵入は許さない。そんな一方通行の結界は、ロードのはげしい動きでもびくともしない。

 そんなロードたちの攻撃など全く意に介さないように、魔獣は結界に降り立った。

 二本足で直立した1つ目の巨人。その顔はひし形のように歪んていた。

 魔獣がロードの一人を狙ってタックルを仕掛けた。

 完全に不意をつかれたようにモロに食らってしまった。

 そしてすぐさま別のロードに向かって、今度はハイキックを入れてきた。

 両手でガードするも、そのパワーに耐えきれず倒されてしまう。

 残ったロードたちは困惑している様子だった。


『おいこいつ、動きがおかしくないか』

『ああ、まるで人間だ』


 ロードたちが攻撃態勢に入り、槍を構えた。

 その時、驚嘆の声が上がった。


『マジかよ、勘弁しろよ』

『うろたえるな。俺達の仕事は変わらない。いくぞ』


 なにが起こったのか、ジェランからは何も見えなかった。

 とにかく魔獣との実力差がありすぎることだけは、誰が見ても明らかだ。

 市内もかなり混乱している。

 ジェランは聖剣を構えて、ロードを召喚する。


「サモン、ロード・オブ・ジェモナス!」


 白銀の機巧機士が現れ、それはすぐさま分解してジェランを包み込んでいく。

 ジェモナスとなったジェランは、結界の上へ飛びこんだ。

 

「衛士隊のみなさん、俺も加勢します」

『報告にあった聖剣のロードが、なんでこんなところに』

「今はそんなことより、魔獣です」

『そうだな、隊長機は俺だ。俺の指揮に従ってくれるか、専用回線を繋ぐ』

「分かりました」


 ジェモナスが衛士隊の隊列に加わると、隊長機の支持で三方に分かれた。

 そしてその正面に立つことになった。

 そのとき、驚愕していた理由をようやく理解した。

 魔獣の胸中央部分が透明になっていて、その中に人の像がすりガラスのように歪んで映っていたのだ。

 人が操る魔獣は、間違いなくボスクラスだ。

 帝国の中でエンカウントしていいものじゃない。


『聖剣機士、君に正面を任せる。俺たちはバックアップに回る』

「了解です」

『情けないが、俺達のロードでは歯が立たない』

「背後からプレッシャーを与えてくれるだけでも、かなり助かります」


 ジェモナスは聖剣を握りしめながら、魔獣に突撃を仕掛けた。

 その一撃は、やすやすと受け止められてしまう。片手で作り出された、透明なシールドだった。

 二撃・三撃と繰り出すも全部防がれてしまう。


「これならどうだ」


 魔素を刃に注ぎ込こんだ。

 その白色に輝く光刃をもって、魔獣に叩き込んだ。

 するとあっというまに見えないシールドが破壊されて、魔獣の腕を一本切り落とした。


「ちっ。浅かったか」


 本当は本体ごと切り裂くつもりで踏み込んだ。

 だが魔獣の反応が思ったよりも早くて、腕一本捨てて逃げられてしまった。

 衛士隊はその隙を見逃さなかった。

 槍による突撃が魔獣の背面を狙い打った。

 しかし、垂直にジャンプされて空振りに終わってしまう。

 ここにいる皆が認めざるを得なかった。


「なんという機動力だ」


 しかしジェモナスだけは、その動きを捉えて飛んでいた。

 ボスクラスであろうと、しょせんはゲームと同じ動きだ。

 

「パターンは全部覚えてんだよ!」


 ジェモナスが描く光刃の軌跡が、魔獣の脚を切り裂いた。

 そのまま落下する魔獣に、蹴りを入れて結界の地面へ叩きつけた。

 魔獣はこらえきれず、低い呻き声をあげた。

 ジェモナスはそのまま着地し、とどめを刺そうと聖剣振りかぶった。


「これで終わりだ」

「勝ったと思わないことね、聖剣機士」

「まさか、その声は……」


 魔獣の中から少女があらわれた。

 ハイレグの露出度が高いコスチュームの周りには、魔素の影響と思わしきスパークが発生している。

 その姿、その声、見間違えるものか。

 聞き間違えるものか!


「アルスお嬢様……」

「下郎どもめ! これはほんの小手調べだ。聖剣の力、確かに見させてもらったぞ」


 魔獣が浮き上がり、まるでUFOのように浮かび上がった。


「次こそは、聖剣機士を倒してこの帝国を滅ぼす。この世界は魔獣王のものよ」


 高笑いを残して、飛んでいってしまった。

 ジェランは動揺する心を押さえつけ、精一杯のジャンプで手を伸ばした。

 ――届かない。 

 ジェモナスに飛行能力がないことを、今ほど恨んだことはなかった。


「アルス!」


 ジェランの想いの声は、空に消える彼女に届くことはなかった。

 そしてその時、ミフィリアから通信が入った。


『ジェラン、遅いわよ。まだ着かないの?』

「アルスお嬢様がいた」

『え!? どこにいたの?』

「魔獣王側の敵に寝返ってしまっていた。なあ、ミフィリア。俺はまた繰り返してしまうのか?」

『だったら、なおのこと早く来なさい! アルス嬢をもとに戻す手がかりになるかもしれないの』

「なんだって!」


 ロードを解いて、急いで魔導図書館に向かった。

 衛士隊に呼び止められたが、そんなことにかまっている場合じゃない。

 待ち合わせ図書館の二階右奥に向かう。

 そこには、大量の本を積んでいるテーブルがあった。

 そこから手があがった。

 手招きをみたジェランは、なるべく走らないように、しかし急ぎ足で向かった。

 本の山から覗き込むと、ミフィリアが歯を見せて笑顔になっていた。


「やっと来たわね。これが、その手がかりよ」

「《古代魔法・心の書》って本か」

「すご、ジェラン古代語読めるの? なんとか翻訳機かけてやっとなのに」


 古代語とミフィリアは言っているが、どこからどうみても日本語だ。

 ミフィリアが指ししめしたところに、蚊のような虫が大きく描かれていた。

 そして、それがこめかみに取り付く図まである。


「アルス嬢はおそらく、この魔法で心を操られているわ。これ見つけるのに時間かかったのよ。虫の魔法に関係する書物いくらさがしても、全然見つからなくて」

「どうしてこれを?」

「衛生機士の訓練やってたとき、聞いたことあるなーて。うろ覚えだったけど」

「読めない古代書からよく見つけたな」

「手当り次第ってやつよ。司書も頼りにならないし、片っ端から翻訳かけたわ」

「ありがとう、本当に感謝してる。読ませてもらっていいか」

「お礼はまだ早い。アルス嬢を助けてからよ」


 そうだな、とジェランは本を受け取ってページをめくった。

 ――この蚊に類似している虫は、魔獣の細胞からつくられた魔道具であり、人を意のままに操ることができる。

 もうそれはいい。重要なのは解呪の方法だ。

 指を滑らせて、どこかにないか必死に探す。


「あった!」


 ――この魔法は、魔道具である虫が何らかの方法で破壊されると効力を失う。よって解呪されないようにするためには、厳重に保管すべし。

 書かれていたことをミフィリアに伝えると、眉を歪ませた。


「分かったのはいいけど、肝心の虫がどこにいるかよね」

「蚊とよく似ているから、放し飼いなんてことはないはずだ。首謀者の手元にあるのが自然だろうな」

「首謀者って?」

「この本によると、無作為というより狙った対象に行うとあるから、初めからアルスお嬢様を狙った犯行だろう。となると……」

「となると?」

「あの日のアルスの行動を把握していた人物……、側近のメイドが首謀者てことに……」

「待ってよ、いくらなんでもそれはないでしょ」


 ミフィリアが手を降って否定した。

 根拠を続けて述べた。


「だって、この魔法は古代のよ。階位すらなかった、ヴァンプレットすらなかった頃のね。それをあんな若い人が使いこなせるなんて思えないわ」

「でも、重要参考人には違いない」

「そうね。二人で会いに行きましょう」


 手がかりを見つけることが出来た。

 もしかしたら空振りに終わるかもしれないが、今はかすかな希望にかけるしかない。

 ずっと隣りにいたミフィリアが、なんだが落ち着かない様子だ。

 太ももに手を挟んで、こすり合わせていた。


「どうした? なんでモジモジしているんだ」

「もうバカ。あんたが肩くっつけてずっといるから、急に、その……我慢できなくなってきたじゃないの!」


 ミフィリアの頬は真っ赤に染まっていて、目がとろんとしていた。

 そういえば、ここ二週間ばかり全然していなかった。

 どうしたものかとジェランが困っていると、ミフィリアは胸板に寄りかかってきた。


「こんなときに、欲しがるなんて、不謹慎だと思うの。だけど、こんな身体にしたの、ジェランなんだからね! 責任とってよ」

「分かった。でも、家に帰ってからで」

「ここでして!」

「ちょっ、おいおいおい!」


 ミフィリアに押し倒されて、マグロになったまますべて絞り出されてしまった。

 大きく揺れる乳房を揉みしだく余裕すらない、野獣のような声で腰を一心不乱にふっていた。

 しかし、ここは公共の図書館なのだが。

 いつ誰が来るか分からず、なんども肝が冷えた。

 事が終わったあと、ミフィリアの身体はえびぞりになって絶頂を迎えた。


 ようやく開放されたと、頬にキスをして身体から離れた。

 でも、下半身から白濁があふれたままのミフィリアを、放っておくわけにもいかない。

 魔法で洗い流した後、脱ぎ捨てられた服を着せた。

 形が崩れない胸にブラを付けながら、これからのことを考えた。

 魔道具の虫の居所を探すにせよ、アルスの居場所を探すにせよ、まずは屋敷に報告へ行かなければならないだろう。

 ジェランは、どうしても側近メイドのリズィに真相を確かめたかった。

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