第十話 聖神機士

 白銀の機巧機士ロードがあらわれた。

 その一報は、またたく間に帝国中に広まった。

 なぜなら白銀のロードを召喚できるのは、聖剣ジェモナスブレードただ一振りだからだ。


 聖神教会もこのことを捨て置くことは出来ず、先日、聖剣が消え去っていたことを認めた。

 聖剣を盗むことは不可能である。

 資格なきものが触れると、絶命もしくは呪われると言われている。

 現に窃盗の罪で投獄中の者に、呪いにかかったものがいる。まだ正気だった頃の証言によれば、毎晩魔獣に身体を這い寄られて内蔵を食いちぎられる夢を見せられていたそうだ。

 それは大司教すら例外ではない。

 それが消えたということは、継承者があらわれたという証なのだ。


 そんな考え事をしながら、ジェランはキッチンで料理をしているミフィリアの後ろ姿を眺めていた。

 鼻歌交じりに、慣れた手付きで調理器具を扱う。

 どうみても電子調理器に見えるが、ヴァンプレット技術によって作動している。つまり、魔法と変わらない。

 ミニスカートのお尻を残しながら、下の調理器具を取っていると思い出したように話しかけてきた。


「ジェラン、お披露目の日取り決まったよ」

「お披露目って?」

「聖剣機士ジェランのお披露目よ」

「なんだよそれ、聴いてないぞ」

「ギルドに言ってた時、聖神教会の人が訪ねてきたのよ」

「わざわざご苦労なことだ」


 むろん、教会に居場所なんて教えていない。ギルドにも教えていない。

 こんな入り組んだ居住区の中から見つけ出すのは大変だっただろう。

 そんな意味も含んで皮肉ってみたが、ミフィリアには伝わらなかったようだ。

 ミフィリアは、料理を並べながら言った。


「日取りは来月ね。聖神教会大聖堂よ」

「いつのまに……。てかそんな簡単に決まるものなのか」

「ええ。ジェランのこと話したらぜひにって」

「俺のこと話したのか?」

「あら? 秘密だったかしら」


 ジェランは天を仰いだ。そういえば伏せてくれなんて、一言も伝えたことがない。

 アルスの死亡フラグ回避で頭がいっぱいだったからだ。

 お披露目はゲームでもあったイベントで、帝国中に主人公が聖剣機士であることをふれまわる。

 そして、皇帝につくか教会につくか軍につくかでシナリオルートが変わる。出会うヒロインも変わる。


 けっして忘れてはいけないのが、このお披露目イベントの裏側でアルスは裏切ってしまうこと。

 主人公自らの手でアルスを処断しなければならないことだ。

 だから、できればお披露目イベントは回避したかった。

 なにかしら手は打てたかもしれない。

 でも、聖剣がこの手にある以上は遅かれ早かれやってくるイベントだろう。


「それにしても急だな。なんでそんなに急ぐんだ」

「もうすぐ夏至でしょ? 聖剣の拝謁日の前にやりたかった、それが教会の本音ってところね」

「俺が言っているのはミフィリアのことだよ。そんなに早く報告しなくったって」

「ジェランが聖剣を誰かさん個人に捧げて、立場を危うくしないようにしてあげたのよ? ふふ、感謝してね」


 最後の含み笑いに、背筋がぞくりとした。

 これは女の戦いってやつだ。

 正妻戦争に勝つためなら、どんなことだってやる女だったんだとジェランは今更気付かされてしまった。

 ミフィリアルートは強すぎると、あらためて思い知らせた。


「ジェラン、お夕食食べ終わったら、今夜は一緒にお風呂でね?」


 胸元の谷間という凶器の前に、ジェランはなすすべなく怒張してしまった。

 毎晩うまくなっていくミフィリアのテクニックは、この国の娼婦すら舌を巻くだろう。

 なんだろう、この素直に喜べない気持ちは。

 ジェランは今夜も、ミフィリアに大声を絞り上げさせるのであった。


§§§§


 冒険者ギルドに赴いたとき、見なれない白マントの集団がいた。胸には十字架に植物柄の曲線装飾が施された紋章が、誇らしげに刺繍されていた。

 この世界に転生してから、もう一ヶ月以上になるジェランは世間の常識がだいぶ分かってきた。


「聖神教会の教徒たちじゃないか」


 しかも腰には、紋章をモチーフにした剣を下げている。

 確か、とジェランが思い出そうとしていたところへ、その一人が傍にやってきた。後ろには取り巻きのように彼らが付いてきている。


「ジェラン=セヴナイトというのは、君か?」

「そうだが、そちらは」


 ギルドに登録しただけで、滅多に名乗ることはないセカンドネームを言われたので、思わず身構えてしまう。

 話しかけてきた金髪の男は、そんなジェランの態度を意に介していないといったように、前髪をさらりと流した。

 

「わたしは聖神機士団テンプルヴァリオンで小隊長を任せられている、リューク=キメリアだ」

「小隊長さまが直々に俺に何のようだ」

「わたしはね、セカンドネームという風習が嫌いなんだ。貴族でもないくせに、男にセヴだの、女にレヴだの付けて。腹ただしい」

「俺はリューク様の愚痴に時間を割くほど暇じゃない」

「さらに腹ただしいのは君だよ、ジェラン。平民のくせに、聖剣に選ばれるとはふざけるな。それは本来わたしが選ばれるべきものだ」

「なら、渡すわ。どうぞ」


 思わぬ申し出にリュークは手を差し出すところで、すぐに我に返った。

 まるで棘ものから逃げるように、飛び上がって後ずさっていった。

 聖剣に選ばれたもの以外が触れれば、どうなるか忘れていなかったらしい。

 ジェランは、おかしいなと首を傾げながら聖剣を戻した。


「リューク様が真の継承者なら、触れても大丈夫でしょ?」

「そ、そうだ。だから今ここで、貴様に決闘を申し込む」

「は?」


 今の継承者を殺して自分が継承者になろうというのか?

 それはありえない。

 ジェランは、聖剣について文献を読んでみたことがある。

 過去に戦いに破れてしまった聖剣使いはたしかにいた。しかし、討ち取ったものが次の継承者になった事例は二例しかない。

 神話時代含めて、千年以上の歴史のなかでだ。


 だからこそ、そんな事はイレギュラーなのだ。

 それを教徒が知らぬわけではないだろうに、リュークは自信たっぷりに剣を抜いた。

 それを見ていた冒険者ギルドの受付嬢が、慌てて止めに入った。


 彼女は受付嬢の中でも、ずば抜けて人気が高い。

 窓口は三つ用意されているのに、彼女が座ると長蛇の列がたちまち出来上がる。

 そして人当たりがよく、事務作業をテキパキこなすので、女性からも信頼されている。

 なにより、あの懇願のときに両手を結んで押し付けている胸だ。

 その豊かさは、帝国の宝ともっぱらの評判だ。


「ここでは困ります。地下に鍛錬場がありますから、決闘ならそこでお願いします」

「仕方がない、聞き入れてやろう」

「ありがとうございます」

「そのかわりと言ってはなんだが、今夜わたしと食事にいかないか?」

「決闘に勝てば喜んで」

「決まりだな。ジェラン、逃げるなよ」


 いきなりナンパが始まって、ジェランは閉口してしまった。

 ミフィリアも一緒だったら、かなり面倒になっていたに違いない。

 聖神騎士団が裏手の階段を降りたあと、ゆっくり向かう。

 そのとき、先程の受付嬢から声をかけられた。


「あの、こういうのは立場上よくないのですが」

「なんでしょう?」

「決闘に勝ってください」耳打ちして「あの人、いつもしつこくて。困ってたんです」

「まかせてください。もともと負けるつもりはありせんから」


 彼女の不安な瞳を安心させるため、サムズアップを見せてから階段を降りた。

 嫌な予感がしたので、ヴァンプレスを身に着けておくことにした。向こうはマントで見えなかったが、それを装着している可能性は否定できない。

 階層が深くなるにつれて足音が響いてくる。

 照明に照らされた通路の先に、鍛錬場があった。

 そこをくぐると、耳に風が切り裂く音がしたので、すぐさま翻った。

 取り巻きたちが剣を振り下ろしていたのだ。


「不意打ちかよ。こんなことだろうと思って、警戒しといて正解だったわ」


 ジェランは隙を見せないように、聖剣をゆっくりと抜いた。

 リュークの号令が響き、取り巻きたちが一斉に襲いかかる。

 かなり訓練された連携をみせ、反撃する余裕がない。

 反撃する余裕がないなら、呼吸を合わせてカウンターをみまえばいい。

 連携の初撃を自分で決めて、ひとりふたりと数える。

 そして、一巡して一人目の剣が振り下ろされた瞬間、聖剣をその剣に滑らせて肩へ一撃を入れることに成功した。

 すぐに連携は整ってしまうが、その一瞬の隙を見逃さなかった。

 次々と取り巻きを倒していく。

 そして残るは、後方で意気揚々と罵声を浴びせていたリュークだけだった。


「そ、そんな。わたしの精鋭部隊が」

「連携は確かにすごかったが、ズレがなさすぎんだよ。おかげでカウンターしやすかったぜ」

「バカな!? カウンターする隙すら与えられないようにあれだけ訓練させたのに」

「実戦経験の違いってやつだな」


 冒険者ギルドで請け負ってきた魔物退治が、まさかこんなところで役に立つとは思いもよろなかった。

 苛立つリュークは剣を抜き、マントを床に脱ぎ捨てた。

 それを見たジェランは言ってのけた。


「リューク破れたり。聖剣機士団の誇りを捨てるとは、お前はもはや俺には勝てん」

「ぬ、ぬかすなよ! 平民風情が」


 リュークの全身から風が巻き起こり、剣に炎が燃え盛る。無詠唱でできる第一階層魔法によるエンチャントだ。

 コマンド一つで魔法を唱えられるのは、昨今のゲームでは当たり前だ。だがそれを相手にするとなると話は別である。

 まさに突風のごとき速さで間合いを詰められ、炎をまとった剣圧が襲いかかる。


 古来から動物は火を恐れてしまう。

 これはどんなに鍛え上げたとしても、克服することは出来ない。

 マッチや松明の火とはわけが違う。

 まさに業火の鉄の刃が振り下ろされるのだ。

 どうしても足がすくみ、腰が引けてしまう。

 ご丁寧にフェイントも混ぜてきて、正面を思ったら背後から一撃をみまわれた。

 聖剣で作られたヴァンプレスの装甲でなんとか止まっているものの、汎用ものだったらどうなっていたか。


「しぶとい!」


 リュークはそれを知ってか知らずか、何度も炎の剣戟を叩き込んでくる。

 技とおよそ呼べるものではない。

 だがこの風の加護による瞬発力と炎のプレッシャーによるあわせ技は、シンプルかつ厄介だ。

 それでもジェランは諦めずに、亀のように耐える。

 下手に動けば、いかにジェモナスヴァンプレスであろうとひとたまりもないだろう。

 いつの間にか、肩で息をしていた。

 集中力の限界が近づきつつあるのだ。

 リュークはそれを察して、高らかに笑いのけて罵った。


「聖神機士に逆らうから、天罰が下ったのだ! キサマを殺し、俺が聖剣の真の継承者となるのだ!」

「……と大地よ我に力を与えたまえ。追放されし重力剣グラビティ・エグザイル

「なんだと!?」


 リュークは驚愕し、笑い顔から血の気が引いていく。

 第五階位魔法である、重力を詠唱者の剣に纏わせ物理法則を狂わせる。

 リュークは間合いを大きく離して、優位がこっちにまだあるかのように指摘した。


「馬鹿め。《グラビティ・エグザイル》は確かに強力だがあらゆるものを引き寄せるが故に、詠唱者はその重さに耐えきれない! わたしの動きを封じる作戦のようだが、浅はかだったな」

「浅はかなのは、あんただリューク。こいつは物を引き寄せるために唱えたんじゃない」


 ジェランは一歩踏み出すと、初めてリュークに向かって攻撃に転じた。

 リュークは一瞬で移動し、背後を取った。


「今度こそ終わりだ!」

「遅い!」


 ジェランは背後へ反転し、剣を受け止めた。

 リュークはそれに困惑しているとき、炎のエンチャントがどんどん弱くなっていくのを見た。

 ジェランの重力剣に吸い取られていた。


「バカな!」

「こいつは魔法を吸い取るように書き換えたんだ。だから俺の背後に回り切る前に、すでにお前の動きは普通の速度に戻ってたんだよ。違和感に気が付かなかったか?」

「第五階位魔法を書き換えるだと!? そんなことできるわけがないだろ!」

「信じなくてもいいが、これで終わらせる」


 リュークを突き飛ばしたジェランは、ゆっくりと重力剣を向けた。

 もはや風のようなスピードも、烈火の如き炎の剣もない。

 腰を抜かしておののき、とうとう鍛錬所の壁にまで追い詰めた。


「ま、まってくれ。殺さないでくれ。ほんの出来心なんだ。本当はおまえの実力を試して、聖剣機士として迎え入れようとしたんだ」

「言ってることが支離滅裂だよ。ところでさ、この剣にかけたエンチャント。吸い取るのは魔法だけだと思うか?」

「まさか……」

「命も吸い取る剣だ!」


 ジェランが剣を振り上げ、リュークに寸止した。

 途端にリュークは気を失い、股間から尿が盛大に漏れた。

 ジェランは、やれやれと魔法を解除して納刀する。

 ヴァンプレスを解いて、傭兵らしい姿にもどるとぐりぐりと肩を回した。


「初めから殺すつもりだったら、おまえと同系統のエンチャントかけて最速で殺してるっての。殺さずにことを収めるって、ほんと大変だわ」


 聖神機士たちを殺してしまったら、自分だけじゃなくアルスもミフィリアもただでは済まない。

 この世界の教会の力は、絶大だ。国すら動かしてしまう。

 かといって、やられっぱなしでは舐められてしまうだけだ。

 受付に戻って彼らを拘束したことを知らせると、ガヤガヤと騒然となってしまった。

 天下の聖神機士団たちを懲らしめた上に拘束しただなんて知られたら、冒険者ギルドが潰されかねないというのだ。

 ジェランはとりあえずギルドの責任者と執務室で会い、ヴァンプレスに記録したことをすべて見せた。

 すると、ため息を付いて熱いお茶を喉に流し込んだ。


「熱っち!」

「大丈夫ですか?」

「あ、いいんだ。慣れているから。それよりも、この件ですが事情はわかりました。社員たちにも口外せぬよう徹底しておきます。とりあえず、衛兵機士団に引き渡すことにします。それで彼らもおとなしくするでしょう」

「しかしそれでは、ギルドで同じことがまた繰り返されてしまいます」

「ご心配痛み入ります。しかし、教会に盾つけばギルドは潰されてしまいます。ジェラン様も気をつけてください」


 聖神機士団と衛兵機士団はしばしば対立していると、聴いたことがある。管轄争いとか、権力的なこととか、いろいろ面倒らしい。

 つまり、対抗できる勢力は皇帝の権威をいただく衛兵騎士団しかいないということだ。

 ジェランはそれ以上の言葉を飲み込んで、執務室から出た。

 すると、先程の受付嬢が大きな瞳をうるませながら駆け寄ってきた。

 ミフィリアほどではないが、肩が揺れるたびにスライムのように揺れる胸元から目が離せなかった。

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