第九話 薔薇の品評会
傭兵への仕事の依頼なんてそうそう来るものでもない。
冒険者ギルドに赴けば、同業者も多数いる。
そして、ロードを使うような案件は少なく、大抵は人と同じ大きさの魔物退治だ。
ゴブリン、人食いウルフ、巨大ネズミ……、帝国近辺ではその手の事件がつきない。
ほとんどの傭兵はロードを使えない案件には手を出さない。
生身での戦いはリスクが大きすぎるからだ。
そんな案件をジェランは積極的に引き受け、ミフィリアと二人で片付けていった。
もちろんミフィリアも嫌がっていたけれど、生活がかかっているのだから仕方がない。
アルスが出してくれた高額な報酬は、一年位で底をつくだろう。
稼げるときに稼がないと、飢えるだけだ。
アルスに会おうと、通信や夜這いなどを試みたが、当の本人が嫌がってしまう。
「これが最後」という言葉に、はいそうですかと従うわけには行かない。
ここで諦めたら、あの最悪のイベントが起きてしまうだけだ。
そんなことを考えながらも、ジェランはミフィリアと寝食を共にしていた。
誘ってきたのは彼女の方からだ。
ジェランの気持ちを知った上で、それでも受け入れるという彼女の気持ちに甘えてしまった。
そして夜は、やるせない気持ちをミフィリアにぶつけていた。
彼女の獣のような喘ぎ声が漏れないように、寝室に防音魔法をかけてある。
敏感な感度は相変わらずで、果てると子鹿のように痙攣していた。
そんな彼女の秘裂からあふれでる白濁液を、ジェランの魔法の温水で拭うのが日課になっていた。口で飲んでもいいが、また一ラウンド始まってしまう。
いくら絶倫といっても、睡眠不足は勘弁してほしかった。
ふと、カレンダーを見ると丸印が付いてある日に目が止まった。
「明日、お嬢様の品評会か」
昨日届いたばかりの招待状を眺めながら、ジェランは深い眠りについた。
§§§§
聖剣を布で包み隠して、普通の剣のように装った。
鞘を入れ替えることも試したのだが、どの鞘も砕け散ってしまった。
聖神教会の動向で目立った動きはなかった。
聖剣がないことを知らないのではないのか、とさえ思ってしまう。
この品評会には、教会側の信徒も来ていたので、それとなく聴いてみた。
「聖剣に参拝したいのですが、お披露目はいつごろになりますか」
「真夏が来るまで待ってください。夏至の日に大司教様からご案内があります」
「そうします」
夏至がくるまで隠し通すつもりなのか?
今はそんなことよりもアルスの心配だ。
控室に行こうとした時、ミフィリアが手を引いてとめた。
品評会といえどドレスコードがあるため、青いドレスで着飾っている。露出は少なく控えめなのは、主賓がアルスだからだ。
「どこに行こうとしているの?」
「ちょっとトイレに」
「嘘! 分かるんだからね。駄目よ、平民のしかも傭兵なわたしたちは近づくことも出来ない身分なんだから」
「でも昨日までは」
「あれはお嬢から依頼してきた雇い主だからよ。今は立場が違うの」
ゲームではけっこう気楽に近づけたのに。
その時のジェランの身分は帝国直属機士だった。
傭兵とそこまで身分差があるものなのか。
そこへロメリア家で見かけたメイドが、カクテルの給仕にやってきた。
「お酒はいかがですか?」
「君、ロメリア家のメイドだよね」
「あら、あなた方は先日お屋敷にいらした傭兵ではありませんか」
「アルスお嬢様の様子が知りたいんだけど」
「お嬢様ならご心配には及びません。それに、珍しい薔薇が見れるとあって、こんなにもお客様がお見えです。不義を働こうとはしないでしょう」
「ならいいんだけど……。最前列で見てもいいかな」
「どうぞ、ご案内いたします」
「わかった、ありがとう。行こう、ミフィリア」
メイドに案内されたテーブルは、壇上向かって右側にあった。
そこに置いてあったカードに、ミフィリアがあきれた様子で指をさした。
「ほら、これ見てよ」
「《ジェラン・ミフィリア御一行様》って……」
「初めからわたしたちの席を用意していたみたいね」
「招待状には何も書いてなかったのに」
「ほんと、性格悪いわね」
テーブルに出されているワインを飲むと、司会者らしき執事が出てきた。緊張でワインを一気に飲み干してしまった。このワイン、アルコール度数がものすごく低い。いくらでも飲めそうだ。
おかわりを頼もうとした時、ベルが高らかに鳴り響いた。
背筋をピンと伸ばした執事が、高級そうな鐘を鳴らしていた。
品評会開始の合図だ。
来賓者はみな席につき、今か今かと待ちかねている。
執事が深々と最敬礼した。
「今日はお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。また今品評会はアルスお嬢様の寛大なご配慮により、平民の皆様にも起こしいただいておりますことをご容赦いただけば幸いです。それではさっそく、品評会の主賓であるアルス=ロメリアお嬢様にお越しいただきます」
万雷の拍手の中、赤い髪のツインテールのメガネ少女が、胸元を魅せる大胆な赤いドレス姿で現れた。来賓者たちに会釈をする時、背中の素肌も見えた。
アルスは息を吸って、来賓者たちに届くように大きな声で演説をはじめた。
「今日は、緑深まる季節の中、足をお運びいただき恐縮でございます。この度皆様をお招きしたのは、周知の通り、翡翠の薔薇三連華の中でも、もっとも珍しい薔薇を皆様にお披露目するためです。では、御覧ください。《アルスの薔薇》でございます」
給仕のときとは違うメイドがうやうやしく、布のかかった荷台を押してきた。
アルスがその布を取り払うと、来場者から感嘆のどよめきが巻きおこった。
一つの芽から三つの薔薇が見事に咲き誇り、会場のライトの効果もあって、神秘的に光り輝いていた。
わずかな不純物もないことは、宙に浮かぶデモンストレーションの映像が証明していた。
さらに拡大と原寸が繰り返されるそれには、人工物では決してありえない結晶の流れを確認できた。
ミフィリアはそれを見て、ほっと胸をなでおろした。
「枯れてなくてよかったわ。普通の花なら一日と持たないから」
「このまま無事に、終わればいいんだけどな」
ジェランは油断しないように、注意深く辺りを警戒していた。
品評会はいよいよ本番となり、値が提示されていく。
この値が高ければ高いほど、淑女としても泊が付くのだそうだ。
三連華の相場は一万ドルガだとミフィリアから聴いた。
それでも破格の値段だと思うが、千ドルガから始まったオークションはすでに十万ドルガの大台を越えようとしていた。
白熱するオークションに執事が木槌を二回叩く。
「二十万ドルガが出ました。他にいらっしゃいますか?」
来賓者たちから手が上がらなかった。
それを確認した執事が、木槌を大きく一回叩いた。
「落札です! ギーズボール様、おめでとうございます」
腹が大きく出たシルクハットの中年男は、満足そうに顎をなでた。
落札額は、その場でヴァンプレットにより決済された。
アルスはそれを確認して頷くと、手のひらで《アルスの薔薇》をさししめして、うやうやしく譲った。
「ギーズボール侯爵の元に渡ることを光栄に思います。どうぞお受取りください」
ギーズボールの使用人たちが代理として受け取ろうとした。
その時、鞭に絡め取られてしまった。
何者なのか、ジェランたちは視線を走らせた。
すると、ジェランは天井から消える人影をとらえた。
すぐに駆け出した。
聖剣に触れると、静かに装着呪文を唱える。
「イークウィップ! ジェモナス」
タキシードが、またたく間に機士専用スーツのヴァンプレスに変わった。
五メートルの高さはある、天井の梁に向かって跳躍すると、ひとっとびで着地した。
混乱する会場の中、ミフィリアの通信が入ってきた。
『ジェラン、わたしも行くわ』
「駄目だ。お嬢様の警護を頼む」
『でも』
「あれが囮の可能性もあるんだ。万が一そうだった場合、お嬢様が危ない」
『分かったわ。その代わり、これが終わったら付き合ってもらうからね』
「ああ。バックアップは任せた」
ジェランは通信を切った。
その間も屋根から屋根へ飛び移り、不審者を追跡していた。
相手は、かなり速い。
ジェモナスのヴァンプレスは、身体能力を最大三倍に引き上げる。それでもなかなか追いつけなかった。
相手のヴァンプレスからは、ワイヤーのようなものが伸びていた。
おそらくそれを巻き上げることで、超加速を実現しているのだろう。
逆に言えば、一度間合いに入れば勝機はこちらにある。
ジェランは第一階位の氷魔法を唱えて、新幹線の先端を作り上げた。
空気抵抗がなくなり、さらにスピードが上がった。
簡易魔法だからどんどん氷が壊れていくが、追跡する分には十分だ。
不審者の背中がどんどん大きくなった。
ここぞと言うところで氷の魔法を解いて、羽交い締めに捕らえた。
その勢いのまま一緒に道へ落下していく。
そのダメージで呻き声があがった。
胸に手を回していたジェランは、その声を聞いて確信した。
「こいつ、女か」
非常に華奢な体つきで、一見すると細身の男にすら見える。
でも胸の膨らみは確かに女だった。
女はすり抜けるようにジェランから離れると、武器を持たずに構えて対峙した。
「おい、翡翠の薔薇はどこだ」
「答えると思う?」
逃走中に仲間に投げ渡したらしい。
しかし、ジェランは不敵に笑った。
「いや、答えなくていい。《
ジェランは第一階位の無詠唱魔法を放った。
集まってきた野次馬の中から、氷の鞭に絡め取られたフードの男が釣り上げられた。その手には翡翠の薔薇があった。
それを見た女が舌打ちをする。
「おまえ、なにやってんだ」
「こ、これから逃げようとしたんだよ」
女を逃さないために、すぐさま氷の鞭で縛り上げた。
感覚を麻痺させるため、手足に重点的に巻いていく。
そのとき、女がもがきながら叫んだ。
「サモンロード!」
「なに!? こんな街中で召喚する気か」
意表をつかれたジェランを見て、女は巻き付いていた氷の鞭を叩いて砕いた。
女がふらつきながらも走り去ると、そこに全長三メートルの巨大なロードが召喚された。
その大きさに、軒は次々と倒壊していく。
「こうなったら、お前を始末してチャラだ」
ロードを纏った女は、巨大戦斧をでたらめに振り下ろしてくる。
その攻撃で、逃げ遅れた人々に犠牲者が出た。
さらに仲間であったろう男も、戦斧で真っ二つにされてしまった。
凄惨な現場に顔をしかめて、腕の中の箱を確かめた。
相手がロードで来た以上、同じくロードで対抗するしかない。いくら聖剣機士でも、生身では戦いにならないからだ。
しかし翡翠の薔薇を抱えたままでは、ロードを召喚できない。シャボン結界は対象者の魔素も利用するからだ。
困っているところに、大声でジェランを呼ぶ者がいた。
「ジェラン殿! こちらに薔薇を」
「あんたはお嬢様の執事。頼んだ」
氷の鞭を翡翠の薔薇に絡めて伸ばし、執事に真っ直ぐに運んだ。
受け取ったことを確認すると、聖剣を抜いて切っ先を下に構えた。
「好き勝手やりやがって! 今度はこっちの番だ。サモンロード! ジェモナス」
崩れた街の中に、まぶしく光る白銀の機巧機士が現れた。
敵の戦斧がすぐさまを叩きつけてくる。
しかし、白銀の装甲は傷一つ付かなかった。
女のロードはがむしゃらに叩きつけるも、そのうち戦斧がボロボロになっていった。
「終わりか、女盗賊。お前には聞きたいことがあるんだ、観念しろ」
「チクショウ!」
女のロードが両手を掲げて魔法詠唱をはじめたが、それを待っているほどジェランはお人好しじゃない。
聖剣を逆袈裟に切り上げて、ロードを斜めに真っ二つに切り捨てた。
女の髪がそこだけ禿げ上がり、大破したロードは緊急解除していった。
ジェランはロードをゆっくり解いて、頭を抱えた女の腕を後ろに回して拘束する。
そこへ、赤と黄色の文様で着飾った衛士隊が現れた。帝国の治安を守る正規の機士たちだ。
「その女の身柄を引き渡してもらおう」
今頃現れた衛士隊に、身柄を渡せと言われて素直に引き渡せるはずもない。
この人数でも戦えば勝てるかもしれない。
しかしそれでは、アルスの立場を危うくしてしまうかもしれない。
再三の要求に、素直に従うしかなかった。
衛士隊の一人が、兜のバイザーをあげて目線を向けてきた。
「君も来てもらう。話を聞きたい」
「どうして俺まで」
「形式的なものだ。協力願えるかな」
「ああ、分かったよ」
その後、ネチネチと同じことを聞かれ同じことを答えた。
ただ、このおかげでジェランが聖剣に選ばれた聖剣機士だということが帝国中に広まるきっかけとなってしまった。
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