第07話 その姿に憧れる理由



「――まさか2日連続とは思わなかったぞ、高学部1年、システィ・ラ・エスメラルダ。そんなに没頭出来る本ならば、作者もさぞ喜んでいる事だろう」

「……申し訳ありません、ネグリ学部長」

「まったく……」


 昨晩は読まずにちゃんと寝た。ただ、寝る時間が遅かっただけだ。2日分の睡眠が、今日の夕方にまで及んでしまったのだ。



「自分で言うのも変な話だが、その本の出来栄えは良い。俺も満足している。だがな、君をどうにかして庇っているのはこの俺だ。それを心に留めておいてくれ」

「……はい」


 深く頭を下げて、学部長室を出た。



 人とは、何故こうも変わらないのか。


 癖というのは習慣に変わり、習慣というのは無意識の行動に変わる。そのまま歳を重ねて認知が衰えると、それが治らなくなる。そういう状態かもしれない。



 岩壁に座り、仰向けに寝そべった。


 ふと横を見ると、今日も男子生徒が武器を振って練習をしていた。『騎士が格好良いのは見た目だけで、実際は食いっぱぐれますよ』と言ってやった方がいいのか。システィはそんな余計なお世話を考えながら欠伸をした。何せ、眠いのだ。


 海鳥の鳴き声と生温い風が更に眠気を誘う。夕日は早く帰れと言っているが、睡魔はここで寝かせろと言っているようで…………。


 …………。

 ……。




「――――――私は覚えているぞ。『流石にぃ、2日連続はありませんよぉ!』正直、そう聞いた時点で私はワクワクが止まらなかった」

「……お早うございます、ロズ」

「こんばんはの時間だぞ、システィ」

「おかしな事に、私の中では朝なんですよ」


 システィは体をぬっと起こした。外はまだ明るい。眠っていたのは少しだけのようだ。岩壁から下り、服の汚れを叩く。



「演劇会はこれからですか?」

「いや、今日はサボる。後輩が学園修練場で待機したいと言い出してな。これから冷やかしに行くんだ」

「あ、そうですか。お気を付けて」

「お前も行くんだよ、システィ」

「えぇっ!?」


 ロズはシスティの腕を掴んだ。

 その表情はウキウキとしている。



「『騎士様がいたぞーっ』て叫ぶんだ」

「また悪趣味な悪戯を」

「いいじゃないか。夢というのは、見るだけだから夢なんだ。目指している時が一番輝くんだよ。私は騎士を目指す生徒達に、そんな夢を与えに行くんだ」

「叶った方が良いじゃないですか」

「それだと、私が面白くない」

「後輩が泣きますよ……」


 システィは項垂れた。そのままロズに左腕を掴まれながら、ずるずると学園修練場へと向かった。



◆ ◆ ◆



 想像以上に人が居る、というのがシスティの感想だった。


 放課後の学園修練場に訪れたのは初めてだ。剣術会という騎士や兵士を目指す生徒や、趣味で武芸を嗜む生徒が使っているのが大半だった。


 しかも子供の剣遊びのようなものではなく、型にはまった剣術を学ぶ。システィはそんな印象を受けていた。趣味としては、良い運動かもしれない。



「おぉー、武芸というのも芸術ですねぇ」

「はぁ? ただの格好良い動きだぞ?」

「そんな事も無いですって」

「そんなもんだって。子供が憧れるのは見た目が格好良いからだよ。美しいから凄いなんて思うのは、お前ぐらいだ」


 やりたい訳では無いが、見ている分には悪くない。しかし、こういう技というのは全てが実践で役に立つものでもないのだろう。


 システィは修練場を見渡した。ざっと100人ぐらいだろうか。小学部から高学部まで、幅広い生徒達が練習をしている。中には女子生徒もいて、何だか不思議な光景だ。



「ロズ、ここで問題です」

「何だ急に?」

「解いたら、騎士の募集の答えを言います」

「よぉし、出してみろ!」



――【11人の騎士】――


 荒野に騎士が11人立っている。


 騎士間の距離はバラバラで、騎士達は自分から一番近い騎士だけをずっと見ているように言いつけられている。


 このとき、誰からも見られていない騎兵はいるか?


――――――――――



「いないだろう。だって、全員が丸くなっていたら誰かしら視界に入る」

「距離はバラバラですよ」

「お、その反応は『いる』が正解だな」

「それは解いたとは言えませんよ……」

「で、答えは」

「います」

「ほら見ろ!」

「重要なのはその理由ですって」


 そんな話をしながら入口で立っていると、システィはいつの間にか視線を浴びている事に気が付いた。


 修練に興味があると思われているのだろうか。システィが踵を返そうとした所で、ロズが腕をがしっと捉えた。いつもの悪い表情で、ニィっと笑っている。



「参加するぞ」

「運動は苦手で」

「美人は罪なんだよ。罪滅ぼしをしておけ」

「意味が分かりませんよ!」



「――ロズせんぱ~い!」


 その呼び声に、システィとロズは振り向いた。大きな生徒が一人、こちらに手を振りながら近づいて来る。



「うお、大きい……」

「あれが後輩だよ。男爵の息子だ。よう」

「ロズ先輩もついに騎士に!?」

「ならないよ」


 ロズはそう言うと、男子生徒の胸をドンと叩いた。



「騎士って、そんなにいいのか?」

「だって、格好良いじゃないですか!!」

「ははっ! ほらな、システィ?」

「むぅ……」

「ロズ先輩! この美人はどなたですか!?」


 ロズの後輩は大きな声でそう言った。システィはびくんと体を一瞬震わせた。演劇に向いているのだろうが、近距離で大きな声を出されると心臓がバクバクする。



「悪いお友達だよ。しかし、この様子だと今日も空振りみたいだな」

「募集の件ですね!? そうなんすよ!」

「明後日ですよ、場所は門前町です」



 ――システィのその一言で、周囲が一瞬にして静まり返った。



 まるで時間が止まったかのように音が消失する。

 生徒達がシスティを見た。



 そして、一気にシスティに詰め寄る。



「うおぉおおおおおおお!!!!」

「何人の募集ですか!!!」

「く、詳しく!!」

「馬は必要ですか!?」


「待てまて、一旦離れろお前ら!!」


 ロズはシスティを取り囲んだ生徒達を容赦なく蹴飛ばした。少し引き剥がすだけでもいいはずなのに、本気の蹴りだ。ある意味、ここの生徒達よりも騎士らしい。


 引き剥がしたところで、ロズはシスティの肩を叩いた。



「……さて、期待を裏切らない女システィ君。お前はヘマをやらかしてしまった。この状況からは逃げられないぞ」

「き、今日は寝なければなりません」

「馬鹿を言うな。それに今日はじゃない、毎日寝るんだぞ。お前の中の常識は、私以上にどこかおかしい」


 呆れているロズを他所に、システィは取り囲んだ生徒達を見回した。



 貴族の子息なのか、豪華な装飾品を身に付けた生徒もいた。一体、騎士の何が彼らの心を搔き立てているのか。騎士というのは、技術と命を天秤に乗せる仕事だ。それを名誉で隠しているだけなのだ。


 だが……あの教科書に記されていた内容は確かに面白かった。騎士の志や技術、その在り方や兵法。そういったものに惹かれるのは理解ができる。そして、ロズがただ面白がっているのも理解ができるる。



 しかし、ここで自分が全てを教える事によって将来何人かが死地に向かう可能性があると考えると、説明をはばかられる。彼らのこの目の輝きが、かつて目の当たりにした燃える死体の一部になり兼ねない。



「……皆さん、騎士ってどう思います?」

「最高です!」

「格好良い!!」

「このロズって人の性格は?」

「きつい!!」

「おい待てお前ら。システィ?」


 ロズの掴む手に力が入った。


 システィはこのロズの態度が嬉しかった。人前に立っているという緊張感が、ロズのおかげで消えて去っている。



「今こそ、答え合わせの時間だろ?」

「……全部私の推論ですよ?」

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