第06話 隠されている意図
目の前に置かれた、2枚の募集用紙。
同じようで、少しだけ違うもの。
じーっと見ているうちに、システィの視界が少しずつ霞み始めた。
頭もぼんやりとしてくる。
つまり、眠たい。
「おい起きろ、天才児」
「……悪戯の線で、手を打ちましょう」
システィは目を閉じたまま、追加で頼んだパンをもぐもぐと頬張った。食べながら寝れるとはこの事だ。
「それが答えでいいのかよ、本の獣?」
「眠気が、やる気を削いでいまして」
「……いやぁ、残念だなシスティ君。どうしても分からないなら仕方が無い。『私に解けない問題は、多分無い』数年前に君がそう言っていたその多分というが、まさか今回だったとは」
ロズはそう言って、2枚の募集要項を手に取った。
挑発的な顔だ。
……別に、負けている訳では無い。決して悔しい訳でも無い。でも、何だかこのロズの笑顔は崩してやりたい。
ロズはこの性格をよく分かっている。結局、一度気になってしまうとクリアするまで落ち着かない性分なのだ。
「過去の失言は忘れて下さい」
「嫌だね。私は無駄な事だけは忘れない」
「はぁ……」
「それにこれは悪戯では無いぞ。今日学園に問い合わせたら、どちらも生きている本物だった。ちゃんと印も押されているからな。詳しく教えてくれって言ったんだが、何も聞き出せなかった」
ロズは再びその2枚を並べた。
『門前町にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、学園修練場に来るように。なお、武具の支給は無い ―グレルドール騎士団―』
『学園修練場にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、どこかに来るように。なお、武具の支給を行う ―グレルドール騎士団―』
描かれている絵は2枚とも同じだ。
どちらも確かに学園の印が押してあり、正規のものだと分かる。
システィは頭を捻らせた。
「ロズなら、これを見てどう行動します?」
「私なら?」
ロズは顎に手を当て、口を開いた。
「――適当な武具を準備して、3日後に学園修練場に向かうだろうな」
「なるほど」
多分、これを見た騎士希望者の大半がそれを選ぶだろう。だがよく考えると、その行動には違和感を覚えるはずだ。
恐らく、募集側は試しているのだ。
「そもそも騎士の定義は何だ?」
「……冗談でしょう、ロズ?」
「本当だよ。衛兵との違いが分からない」
ロズはそう言って、テーブルに肘をついた。
そのままパンを齧りだす。
「騎士というのは、一般的に騎乗して戦う者を指します。そして騎士は叙任されるもので、生まれついての身分や階級ではありません。そのため、平民が騎士になる事も可能です。国によっては一代限りの貴族という扱いも受けます」
「へー、お前や私でもなれるのか?」
「はい。馬と装備と、運があればですが」
商業や農業よりも少し上の立場になる戦闘専門職、といったところだ。武勲を上げれば貴族の専属ともなるし、最近では傭兵稼業も多い。また、領主の命令で街を守護するのも騎士の仕事の一つだ。
しかし、そんな命を削る仕事であるにも関わらず、戦が減ると急に必要とされなくなる。その上、晩年まで続ける事も出来ないという世知辛い職業だ。
更に、馬や武具を維持する最低限の財力も必要だ。そのため、騎士の息子が騎士になるという例も少なくはない。
「この島にもいますよ」
「本当か? この狭い島で、馬に跨がる騎士なんて見たことが無いが」
「洞窟に軍事施設がありますよ」
「何っ!? 本当か!!?」
「もちろん嘘ですよグェッ!!」
ロズは机の下でシスティの足を掴んだ。
「お前はそういう所があるな、まったく」
「はぁはぁ……ろ、ロズの言う通り、この島には門前町にしか馬小屋がありません。しかも荷馬車用の馬なので、戦闘向きではないです。騎士も乗らないでしょう」
ロズは溜息を吐いて、肘の上に顎を乗せた。
「さて……ではまず
もう一度、2枚の用紙に目を落とす。
「――初めに、ここに記された3日後という文字。学園の許可印には日付が無いため、いつ貼られたかどうかが分かりません。つまり、募集日はその人が見た日によって変わってしまいます」
「……確かに」
「ただ、先程ロズが言った通りに『どちらも生きている本物』であれば、募集の日はまだでしょう。終われば剥がされますからね。つまり学園はその日を知っていて、それは今日から3日以内という事です」
しかし、試すにしてもおかしな話だ。
知恵比べの意図が分からないし、やり方も雑さを感じる。
「何故その日を明示しないんだ?」
「んー……嫌がらせとかですかね?」
「システィ」
「いえ、本当に分かりませんよ。まぁ多分、学園と協力してこの『聡明な騎士』を募集しているんでしょう。その日ぐらいは当ててみせろ、というメッセージでは」
学園側が情報に蓋をしているというのも、同じく奇妙な話ではある。
「次に『腕に覚えのある者』。募集要項がこれだけというのは、騎士の募集なのにあまりにも自己判断に委ね過ぎています。しかも、ここは修道院付属の学園。修練経験はあれど、実戦経験のある生徒などいないでしょう」
「腕の覚えなら、修練でもいいだろう?」
「いえ、実戦での経験があるか無いかは重要です。新兵と出兵経験者のどちらを雇う方が良いかは、騎士団も理解しているはず。それなのに、その条項を『腕に覚えのある者』としてぼかしています。まるで、誰でもいいと言っているかのように」
極端な話、ここには戦闘以外の要素が必要だという狙いが潜んでいる。それは『聡明な騎士』であることなのか、もしくは別の何かだ。
「……恐らく、それは書き辛い内容なのでしょう。例えば、この巨大な学園ならではの特徴を持つもの、それでいて騎士団が欲する人物」
「他国の人間か……貴族」
「はい。どちらかと言えば後者でしょうか」
貴族の中にも騎士に憧れる者は多い。ましてや男爵の三男以下となると、全然考えられなくは無い。しかし、本物の騎士になろうという覚悟を持つ貴族は、一体どれほどいるのか。
「そんな奇特な奴、いるのか?」
「強い憧れか、よっぽどの決意があればいるでしょう。確かに騎士は格好良いですからね。そして貴族が騎士になれたら、安全な所に配置されて出世街道を進むでしょう。ここで重要なのは、貴族の持つ資金力です」
「……なるほどな、目的は金か」
『騎士募集の要件は貴族であること』とは書けない。『腕に自身のある者』の方が広く拾えて都合が良い。
「つまり『腕に覚えのある者』というのは、募集要項を濁すための文言でしょう。深く考える場所では無いのです」
「大人の汚い話だなぁ」
「いえ、まぁ全部私の憶測ですけどね」
騎士とはとても不安定な仕事だ。一見すると華のある職業だが、名誉や勲章だけでは食べていけない。
特に物資のハードルは高い。馬の維持に加えて、武具も手入れをしなければならないのだ。そう考えると、この『武具の支給を行う』という軽々しい文言は信じ難い。
(仮に戦が起きるならば――)
実は水面下で紛争が起きていて、『単なる人材不足だから、武器防具ぐらいはくれてやろう』という狙いもあり得る。それだと条項をぼかす理由も分かる。
だが……そんな素人兵士を集めて、果たして戦力になるだろうか。昨晩読んでいた本では、新兵の生存率は著しく低いと書いてあった。わざわざ新兵を戦場に送って死なせ、騎士の名の価値を落とすような真似をする理由が浮かばない。
何よりも、戦は嫌だ。
幼い頃に見た、死体の山が燃えている光景が蘇る。
そんな風にシスティがぼーっと考えを巡らせていると、いつの間にかロズが顔を覗き込んでいるのに気が付いた。
目が合うと、ロズはニヤリと微笑んだ。
「……なんですか」
「お前は集中している時、無防備すぎる」
「はぁ……そろそろ帰りましょうか」
システィは目を逸らすかのように周囲を見回した。いつのまにか、食堂の客がロズと2人だけになっていたようだ。
「続きは明日だな。気になって眠れないからといって、遅刻するなよ?」
「いくら何でも、2日連続はありませんよ」
「はは、まさかな! 流石に無いよな!」
「無いですよ、あり得ませんよまさか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます