第二章 聡明な騎士を募集する

第05話 聡明な騎士を募集する



 優秀な騎士とは、必ず文武を併せ持つ。


 なに、難しい話では無い。


 近接戦闘においては、どこに位置取り、どう戦えばいいかの判断を求められる。遠距離戦闘においては、相手がどう攻めて来るかを見極め、脆弱な場所を弓で沈める役目を強いられる。腕っぷしだけでは勝てぬのだ。


 また、人間性も重要である。利他の精神を持ち、自己犠牲をいとわぬ者だ。そのため、貴族である必要も無い。貴族というだけでは、部下は付いては来ないのだ。


 そしてそれは、敵も同様である。



 ―グレルドール騎士団 副団長―



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 グレルドール・サン・メルヴェイユ修道院付属学園島。長すぎて呼びにくいため、通称『修道院島』。


 青く美しい海に囲まれたその学園では、本日から新年度が始まった。巨大な学園には生徒たちが波のようにやって来て、夕方になると波のように引いていく。これが学園の日常だ。



「――高学部1年、システィ・ラ・エスメラルダ。こうして君を部屋に迎え入れると、また一年が始まるという気になるな。昨日の本は面白かったか?」

「よくぞ聞いてくれましたネグリ学部長! 兵法の教科書なんですが、最高でしたね! いやー、あの時代の戦略というのは、上書きに上書きを重ねて相手を出し抜き、それでも勝つか負けるかは分からないという、そんな臨場感が痛っ!!」


 学部長が頭を軽く小突いた。



「……システィ君。何度も言っているが、確かに君ほどの知性があれば授業を受けなくても大丈夫だろう。だが、それが授業に出なくてもいいとか、夕方まで爆睡してもいいという理由にはならない。それが君の悪評を助長しているのだ、分かるか?」

「……はい、申し訳ありません」

「しっかりとな。では、戻ってよい」


 システィは深く頭を下げて謝罪した。

 そして学部長の研究室から廊下に出て、扉を閉める。



「はぁ……」


 とっくに授業は終わっている。予習のつもりで本を読み始め、顔を上げたら夕方だったのだ。これから一年間を共にする同室の生徒どころか、新しい教室の場所すら分からない。


 手に持った教科書を眺めた。この本に罪は無い。読み始めると、読み終えるまでは止まらないのだ。


 そんなシスティに付けられた愛称は、本の獣。いつ誰が付けたのかは分からないが、的を射ていると思っていた。



 システィは高学部のある棟を出て、石壁の手すりに腰掛けた。


 目端には、模擬剣を腰に差した男子学生が帰る姿が映った。この騎士の教科書に当てられたのか、騎士のポーズを真似しながら歩いている。



(元気ですねぇ……)


 もうすぐ日が落ちて夜になる。昨晩から夜通し読書をしていたせいで、システィには早くも眠気が襲ってきていた。目を閉じて横になり、持っていた本を抱えて仮眠を図る。



「(あれってあの……)」

「(……何で……いたのに……)」

「(平民の分際で……本の獣が)」


 ……何かが聞こえる。


 遅刻常習犯への批難なのか、白髪のような髪色に対する批難なのか、それともエスメラルダの亡霊姫だからなのか。


 だがまぁ、寝坊という自業自得が批難理由の大半を占めているのだ。悪いのは自分なので、せめて堂々と批難してほしい。その方が気が楽だ。



(本の獣……でしょうね)


 出来る事ならば、ずっと本を読んで引き籠りたい。だが今の自分はそんな贅沢をできる立場でも無いし、図書室なんてものは王都にしかない。牢獄に居た時のように、看守が本を宅配してくれる環境も無い。


 そんな風に考えていると、次第に意識が遠のいて行った……。


 …………。

 ……。



「――――――私は覚えているぞ。『明日はぁ、遅刻しないで下さいねぇ?』まるで、自分は遅刻しませんよと言っているようだった」

「……お早うございます。ロズは今日も堂々とされていますね」

「こんばんはの時間だぞ、システィ」

「返す言葉もありません」


 ロズは急に片膝を地面に突き、左手を胸にあて、右手を空に掲げた。

 騎士のポーズだ。



「――ある日突然、中学部に転入してきた謎の美少女! 試験はなんと毎回満点、どんな難問も解いてしまう優秀さ! 貴族達からは生意気な平民だと非難轟々ごうごう、平民達からは遅刻しすぎだと非難轟々!」


 ロズは芝居がかった台詞を言い放った。先程まで練習していたと思われる、演劇会の余韻が残っているのだろう。



「その真の姿は本の獣! 本を読みすぎて、今日も授業をすっぽかす!」

「……新しく導入された兵法の教科書の予習をしてたら、滅茶苦茶面白くて……多分、これはもう治らないんですよ」

「だろうな、このくだりも毎回だよ。そのおかげで、私は毎回優越感に浸る事が出来る。お前の昨日の台詞も悪くない前フリだったと思うぞ」


 システィにこの習性が身に付いたのは、牢屋にいた頃だ。翌朝には本を回収されてしまうからと一晩で本を読むうちに、いつの間にか時間を忘れる癖が付いていた。


 システィは立ち上がって服を叩いた。暗くなる前に、夕食を済ませて帰らなければならない。



「お前はそんな風に不摂生だから、ずっと身長が低いままなんだよ」

「明日こそは、ちゃんと行きますから」

「ははっ、そのフリも悪くないな」

「もう……ふふ、返す言葉もありません」



◆ ◆ ◆



 このグレルドール王国は海に面した広大な国だ。システィの祖国である、亡国エスメラルダの同盟国でもあった。

 

 システィはその縁のおかげで牢屋から拾われて、この修学島にやって来た。もう5年も前の話だ。生活費や学費の支援をされているのも、祖国の遺産のおかげに過ぎない。



「――歳を重ねる毎に島の路地が狭くなっていくのは、不思議で仕方ないな」

「成長している、と言いたいんですね?」

「島が小さくなってるんだ」

「なるほど」

「おい、話を広げてくれよ」


 島の大きさは一般的な城郭都市ほどだ。だが平地は少ない。中央にそびえ立っている岩山を削るかのようにして、住居や商店がひしめき合っている。その岩山の頂上にある荘厳な城こそが修道院であり、学園だ。



 その独特な情景ゆえに、この島は大国グレルドール屈指の観光名所になっていた。貴族達が2本しかない橋を渡って、何度も遊びにやってくるのだ。道が細いのもお構いなしに、あらゆる場所が人で溢れていた。



ろう屋には絶対に寄らないからな。お前は呼吸するように蝋燭ろうそくを買おうとする。『あぁ駄目だ暗い、もう寝よう』という状況を作っていけ」

「もう、分かりましたよ……しかし、今日は何だか人が多いですね」

「新年度だからな」

「あぁ、親たちの観光ですか」


 夕暮れ時、海鳥の鳴き声を聞きながら、ロズとシスティは島の内部へと進む。


 蛇行した狭い細道や路地裏。長い歴史の中、ツギハギで作られていった島の構造はいびつだ。何もかもがぎゅうぎゅうに押し込まれていた。馬車が通れるのも、ここでは門前町までなのだ。



「あ、本屋ですよロズ!!」

「待て、駄目だシスティ。あれは呪いの本屋だ、店主の婆さんが客を視線で殺す」

「じゃあ私ちょっと殺されにグェッ!」

「まったく。ほら、飯屋に着いたぞ」


 ロゼはシスティの腕を強引に引き、看板が垂れ下がった店に入った。山をくり抜いて作られた格安の食堂だ。



 学生たちの会話や、フォークが食器と当たる音。心地良い雑踏のある店だ。


 注文を済ませて席に座る。

 その瞬間、周囲の音が一瞬だけ静かになり、視線を浴びる。



「――『学園は個人の自立性を重んじ、貴族平民分け隔てなく学問を修める』その結果、私達は山の中や地面の下でも生活をする訳だ。これが真の平等だと、学園は教えているんだよ」

「ロズ、見られてるので静かに」


 ロズは手をひらひらとさせて、周囲の視線をしっしと追い払う。こちらを見ているのは学生のようだ。



「見られているのはシスティの容姿だよ。灰色の髪は仕方がないとしても、その美貌は隠せないのか。いっそ変顔で生活しろよ。でないと、卒業したら貴族の愛人だらけになるぞ」

「愛人ですかぁ……」


 貴族と平民が同居する修道院島の学園。


 この島は、非常に特殊だ。



 初代の学園長はやり手だった。人を呼び寄せるために、他国の人間はもとより、平民や貴族などすべての人々に対して門を開いた。『修道院付属だから安全だよ』という、宗教の看板を利用したのだ。


 すると、各国で教育に手を焼いていた貴族の子供や教員が集まり始め、島の開発が進んだ。同時に、彼等の文化や本がこの島に混ざっていった。そうして、他とは違う不可侵な学問の島として認識されていったのだ。



 次第に授業のレベルも生徒の質も上がり、それを見た各国の貴族が箔を付けるために子供を送り出す。島には宗教的な盾があり、天然の要塞で侵攻が少なかったのも幸いした。人気が出ない訳が無かったのだ。



 しかし、問題はあった。



「平民が貴族を断れるのも今だけだぞ?」

「そうなんですよねぇ……私は選べるなら普通がいいですね、普通の人」

「よく言うよ、元お姫様」

「人間、中身ですって」


 貴族と平民の距離が近い事。それが、他国の価値観と必ずしも一致している訳ではない。火種にもなり兼ねないのだ。そのおかげで、ここに住む平民の肩身は狭い。



「見た目の方が重要だろ。しかめっ面の怪物と笑顔の怪物、どっちが怖い?」

「ふふ、笑顔の方が怖いです」


 エスメラルダ王族固有のこの髪色だけでも、周囲の目を引いてしまう。卒業後にどうするか、システィは深く考えていなかった。



 夕食のポタージュを食べ終えた所で、「一つ頼みがある」とロズが口を開いた。


 悪い事を企んでいる表情だ。



「……お断りします」

「お前が好きそうな話だぞ」

「誘拐事件はまっぴらですよ」

「今度は実行犯になろうと思うんだ」

「ほらでた」

「冗談だよ」


 そう言って、ロズは募集要項を2枚取り出した。



「見ろ。騎士団員の募集が始まったんだ」

「ん、騎士団員の募集? この時期に?」

「そうだ。戦も落ち着いていた昨今に、軍費を減らせと批判を浴びているグレルドール騎士団が、何故かこの時期にだ。まぁそれでな、演劇会にいる後輩が是非参加したいと言い出したんだが……とある困った事に気が付いた」


 ロズはそう言って紙を指差した。

 システィはその紙面に目を落とす。



『門前町にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、学園修練場に来るように。なお、武具の支給は無い ―グレルドール騎士団―』



 短い文章だ。細かい内容は記されていない。表紙にはグレルドール国の騎士の絵が描かれており、正式な物だと言う事を伺わせる。


 用紙の隅の方には、掲示を許可するという学園の印が押されていた。

 2枚とも同じようだ。


 この修道院付属の多国籍学園で、グレルドール国の騎士団の募集……。



「……募集なのに、情報が少ないです」

「気になるだろう? この2枚は、それぞれ学園内の別々の場所に設置されていた。しかも、書かれている内容も違うんだよ。よく読んでみろ」


 ロズはもう一枚の紙を指差した。

 システィは再び目を落とす。



にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、に来るように。なお、武具の ―グレルドール騎士団―』



「さてシスティ。どうにかして、後輩を騎士団員の募集へと導いてくれないか?」

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