第27話 悪魔の囁きに屈した男



 早朝の修道院島。


 海鳥の鳴き声に、朝の冷たい空気がそよぐ。


 港では暗い時間から競りの声が響き、修道院では修道者が朝の祈りを行う。そして本土の地平線から登る日が橋を照らす頃、ようやく学生たちが動き出す。


 そんな時間にシスティはミルクリフトとノーザンを引き連れ、とある人物を待っていた。



「――ノーザンさんを操っているのは、【恋に恋する女】【健康志向の女】【取り巻きの女】【お金が好きな女】、もしくはそれ以外の誰かです。心が入れ替わる呪いなんてものはありません」

「うん」

「ではまず、何故ノーザンさんはわざわざ女装して演技をしているのか。『メクセス王の威光を称える為の会』の発足だけなら邪魔なぐらいです」


 王の親族に近づくためにノーザンを女にし、メクセス王のファンとして飾る。だが別に女である必要は無いし、逆に男として尊敬していると宣言する方が支持者が集まりやすいまである。



「確かに……じゃあ何のために変装を?」

「もっともらしい理由を付けるなら『隠れ蓑として目立たせるため』ですが……どのみち本来の目的は会の発足では無く、王の親族に近付く事。となると、そもそも会自体が不要と考えられませんか?」


 貴族達は平民とは違って王族が来る事を知っている。だったら別に面倒な会など作らずに、直接狙えばいいはず。


 だが、会が出来てしまった。



「貴族達がいざ準備を始めた頃に、ノーザンさんが会を発足した。そうなると、乗らざるを得ないでしょう。彼女達もきっと疑っているばすです……『王に近づく足掛かりは出来たが、一体誰がこんな状況にしたのか』と」


 システィはノーザンを見た。

 まだ口を割ってくれないようだ。


 システィは溜息を吐いた。



「つまり、彼女達は巻き込まれたの?」

「えぇ、恐らく。余計な一手間が増えただけですからね。抜け駆けする人も出るでしょうけど、今はひとまとめにさせられていますね」


 ミルクリフトはノーザンを見た。

 そんなの知らないといった様子で、首を横に振っている。



「いい加減喋ってくれないかい?」

「…………!」


 ノーザンは無言で俯いた。

 もう一押しのようだ。



(生真面目というか……)



「はぁ……これであの4人を含む誰もが疑わしくなり、裏で操っている人物の手掛かりは消えます。不確定要素が多すぎて、ノーザンさんが話してくれなければ分からなくなりました。という訳で、ここからは私の経験則です」

「け、経験則?」


 今回の問題は、言論でしか推測することが出来なかった。言葉というのは、確定的な証拠にはならないのだ。


 ただ重要なのは、巻き込まれた生徒を探る事ではない。ノーザンがだ。誰の指示で従順に変装しているのか、そこが鍵となる。


 こんな面白そうな状況が大好きな人物に、システィは心当たりがあった。



 システィはベンチから立ち上がった。


 銀のサイドテールが風で揺れる。

 潮風の香りが鼻を通り抜けた。


 坂を見下ろすと、ちらほらと学生が上って来ていた。まだ早朝ではあるが、精霊祭の準備や所属会によっては朝の活動も行われている。



 そんな学生達の中に、ロズがいた。



「――お? 3人とも早いな」

「おはようございます、ロズ」

「おはようシスティ。悪いけど私はとても忙しいんだ、じゃあまた……」

「駄目です」


 そそくさと立ち去ろうとするロズの腕を、システィはガシッと捕えた。



「……何か言う事がありますよね?」

「5日後の精霊祭での演劇についてか? 安心しろ、お前のために最善席を確保しておいた。あぁ、もしかして出演したいのか。悪いが今回は……しかし今日もいい天気だなぁ」

「ロズ?」


 ロズは両手を上げ、降参の意を示した。



「はぁ……悪かったよ」



◆ ◆ ◆



「先に言っておく。私がまくし立てたのは事実だが、原因はノーザンにあるんだからな!」

「ろ、ロズさぁん……」

「うおっ、女々しい!!」


 ノーザンが懇願するように口を開いた。ノーザンはロズを慕っているようだが、ロズはそうでもないようだ。上下関係がおかしい。



「元々、こいつが賭け事で金に困っていたんだ。生活費にまで手を出してな」

「それで?」

「アイデアをくれと言われたから、私は条件を突き付けた。演劇のために良い時間帯の大講堂を押さえる事と、汚れた姫役で出てくれるなら教えてやると。で、宗教を薦めた。信徒達を扇動するのが金になるぞと」

「あれは素晴らしいアイデアです!」

「「…………」」


 宗教ビジネスは儲かる。

 やばいぐらい儲かる。

 ロズはそう熱弁した。


 ご神体にメクセス王を添え、彼を称える会というギリギリのラインで攻める。そうして信徒を集め、ファンクラブにする。ロズはまるで【お金が好きな女】の話すような事をノーザンに伝えたのだ。


 他国の貴族であるノーザンは、表向きメクセス王を応援しようとする人物としか見えないだろう。それを利用して、運営費という名目で寄付金の中抜きする。



「もしかしてと思いましたが、まさか本当にそんな事だったとは……」

「正直、半分冗談だったんだ。まさか本気にするとは流石の私も焦ったぞ」

「ノーザン、君は何してるんだい?」

「しゃ、社会勉強かなぁと……」

「はぁ……そうだね、そうかもしれない」


 お金に目が眩んだノーザンと、演劇のためにアイデアを交換条件に出したロズ。結局この2人がかき回しただけだったのだ。陰謀なんて何もない。ミルクリフトは目に顔に手を当てて呆れた。



「そんな事よりも女優ノーザン、渡した台本はちゃんと読んでるか?」

「読んでますよ、システィさんの役ですよね!」

「なっ!! あれ私だったんですか!?」


 酷い。あんなの自分じゃない。

 システィは項垂れた。



「……ロズ、演劇って何するんですか」

「お前の人生のオマージュだよ。いいかノーザン、演劇というのは最後まで演じ切る事が重要だ。ちゃんと当日までそのスタイルで行けよ……頼んだぞ!!」

「絶対楽しんでますよね、ロズ」


 自分の人生のオマージュを女装した知人が演じ、それを最前列で見る。やっぱり酷い。何をさせられているんだろうという気持ちになりそうだ。


 そんなシスティとは対照的に、ミルクリフトは清々しい気持ちだった。これで解決……という訳ではないが、ひとまずひと段落。大きく伸びをして立ち上がった。



「さて、と……これから交通整理だ。精霊祭での王の親族についての問題は解決してないからね。厄介な事が起きなきゃいいんだけど」

「ふふ、放っておいたらどうです?」

「責任が僕に来ちゃうって!」

「……おい待てミルクリフト。今度の精霊祭に王の親族が来るのか?」

「あっ……いやその……」


 ミルクリフトは咄嗟に口に手を当てた。


 やらかした。

 ロズの言葉が鋭くなる。



「ノーザン、お前知ってたのか?」

「ろ、ロズさん!?」

「黙ってたな?」


 矛先がノーザンに向いた。

 ロズがニヤリと微笑む。



「よぉし、ノーザン。今から演劇会に来い。お前の演技を全員で評価してやる」

「ええぇえ! なんでですかぁ!?」

「時間が無いんだ、ほら来い!」

「ああぁぁ嫌だあああぁあ!!!」


 ノーザンはロズに引きずられ、演劇会の方へと連れ去られていった。通学する生徒達が次第にその姿を隠し、いつもと同じような朝の景色に戻っていく。



 学生たちの表情はどこか明るい。数日後には精霊祭があるが、楽しみにしているのはロズだけではないようだ。祭りというのは人々を浮足立たせ、少しの時間だけ島を非日常へと誘う。


 ミルクリフトは大きく深呼吸した。



「それじゃ、僕も行こうかな」

「待ってください、ミルクリフトさん。私、この事件を解決しましたよね」

「一応はね」

「まだ報酬を貰ってないんですが」


 システィがそう言うと、ミルクリフトは悪い顔で微笑んだ。


 この人もこの人で、面白いものが大好きなだ。ローレンドの誘拐事件の時だって、ロズと同じ思考で行ったのかもしれない。システィはミルクリフトにロズの影を感じていた。



「……何か隠してます?」

「いやね、面白い情報があるんだけど……やっぱり黙っておくよ」

「何ですかそれ、報酬ですよ!?」

「この前の変革入信の時の借りを返したって事で! じゃ、またね!」


 そう言って手を振りながら、爽やかに学園へと去って行った。



 非日常とはいえ日常もある。

 システィは潮の香りを味わいながら、書庫へと歩き出した。


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