第26話 推理する審問官


 翌日。

 修道院にある、絢爛豪華な会議室。


 精霊祭実行委員の6人が、扉を開けて入って来たシスティに振り向いた。



(うっ……)


 空気が重い。異端審問会という言葉には相当な力があるのだろう。ミルクリフト以外の5人は、緊張した面持ちで着席していた。


 それなのに、女装しているノーザンのせいで全てが台無しになっている。視界に入れたくないのに真ん中の席だ。主張が激しすぎて鬱陶しい。


 システィは気を取り直して心を整える。


 一体誰がノーザンを操っているのか。

 それを、質疑応答だけで炙り出すのだ。



 ミルクリフトが立ち上がり、貴族の礼でシスティを歓迎した。



「さて、ようこそシスティさん!」

「お邪魔します、ミルクリフトさん」

「早速で悪いけど、始めてくれるかい?」

「分かりました」


 システィは改めて委員達を見た。


 円卓の奥、入口から最も遠い席にはノーザンが座っている。その両側に女生徒が2名ずつ座り、最も入口に近い席にいるのがミルクリフトだ。


 事前に聞いていた情報によると、この4人の女生徒は仕事はできるが癖が強いらしい。波風を立てないように注意しなければ。



 ロズがいれば上手く質問してくれただろうが、相変わらず演劇会に入り浸りだ。精霊祭も近いし大詰めなのだろう。普段なら面白そうだと飛び付くような状況だ。



(……甘えてはいられませんね)


 システィはふぅと溜息を吐き、その瞳に力を宿らせた。



【恋に恋する女】


「だって、王は素敵だと思わない?」

「……なるほど。ちなみにどの辺が?」

「疲れて道端で座り込んでいる時に、メクセス王が白馬に乗って迎えに来るの。『足をくじいたの……』『なら、私の後ろに乗りなさい、落ちないようにギュッと抱きしめて』『はい……』キャーッ!!」

「そ、そうですか」

「心は奪われて……いえ、善なるものに入れ替わったと言うのが正しいわ!」


 先程から会話が成り立たない。キャピキャピしたこの女生徒は、自分の世界に入ってしまいがちのようだ。


 見た感じでは、女装ノーザンと同じ雰囲気がある。ノーザンがこの女生徒から仕草を学んだと言われても違和感はない。その場を楽しみたいというか、流行に流されて生きているような印象も受ける。


 わざと偽っているのかもしれないが、演技かどうかの見分けはつかない。



「貴女の最も大切なものは何ですか?」

「もちろんメクセス王よ! あぁ、早くお近づきになりたいわ!」




【健康志向の女】


「このジュースは非常に珍味です。栄養たっぷりで、もはや完全食に近い。そんな貴重な物が、なんと最近この島で売り出されていたのです! ちょっと聞いていますか、システィ審問官!?」

「は、はい……ぐざい……」


 モノクルを付けたの女生徒が、身振り手振りでゲロマズジュースの素晴らしさを説明している。振り回しているせいで匂いがヤバい。


 だが他の委員は慣れているようだ。顔色一つ変えずにその様子を眺めていた。信じられない鼻だ。



「目覚めスッキリ、美肌効果、健康寿命アップ。お忙しいメクセス王にもこのジュースを味わって頂くのが、今の私の願いです。そしてその素晴らしさが世界中に広まりますように!」

「ぞうでずね」


 下手するとロズよりも悪質だ。


 王にジュースを薦めたいというのが、本当にこの女生徒の希望なのだろうか。実は製造者がこの女生徒の家と関係してたりとかで、一儲けを図っている可能性もある。


 だが……そもそも王がこれを好んで飲むとは思えない。健康になる証拠というのは、飲んだ人の実体験でしかない。単純に怪しい商品の押し売りに受け取られてしまうだろう。


 浅はかだ。

 もしくは、この女性もわざとそういう振る舞いをしているか――。



「貴女の最も大切なものは何ですか?」

「当然、美容と健康ですよ」




【取り巻きの女】


「メクセス王は偉大だ。あの若さと行動力、何よりもアイデアが優れている。もちろん、我が国でも人気が高い。是非ともリーフレイ様のつがいとなって頂きたい所だ」


 屈強な女生徒がはっきりと言い放った。


 番とは……もはや王家に取り入ると公言しているようなものだ。あまりにもストレートすぎて逆に疑わしい。



「つまり、そのリーフレイ様が婚姻を望んでらっしゃると?」

「あぁ。それに、リーフレイ様だけではない。我が国の国民の多くが、メクセス王とリーフレイ様の婚姻を望んでいる。グレルドールとの強固な関係を結ぶためだ。海洋と内陸を両国が治め、共に繁栄を目指すのだと」

「……婚姻に政治的意図は」

「当然、言った通りだ。両名とも統治者だからな。……だが私個人としては、リーフレイ様に本当の愛を知ってほしい。年老いた時に2人が支え合う姿を見たい」


 女生徒はしみじみとそう告げた。


 確かに見たいのだろうが、実態はそのリーフレイがグレルドール国と仲良くしようとしているだけ。綺麗事で隠そうとしている。



 このリーフレイという人物は公爵令嬢だ。ミルクリフトの個人的な調査では政治的意図もなく白だったそうだが、この女生徒そうでは無いと言い切った。果たしてどちらなのか。


 リーフレイが周囲を扇動し、都合の良い流れを生み出しているのかもしれない。ノーザンもそれに乗せられたとか。



「貴女の最も大切なものは何ですか?」

「メクセス王……と言いたいところだが、大切なのはリーフレイ様だ」




【お金が好きな女】


「宗教は金になるよ!」

「はい」

「金だよ、金! メクセス王で一儲け!!」

「なるほど」


 そう告げる茶髪ツインテールの女生徒は目を爛々と輝かせている。そして、ノーザンも深く頷いている。


 それとは対照的に、周囲は冷ややかな視線だ。まぁこれだけあからさまに王を利用して金儲けしたいと主張するのはちょっと酷い。


 だが、思考的にはノーザンと最も近しい。



「ちなみに、どうやってお金儲けを?」

「まずは入会金という名のお布施だね! それからグッズにファン同士の交流会、それに王を主人公にした小説や絵画に童話……もちろん、応援するという名目でね! あぁああ夢が広がるよ!!」


 これは……ギリギリを攻めているつもりかもしれないが、やろうとしてる事は限りなく黒だ。王家を利用した商売の利益は王家に帰属する。しかし、やはりノーザンが食い付きそうな話でもある。



 ミルクリフトから聞いたノーザンの行動倫理というのは、至極単純だった。お金は好きだが、それ以上に賭け事が好き。


 ロズが好奇心で動くとするなら、ノーザンはギャンブルで動く。しかもそのギャンブルは単純的なもので、なおかつ運の要素が大きく絡むものを好むそうだ。


 そんなノーザンは、一体誰の言う事なら鵜呑みにするのか。どんな甘い話なら乗っかってしまうのか。



「貴女の最も大切なものは何ですか?」

「ふっふっふ……お金!!」




【女装したノーザン】


「こんにちは♡」

「ひえっ……!」


 システィの背筋が凍った。


 そしてノーザンが視界に入らないように、ミルクリフトに振り返った。



「彼を異端審問にかけましょう」

「耐えてシスティさん、皆苦しんでる」

「♡は無理ですよ……」

「もう殴り飛ばしてもいいからさ」


 システィは溜息を吐いた。


 このような趣向は別に構わないが、ノーザンに関しては痛々しい。演技が苦手なのだろう、目が泳いでいて言葉もたどたどしいのだ。


 ノーザンに向き直し、口を開く。



「ふぅ――ノーザンさん。単刀直入お聞きします。貴方にこの会を発足しようと吹き込んだのは誰ですか?」

「わたし自身よ。心が入れ替わったの」

「そ、そうですか……私は今回の一件に関して、グレルドール王家を通じて貴方の御父上であるモリス侯爵へと連絡する手段があります。その上でもう一度お伺いします、ノーザン・モリスさん。貴方の背後にいるのは誰ですか?」


 これはブラフだ。

 そんな手段など存在しない。



 だが、ノーザンは固まった。


 目の前にいるのは、亡国エスメラルダ王家の姫。グレルドール国と繋がりが存在し、自分よりもはるかに知恵のある人物。一体この姫がどこまで行動しているのか、どれだけの繋がりを持つのか、それが把握できない。


 急に場が張り詰めて、緊張が走った。

 数秒後、ノーザンは口を開いた。



「……わ、わたしよ」

「そうですか」


 システィはノーザンから離れた。


 そして【健康志向の女】の持っていたゲロマズジュースを手に取った。そして、それをノーザンに近付ける。



「い、言わないど飲まぜまずよ」

「ヴッ! オゥエッッ!!!」

「システィさん、そこまでそこまで!!」



◆ ◆ ◆



 5人が退席した。



「酷い状況でした」

「分かってくれて何よりだよ……」


 メクセス王を応援するという名目で発足した『メクセス王の威光を称える為の会』。実体はファンクラブで、主な信徒は女生徒達。その裏では王に近付こうとしていたり、王にちなんだ商品で一儲けを企んでいた。



「ノーザンは口を割ってくれないんだ」

「何故です?」

「……僕は誰かに借金してるんだと思う」

「やはりそうですか」


 命かお金。ただの学生にとって、これ以上に重い脅しの材料は無いだろう。ノーザンは身動きが取れないのだ。



「それでシスティさん、黒幕は?」

「……それを答える前に、ミルクリフトさん。誰が怪しいのか、実は見当が付いているのではありませんか?」


 システィはミルクリフトをじっと見た。


 最も情報を握っているのはミルクリフトだ。疑っている訳ではないが、知っていても不思議じゃない。



「知ってる……と言いたい所だけど、確証が無いんだ。怪しいのはリーフレイ公爵令嬢の【取り巻きの女】だと思ってるど、その主の公爵令嬢本人はいたって普通の人物だからね。もう訳が分からないよ」

「お話しした事は?」

「頻繁に会うさ、生真面目な方だよ」


 システィは考えを巡らせる。


 今回の一件には、ノーザンに馬車を作らせた者と、その馬車に便乗しようと策を練る者の2種類が絡んでいる。


 後者も問題だが、今は無視でいい。優先して取り締まるべきは前者。その人物を捕え、会を解体すれば目標達成だ。



「……ミルクリフトさん。先に謝っておきます。本当にすみませんでした」

「ん、何がだい?」


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