第20話 宝島のトレジャーハンター



 自分達の住んでいる退屈な島が、まさかの宝島だった。



 幽霊船が運んできたものは、木箱に詰まった金貨と宝の地図だ。新聞はそれを誇張して掲載し、夢のニュースへと変貌させた。

 

 平凡な日常に辟易していた島民たちはパクリと食いついた。そんな面白い話題を、見逃す訳がなかったのだ。



 地図で×印が記されていた場所は住居区のど真ん中。古くからある狭い家が立ち並ぶエリアだ。人々は大いに湧き上がり、閑静な住宅地へ我先にと押し寄せていた。


 そして――その様子は見た事も無い光景だった。普段は休日でも人が少ない場所にこの人だかり。騒々しいの一言に尽きる。慌ててやって来たロズでさえ、トレジャーハンター達の異様な熱気に飲み込まれていた。



「うわぁ……これは中々酷いですね」

「人間こうなると駄目だな。問題児代表の私でもこんなに荒れないぞ」

「あのロズ・ニールでも引きますか」

「ロズ・ニールは侮蔑ぶべつわきまえる女だ。職業で言うところの詩人だよ。たとえ血沸き肉躍るイベントがあっても、関係者の皆様に対するヨイショの笑顔は忘れないさ。まぁ見てろ」


 ロズはそう言ってニィッと笑った。

 これは、どう見ても良からぬ事を企てる時の笑顔だ。



「そもそもこういうのはな、当てずっぽうじゃ駄目なんだよ。宝探しのコツは定石を外す事だ。実は普段から見ている物がお宝だったりとかな。お前の好きな物語だって、最初の数ページに犯人が登場するのが基本だろう?」

「ふふ、確かに基本ですね」

「あ、見ろよシスティ。ノーザンもいるぞ」

「ん……えぇっっ!!?」


 システィは驚いて、ロズの指差す方に振り向いた。


 模擬討論会でロズの隣に座っていたノーザン・モリスが、うへへと笑いながら宝探しをしている。両手をわきわきとさせながら口角を上げていた。


 ノーザンは貴族の子息だ。学園は町に降りる許可などを簡単には出さないため、今回はコッソリお忍びで来ているのだ。



「ち、血眼じゃないですか……」

「まるで守銭奴だな。まぁ、あいつは貴族達の賭け事を取り仕切ってるからな。性根から金貨が大好きなんだろうよ。あいつは将来やらかすタイプだ」

「貴族達の賭け事って……聞かなかった事にしておきますよ」


 不穏な言葉が羅列されている。

 深く関わらない方がいい。


 システィはふぅと溜息を吐いて周囲を見渡し、漏れ聞こえてくる声を拾った。



「(岩を除けると財宝がある――)」

「(外れにある老人の家の下には、秘密の宝が眠っている――)」

「(メクセス殿下が訪れたのは、やはり財宝が目当てだったから――)」



 ……耳障りの悪い言葉ばかりだ。


 システィ達の目の前では、宝探しに来た島民と住人があーでもないこーでもないと罵倒し合っている。穏やかだった島民達がこんなに変わってしまうとは。



「んー、これはちょっと……」

「怖いよなぁ、欲望ってのは」

「ロズがそれを言いますか……まぁ、ある種の生存本能ですよね。目の前に黄金が現れたら人は変わりますから。それも、良くない方向に」

「ノーザンに聞かせてやりたいよ」


 根拠のない声が飛び交うのも、島民達が夢中になっている証拠。システィとロズはそんな人々を遠巻きに見ていた。


 ロズは背後の石壁にもたれ掛かり、大きなあくびをした。自分よりも熱気のある人々を目の当たりにして、すっかり興も覚めてしまった。



「……ねぇロズ。暇だったら、私の考えた問題を解きませんか?」

「悪いな、全然暇じゃない」

「暇でしょう、暇ですよね?」

「分かった分かった、言いたいんだろう!? まったく……ほら、言ってみろ」



――【2つの宝箱と3人の天使】――


 海賊が2つの宝箱を見つけた。


 付近の立て札には『どちらか一方が本物の宝箱である。偽物の宝箱を開いた場合、財宝は消滅する』と書かれていた。


 そこに、本物の宝箱がどちらかを知っている3人の天使がやってきた。正直な天使、噓吐きな天使、気まぐれな天使だ。正直な天使は必ず正直に返答し、嘘吐きな天使は必ず嘘を吐き、気まぐれな天使は気まぐれに返答する。この3人の外見は同じである。


 さて、海賊は3人の天使に何と尋ねれば、宝を手に入れる事が出来るだろうか?

 ただし、3人全員に質問が出来るのは2回だけ。


――――――――――



「どこかで聞いた問題だな……っと思ったけど、2回でいけるのか?」

「ふふ、たった2回だけなんです」


 システィは嬉しそうに鼻を高くした。


 ロズはそれを見て思った。どうやら、システィが作った問題の中でも自慢のものらしい。その鼻をへし折ってやろうと、ロズは頭を捻らせ始めた。



 少し考えた後、口を開いた。



「――①『お前は気まぐれな天使か?』この質問で、はい2人かいいえ2人の2択に絞れる。はい2人の場合は、いいえと言った残りの1人が正直の天使だ。いいえ2人の場合は、はいといった残りの1人が嘘吐きな天使だ。その残りの奴に②『本物の宝箱はどっちだ?』と聞けばいい」



「なっ――――!」


 システィは絶句した。



 ロズは地頭が良い。

 それは知っている。

 本人に勉強する気が無いだけだ。


 だが、こんなに簡単に解かれるのは予想外というか、個性を奪われた気分だ。



 システィは遠い眼で、海を眺めた。



「今日は良い天気ですねぇ……」

「ははっ! ほらみろ、正解だろ!?」

「ぐ……」

「いやぁ、いい天気だなシスティ!」


 悔しがるシスティの顔を見て、ロズは満足した。そして辺りを見回した。



「まぁここに居るのは嘘か本当かも分からない気まぐれ天使だらけって事か」

「私達も同じですね」

「それで、正解なんだな?」

「もう、正解ですよ……はぁ」


 システィは溜息を吐いて、手に持った地図を開いた。

 そして、ふと疑問が浮かんだ。



「……しかし、そもそもこれって本当に宝の地図なんでしょうかね?」

「どうみても宝の地図だろ?」


 新聞にそう書いてある、ロズはそう言ってシスティの持つ地図を覗き込んだ。



「確かに書いてはありますが……では新聞記者はなぜこれを公開したのでしょう。こんな状況になる事は、容易に想像が出来たはずです」

「そりゃあ、私達がワクワクするからだよ。噂とゴシップは金に化けるしな」

「記事が嘘を書いている可能性は?」

「嘘かと言われると……」


 ロズはじっと地図を眺めた。


 言われてみれば、胡散臭い地図だ。


 宝の地図といいつつも、それは住宅地の場所だけを示している。この×印が無ければ、単なるこの島の地図だと言われても違和感が無いほどだ。他にヒントらしいヒントは見当たらない。



「確かめようがないだろう?」

「……たまたま海賊の幽霊船が流れ着き、そこに金貨と宝の地図があった。しかも、たまたまこの島が宝島だった。あまりにも都合が良すぎて、情報に踊らされている気がしませんか」


 この地図を発見した人物は……もとより、新聞は果たして正確に情報を示しているのだろうか。それとも、夢を与えるために改ざんしているのか。疑い始めた途端に、証拠の無い全ての情報が怪しく見えてくる。


 地図は真実なのか、いやそもそも――。


 ロズは顔を上げてシスティを見た。



「なぁ……幽霊船って本当に漂着したのか?」

「確認しに行きます?」


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