第五章 宝物を知らせる幽霊船

第19話 宝物を知らせる幽霊船



 かつては、海賊と呼ばれた事もあった。


 荒れ狂う波を乗りこなし、この腕っぷしと技術によって海の恵みを取りつくす。そして帰港したかと思えば、船員達と呆れるほどの量の酒を飲み、再び早朝に船を出す。我々にとって、酒とはただの回復薬なのだ。


 そんな海の漢達であっても、大自然の脅威にはまったく敵わなかった。


 いつか帰るべき場所に帰れなかった事は、とても残念に思う。あれだけ騒がしかった船員達も、まるで泡のように静かに消えてしまった。もうここが何処かなんて、船長の儂でも分からない。


 キーラ、身勝手な男ですまない。

 どうか、貴女が幸せでありますように。



―ロベルト・ミラルキッド船長―



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 修道院島の外れにある海岸の岩場。


 波は岩壁にぶつかっては戻り、心地よい泡の音色を奏でる。いつにも増してその音が大きいのは、水飛沫が目の前に飛び散るほどに近い場所だからだろう。



「人間ってのは厄介な生物でな。社会に出ると、まず上下関係で悩まされるんだ」


 ロズはそう言いながら釣り竿を振り、海の中にポチャンと沈めた。



 ここは島随一の釣り場として人気の場所だ。釣り好きの島民の集まるその一角で、システィとロズは岩場に腰掛けて釣りをしていた。


 だが今日は珍しい事に、自分達以外に釣りをする人間はいない。



「そもそも学園ってのは社会の縮図だろう? 私の所属している演劇会ではな、演技の上手い下手に関わらず良い役は上級生達から選んでいくんだよ。だからそういう奴等の気分を良くして役を手に入れるために、私は『接待釣り』という秘儀を覚えた」

「なるほど……ロズの竿に魚が食い付かないのは、それが理由なんですか?」


 ロズの竿に付いたウキは、先程から全く沈んでいない。逆にシスティは竿を岩場に固定したまま新聞を読んでいるだけなのに、魚がパクパクと食い付いていた。



「正解だシスティ。私は釣れない訳じゃない、王家のシスティ先生に接待しているんだ。『本の獣が、王家の先生を名乗り始めた』なんて噂には、流石の私もびっくりしたぞ」

「ロズが広めたんですけどね!」

「広めたんじゃなくて広まったんだ。不可抗力だろ。じゃあ尋ねるが、『本の獣が、メクセス殿下を廊下に座らせて待たせていた』って噂はどうなんだ?」

「事実です……」


 システィはその時を思い出して項垂れた。


 メクセス殿下に本を取り上げられたあの時の衝撃は、これからも一生忘れる事は無いだろう。あの時はサーッと血の気が引いて、そのまま首が飛ぶのを覚悟した。



「どう考えても後者の方がヤバいだろ……」

「前者も相当ヤバいですよ。学園長が動いてくれなかったら、私は完全に墓の中までしょっ引かれています」


 王族の名を利用した罰も、殿下を無視した罪も、学園長が何を思ったのか全力で庇ってくれたらしいのだ。未だにエスメラルダの姫という身分が守ってくれているのかもしれない。ありがたい事だ。



「まぁ、想定外とはいえ酷いな」

「だって、下水の歴史本が面白くて」

「なるほど、水に流してくれって事か」

「中々釣れませんねぇ、ロズの竿」

「おい無視するなよ」


 システィは新聞をパラッと捲った。『子供の遊び場が足りないと嘆く、島の婦人会』という記事が目に留まる。暇なら本を読めばいいのにと思ってしまうのは、自分の悪い癖だ。



「まったく……こういうのはな、盛り上げる為の前座が必要なんだよ。今回はお前が前座で私が主役だ。小さな魚ばかり釣るのは、主役ヒーローの仕事じゃない」

「おや、接待は嘘だったんですね。じゃあ主役はいつ出てくるんです?」

「見てろよシスティ、今にも目玉が飛び出るくらいに巨大な魚が食い付くさ。ちゃんとその節穴みたいな目玉を抑えとけ――――うおおおぉ、ほらきたああっ!!」


 ロズのウキが沈み、強烈な引きがあった。


 動きからするに、根かがりでは無さそうだ。海流と魚の挙動を読みながら、タイミングを計って一気に引き上げる。



「ぐおおおっっでかいぞっ!!」


 釣れたのは――ぼろぼろの布の服。



「…………」

「……もう少し目玉を押さえときます?」

「ま、私は主役であり脇役だからな。道化師トリックスターにはこういう面もあるさ」


 ロズは深い溜息を吐いて、布の服を岩場に投げ捨てた。

 そして再び釣り糸を垂らす。



「海に服を捨てる奴の気が知れないな」

「ふふ。この島には、海流のせいで色々な物が流れ着きますからねぇ」

「はた迷惑な話だ。釣り名人でもいたら教えを請いたい所だよ、ちゃんとお魚さんだけが釣れる場所を教えてくれってな」


 修道院島はグレルドール湾の入口にあり、外海に近い場所にあたる。そのため、湾内へと流入する海流が最初に島にぶつかるのだ。


 そのせいで、木片や廃棄物など魚以外の物が多く流れ着く。それらを掃除するのも島民の立派な仕事となっていた。


 その代わりに湾内は生簀のようになっており、美味しい魚を育んでいた。海のゴミ掃除と脂の乗った魚というのは、この島では表裏一体なのだ。



「まぁ全部が全部、捨てたくて捨ててる訳ではないと思いますよ。ほら、今日の新聞にも書いてありますし。『港に海賊の宝船が漂着、船にはなんと宝の地図が――』」

「はあっ!!?」


 ロズは持っていた釣り竿を放り投げ、システィの新聞に飛びついた。そのまま前のめりになり、記事に目を通す。



 『宝の船は、昨日の昼に港へと漂着した。発見時に船員は誰もおらず、食べ物すらも残っていなかった。更には骨も血痕も無く、争った形跡も無い。どこかに属していた船である痕跡も見当たらなかったため、海で遭難した海賊船が流れ着いたとされた。


 船の倉庫には残された積み荷があり、金貨の詰まった木箱が残されていた。その中には、なんと財宝の在りかが記された宝の地図も』



「――その宝の地図が、これですね」

「宝の地図が新聞に掲載されるのかよ……っておい待て、これってまさか……」

「えぇ、そのまさかです」


 その新聞に記された宝島の地図は、とても特徴的な構造をしていた。


 それは湾の入口にあり、島の頂上には城のような絵が描かれていた。その城には大聖堂である事を示す印と、学び舎である事の印。



 修道院島だ。



「この×印は、島のちょうど住居区付近ですね。今頃は宝探しでも始まっているのでしょう。どうりで休日なのに釣り場に人がいない訳です。おかげで私達はゆっくり釣りをおおおぉ!!?」

「システィ! 私達も乗り込むぞ!!」


 ロズはシスティの手を引き、そのまま海岸を飛び出した。


 こうして、宝探しが始まった。


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