第08話 拳を掲げた騎士たち



 システィの前に、生徒がずらりと並んで座っている。

 さながら講師のようだ。



「さて――数多の学生がいるこの修道院付属学園で、最も頭脳明晰だと噂の色白システィ君。全てを吐き出すまで、我々はお前を取り囲んで裸踊りするぞ。5分毎に全員が脱衣していくからな」

「ロズが踊るなら耐えてやりますよ」

「お前は変態かよ、冗談だ」

「……繰り返しますが、答えに確証はありませんよ?」

「いいよ、皆も構わないよな!?」


 ロズが振り返ってそう言うと、何人かの生徒たちは頷いた。ロズは一体どういう立場でここにいるのか、謎が深まる。



 システィは募集用紙を2枚取り出した。



『門前町にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、学園修練場に来るように。なお、武具の支給は無い ―グレルドール騎士団―』


『学園修練場にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、どこかに来るように。なお、武具の支給を行う ―グレルドール騎士団―』



「まずは日時です。学園はつい昨日開校したばかりです。そして掲示板というのは、学園が始まったら目を通すでしょう。新しい情報に更新されていますからですね。ですので、起算日は昨日。つまり募集日はそこから3日後に当たる明後日」

「……はぁ? それ、合ってるのか?」

「私が募集側ならそうします」


 初日に見た者は、3日後に募集があると判断するはずだ。2日後以降に見た生徒も、初日に見た生徒から話を聞く。そうすると、自ずと情報は明後日に収束されていくだろう。



「そして時間ですが、具体的には分かりません。ですがまぁ、授業が終わってからでしょう。でなければ、学園側が許可を出すとは思えません。何故なら、授業をサボると怒られるからです」

「あぁなるほどな。お前の事か」

「えぇ、私の事です」


 考えてみれば、これは当たり前の話だ。騎士の募集があるから授業を休むだなんて通用しない。何せ、生徒が授業からいなくなってしまうのだ。



「次に集合場所です。これは、よく見ると文章が矛盾しているのです」

「矛盾?」

「『募集している場所』と『来て欲しい場所』。これって、同じ意味ではないですか?」


 門前町で募集しているのに、学園修練場に来いとも書かれている。意味が重複していて、どちらに行けばいいのかが迷うはずだ。そして迷った結果、学園修練場へと向かうだろう。



「門前町と学園修練場。明記された場所はこの2ヶ所です。そして、という場所。これはあえて惑わすように書かれていますが、多分意味は無いんじゃないでしょうか。だって、よく分かりませんし」

「何だよそれ。根拠は無いのか?」

「まぁ推測ですからね。不確定要素はとりあえず除外です。続けますよ」


 この明記された2か所には特徴があった。


 島で唯一の馬小屋がある門前町と、同じく島で唯一の大規模な修練が可能な学園修練場。どちらも、騎士の腕を見る場所としては間違っていない。


 そして、募集しているのは騎士だ。騎士を目指すのであれば、事前に成し得ていると有利になる条件が存在する。それが騎士たる所以でもある。



「分かりますか、ロズ?」

「――馬に乗れる事か」

「流石、正解です」


 この馬に乗れるというのは、様々な意味を持つ。実力、財力、そして余暇。それなりの裕福さがあったのだという秤になるのだ。



「『馬をどう乗りこなすかで、その人物の生い立ちが分かる』と騎士団では言われるそうです。この学園の生徒がそれを知っていれば、門前町を選ぶ事でしょう」

「待て、そんなの初めて聞いたぞ。お前は何でも知っているからいいけどな、他の生徒がそれに気付かないだろう?」

「いえ、私もつい昨日知ったんですよ?」


 システィは一冊の本を取り出した。



「――『兵法の倫理と騎士道』。これは今年度から中高学部に導入された、新しい教科書です。そして、私の寝坊の原因でもあります。ここには、騎士とは何たるかの全てが記されています。馬の重要性についても、最初の方に」


 生徒達は目を丸くした。

 つまり、種は植えてあったのだ。



「そしてこの本の作者は、元グレルドール騎士団副団長ネグリ・ロイ。私達の学部長です。学園側で糸を引いていたのも彼でしょう」

「おいおい! 冗談だろう!?」

「素敵な本でしたよ、本当に」


 ネグリ学部長は知っていたのだ。そして騎士の募集に協力した。学部長としても元グレルドール騎士団員としても、どちらの状況も把握していたのだろう。


 つまり、この募集要項を操ったのは学部長が濃厚だ。



「2つの文章を再構築すると、こうなります」



『門前町にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、学園修練場に来るように。なお、武具の支給は無い ―グレルドール騎士団―』


『学園修練場にて聡明な騎士を募集する。腕に覚えのある者は3日後、どこかに来るように。なお、武具の支給を行う ―グレルドール騎士団―』



 ↓



『門前町にて賢い騎士を募集する。馬に乗れる財力のある貴族かやる気のある生徒は、3日後の学園終了後に門前町に来るように。なお、武具は何でもいい。むしろ貴族ならば、それぐらい持っているだろう? ―グレルドール騎士団― ……とその協力者ネグリ・ロイ』



「私の主観が大いに入っていますが、大方こんな感じでしょう」


 戦がある無しに関わらず、騎士の人数と財力を増やしておきたい。そのために、この学園にいる優れた者に唾を付けておきたい。そんな所だろう。


 騎士に憧れを抱く者がまだ存在するうちに、どうにかして騎士団を維持したいのだ。ネグリ学部長も元団員として何かしらの想いがあったはずだ。このタイミングで自著を教科書にしたのも意図を感じる。



「……これだけ内容をぼかされると、グレルドールの騎士団は随分とずさんだと考える者も現れるでしょう。そのために、わざわざもう1枚別の募集要項を作って『これは君達を試しているんだよ』と気付かせているのでしょうね」


 こんな遠まわしに募集をかけるのも、少しでも興味を持つようにと工夫を凝らした結果かもしれない。


 話し終えた所で、システィは生徒達の顔を見た。



 割と正解に近いはずだが、どうも怪訝な表情でシスティを見ている。どこかで間違えた事を話したか?



「――何だよそれ!?」

「つまり、貴族が欲しいのか!!」

「……あぁ、すみません。語弊がありましたね。そうでもないんですよ」


 システィはそう言うと、先程の教科書を再び取り出した。その本の最初のページ、最も重要な書き出し部分をパラリと開き、読み上げる。



「『――また、人間性も重要である。利他の精神を持ち、自己犠牲を厭わぬ者だ。貴族である必要も無い。貴族というだけでは、部下は付いては来ないのだ。』これは筆者が……ネグリ学部長が騎士団で必要と思われる要素が書かれている一文です」


 本を閉じ、再び生徒達を見た。



「武具や馬がなくったって、騎士になる人はいます。毎日勤勉に修練し、学業も怠らず、利他の精神を持つ者。本物の騎士に必要な要素というのは、そういった道徳ではないでしょうか?」


 システィはそう告げて自身をかえりみた。人の為に生きる騎士というのは、欲にまみれた自分とはまるで程遠い。



 生徒達の顔は、先程よりも明るくなっていた。少しは心に響いてくれているようだ。フォローして正解だった。システィはふぅと溜息を吐き、胸を撫で下ろす。



「そうだな。資金はネグリ学部長の著書の売り上げで賄ってもらえばいいんだ。どうりで去年から写字室が忙しそうにしていた訳だ。あの学部長も中々に腹黒い」

「貴族献金に比べれば微々たるものですが、そういう意図もあったでしょう。まぁ貴族でも平民でも、大事なのは人間性です。授業をサボってはいけませんよ」

「ははっ、お前に聞かせてやりたいよ」


 ロズはそう言って、学生たちに振り向いた。



「――諸君、君達は正解を得た。明後日の募集に向けて修練を続けろ! ただし、決して授業をサボるなよ?」

「「うおおおぉ!!!」」


 代表者のように指示するロズの声を皮切りに、生徒たちは一斉に修練を始めた。やる気のスイッチが入ったようだ。



 ……ロズはここではどんな立場なのか。


 その疑問に答えてくれたのは、演劇会の後輩だった。



「ロズ先輩は、この中で一番強いんですよ。実力的には最も騎士に近い人物です」

「えええぇっ!!?」



◆ ◆ ◆



 2日後の夕方。


 門前町には多くの人だかりが出来ていた。


 馬小屋の前に集まった生徒は150名弱。学園の生徒だけではなく、町で暮らす人も島外の人も居た。皆が皆、物々しい格好をしている。何も知らない通りすがりの人々は、何があったのかと戦々恐々だ。



 次に、その場に現れたのはネグリ学部長だった。その顔はシスティの寝坊を怒る時の顔ではなく、騎士らしい威厳のある顔だ。


 しかし、何だか強張っている。やる気のある生徒達とは対照的だ。想定以上の人数が集まったようで、しどろもどろになっているようだ。



 ロズとシスティは、その様子を高台から眺めていた。



「……もしかして、余計な事をしましたか」

「したな、確実に。『聡明な騎士』という条件を、お前が除外したんだ。恩を仇で返すとはこの事だな。普段助けてもらっているのにこの仕打ち」

「酷い! 問い詰めたのはロズでしょう!?」

「まぁまぁ。生徒達からお礼はされただろう?」


 システィが馬小屋を見下ろすと、そこにいた演劇会の後輩と目が合った。すると、後輩は拳を上げてウォーっと声を上げた。それを聞いた生徒達も、同じようにこちらを指差して拳を上げた。


 そうして、門前町にいた騎士希望者の全員の視線がこちらに向いた。

 エネルギーが凄い。



「……まぁ、あのノリは悪くないですね」

「だろう? ほら見ろ、ネグリ学部長も拳を上げて私達を歓迎してるぞ」

「あれはどう見ても怒ってますよ」


 次に寝坊して訪ねたら、あの拳が振り下ろされるだろう。ロズが拳を上げて返事をしたら、生徒達が更に大きな歓声を上げた。



 そして今度は、騎士用の装備をした馬が現れた。これから馬術の確認を行うようだ。ロズは石垣に肘をつき、嬉しそうにその様子を見下ろしていた。



「貴族を募集するって条件に絞らなかったのが、学部長の人間性を表しているな。出来た大人だと思うよ。安穏と過ごす貴族から、資金を吸い取ってやればいいんだ」

「何様ですか……しかし、ロズがこうして誰かの為に動くというのも珍しいですね。良い事でもあったんですか?」


 システィがそう声を掛けると、ロズが振り向いた。ニィっと口を歪めている。良い事というよりも、自分が楽しむ何かを見つけた顔だ。



「実は、あの後輩は中々にいい芝居をする奴でな。次の劇でも役を貰ってるんだが、もし騎士の募集に参加できたら、その役を私に譲ってくれるって言ったんだよ」

「……はぁ。そんな事だろうと思いました」

「おいおいシスティ君。私も後輩も、夢にまで見た未来が目の前に転がっていたんだ。誰も損はしないだろう?」


 ロズは、嬉しそうに笑っていた。



「私の労力は?」

「明日の朝、起こしに行ってやるよ」

「……それ信じますよ?」

「ふふ、悪いな。冗談だ……お、見ろよ。馬との力比べが始まったみたいだぞ」


 ロズの言葉で、システィは門前町の方を見た。


 急に暴れ出した馬を、騎士希望者達が必死で取り押さえている。皆、どこか楽しそうだ。沈む夕日に、騎士候補者たちの威勢のいい掛け声が響いていた。

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