第11話 愛の代わりなど存在しない



 システィはミルクリフトと共に理論武装を始めた。


 模擬討論会の傍聴席に座る生徒には貴族の子息も多い。彼らを真っ向から批判する事がなく、尚且つ立論や反論が筋立っていると納得させなければならない。念には念を重ねて、骨組みを強固にしていった。



 そんなこんなで準備を済ませ、あっという間に模擬討論会の当日がやって来た。



 場所は大講堂。システィはその中でも、目立つ場所に着席していた。隣にはミルクリフトと、その正面にはノーザンが座っている。


 ミルクリフト側の補佐人としてシスティが現れた時は、傍聴席がざわついた。珍しい獣が現れたという反応だ。貴族会の間でも、呪い姫という噂は広まっていた。


 だが、システィはそんな些事を忘れるぐらい、目の前の状況に驚いていた。



(まさか、本当にロズが……)



 ――ノーザンの隣、補佐人の席には、ニヤリと微笑んだロズが着席していた。



◆ ◆ ◆



 遡ること、議題の発表の日。


 ロズも、秘密裏に依頼を受けていた。


 一学年上の知らない先輩からの呼び出しだ。また何かやらかしたのかと思って訪ねたら、予想外の話を持ち掛けられた。



「僕の補佐人を頼みたいんです」


 模擬討論会の補佐人という、台本を読み上げる仕事だった。



「いいけど、何で私を?」

「おぉ……噂通り全く臆しないというか、敬語を使わないんですね。非常に弁が立つと友人から聞きまして。君の力を借りたいんです」


 そう依頼されては、引き下がる事など出来ない。自分を好きな相手は好きで、自分を嫌いな相手は嫌い。それがロズのスタイルだった。



「その素晴らしい友人はどこに?」

「えぇと、もう帰ったかな。女の子なんです。今回の模擬討論会の相手となるミルクリフトとの共通の友人ですよ。ミルクリフトとは面識があるんですよね?」

「いや、知らないな。誰だったか」

「あれ!? そ、そうなんですか……」


 記憶に無いという事は、脳が覚えなくてもいいよと言っている事と同義だ。こういうのは、大抵思い出さなくてもいい。



「受けるよ、面白そうだしな」

「ありがとうございます。討論会当日まで補佐人は秘匿義務があるので、誰にも言わないで下さいね。それで早速ですが……というか先に厄介な事を話しておきたいんです」

「ん、厄介な事?」


 そう言うと、ノーザンはある手紙を取り出した。

 ロズはそれを受け取り、読み上げる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ノーザン、完璧な準備をありがとう。


 君のお陰で、この模擬討論会は素晴らしい劇になるだろう。そして何よりも、そんな君と同じ舞台に立てる事を、僕は誇りに思っている。


 きっと僕達は、この場で巡り合うために今まで過ごしてきたんだよ。時折すれ違っていたのは、心のスケジュールが合わなかっただけだ。おかしな事にね。


 だから、愛しいよノーザン。

 愛の議事堂で待ってる。


 ―ミルクリフト・リリンクス―



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「――甘いじゃないか、くどいほどに」

「ミルクリフトは男なんですけどね」

「男ぉおおお!!!?」


 ロズは目を見開いた。勢いのあまり、無意識に手紙を破きそうになる。


 テンションが一気に高まる。

 やばいぞ、急に面白くなってきた。



「おいおい待て待て! 模擬討論会に見せかけた公開告白か? いやぁ、こいつは堪らないな。愛の議事堂の門ってのは、男同士だとどこにあるんだ? 後ろにあるコレか?」

「ロ、ロズさん落ち着いて! 声が大きい」

「これが落ち着いていられるか!」


 放課後の食堂で騒ぎ出したロズに、生徒達が目を向け始めた。



「ミ、ミルクリフトは単なる友人だと思っていたんです。仲はかなり良い方だと思います。でも、僕に対してこんな想いを抱いていたなんて知らなかったんですよ」

「下心があったんだよ、下のそれだよ!」

「品が無いよロズさん!」


 ノーザンは頭を押さえて空を仰いだ。そしてこれ以上ロズには喋らせまいと、ノーザンは勢いのまま説明を始めた。



 これまでの関係性やお互いの爵位、隣国としての友人、貴族の密かな愛人など。こちらから断る事も出来るが、単純に隣国の友人を失いたくないというのがノーザンの本音だった。


 話し終えて俯いたノーザンの肩に、ロズは手をポンと置いた。



「お前、侯爵家だったのか……名前は?」

「……ノーザンです。ノーザン・モリス」

「ノーザン。お前から告白しよう」

「はあぁ!!? 僕の話聞いてました!?」


 筋違いの返事に驚くノーザンに、ロズはニィっと笑って答える。そして立ち上がり、両手を広げて大袈裟に説明を始めた。



「前々から、貴族の愛人制度は可笑しいと思っていたんだよ。貴族に恋愛は出来ないというのは間違ってる。人が人を好きになるのは本能だ、仕方が無い。愛は論理ではなく感情だよ。愛が生まれた瞬間に、全てがバラ色に変わるんだ」

「いや、僕の方は生まれてないんですよ」

「親が決めた結婚相手なんて許せるか?」

「どちらかと言えば許せる……ひっ!」


 ロズがノーザンの肩を組んだ。

 その顔が近付く。


 残念な性格が全てを台無しにしているが、ロズは黙っていれば恐ろしく美人だ。そんな人物が、悪魔のような顔で笑っている。ノーザンの体が震えた。これは美人だからじゃない、話が通じない相手に対する恐怖だ。



「……いいかノーザン。討論会は私達の圧勝で幕が下りる。すると、観客からは拍手喝采のカーテンコールだ。私はそのタイミングで愛の唄ラブソングを捧げるよ。傍聴席には神父様を仕込んでおくから、ノーザンは全力でキスしに行け」

「き、君はアホですか?」


 ロズの顔が更に近付く。

 意味不明な脅しだ。



「も、目的は模擬討論会ですから!!」

「ノーザン。愛と課題のどっちが大事だ?」

「課題ですよ!!」

「……はぁ」


 ロズは溜息を吐き、やれやれと首を振った。こいつは何も分かっていない、ロズはそんな表情でノーザンを見た。そのまま着席する。



「受け身もいいが、私は攻守を選ぶなら攻撃派なんだ。まぁ今回は助っ人だし、ノーザンの意見を尊重するか。恋愛の方は私が何とかする。課題の方は任せたぞ」

「何の助っ人ですか……原稿は準備してあるので、本当にお願いしますよ?」


 ノーザンは原稿を取り出した。

 これは、補佐人用の資料だ。



 模擬討論会では、相手の立論で出されると予想される証拠に対し、こうして事前に質問などを予想して準備しておく。そして、本番はそれを読み上げるだけだ。


 ここで重要なのは、お前の言い分は間違っているぞという自信満々な雰囲気を出しながら質問を跳ね返す態度だ。


 ロズはそれにサッと目を通し、ふっと笑った。



「得意分野だ。何せ、演劇会所属だからな」

「……即興アドリブは禁止ですからね」

「可及的速やかに善処するさ」

「ありがとう、僕はとても不安です」



◆ ◆ ◆



 システィは改めて周囲を見回した。


 傍聴席は満席で、ロズは目の前で笑顔だ。



 上品な装飾品を考えると、傍聴席にいる生徒の大半は貴族だろう。先生も10数名が聞きに来ていて、警備員も無駄に多い。


 聞く側も評価をされているようで、席に座っている全員が、討論会が始まる前から何かを書いている。大講堂の静かな空間が、その緊張感をより強めていた。



 そして、ついに模擬討論会が始まった。



 司会が議題を切り出し、ミルクリフトとノーザンが自己紹介を終える。



「――続いて、補佐人両名。名前と一言ずつ頂戴したい。まずは、否定派から」


 司会がそう言うと、ロズがスッと立ち上がった。



「――私はロズ・ニール。面白い事が大好きな変人だ。私はいつでも挑戦者、好敵手ライバルは自分だ。お前の言うポタージュのようなドロドロ理論など、私の人生の踏み台にしてやる。かかってこいよ、腰抜け野郎!!」


 ロズはそう言って挑発すると、傍聴席から大きな歓声が上がった。どうやら演劇派が好みのようで、傍聴する気は薄いらしい。評価云々よりも、この雰囲気を面白がっている。



 そして、ロズの言葉に盛り上がったのはこの観客達だけでは無かった。



「つ、続いて肯定派の補佐人」


 システィがスッと立ち上がる。

 その顔は、キリッとした戦士の顔だ。



「――私はシスティ・ラ・エスメラルダ。本が大好きな変人です。それはこちらの台詞ですよ、ロズ・ニール。どうぞ、せいぜい強がっていて下さい。そして討論会の後は、虫の様にピーピー鳴いて悔しがるといいですよ!」

「言ったなシスティ!?」

「ロズこそ言いましたね!?」

「ほ、補佐人両名、落ち着いて! それでは、肯定派立論から始め!」


 会場が暖まった。

 戦いの幕が上がる。

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