第02話 1度目の誘拐事件


「――システィ・ラ・エスメラルダ。亡国エスメラルダ出身の囚われの姫で、牢獄育ちの読書好き。珍しい灰色の長髪をローサイドテールに結って可愛さを演出し、透き通るような白い肌と大きな目で貴族をも魅了する。だが無礼にも相手にはしない、そんな本の獣」

「……嫌味ですか、それ」

「嫌味とは心外だな。事実だよ」


 二段ベッドの上から聴こえるロズの紹介で、システィは目を覚ました。


 薄らと目を開く。

 窓の外は暗く、夜が明ける気配も無い。


 ここは、ローレンドという隣国の村だ。面白い祭りがあるから付き合えとロズに引きずられて、修道院島から馬車でやってきた。昨晩は遅くまで遊び倒したせいか、まだ眠い。



「――ロズ・ニール。牢獄育ちの会話好き。黒い長髪と整った容姿だけを見れば、どんな男でもコロッと惚れてしまうほどの魔性の美貌を持つ。だが口を開いた途端に男達はうんざりとして去って行く、そんなお喋りな食虫植物」

「それは嫌味だろうよ」

「事実ですよ……ん~!」


 システィは起き上がり、大きく伸びをした。


 だが、やはり朝と呼べる時間ではない。

 起きるのを止め、再び寝転んだ。



「もうひと眠りだ、なんて考えるなよ?」

「外は真っ暗ですよ」

「まぁ聞け。私は籠の鳥であるシスティに、世間とはどういうものかという事を教えてやろうと思ってな」


 ロズは二段ベッドの上から、一枚の手配書と新聞記事を落としてきた。システィの顔の上にはらりと落下する。



「暗くて見えません」

「それはこのローレンドで最近起きている、誘拐事件の記事と犯人像だよ」


 【ローレンドの人さらい】。


 この祭りに乗じて発生している、話題になっている事件だ。



 ローレンドの祭り自体は大して珍しいものでもない。豊作を祈願してお酒や料理が格安で振舞われるという、各地の農村で行われるものの類だ。祭りは数日間行われ、ローレンドでは1年を通して最も騒がしい時期となる。


 そして、ロズはそんな祭りに食い付いた。『ローレンドには高齢者が多く、近隣から若者を集める事の出来るこの祭りには一層力を入れているらしい。その影響なのか、子供でもお酒を飲める』というシスティの蘊蓄うんちくが火を付けたのだ。


 学園を出発する前に祭りについて調べていた時、ロズはこの事件を耳にしていた。



「『――女子供だけを狙い、何も奪わずに、衛兵が動き出した途端に解放される。そして解放された時には、人質たちは謎の銀貨を持っていた。まるで精霊の悪戯のように』」

「お祭りに乗じた愉快犯でしょう」

「お、本の獣がそんな結論でいいのか?」

「……」


 そう言われると、引っかかる。奇妙といえば奇妙だが、別にそこまで気になる訳じゃないし、そんな愉快犯もいなくはないだろう。祭りに嫌な思い出があるのかもしれない。


 システィは暗がりの中、ぼんやりと光の差し込む窓に手配書を透かした。犯人像は曖昧でよく分からない。特徴的な顔付きでなければ、手配書なんて当てにならないのが大半だ。


 賞金は……金貨3枚。誘拐犯の額とは思えない安さだ。危険度の低い、迷惑な人物といった所だろう。



「システィ、お前はあの島に閉じ籠っていては駄目だ。本に埋もれたシスティを引きずり出して面白い事件の巻き添えにするのが、私の人生の目的なんだ」

「ロズは恐ろしい事を言いますね……」


 ロズの考えている事は分かった。この好奇心旺盛な食虫植物は、自ら危険に飛び込んでかき回し、笑って帰ってくるのだ。まるで遠足のように、あぁ楽しい思い出だったなぁと。



「お前は本で学んで、世界平和を目指すんだろう? それを、これから実践していくんだよ。こういう問題を解決する事こそが、明るい未来への第一歩だ」

「早めに学園に帰るんでしょう、ロズ」

「この問題を解いてくれよ」

「……最初から、そのつもりでしたね?」


 システィがそう問いかけると、ロズは2段ベッドの上から飛び降りた。



「ははっ! いやぁ。実は以前から、『安全な誘拐』というものに興味があってな。私の演劇にリアリティを出すために、無防備な私を捕まえて欲しかったんだよ」

「そんな都合よく誘拐なんてされませんよ。一生に一度、あるかないかですって」


 ロズはそのまま服を着替え、システィに振り返った。嫌な予感がしたシスティは、もぞもぞと布団に潜り込む。



「出店の店主が言っていたんだ。事件はベッドで起きているんじゃなくて、早朝の現場で起きているんだと」

「早起きさせるために言ったんですよ」

「それを私達二人が確かめるんだ」

「なるほど、お一人でどうぞおおお!!?」

「寂しいだろ、ほら行くぞ!」

「や、やめろお!!」


 そうしてシスティは布団をめくられ、夜明け前のローレンド市街にて麻袋を被せられ……そのままあっさりと誘拐された。


 お喋りな食虫植物には奇運があると気付いたのは、この時が初めてだった。



◆ ◆ ◆



「――私は今、貴重な体験をしている」

「人生に一度の?」

「そうだ。このために、わざわざローレンドまで来て正解だった。これから先、こうして誘拐される事は二度とないだろうな」

「巻き込まれる身としては、たまりませんよ……」


 システィは自身を包んでいる袋に触れながら、深い溜息を吐いた。



 自分達はつい先程、何者かによって鮮やかに麻袋を被せられ、そのまま担がれてどこかに監禁されている。運ばれた時間から推測するに、町の中心からはそう離れていない場所だ。扉の開かれた回数も少ない。


 麻袋は丈夫で、手では破れそうにもない。そして、袋の外に誘拐犯がいるかどうかも分からない。放置して逃げたという線もある。いざという時のためにナイフを隠し持っているが、システィはもう少し様子を見る事にした。


 もう少し経てば朝日が昇るはず。麻袋に光が透けてくれれば、ほつれた箇所から外を覗くことが出来るかもしれない。



「私達には、いくらの値がつくんだろう?」

「金貨3枚ですよ」

「お、ちゃんと手配書を読んでるじゃないか」

「はぁ……ロズ、楽しんでるでしょう?」

「はは、システィは何でもお見通しだな!」


 もし賞金首を捕まえなくとも、有益な情報を提供すればいくらかの報酬が出る。だが、今まで何人もの人質が取られたのに犯人像すら曖昧とは。


 よほど逃げるのが上手いのか、それとも衛兵に内通者がいるのか。ロズの興味をそそるには十分な事件だ。



「『このお祭りでは、なんと誘拐まで体験出来ます。お値段なんと金貨3枚』」

「誰が参加するんですか、それ……」

「貴族の親が、馬鹿な子供を矯正させるために送り込むんだよ。社会的かつ合理的な商売になるぞ。しつけだよ、しつけ」

「それだと、親が悪い感はありますが」

「確かにな、大人は何でもズルい!」


 ロズは大人、特に貴族に対して反抗心を抱いている。それは彼女の親自身に問題があったのだが、それを大人と一括りにして批判の対象にしている。



「それでシスティ、何か分かったか?」

「この状況でですか?」

「この状況でだ」

「はぁ……」


 この好奇心はどこから来るのか。

 システィは事件について、頭を回転させる。



「……不可解な点はあります。まず、子供なら声を上げて助けを呼ぶでしょう。その声が届いていない場所で誘拐されています。そして今も私達は叫ぶ事が出来る状況です。つまり、ここは屋内の深いどこかになります」

「そういえば、誘拐された時に口を塞がれなかったな」

「えぇ。加えて、ここには私達以外の人質はいないはずです。誰も危害を加えられていない、というのを信じればですが」


 通常なら口を塞いで、両手両足を縛って麻袋に包むだろう。だが、この誘拐犯はどちらも行っていない。



「人気の少ない場所で待ち伏せし、どういう訳か子供を叫ばせながら輸送し、私達のように格納するんです」

「……随分と意味不明な犯行だな。というか、そんなの誰かが気付くだろう? それに、こんな事件が頻発しているのに、人気の少ない場所にいる子供なんて限られてる」


 そして、叫び声に気付いた住人は衛兵に連絡する。衛兵が現場に直行してくると判明した時点で、なぜか人質は解放され、犯人は霧の中へと消え去ってしまう。


 叫ぶ麻袋を担いだ怪しい男の目撃情報があれば、それが犯人で間違いない。しかしお祭りの最中とはいえ、そんな目立つ行動をすれば一発で分かる。なのに、手配書の顔はぼんやりとし過ぎている。



「だとすると、人質として囚われるのも短い時間なんだろうな。今頃は衛兵に私達の誘拐情報が流れてるって事か」

「いえ、今回は衛兵は動きませんよ?」

「――――は?」

「私達は叫ばなかったじゃないですか。ロズは輸送中に『ありがとう、ありがとう。これは最高の誘拐だ』と言って、無抵抗のまま喋り続けていただけです」


 つまり、衛兵に情報は流れていない。


 何も奪われないからと遊びで誘拐されに来た者達が、まんまと捕らえられてしまったという訳だ。



「最悪だ! システィ、気付いていたなら叫んでくれよ!」

「えぇ……誘拐されたかったんでしょう?」

「そうだけど、助かりたいだろう!? 大体、精霊の悪戯なんて嘘っぱちで……」


 ロズが何かを言いかけたところで、話すのを止めた。部屋の扉が、ガチャリと開かれる音が聞こえたのだ。



 コツコツと足音が近づいて来る。

 足音は一人。

 殺される訳ではないはずだ。


 だが、緊張が走る。

 システィはごくりと唾を飲み込んだ。


 足音が目の前で停止した。


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