第23話 ミラルキッドの宝物
2日後、新聞に掲載された内容に島民はひどく驚いた。
「ふざけんな!!」
「何が『財宝は船底に隠されていた』だ、散々迷惑をかけやがって!!」
港の船の周りには文句を言う島民が集まり、雇われ警備兵がその場を収めようと必死で対応していた。声を上げているのはトレジャーハンター達だ。
システィとロズは桟橋からその様子を眺めながら、朝食を食べていた。
「まさに
「すぐに落ち着きますよ……もぐもぐ」
パンを頬張りながら、ここ2日の出来事を思い返す。
この混乱を収めるために、システィはまず事の元凶である新聞社を訪ねた。
新聞社の応対は不気味なほど丁寧だった。彼らは彼らで日常業務もあるため対応は難しいかと考えていたが、システィの姿とキーラの名の記された書状を見て編集者達は顔色を変えたのだ。
『お前の噂が広まったおかげだ』ロズはそう話していたが、何の権力もない娘一人にそれは無い。この書状に記載された王家がいかに強力を物語っていた。
言えば何でも通るぞとロズに言われ、システィは彼らに2つの条件を出した。
①船の金貨をキーラに譲渡する事
②幽霊船を宝そのものとして広報を流し、幽霊船をブラッシュアップしていく事
「『金貨の詰まった木箱が残されていた』って記事に書いてありましたからね」
「独占したかったんだろうよ。あの婆さんとはまるで大違いだ」
「お、キーラさんを見直しましたか?」
「流石にな。ノーザンも見習ってほしいよ」
新聞社は脅しだと受け取ったのか、素直に条件を飲んだ。そしていざ金貨をキーラに渡そうとした所、なんとキーラはそれを断った。しかも、金貨は島民達にくれてやれという要件を突き付けて。
「あれだけ苦労して商売してんのになぁ」
「でも、お陰で助かりました」
文句を言っているハンター達にも、もうすぐ情報が出回るだろう。財宝は山分け、それでこの騒動はひと段落するはずだ。
結局、関係者の誰が裏側にいたのかは分からない。だが、結果的にはこれで良い。
「……しかしロズ、何ですかその格好」
「どう見ても女海賊だろ?」
「海賊ってそんな厚化粧でしたっけ」
ロズの顔は真っ白に塗りたぐられ、目の周りは赤い塗料が塗られている。海賊というよりも道化師のようだ。服装だけは辛うじて海賊っぽいが、手に持った釣り竿が台無しにしている。
「気合を入れすぎたんだ、仕方が無い。大体、化粧なんて興味ないしな」
「役者の台詞じゃないですよ?」
「できる役者は目で演技するんだよ……お」
ロズが立ち上がった。
子供達が桟橋へと走って来る。
「子役の登場だ」
「「イィー!!」」
「ふふ、強そうですね」
皆、鍋蓋や木の枝を持っている。
微笑ましい光景だ。
「さて――いいか皆、演劇の最終確認だ! まず一流女海賊の私が呑気に接待釣りをしていた所に、口五月蠅い役人が私を討伐しに来る。それがこのシスティって奴だ!」
「えぇっ!! 私も出るんですか!!?」
「当然だろう、ほら準備しろ!」
「わっ、ちょっ!」
システィがロズに手を引かれた時、幽霊船の方からカランカランとベルが鳴った。ロズや子供達、トレジャーハンター達は一斉にその方向を見た。
幽霊船の軽微な補修が終わり、一般に公開されるようになったのだ。
新聞社が起死回生の一手として打ち出したのは『世にも珍しい海賊の幽霊船』。その巨大で悠然たる姿は観光客の目にも留まり、地元の新たな観光資源となる……ようにもっていくらしい。子供は無料、学生や大人は有料だ。
そしてその船では時折、海賊にまつわる演劇が無料で行われる。
今日は大事な公演初日だ。
「あぁもう……先に行くぞシスティ!」
「「イィー!!」」
大人達が続々と幽霊船に乗り込んでいる姿を見て、ロズは慌てて走っていった。子供達も嬉しそうに後に続く。
途端に桟橋が静かになり、海鳥の鳴き声が耳に届く。騒々しさを丸ごと幽霊船に盗られたようだ。
「――せっかちな悪ガキだねぇ」
「あれ、キーラさん?」
いつの間にか、キーラが傍に立っていた。
「劇に出るんだろう、これを使いな」
「ん、これは……」
木彫りの人形だ。
「悪ガキに宣伝を怠るなと言っておくれ」
「ふふ、分かりました」
キーラはシスティの隣に腰掛けた。
「今回はありがとうね、先生」
「いえいえそんな! むしろ、こちらこそ助かりました。でも本当にいいんですか。あの金貨はキーラさんの物でしょう?」
「そうだねぇ……」
金貨の詰まった木箱には、その所有者がロベルト・ミラルキッドの物である旨の記されたメモが残っていた。ロベルトがいない今、その
「あんなの、邪魔なだけさ」
「……ありがとうございます」
キーラは幽霊船を眺めた。
その目は、どこか嬉しそうに見える。
「……しかし、偉い先生でも間違う事はあるんだねぇ」
「なっ! ど、どこが違いました!?」
システィは驚いた。
自分の憶測は大体合っていると考えていたため、これは予想外だ。
キーラその表情を見て、少し嬉しくなった。『ロベルトはちゃんと夢を掴んだ』そう伝えようとしたが、やっぱり止めた。
ロベルトとの約束が、昨日の事のように思い出される。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――無事に帰ってきたら何が欲しいって……こ、子供とか……」
「へぇどんな?」
「どんなって……んー。私の言う事を全部無視するような、わがままで面倒臭い子供かな。私の作る人形に毎日ケチをつけてくるの」
「悪ガキか、キーラらしいな!」
「俺は財宝が欲しい。漁業と言いながらも、こっそり宝探しをするんだ」
「そんなもの、見つけてどうする気?」
「島の連中にばら撒く。外の世界には夢があるぞって煽って、全員をトレジャーハンターに変えてやるさ」
「……あんたはとことん馬鹿ね」
「船乗りだからな。もちろん、帰港したらまずお前に報告するさ――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
キーラの顔が綻んだ。
「言うもんかね、はっはっはっ!!」
「き、キーラさん……?」
「――おいシスティ、早く来ーーい!」
「ほら行っておいで!」
「えぇっ!? ああもう、後でちゃんと教えてくださいね!!」
キーラに背中を押され、システィは幽霊船へと走っていった。
船が出港したあの日も、今日みたいに呆れるような青空だった。悲しいはずなのに、何故か笑ってしまう。全てを吹き飛ばすかのようなキーラの笑い声が、澄んだ空へと広がっていく。
ロベルトも今日を笑っているだろう。
キーラは海風を感じながら、手に持っていたメモを開いた。
『どうだキーラ、財宝を見つけたぞ』
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