第22話 幽霊船の正体
「ぶへっ!!」
勢いよくベッドから起き上がったロズが、低い天井に頭をぶつけた。
「……ってぇ、岩かこれ!?」
「目が覚めますよね、その天井」
「危ないだろ、おかしいぞお前!」
ロズは痛そうに頭を押さえながら、バフッとベッドに倒れた。
「しかし本当なのか、その話?」
「はい、嘘を吐いていなければですが」
システィは溶けかけた蝋燭を入れ替え、再び明かりを灯した。
キーラから与えられた情報は2つだ。
①宝の地図はキーラの自宅である
②関係者が多く守秘義務がある
「そして頼まれたゴールは『幽霊船と宝の地図の騒動を終わらせる事』」
「たったそれだけの情報で、見ず知らずのお前に解決しろってか? あの婆さんも無茶言うよなぁ……それで報酬は?」
「…………」
システィは懐から紐で丸く結ばれた1枚の紙を取り出した。その紐をするりと解くと、立派な模様の描かれた書状が現れる。
ロズは目を丸くした。
そこにはグレルドール王家の紋章が描かれており、来賓:キーラ・ミラルキッドと記されていた。これは、グレルドール城の入城許可証だ。
王都にあるグレルドール城は巨大な古城であり、それを見ようと他国からの観光客も多く訪れる。当然そこには貴族達も含まれており、そういった人々に対しての書状が準備されていた。
つまり、これは他国貴族への招待状。一般人が一生に一度も目にする事のできないはずの代物だ。
「なんで婆さんがこんな物を……」
「お店にメクセス様が来られて、愛の人形を買っていかれたそうです。それを秘密にする代わりに口留め料として貰ったと」
「へぇ、いい事を聞いた。あの王子様、中々の遊び人じゃないか」
「ロズ?」
「もちろん秘密さ、私の口は堅いだろう?」
「はぁ……もう」
教えてしまったのは失敗だったかと考えたが、どうせ答えるまで問い詰めてくるのだ。協力してもらう事もあるし、秘密は共有でいい。
「それでどうする気だ。宝が婆さんの手にあるなら、さっさと回収しに行くか?」
「いえ、そもそも金銀財宝は無いんですよ。だからキーラさんは困っています」
「ん、あれは宝の地図じゃなかったのか?」
「間違いなく宝の地図ですね」
「…………はぁ?」
ロズは頭を捻った。
遠まわしに話すのはシスティの悪い癖だ。
そしてその後、詳しく説明したがるのも。
「おいシスティ……」
「説明が長くなりますが、いいですか?」
ロズはふっと笑い、頷いた。
◆ ◆ ◆
システィはキーラと別れた後、その足で島の新聞社へと向かった。
本土の情報が閉ざされつつあるこの島で、新聞社はとても重要な仕事だ。そのためなのか、建物は商業区の中でもひときわ巨大だった。
そして、ここにも人が溢れていた。宝の地図の真偽を問うためにやって来たトレジャーハンター達と、そのトレジャーハンター達が五月蠅いと苦情を入れに来た住人達だ。
「荒れてましたね」
「そりゃ、酷いだろうよ」
システィはその様子を横目に、過去の新聞が閲覧できるブースに向かった。
気になっていたのは、キーラが零した『30年前のメルキ船』という言葉だ。その情報を頼りに、新聞の表紙を辿っていった。
そしてある程度探した所で、ある漁船の進水式の記事を発見した。
「『あの船は海賊船では無い』という確証を得るために知りたかったのが、船体識別番号です」
「何だそれ?」
「船の製造番号ですよ」
船体識別番号は重複しない。そして記事に記されていた番号は、消えかかっていた幽霊船の番号と一致した。
つまり、メルキ船は海賊船ではなく漁船。
それを聞いたロズは首を傾げた。
「それはおかしいだろ。じゃあ何で新聞は海賊の幽霊船だなんて……まさか、海賊に奪われたのか?」
「いえ、まだ続きがあります」
システィはその後の真相を確かめるために、再びメルキ船の情報を辿った。そして、探していた文字列は遠くない未来の記事に現れた。
「――『メルキ船、沈没する』」
「おいおい……」
遠洋で嵐に巻き込まれて浸水し、乗組員は全員死亡。そこから数日間はメルキ船がどこでどう沈没したか、その原因などが事細かに記事になっていた。まるで、その様子を見たかのように。よほど注目されていたのだろう。
だが暫くするとその話題は消え、島の退屈なニュースへと変わっていった。
「……なるほどな。本当は遭難しただけで、沈没したってのは嘘だったのか」
「えぇ。意図も経緯も分かりませんが。それなのに、メルキ船が島に現れた。現れてしまった。当時を知る記者達はさぞ焦ったでしょうね。だから今回も、情報を隠すために海賊船の船だなんて嘘を吐いた」
その嘘は新聞社を守るためでもあるが、乗組員の親族の傷を掘り起こさない配慮でもあったのかもしれない。どちらにせよ、再び嘘を吐いて鎮静化を図った。
だが、残されていた宝の地図の掲載が更なる混乱を招いてしまった。
「なんで載せたんだろうな?」
「普通なら掲載しませんよねぇ。火を消したいのか炎上させたいのか、彼らの意図が読めません。新聞社を糾弾したい内部犯がいるのでしょうかね?」
「でも、実際は財宝の在りかじゃないんだろ。これは何の地図なんだ?」
「この地図は……」
システィは一度ふぅと溜息を吐き、再び口を開いた。
「沈没したメルキ船の船長の名は、ロベルト・ミラルキッド。そして、キーラさんの本名はキーラ・ミラルキッド。そしてロベルト船長の残したこの宝の地図は――この島の居住区のキーラさんの家です」
「……なんとまぁ」
ロズは仰向けになった。
この船は海賊船ではなく、キーラの親族が乗った修道院島の漁船。
地図に記された宝はキーラ自身、もしくはキーラの家そのもの。
「……キーラさんも全てを把握した上で掲載を了承したのでしょう。沈没した家族の船がこうして夢を与えて終わるなら、それはそれで良いと」
船の遭難を隠したかった誰かと、情報を偽装した新聞記者と、何よりもキーラの願いが合致した。これが守秘義務のある関係者だ。
だが、ここまで大事になるとはキーラも予想外だった。恐らく、地図まで掲載するとは考えてなかったのだろう。
「辛い話です。キーラさんの作る人形は、ロベルト船長向けだったのでしょう」
「いや、あれは愛が金に化けるからだって言ってたぞ。実際王子も買ったしな」
「キーラさん……」
「婆さんはお前の想像以上に強いぞ。それでシスティ、どうする気だ?」
「んー」
ロズに問われて、システィも天井を見上げた。
どんな経緯があるにせよ、住人やキーラが困っている事には違いない。トレジャーハンター達を静めるのは必須事項だ。
自分としては……王都への足掛かりができたし、落ち着いたら王都の書庫で本を読みたい。そこで本を読んで争いを失くす方法を考えたい。
そして、人が人に対して真摯であるような世界に変わってほしい。下らない事で笑い合える世界になってほしい。甘いかもしれないが、これが夢の全てだ。
システィは目を閉じた。
瞼の先の暗闇には、悲しそうに船を見つめるキーラの顔があった。
「――私は、キーラさんを笑顔にしたい。彼女を取り巻くネガティブやシリアスは、彼女に全部笑い飛ばしてもらいたいです」
「ははっ! お前らしくていいな。でもどうするんだ?」
ロズは簡単そうに笑ったが、システィは逆に苦笑いだった。この親友は自分が難しいと思う事をいとも簡単にクリアしてしまう。
「手始めに、新聞社を乗っ取ろうかと」
「お前も言うようになったな」
「ロズならどうします?」
「そうだなぁ……」
ロズはぼんやりと考えた。
何をするか。
とりあえず、今日の子供達とは明日も遊ぶ約束をしている。
「……私は今、空前の海賊ブームを感じている。海賊ごっこを見せてやるさ」
「ふふ、ロズらしくて良いですね。子供達と約束しているんでしょう?」
「お前は何なんだよ、もう」
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