第13話 偽装告白のセレナーデ②



 手に持った手紙と、悪戯という言葉。

 システィはたったそれだけの行動で、3つのくさびを打ち付けていた。



 まず、ノーザンは理解して納得した。


 自分に送られた愛の手紙が、ミルクリフトにも送られてきていたのかもしれない。薄々感じていた可能性をシスティが確信に変えた。これは悪戯だと告発したように見えたのだ。ノーザンは、やっぱりかという感覚に変わっていた。



 続いて、ロズは愛についてがどうでもよくなった。


 それは、ノーザンのように手紙が単なる悪戯だったと確信したからではない。同じような手紙をシスティが持っていた事に対して、単純に疑問を抱いたためだ。もしかして、自分は何か勘違いをしているのでは……と考えたのだ。


 ノーザンの代理告白という行動に疑問を持った訳ではない。システィがいつもと同じように何か面白い事をしているという方に、完全に興味を奪われたのだ。



 そして、最後にもう一人――。


 この傍聴席に座っているはずの、だ。


 システィの行動自体が、まるで自分への警告のように映った。『分かっているからこれ以上の悪戯は止めろ』そう告げられた気になったのだ。



 システィは何事も無かったかのように手紙を仕舞い、司会に振り向いた。



「以上、私の反駁を終わります」


 システィは静かに着席した。


 先生も傍聴席の生徒も、あの手紙が何なのかは分からない。システィがそれらしい格好で、それらしい事を言っているだけにしか見えていない。それでもその堂々とした振る舞いは、かつて姫であった事を思い出させるのに十分であった。



「(全然、反駁じゃなかったけどね)」

「(何で毎回小声でツッコむんですか)」

「(面白かったからね。見事だよ)」



 その後、ノーザンも生気が戻ったかのように発言を始めた。討論の場ではあるが、時折ミルクリフトと悪い顔で笑い合ったりと、仲の良い友人関係というのを垣間見せていた。


 ロズも満足したのか、大人しく原稿を読み上げるだけとなっていた。だが最終弁論の最後に『でもノーザンはミルクリフトの事を愛してるんだけどな!!』と言った時には、ノーザンもミルクリフトも友人同士だとお互いに全力でフォローしていた。



 そうして、模擬討論会は滞りなく終了した。



◆ ◆ ◆



 暗い学園の書庫に、本の獣が一匹。

 そしてお喋りな食虫植物が一輪。



 システィは両膝を床に着け、前屈みになって座っている。扉の隙間から差し込む僅かな外光だけで、床に置かれた本を凝視していた。獲物を逃がすまいといった強い眼だ。



「……おいシスティ」

「この本を読み終えたらにして下さい」

「はぁ……駄目だなこれは」


 ロズはそんなシスティを傍目に、書庫の木箱に腰掛けた。そのまま横になり、足で木箱をズラしながら寝床を作って行く。そして両手を頭の後ろに回し、寝る姿勢に入った。



「まったく。本を引き剥がすと泣き出すってのが最悪なんだよ。お前にその顔で泣かれると罪悪感が凄い。私は寝るから、読み終わったら起こしてくれ」

「……」


 読書に夢中になっているシスティからの返事は無い。これもいつもと変わらない姿だった。『この本を読み終えたらにして下さい』という言葉も毎回同じ。無意識下で自動的に吐き出されるものだ。



 模擬討論会の終了後、システィはすぐにミルクリフトの報酬を受け取った。今年度の文献の棚卸と一覧票の作成という、単なる雑用だ。だが、システィにとっては黄金にも値する作業だった。


 鍵を受け取ったシスティは、すぐさま書庫へと駆け込んだ。書庫の広さはベッド4つ程度。作業机が1つだけあり、あとは本棚だ。



 寝具を持参して住み込もうと意気込んでいた所で、たまたま落ちていた本を開いてしまった。そしてロズが来た時には、いつもと同じ光景となっていた。



「ま、昼寝するには悪くない部屋だ」

「――サボる為の部屋じゃないんだよ?」


 爽やかな声が聞こえてきた。


 ミルクリフトだ。

 その隣にはノーザンもいる。



「お疲れ様、主役のお二人さん」

「一応、貴族家なんだけどね……ロズさんの変わらない態度は逆に清々しくて好ましいよ。それで、システィさんは?」

「ほら、また本を愛してしまったんだ」


 ロズがそう言うと、ミルクリフトは苦笑した。


 この光景は、共に議題に打ち込んでいた時に何度も見たものと同じだ。迂闊に本を開いてしまうと、まるで意識が飛んで行ったかのように没頭してしまう。



「……本は逃げないんだけどねぇ」

「それが、システィにとっては違うんだよ。本は逃げるし浮気もする。だから一晩で読まないと駄目らしい。牢獄時代の癖だ、これは一生治らないよ」

「なるほどね……これが『渇き』か」


 ミルクリフトはそう言うと、ロズの近くにあった木箱に腰掛けた。システィは書庫に自分以外の人間が居る事に気が付いていない。砂漠に関する本にひたすら目を通している。



「私はこいつにピッタリな言葉だと思ったよ。あれは自分の事を言っていたんだ。本能というか、知的好奇心が計り知れない。少し分けて欲しいぐらいだ」

「そうだねぇ。事の顛末を伝えに来たんだが、日を改めた方がいいかな」

「……おい待て、私に教えろ!」


 急に食い付いて来たロズに、ミルクリフトとノーザンは笑った。数秒前に言っていた台詞はもう忘れたようだ。



「実は、模擬討論会が始まる前から全部知っていたんだ」



 この手紙が悪戯だという事。それを、ミルクリフトは事前にシスティから聞いていた。そしてその犯人は、ノーザンとの共通の友人である女の子の可能性が高いという事も。


 仲の良い友人同士だったのにお互いのやり取りが急に手紙に変わる、という事自体がおかしかったのだ。しかも、間を取り持った友人は共通の知人。その時点で誰が怪しいかは特定されたようなものだ。



 だが、ミルクリフトが注意しに行こうと行動を起こそうとしたら、システィに制止された。その女の子が犯人かの確定は出来ない上に、嫌がらせの張本人はロズかもしれない。それに、犯人は素直に自白しないだろうと。



「……待て、何でそこで私の名前が出る?」

「ロズさん。君は、誰かに愛してもらうためには相手の具合を悪くしてやれ、みたいな事を言ったそうじゃないか」

「まさか……真に受けたのか?」

「真に受けたんだよ」

「これが日頃の行いか」


 愛という文字を書いた変な人形を送り付ける。そんな奇妙な真似をするのはロズしかいないと、システィは考えていた。ミルクリフトは悪戯についてノーザンにも確認しようとしたが、それも止められた。


 この時点で互いの補佐人は分からなかったが、システィはどこかでロズが絡んでいるとは考えていた。むしろ別にロズでもいい、それよりもロズ以外への追及が始まったら可哀想だと。



「――多分、こいつの甘さだろうな。本当に好きなものから避けられるというのは、苦痛なんだよ。共通の友人2人から疑念を持たれたら気の毒だってな。その女の友人ってのは、お前かノーザンを好きだったんだろ?」

「……あぁ、その通りだよ」


 犯人がその友人だったとしても、黙っていて欲しい。だけど、悪戯は止めて欲しい。模擬討論会の場でシスティが行動を起こしたのは、『誰が犯人でもいいけど分かってる、だから止めようよ』という、ただの意思表示だったのだ。



「討論会の後、直接その子に聞いたんだ。そしたら、自分がやったのだと自白してくれた。僕の事が好きで、システィさんから引き剝がしたくてやったんだと」

「は?」

「その流れで告白された。つい今ね」

「はあああああぁっ!!!?」


 ロズは驚いて起き上がった。



「何でそんな面白そうな場面で私を呼んでくれなかったんだよ!!」

「君は絶対に茶化すじゃないか」

「そ、それでどうしたんだ!?」

「申し訳無いけど、断ったよ」

「……そりゃそうか」


 そして興味を失い、再び横になった。



「……モテるんだなぁ。分かるかノーザン、こういう粋な男がモテるんだよ」

「何でそこで僕に振るんですか」

「理由は私からは言えないよ。ノーザンはモテないんだなぁと思ってな」

「言ってるじゃないですか!!」


 事の発端は模擬討論会の補佐人選びだった。ミルクリフトが補佐人として自分ではなく知性に優れたシスティに依頼する気だと耳にした時に、この計画を思い付いたそうだ。


 送りつけた人形も、単なる恋愛成就の土産物。

 何もかもが空回りしていた。



「どうにかしてシスティさんから興味を逸らせないかと、その時は必死だったらしい。悪戯がそのうちバレるのも覚悟の上でね。僕の傍にあんな美人がいたら、すぐに恋に落ちるんじゃないかと焦ったそうだよ」


 ミルクリフトはそう言うと、システィの方を見た。システィは相変わらず、同じ体制のままでページを捲り続けている。



「見た目だけはいいからなぁ」

「いや、中身も素敵だと思うよ」

「――――んんん!!?」


 ロズの目が、再び輝いた。

 むくりと起き上がり、口元が歪む。



「おいおい、聞いたかいノーザン君!?」

「き、聞きましたよロズさん!!」

「いや、そういう意味じゃなくてね。知性も性格も素晴らしいって褒めただけだ。僕だって愛が何なのかよく分からない……なっ、何だよ! システィさんは僕の器に入る人物じゃないって!!」


 否定するミルクリフトの肩に、ロズが手を回した。光の少ない書庫のせいなのかか、薄っすらと微笑むロズの顔が極悪人にしか見えない。



「ふふ……私が教えてやるよ。愛ってのはな、炎のように直情的なんだ」

「ロ、ロズさんは好きな人がいるの?」

「もちろん。自分が大好きだ」

「……はぁ……呆れるよ」

「まぁ聞けよ。こいつの好みだがな――」


 ロズは肩を組んだまま、ミルクリフトとノーザンと共に書庫を出た。扉がギイと大きく開き、書庫に明かりが差し込んだ。



 書庫が静かになり、ぱらりとページを捲られる音だけが残る。



『――砂漠にあるのは、命の大切さだ。環境の過酷さは他に類を見ず、生命は地面の下の水を飲んで生きる。たとえどんなに渇いていても、彼らは生きているのだ』


 システィは最後の一文を読み終え、本を閉じた。


 目を閉じて、その文を反芻はんすうする。

 良い言葉だった。



 ふと書庫の扉を見た。風の悪戯なのか、木の扉が反動で揺れている。


 海鳥の鳴き声が部屋の中にまで届く。

 まだ外は明るく、晴れ間が見えていた。



「……あ、寝具を運び込みますかね」


 システィは立ち上がり、引っ越しの準備を始めた。

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