第29話 人探しの貴族
「凄い人ね。こんなにいるだなんて予想外だったわ」
「今はお祭りの最中ですから。普段はもっと……いやそうでもないですね」
この島の観光客は増えている。
争いが落ち着くとこうなるらしい。
女性はシスティの隣に腰掛けた。
高そうな香水の良い香りがふわりと漂う。
「申し遅れました。私はシスティといいます」
「あら、よろしくねシスティちゃん。私は……ヨニス。察しているとは思うけど爵位持ちよ。誰にも言わないでね?」
やはり貴族。フードで姿を隠しているのもそれが理由だろう。
「となると、探し人はお子様ですか」
「……よく分かるわね?」
「この島は、そういった目的で来られる貴族の方が結構いらっしゃるんです」
教育の為に預けたとはいえ、子供は子供。親が会いに来る機会は、むしろ平民よりも多かった。
自国の領地で問題が起きて連れ戻しに着たり、単純に顔が見たくなったりとその動機は様々だ。ついでに観光を満喫して帰るのが、彼らの定番でもある。
「へぇ。珍しい訳じゃないのね」
「皆様、立派な護衛兵を付けて闊歩されてますね。ですが、一人で探しに来た方は初めてお会いしました」
「ふふ、自由が好きなの。王都でも日常茶飯事だし、皆の理解は得ているわ」
一瞬、その皆の苦労が透けて見えた。
抜け出す事に快感を覚えているようだ。
「それでヨニスさん、探している方のお名前は?」
「ん~……実は、王都からこっそり船に乗ったから誰にも明かしたくなくって」
「王都からってかなり距離がありますが、大丈夫なんですかそれ……?」
「平気平気!」
ヨニスはそう言って微笑んだ。
貴族の風貌だが、その性格は庶民に近いものを感じる。貴族と平民では心の壁が立つ事が多いが、ヨニスに至ってはそうではなく、この島の貴族達と似ていた。気さくという言葉が相応しい。
「私にも名を明かせませんか?」
「……明かせないわねぇ」
「そうですか」
人を探せと言う割に名前は明かせない。奇妙な話だ。その人を見つけた時点で名前が分かってしまうのに。そもそも、曖昧な情報だけで人探しは困難だ。
「特徴は覚えてるから大丈夫よ」
「……その口振りですと、何年もお会いされてないんですか?」
「8年、いえ9年ぶりかしら」
「9年!?」
学園は編入も多いが、9年となると小さな頃から預けられている生徒だ。親の顔を忘れていてもおかしくはない。
「立場の関係で滅多に会えなくて、預けっぱなしにしてたの。本人には嫌われているかもしれないわ。だから、誰にも言わずにお忍びで来た。物影から……ひと目だけでもいいから元気な姿が見たいの」
「なるほど、そういう事でしたか」
ヨニスは遠い目で話した。
家庭の事情ならば、深く追及はできない。
「子供は学園の高学部にいるわ。友人から聞いたんだけど、どうも平民と同じ会で学んでいるらしいの。何の会かは分からないけど」
「会は数が多いので特定は難しいですね。男性か女性かというのは?」
「悪いけど、それも秘密よ」
まだ情報が足りない。
ミルクリフトの属する薬学会や貴族会、ロズの演劇会など、数多く存在する。ごく一部の会を除けば、そのほとんどが貴族平民混合で成り立っていた。
「そういえば、運動が得意だったかしら。あと、小さな頃からお金が好きだったわ。子供なのにどうやったらお金を増やせるかと、いつもアイデアを練ってたの。あのお金に目が眩んだ顔……ふふ、懐かしいわねぇ」
「お金に目が眩んだ顔……」
つい先日、そんな人物を見た気がする。
貴族。
学園に預けられて9年。
ずっと親に会っていない。
お金大好き。
運動が得意。
会に所属。
「どう、システィちゃん?」
「……とりあえず行きましょう。お金好きな貴族の方を何名か知ってます。顔を見れば分かりますか?」
「もちろんよ! ……ふふ、
システィはヨニスの返事に違和感を覚えたが、深く考えなかった。立ち上がって牡蠣の殻をゴミ箱に捨て、学園へと歩き出す。
「あ、ちょっと待って!!」
「? どうしました?」
ヨニスはゴミ箱を見ていた。
「折角だし観光するわ。今の牡蠣のやつ、凄く美味しそうじゃない?」
ヨニスの腹の虫が、ぐるると鳴った。
◆ ◆ ◆
「よし、できたぞ」
ロズはノーザンに化粧を施した。
システィ本人は化粧をしないが、ノーザンには化粧をしないといけない。
顔は真っ白に塗りたぐられ、髪は銀髪を模した灰の染料が塗られている。目を大きく見せるために目の周りに炭を塗り、艶のある油を唇に付ける。
「……化粧をした私が言うのもなんだが、火の無い暖炉に突っ込んだ化け物みたいだな。そのままだと子供が泣く。もう少し手直しさせろ」
「不安になってきました」
昼食の時間が終わり、大講堂では会員達の準備が大詰めを迎えていた。役者達は化粧と着替え、劇に出ない会員は会場設営に取り掛かっている。
精霊祭の期間中は、学園の一部が一般向けに開放される。そこでは学生達による飲食店やハンドメイド雑貨を売ったりと、様々な屋台が軒を連ねる。
中でも大講堂での催しは特に人気が高く、オペラや演奏会などの場としてよく利用されていた。そこに演劇会が割って入った。そのため撤収までも分刻みで、後のスケジュールも詰まっていた。
ロズはノーザンの化粧を直した。
ノーザンが立ち上がり、くるりと一回転する。首に撒かれたスカーフがひらりと踊った。
「……ノーザンお前、太ったな。なのに足は細い。立ち上がったカエルみたいだ」
「ロズさん、私はシスティよ?」
「そんな事言ったらあいつ失神するぞ」
本の獣の役を演じたがる人物が見つからなかったとはいえ、この配役には疑問が残る。やりたいのはコメディじゃない。ロズは仕方ないと溜息を吐き、腰に手を当てた。
システィはとにかく美人だ。本人は否定しているが、すれ違う人の目が一瞬で奪われるほどだ。色々な噂が流れているのも、あの美貌が影響しているからだとロズは考えていた。
目を閉じて、頭の中で念じる。
こいつはシスティ。
こいつはシスティ。
よく見ろロズ・ニール。こいつはシスティだ。
「……お前は絶世の美少女システィ・ラ・エスメラルダ姫。そうだな?」
「そうよ♡」
「違う! 化粧を直すぞ!!」
「えぇっ! またですか!?」
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