第17話 それぞれの青春 その3


遊馬兎球場内


「これより常盤中丸美屋中合同野球部 対 産理文中の試合を始めます。礼」

『『お願いします!!!!』』


審判を挟み整列する2つのチームが、一斉に帽子を脱いで頭を下げる。


「はじめ。本当によかったんだな?」

「ああ。チームのためだ」


ベンチに戻りながら言葉を交わすのは、拓とはじめ。


その会話の意味を知る為に、時は今より少し前に遡る。



試合の開始時刻を間近に控え、合同野球部の3年組は顧問の田辺を中心にベンチの前で半円を描いていた。


「決まりましたか?」


ブルペンから帰ってきた中村拓、弟月はじめ、睦月王春の3人に、田辺が問いかける。

その内容は試合のオーダー。もっと言うと、はじめと王春のどちらが先発投手になるかだった。


その他のオーダーは前日から既に決まっており、先発投手に関しては、当日の調子を考慮して決めようという話になっていたのだ。


「拓。お前の考えを聞かせてくれ」

「俺の考えか・・・」


はじめの言葉に、先ほど二人の球を受けたばかりの拓が考える素振りを見せる。

それから、意を決したようにこう告げた。


「俺は王春が良いと思う」

「・・・理由を聞かせてくれるか」


残酷とも取れる親友の発言に、はじめは至って真面目な顔で聞き返した。


「王春のコントロールの良さは武器になる。が、その効果は打順が回る毎に段々と失われていくはずだ。そこで出てくるのがはじめ。お前だ」

「・・・・・」

「王春のスピードに相手が慣れてきた頃。お前の緩急のある球は、きっと有効に働くはずだ」


拓の言葉を最後まで聞き終えたはじめは、そのまま静かにゆっくりと頷いた。


「わかった、それでいこう。頼んだぞ王春」

「うん・・・わかった」

「へばっていくっしょ!」

「任せたぞ!」


相変わらず言い間違いがひどい徹と、元気に笑う松竹が、王春の肩を叩いて鼓舞する。


「決まったようですね」


田辺がオーダー表の空白に、二人の名前を書き入れる。

そこにキャッチボールを終えた2年組が合流し、円陣が一回り大きくなった。


「それでは皆さん後悔を残さないように。全力でまずは一勝。頑張りましょう!」

「「「はい!!!」」」


田辺の言葉に元気よく返事をし、野球部の面々は、その陣形を円陣から一列へと変化させた。


そして、審判の「集合!」という合図に合わせて。


「行くぞ!」

「「「おう!!!」」」


若人たちは一斉に駆け出した。




1回表


松竹と相手チームのキャプテンによるじゃんけんの結果、先攻となった合同野球部。

その1番バッターである弟月はじめが、ヘルメットをかぶり、バットを握ってバッターボックスへと向かう。


「おいおい・・・なんだよあれ」


その途中。ネクストバッターズサークルの辺りで、はじめの足はピタリと止まった。


パンッ!!


ミットにボールが収まる乾いた破裂音。

はじめの視線は、その球を放った張本人であるマウンドの男へと注がれる。


帽子を深くかぶり、滑り止めを右手の上でポンポンと弄ぶ少年。

はじめらと同い年のはずが、高校球児と言われても違和感を覚えないほど、身長は高く筋肉も発達している。


パンッ!!


再び放られた直球。

長い腕を伸ばし、更に高くなった位置からの速球。


スピードもさることながら、高低差故の感覚の齟齬から、打ち返すのは至難の技だと思わされる。


「こりゃ、厳しい戦いになりそうだな」


2番バッターの梅月松竹が、ヘルメットをかぶりながらはじめに話しかける。


「ああ。とりあえず球数を稼がないとな」

「そうだな。頼んだぞ」


松竹に背中を押され、今度こそバッターボックスに向かうはじめ。


青春と青春のぶつかり合い。

若人たちの勝負が、今遂に始まった。




1回裏


「・・・すまん」

「・・・俺こそすまん」


二遊間で交わされる、はじめと松竹のトーンの低い会話。


先ほどの攻撃で、打順が1番のはじめと2番の松竹は、どちらも三球三振。

続く3番の拓がボールを選んで四球で出塁するも、4番の徹は豪快なスイングを見せつけて三振。


大した見せ場もなく1回表の攻撃は終了した。


それから合同野球部のレギュラーはそれぞれ守りにつき、マウンドの睦月王春はマスクをかぶる拓に向かって投球練習を行っている。


内野陣はファーストを守る武が、セカンド、ショート、サードをそれぞれ守る松竹、はじめ、徹に打球を想定したボールを転がし、簡易的なノックを行っていた。


「たけちゃん。いくっしょ〜」

「うわ!ちょっと本番では止めてくださいよ!」

「ごめんごめんっしょ」


徹の高めに浮いた球を、武がジャンプしてなんとか捕る。


「あいつを見習って切り替えていくぞ」

「そうだな」


セカンドの松竹がサードの方を指差し、ショートのはじめがその先にいる徹を見ながら言葉を返す。


三振したことなど意に介さず、無邪気に笑う徹のことを、ふたりは少しだけ羨ましく思った。



「ボールバック!」


マスクを外して立ち上がり、大声で発せられた拓の声を合図に、武が使用していた練習球をベンチで控える2年組に向けて転がす。


ちなみに試合に出ている2年組は、ファーストを守る武と外野をそれぞれ守る丸美屋中の3人で、常盤中の残りの2人は、走者に指示を出すランナーコーチや、ボールを拾うボールボーイなどを務める。


「セカンド行くぞ」

「「おう!」」


拓の言葉にはじめと松竹が返事する。


その後、マウンドの王春がセットポジションで球を投げ、受け補った拓がセカンド目掛けて送球。


セカンドベースに入ったはじめがそれを受け取り、盗塁してきた走者を想定してタッチする動きをみせる。


ここまでの流れが、守備につく時の一つの型となっているのだった。


「頼むぞ王春」

「うん」


王春に向けてボールを投げるはじめ。

彼のいつもよりはっきりとした口調に少し驚いていると。


「しまっていくぞぉ〜!!」


ナインの方を向いた王春が、普段の彼からは想像もつかない大声を張り上げた。


「・・・なにあれ?」

「ハハッ、凄いだろ。王春は試合になると人が変わるんだ」

「まじかよ」


意表を突かれたナインたちが、少し遅れて掛け声を返す。


再び打者の方を向く王春。

その背中に縫い付けられた背番号『11』が、後ろを守るナインからは、やけに頼もしく見えた。



「よっしゃあ!!」


相手チームの3番バッターをサードゴロに抑え、マウンドの睦月王春が吠える。


「先輩。今回は完璧でしたね」

「そうっしょ。俺はやる時はやる男っしょ!」


練習の時とは違い、一塁上にぴしゃりと制球してみせた、サードの徹。

ベンチに戻りながら、ファーストの武に得意げに笑顔で応えている。


「ナイスピー」

「なかなかいい調子だぞ」

「サンキュー!」


同じくベンチに戻りながら、王春に声を掛けるはじめと拓。

完全にハイになっている王春が、それに力強く応える。


1回裏の相手の攻撃は、王春のコントロールと拓のリードが合間って、三者凡退で完璧に抑えることができたのだった。


「はじめ。ちょっといいか?」

「ん?どうした?」


ベンチに戻り水分補給をしていたはじめに、少し申し訳なさそうな顔で、松竹が話しかける。


「今の王春すごいだろ」

「ああ。こりゃ俺の出番はないかもな」

「いやそれがな。実は、あの状態の王春はいつも以上に体力を消費するんだ」

「なんだよ、その漫画みたいな設定」

「だよな。俺もそう思うよ」


「アハハ」と、苦笑いを浮かべる松竹。


「まあ、そういうことだから。いつでもいけるように準備しといてくれよ!」


パンパンとはじめの背中を叩くと、松竹はベンチの前に乗り出し、「一発頼むぞ!」と、次の打者である王春の応援を始めた。


「準備ね・・・」


ベンチにまで音が聞こえてきそうな王春の大振りを見て、はじめが呟く。


「拓。頼めるか」

「ああ。もちろんだ」


練習球を拓に渡し、はじめが立ち上がる。


『ストライク!バッターアウト!』


球場に響く主審の声。


常盤中丸美屋中合同野球部 対 産理文中の試合は、両エースの活躍により、白熱の投手戦となった。




4回裏


両者一歩も譲らず無得点のまま迎えたこの回。

常盤中丸美屋中合同野球部はこの試合最大のピンチに陥っていた。


「・・・ごめん」

「何言ってんだ。十分だよ」


謝る王春に声をかけるはじめ。

マウンドの周りには、王春を囲む形で内野陣が集まっていた。


この回、最初の打者に四球で出塁を許すと、ランナーがそのまま2塁に盗塁。

拓が刺そうとするも、後一歩及ばずランナー2塁。


続く打者に二遊間を抜けるヒットを打たれ、ランナー1・3塁。

続く打者には、粘りに粘られ四球を与えてしまった。


つまり、現在はノーアウト満塁。

絶体絶命な状況というわけだ。


「王春。あとは任せろ」

「・・・はじめ」


まっすぐに目を見据えてくるはじめに、王春がボールを手渡して頷く。


「・・・託した」

「ああ。託された」


王春に渡されたボールに視線を落とすはじめ。


「頼んだぞはじめ」

「はじめちゃん頼むっしょ!」

「後ろは任せとけ」

「頑張ってください。先輩」


はじめに激励の言葉を残し、内野陣が各々の守備位置へと戻っていく。


合同野球部のもう一人のエースは、背番号『1』と、仲間の期待と、最大のピンチを一身に背負って。


誰もいなくなったマウンドに上がるのだった。



「よっし!」


マウンド上ではじめが小さく吠える。


ノーアウト満塁のピンチで登場した合同野球部二人目のエース、弟月はじめ。

一人目の対戦打者を自慢の緩急で三振に抑え、一つ目のアウトをもぎ取った。


しかし、1死満塁とピンチは尚も続く。


(外角低めに速球か・・・)


拓のサインに頷き、セットポジションで構える。


パンッ


構えられたミットめがけて、一直線にボールが届く。


(やべえ。今日調子いいわ)


ボールが指から離れる瞬間の感覚。

今日のそれは、調子が良い時のそれだった。


拓から返されたボールを掌の中でぐるぐると回し、感覚を身体に馴染ませる。


(今度は外角の低めに遅めのストレートね)


スピードの違う球を同じコースに連続で投げることで、打者の感覚を僅かにずらす魂胆だろう。


ボールの握りを少し変え、先ほどと同じクイックモーションで投げる。


カツン


拓の思惑通り、タイミングをずらされた打者。

しかし当たりは弱くなく、球足の速い打球がサードを守る徹を襲う。


「ん、よっと。たくみん!」


難しいショートバウンドを上手く捌くと、そのままキャッチャーの拓に送球。


「ファースト!」


ホームベースに片足をつきながら捕球した拓が、ファーストの武に送球。


それは、一塁に走る打者よりも早くファーストミットに収まり。


『アウト!』


5ー2ー3のホームゲッツー。


合同野球部は最大のピンチを無失点で乗り越えた。



「はじめちゃんナイスピーっしょ!」

「徹もよく捕ったな」

「しょーぱんの神って呼んでもいいっしょ〜」

「徹。それだとショートパンツの神様だぞ」

「お前は本当ぶれないな」


いつも通りの会話を交わしながら、ベンチへと戻る常盤中3年組。


「武。送球が少し逸れたな。すまない」

「いや全然ですよ。徹先輩に比べたら可愛いものです」

「ちょっとたけちゃん!?さっきは褒めてくれたのに!」


そこに武も加わり、冗談を言い合いながら駆けていく。


「王春。助けられたな」

「・・・そうだね」

「やっぱ、あいつら強いな」

「・・・うん」


その背中を眺めながら、王春と松竹は嬉しそうに。

そして少しだけ寂しそうに、笑い合った。




5回表


「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おっ!はじめちゃんうんこ?」

「残念。じゃない方だ」


「ちぇ」と、本当に残念そうにする徹を尻目に、球場外のトイレへ向かうはじめ。


この回の打順は5番から。

初回に拓が四球で出塁してから、合同野球部の攻撃は毎回三者凡退で終わっていた。


しかし、相手投手のタイミングを徐々に掴んでおり、ヒット性の当たりもいくつか出ていた。

この調子でいけば、どこかでチャンスが巡ってくる可能性は十分にあるだろう。


「弟月さん!ちょっといいですか?」

「ん?おれ?」


トイレへ向かうはじめに声をかけたのは、観客席で試合を観戦していた生徒会役員のひとり。松咲花であった。


「俺、急いでるんだけど」

「すぐ終わりますんで」


「ちょっとだけ」と手招きする花に、「まあいいか」と、はじめが近づく。


「いやー、ナイスピッチングでしたね弟月さん!私じゃなかったら惚れてますよ〜」

「そうか。さんきゅーな。で、なに?」

「あー、すみません。お急ぎでしたね。拓くんのバッグ見ましたか?」

「拓のバッグ?」


質問の意図が読めず、怪訝な顔をするはじめ。


「見てないならいいんです。もう妬いちゃいますよね〜」

「どういうことだよ?」

「いえ、そっちはもう大丈夫です。もう一つの方が本題でして・・・」


脈絡のない言葉に困惑するはじめを他所に、辺りに誰もいないことを確認した花は、手を口に当てて内緒話をするように。


「ここだけの話なんですけどね。この大会が終わったら・・・」


そしてどこか険しい顔で。


「かんな告白するらしいですよ」


と、告げた。

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