第22話 結着
「またね!」
そう言い残し、石段を駆け下りる少女。
「まって!」
手を伸ばし、引き留めようとするが、少女の足が止まる気配はない。
「俺は特別なんかじゃない。スタートラインが人と少しだけ違った。ただそれだけだったんだ・・・」
少年は器用な人間だった。
全くの初心者から、ある程度の水準に達するまでの時間が、人より少しだけ短かった。
少年は不器用な人間だった。
何事もある程度しかできない自分に『器用貧乏』というレッテルを貼り、努力をせずに済む言い訳を、自分自身に言い聞かせ続けた。
「なにが『頑張るしかない』だ。頑張らなきゃいけないのは、逃げてばかりのお前だろ」
少年の心境など御構い無しに、少女の背中はどんどんと小さくなっていく。
『お前は何をやってるんだ』
『何をカッコつけてるんだ』
『どうして彼女を追わない』
少年の耳に響く声。大人の男の自責の声。
「くそ!」
気づくと少年は駆け出していた。
「・・・・・ん」
「あっ!はじめくん。気がついた?」
「・・・かんな!?」
開けた視界に映り込んだ女性の姿に、弟月はじめは慌てて上体を起こす。
「どうしたの?そんなに慌てて?」
「いや慌てるだろ!この歳にもなって!」
辺りは既に暗くなっており、街灯には明りが灯っている。
二人がいたのは、とある公園のベンチだった。
「どうだった?私のひざまくらは?」
「おっ、覚えてねえよ!」
「そう?もっかいする?」
「・・・遠慮しとく」
如月かんなの魅力的な誘惑に、葛藤の末、大人の決断を下したはじめ。
そんな彼の言葉に、かんなは「つまんないの」と唇を尖らせる。
「そういえば、なんで俺ここにいるんだ?」
「覚えてないの?同窓会でべろべろに酔ったはじめくんを、私が手厚く介抱してあげたのに」
「そうだったのか・・・。すまないな」
「大変だったんだから」と話すかんなに、はじめは心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい、これ」
近くにあった自販機でお茶を二本購入し、ベンチに座るかんなに、片方を手渡す。
「ありがと」と、笑みを浮かべるかんなを直視できず、はじめは彼女から目を逸らし、間を少し開けて隣に座った。
それから自分を落ち着けるようにお茶を一口含み、話題を捻り出す。
「留学行ってたんだよな。どうだった?」
「うん。楽しかったよ」
「そっか」
「はじめくんは?」
「俺はボチボチだよ」
「そっか」
「・・・・・」
「・・・・・」
束の間の沈黙。
10年間溜め込んだ想いが、喉元で詰まって言葉にならない。
「・・・もうこんな時間だ。私そろそろ帰らなきゃ」
時計を確認したかんなが、切なそうな表情を浮かべて、ベンチから立ち上がる。
「今日はみんなとあんまり話せなかったから。また今度集まれたらいいね」
「・・・そうだな」
そう言い残して、彼女は公園の出口の方へと歩きだした。
その途中。
何かを思い出したように立ち止まると、ゆっくりと振り返り、こう言った。
「またね!」
その声が。その光景が。その表情が。
あの時の女の子と重なり、はじめの心を激しく揺さぶる。
「まって!」
「え!?」
自分でも気づかない内に走り出していた。
震えるはじめの右手が、かんなの左手を確かに捕らえる。
「かんな・・・だったんだな」
「・・・もう。遅いよ」
左の手ははじめと繋いだまま。
右の手で溢れる涙を拭うかんな。
透き通った声が、夜の公園を静かに震わせた。
「ニャー」
その状況をどこかで観測しているかのように。
そして、ふたりのことを祝福するように。
どこかの家で猫が鳴く。
人は特別な存在を追い求める。
かつて少女が、ある少年に憧れを抱いたように。
かつて少年が、ある少女に追いつこうとしたように。
そして、今日も誰かのエースナンバーを背負って、人は青春という名のマウンドに上がる。
その先にある勝利を目指して。
ただひたすらに。ひたむきに。
失格のエース にわか @niwakawin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます