第18話 再会 その6
『喫茶 花』 店内
「これでよかった・・・んですよね」
先ほどまで向かい合って座っていた如月かんなの姿は既になく、今はスーツ姿の松咲花がひとりだけ。
残り少しとなったコーヒーをかき混ぜながら、何やら弱々しく呟いている。
「すみません。相席いいですか?」
「え?はい、どうぞ」
そんな彼女に声をかけ、一人の女性が向かいの席に腰掛けた。
(あれ?このシュチュエーションどこかで・・・)
その状況にデジャブのようなものを感じていると。
「えい!」
「へぇ!?」
その女性は向かいの席から手を伸ばし、花のほっぺたを摘んだのだった。
「なにするんですか!・・・って、もしかして文!?」
慌てて手を振りほどき、目の前の女性に目を向ける花。
そこには「むふふ」と笑顔を浮かべる、成長した石田文の姿があった。
「お久しぶりです。花先輩」
「久しぶりですね!元気でした?」
「はい。花先輩は・・・なにかあったみたいですね」
「・・・わかりますか?」
「私、勘だけは鋭いですから」
ドンと胸を張る後輩女子の姿を見て、先輩女子が静かに笑う。
「話。聞いて貰っていいですか?」
「はい。私でよければ」
それから花は、ある過去を語り始めた。
「なるほど。それで、かんな先輩だけを同窓会に向かわせたわけですか」
「うん」
花の話を聞き終えた文が「ふむふむ」と頷く。
そして、視線を花の目に合わせたかと思うと、
「全く。先輩はアホですか?」
どこまでも真剣な表情で、そう告げた。
「アホ!?」
「アホですよ。どうしようもないくらいアホです」
「アホってなんですか!アホっていう方がアホなんですよ!!」
ふたりの大人の女性の間で、お洒落とはかけ離れた言葉が飛び交う。
「ケジメをつける為に謝ったんでしょ!それなのにまた逃げて。また10年後に謝るんですか!」
「それは・・・」
「もう気づいてるんでしょ。どうするべきか。どう思ってるか。その気持ちの名前にも」
「気持ちの名前・・・」
文の言葉を受け、コーヒーに視線を落とした花が呟く。
「さあ、追いかけてください!」
「でも・・・」
「いいから、早く!」
文に急かされ、花が席を立ち上がる。
そのまま店の入り口付近まで移動すると、振り返り、深々と頭を下げた。
「文・・・ありがとうございました!」
「今度ケーキ奢ってくださいね」
「何切れでも、何ホールでも。何ダースでも奢りますよ」
「ダースはちょっと・・・」
「それでは」と、手を振って、花が喫茶店を後にする。
「はあ。なんだかデジャブですね」
『森の林の木』で、初めて弟月はじめと話した時のことを思い出して、文はひとり優しく微笑んだ。
「お待たせしました」
ひとりになった文の元へ、半熟卵の美味しそうなオムライスが運ばれてくる。
「え?頼んでないんですけど」
「私からのサービスです。失恋って辛いですよね」
「いや、違いますよ」
否定する文の言葉に耳を貸さず、「恋愛は自由ですから。私は気にしませんよ」と、見当違いなフォローを入れる女性店員。
(あれ?この感じどこかで・・・)
その言動に覚えた既視感。
それを、女性店員の胸につけられた『林 花』という名前が回収する。
「もしかして。林さんの娘さんですか?」
「父を知ってるんですか?」
「ええ。六本木通ってましたから」
はじめと初めて行った後、文は度々『森の林の木(通称:六本木)』に通っていたのだった。
「そうですか。それはどうもです」
「いえいえ」
「ところで、先ほどの女性も花という名前なんですね」
「あー、はい。そうですね」
「私の名前は父がつけてくれたんですが、『人生という鉢に綺麗な花を咲かせてほしい』という願いと、『どんな花を咲かせても君を愛す』という誓いの意味が込められているそうです」
「へぇー。素敵な名前ですね」
「初めて母から聞かされた時、父は凄く恥ずかしそうでしたけどね」
そう言って微笑む林花。
その笑顔に、文が問いかける。
「花先輩の花もいつか咲くでしょうか?」
「そうですね。人の気持ちは水をあげただけでは咲きませんから。本人次第じゃないですか?」
「まあ、お花もそう簡単に咲きませんけどね」と、林花が一言付け加える。
その言葉に文は妙に納得し、「ですね」と頷きながら、オムライスに手をつけた。
「うん。おいしい!これはお父さんを超えましたね」
「うふふ。ありがとうございます。まあ、作ったの父ですけどね」
「え!?」
驚く文の元へ、一人の男が厨房からやってきた。
「久しぶりだね」
「林さん!お久しぶりです」
「あっちの方は1年前に辞めてね。今は娘の方を手伝ってるんだ」
「そうだったんですね」
老いを全く感じない、あの頃とあまり変わらない見た目の林が、「これもサービスね」と、コーヒーを差し出してくる。
「ありがとうございます。いただきます」
恥ずかしさから頬をほんのり朱く染めながら、文はコーヒーを静かに啜った。
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