第6話 再会 その2
───現在
「えーと。この辺のはずなんだけど」
弟月はじめらが、居酒屋で同窓会を開いている頃。
同じく同窓会に向かっていた如月かんなは、手元のスマホに表示された地図と周りの景色を見比べていた。
「か〜ん〜な!」
「わぁ!」
背後から聞こえてきた高い声と突然の衝撃に、短い悲鳴を上げるかんな。
振り返ると、自身の腰に抱きつき、笑みを浮かべるスーツ姿の松咲花がいた。
「ちょっとー。街中でやめてよ」
「まあまあ。10年分のかんな成分を補充させてくださいよ!」
10秒ほど抱きつき、「すー」と匂いを嗅ぐように息を吸うと、最後にぎゅっと抱きしめ、名残惜しそうにその身を離した。
「その格好ってことは仕事終わり?」
「はい。社会人は辛いですよね」
「そうだねー」
「かんなも同窓会に向かうところですよね」
「うん。見慣れない場所だから迷っちゃって」
「かんなって実は抜けてますよね」
「そうだね」と、微笑むかんなに合わせて、花もウフフと笑い返す。
しかし、その笑みをすぐに消すと、似合わない真面目な顔で、花がこう告げてきた。
「ちょっと寄り道しませんか?」
「寄り道?只でさえ遅れてるのに・・・」
「すぐに終わりますから」
花の真剣な眼差しに何かを感じ取ったかんなは、迷った末に首を縦に振った。
「じゃあ、あそこの喫茶店にでも行きましょう」
迷いを感じさせない足取りで喫茶店に向かう花の後ろを、黙って素直に付いていく。
その背中に鬼気迫る何かを感じながら。
街中にひっそりと佇む喫茶店 『喫茶 花』。
偶然にも松咲花と同じ名前の喫茶店に、花とかんなは向かい合って座っていた。
「ごゆっくりどうぞ」
注文した品を運んで来てくれた店員さんに軽く会釈を返す2人。
テーブルの上にはコーヒーとショートケーキのセットが2つ。
ショートケーキにフォークでメスを入れるかんなの前で、花はコーヒーに砂糖を入れている。
「ねえ、赤先輩のこと覚えてます?」
「赤会長のこと?」
コーヒーを混ぜながら発せられた花の問いに、かんなも語尾を上げて返す。
「そうです。あの赤先輩、なんと結婚したんですよ!」
「へぇー、そうなんだ」
「しかも、お相手は青先輩のお兄さんですよ!めでたいですよねー」
かんなたちの一学年上にあたる代の生徒会長。
花が所属していたバドミントン部のエースでもあった赤は、10年の時を経て性を変えていた。
しかも、その相手は幼馴染の青りんごの兄であり、現在の名前は青みどり。
今はラブラブな新婚生活を送っており、自らの苗字が、信号で止まれを意味する赤から、進めを意味する青になったことに、本人は運命的なものを感じているそうだ。
「えーと。それで本題なんですけど・・・」
意を決したように切り出した花であったが、どこかバツが悪そうに目をそらす。
そんな親友を急かすことはせず、ブラックのコーヒーに口をつけ、落ち着くよう暗に伝えるかんな。
相変わらずの計算された所作に、花は感服の意を込めた笑みを浮かべる。
それから砂糖入りのコーヒーを飲み干すと大きく息を吸い、吸い込んだ息に感情をブレンドして、言葉をゆっくりと吐き出した。
「私、かんなのことが・・その・・・好き・・だったんですよ」
「・・・」
「私も最近気づいたんですけどね。あの頃の気持ちは、きっと『恋』だったと思うんです」
あの頃の自分を思い出しているのか、それともかんなの方を向くのが照れ臭いのか、遠くを見つめながら語る花。
頰をほのかに朱く染めた彼女の表情から、かんなの脳内ではある記憶の映像が再生されていた。
それは放課後の学校。
本来誰もいないはずの教室で、自分の体操服に身を埋めながら、自分の名前を連呼する親友の姿。
中学2年生という、人生の中で心身ともに不安定な時期に見た衝撃的な光景は、10年の時を経てもかんなの脳裏にべっとりと焼き付いていた。
「でも、今思い返してみると、かんなの目は私を見ていなかった。これは憶測ですけど、かんなも恋をしてたんじゃないですか?」
「それは・・・」
何も悪いことはしていないはずなのに、なぜか負い目を感じてしまう。
それこそが、恋の方程式に解がないことの証明なのであろう。
言葉に詰まるかんなの様子を見て、花は少し寂しげな表情を浮かべた後、こう続けた。
「やっぱりそうなんですね・・・。それなら、私はどうすればよかったんでしょうか?」
「それって・・」
「どういうこと?」という言葉を飲み込んで、花の様子を観察する。
後悔と困惑が入り混じった顔でなにやら考え込む花。その表情に、かんなはどう声を掛けたものかと思案する。
同窓会の時間も気になるため、「また今度聞こうか?」といった内容を伝えようかとしたその時。
「ごめんなさい!!」
自らの頭を机に打ち付けるかのような勢いで、松咲花は趣旨の見えない謝罪を始めた。
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