第5話 如月かんなの青春 その2


「いつ・・?いつから動いてたの?」


動揺からか、いつもの敬語ではなく、タメ口のような口調で尋ねる花。


場所は屋上へと続く階段の踊り場。

投票を終えた生徒たちは既に放課となり、それぞれが部活か帰路についていた。


今日は部活がある曜日であるが、踊り場の付近にさぼりに来た者は見当たらず、生徒会長の座をかけて争ったふたりだけの空間がそこにはあった。


「いつかぁ・・。えーと、一ヶ月くらい前かな」

「一ヶ月!?」


かんなが提示した数字に、花が驚きの声をあげる。


赤会長が選挙の内容を発表したのが2週間前。

つまり、かんなはそれよりも前から動いていたことになる。


「どういうこと?」

「話せば長くなるけどいい?」


かんなの問いかけにゆっくりと頷き、続く言葉を待つ。


その反応を見届けたかんなは、どこから話したものか思案した後、ゆっくりと口を開いた。




11月1日

演説及び最終投票が行われた日の丁度一ヶ月前。


如月かんなは常盤中の放送室にいた。


「ちょっと聞いてよかんな。みどりってば私の兄さんに色目使うんだよ!」

「それって、青先輩のお兄さんが好きってことですか?」

「かもね。本人は認めないけど、みどりのあんな顔見たことないし」


赤みどりのその時の顔を思い出したのか、親のいちゃいちゃを見てしまった時のような気まずい顔をするのは、青りんご。


彼女は赤の幼馴染であり、放送委員長でもある女子生徒だ。

そして、同じく放送委員であるかんなにとっては、同じ委員会の先輩に当たる。


「もし、赤会長の恋が実ったら、青先輩のお義姉さんになるわけですね」

「あんなのが姉なんて、考えただけで悪寒が・・・」


自らを抱くかたちで肩を震わせる青だが、かんなの目には満更でもなさそうに映った。


「あ、それとね。話は変わるんだけど、次期生徒会長は、面倒だから指名制にするらしいよ」

「え・・・?」


青の急な発言に、かんなの思考が一瞬止まる。


(今、指名制って言った?)


如月かんなは『特別』になるために努力をしてきた。


必死に勉強をし、容姿を磨き、身体を鍛え、『如月かんな』というブランドを高めてきた。


そんなかんなにとって『生徒会長』という肩書きは、理想の自分をパズルとして見た時の最後のピース。

画竜点睛の意味を持つものだった。


「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか!」

「うっ、うん」


前傾姿勢で勢いよく質問してくるかんなに気圧され、青りんごは本来秘密事項であるはずのことをペラペラと話し始めた。


まあ、赤みどりが青りんごに話した時点で、その秘匿性は失われていたわけだが。




「ただいまー」

「あら、おかえり」


かんなの声に応えるのは、笑った顔にうっすらと血の繋がりが垣間見える、かんなの実の祖母であった。


小学3年生の頃の出来事をきっかけに、かんなは中学生になるタイミングで両親の元を離れ、祖母の家に住むことにしたのだ。


両親は反対したが、かんなの意思はそれ以上に固く、彼女の努力を目の当たりにしていたこともあり、両親は渋々許可を出したのだった。


といっても距離はさほど離れておらず、月に一回は顔を合わせており、かんなと両親の間に溝ができたというわけではなかった。


「今日はかんなの好きなコロッケだよ」

「やった。ありがと」


台所から顔を出す祖母に向かって笑顔をみせるかんなだったが、その顔にはうっすらと暗い影が浮かんでいた。


「もうできるから、手洗ってきな」

「はーい」


その影に気付きながらも、長年の経験からそっとしておくのが最適だと判断した祖母は、敢えてそのことには触れない。


そんな祖母の心情を全て理解した上で、かんなは感謝の心と共に、居心地の良さを感じるのだった。



「おいしいかい?」

「うん。とっても」

「そうかい」


熱々のコロッケを頬張りながら、かんなは考え事をしていた。

青の話では、赤は同じ部活の後輩である花を生徒会長として任命する予定だそうだ。


かんなが生徒会長になるには、まずこの任命を阻止しなければいけない。


しかし、全ての決定権を持つ赤みどりは一筋縄ではいかない。

「考え直してください」と申し出ても、何か特別な理由がなければ認めないことだろう。


もっと言えば、誰かに直接言われるのではなく、自らの意思で変更したいと思わせることが、彼女の性格を考慮した上での最善だ。


(でも、そんなことが可能なのかな・・・)


思案を巡らせるが答えは得られず、気づくと皿の上のコロッケは無くなっていた。


「ごちそうさま」

「はい。お粗末さま」


皿を台所へと運び、自室へ戻るかんな。


残された祖母は年相応に悩む孫の姿を思い浮かべ、少し嬉しそうに優しく微笑んだ。



自室に戻ったかんなは机に向かい、赤を説得するための作戦を考えていた。


「だめだ!思いつかない!」


しかし、なかなかこれといった案は浮かばない。


赤とはあまり面識がないため直接交渉するのは良案と思えず、青に頼んでも、赤の性格から素直に意見を飲み込みはしないだろう。


匿名で脅すなども考えたが、見つかった時のリスクが高すぎるし、なにより道徳心に欠ける行いであるため却下となった。


「んー」


背もたれに体重を預け、気分転換も兼ねて伸びをしながら辺りを見渡す。


その時。部屋に置かれたあるものが、かんなの目に止まった。


「あ、これだ!」


何を閃いたのか勢いよく椅子から立ち上がると、かんなは部屋の一方に手を伸ばした。


「これを赤会長が読めば・・・」


かんなが手にとったのは、とある少年漫画だった。


これは余談であるが、彼女の部屋は実に女の子らしいものだが、その一部分だけ少し雰囲気が違う。

その原因は、本棚に置かれた少年漫画の数々であった。


女の子が少年漫画を読むこと自体はさほど珍しくないが、その数が異常なのだ。

自称漫画好きの男子を軽く凌駕する数の少年漫画が、彼女の部屋には置かれていた。


それは、小学生の頃に出会った特別な男の子に近づくために集め始めたものだが、その奥の深い面白さにハマり、今では完全に趣味となっていた。


その過去が、今の彼女の悩みに対する明確な答えへと形を変えて、その手に握られていた。


名案と呼ぶには少々不確定要素が多かったが、試してみる価値は十分な代物である。


(上手くいくかな・・・)


不安と期待を胸に秘め、如月かんなは少年漫画を次々と紙袋に詰め始めた。




11月9日 昼休み 放送室


『TKW(常盤)お昼の放送』という、週に一回の放送委員の仕事を終えた青とかんなの二人は、食べ損ねていた弁当を広げ、雑談を交えながら昼休憩をとっていた。


「そうだ!これ凄く面白かったよ!!」


そう言って、青が鞄から取り出したのは、かんなが先週から貸していた少年漫画だった。


「てか、蟻の敵強すぎでしょ!あれは反則だわー」

「確かにあれは強敵でしたね」


青の感想からして、どうやら本心から楽しめて貰えたようだ。

語り合える友人が少ないかんなにとっては、純粋に嬉しい出来事だった。


「それでね、みどりに話したら興味持ったみたいでさ。今度買いに行くらしいよ」

「え!?ほんとですか!?」


思わず自身の耳を疑うかんな。

というのも、その動きこそ彼女が望んだものだったのだ。


かんなの作戦は、この少年漫画を赤に読ませることが条件であり、一番の難事だった。


かんなはこの条件を達成するため、青に読んでもらった後、赤にも勧めるよう促すつもりでいた。

それが、赤の方から興味を示してきた上に、自分で買うと言い出すとは。


話が上手くいきすぎて怖いくらいだ。


「読んだら、感想聞いとくね!」

「はい、是非お願いします!」


柔和な笑みで漫画を受け取り、自身の鞄の中に押し込む。


理想的すぎる展開に、心を踊らせながら。




11月15日 昼休み


赤が漫画に興味を持ったと聞いた日から、一度週を跨いだ月曜日。

この日の2年1組の教室には、珍しい人物が訪れていた。


「へい、やってるかい?」


まるで行きつけの居酒屋にでもやって来たかのような振る舞いで、教室に来たのは赤みどり。


それにいち早く反応を見せたのは、バドミントン部の後輩にあたる松咲花であった。


「みどりさん。どうかしましたか?」

「ちょっと如月さんに話があってね」

「かんなに?」


突然出てきた接点のないはずの親友の名前に、訝しげな視線を送る花だったが、そんなのは御構い無しに、赤はズタズタとかんなの元へ向かう。


「赤会長。私に何か用ですか?」

「うん。ちょっといいかな?」


笑顔で頷く赤に連れ去られる形で、かんなが教室を後にする。


「一体なにごとでしょうか・・?」


赤とかんなの姿が見えなくなったドア付近を眺め、思案に耽る花。

しかし、選挙という情報が全く無い現状でその答えに至るはずもなく、花の中では「赤みどりのいつもの気まぐれ」という事で処理された。


そして、一時的に非日常を匂わせた教室は、張り詰めていた空気を緩め、いつも通りの日常へと戻っていった。


その裏で、自分の未来が改変させられたという事実を、一人の少女に伝えることのないままに。




「いやー、如月さん。本当にありがとう!この作品に出会わなかったら、私は人生の2分の5損していたよ!」


「一体、何度転生するつもりだ」と、心の中でツッコミを入れつつ、かんなは赤の言葉に適当に相槌を打っていた。


場所は生徒会室。

普段は生徒会長である赤が入り浸っており、たまに青が助っ人に来るくらいなので、部屋の中には赤の私物が多く持ち込まれている。


かんなも初めて訪れたわけだが、淹れたての紅茶と共にお菓子まで出され、備品のソファですっかり寛いでしまっていた。


「それでね、漫画の中で選挙のシーンがあったでしょ!私、あの流れが大好きでさ。あのシステムを今度の生徒会選挙に採用しようかと思うんだけど、どう思う?」

「私もそこ大好きです!なかなか面白いんじゃないですか?」

「だよね!うん、そうしよう」


深く頷き、尚も漫画の話を続ける赤みどり。

その正面に座り、紅茶を啜る如月かんなの口元は、僅かににやついていた。


赤に漫画を読ませ、漫画の中の選挙の場面に興味を持ってもらい、次期生徒会長選任の方法に採用させる。これこそがかんなの狙いであった。


生徒会長としての言動や青の話から、赤は漫画やアニメなどの影響を受けやすい性格だということはわかっていた。


が、確実性に欠けるのも事実で、成功する確率はかなり低いと思われた。


ところが、不確定要素の多いこの作戦が、それこそ漫画のように思惑通り達成されたことに、如月かんなは戸惑いながらも喜びを隠しきれない様子だ。


「ところで・・」


しかし、続く赤の言葉に、かんなの口元はきつく結ばれることとなる。


「私がこの時期にこの漫画に出会ったのは偶然なのかな?それとも必然?もしかして、運命ってやつなのかな?」

「・・・なにが言いたいんですか?」


笑みを消した赤の意味ありげな発言と態度に、かんなの額にうっすらと冷や汗が浮かぶ。


「如月さんがりんごを通じて私にこの漫画を勧めたことで、結果として生徒会選挙の方法は変わった。これによって得する人がいるとすれば『花以外の生徒会長になりたい人』になるわけだけど、誰か心当たりがあったりしないかな?」


(どういうこと?全部バレてる??理解した上で協力するってこと???)


様々な疑問が頭の中で膨らんでいくが、目の前の先輩女子からは何も答えを得られない。

適当な言い訳も見つからず黙っていると、赤みどりは耐えきれなくなったように笑い出した。


「いや、ごめんね。脅すつもりは無かったんだけど面白くてついさ。かんなちゃんは嘘がつけないタイプみたいだね。安心してよ。私は面白いと思った方に進むだけだからさ」


怒涛の展開に頭がついていかず、いつもの冷静さを失ったかんなが、呆けた顔で赤の姿を眺める。


「なるほどね。通りで花が気に入るわけだ」

「え?それってどういう・・・」

「おっと、ごめんよ。今のは無しでよろしく」


無邪気に見える笑顔を浮かべたかと思うと、ガバッと立ち上がり、赤みどりが生徒会室の出口の方へ歩いていく。

それに合わせて、如月かんなも反射的に立ち上がる。


「かんなちゃんはゆっくりしててよ。お菓子も好きなだけ食べていいからね。じゃあ、選挙頑張ってね」

「あっ、はい。ありがとうございます」


こちらに手を振りながら生徒会室を後にする現生徒会長。


その背中を見送ったかんなは、深い溜息と共に、崩れ落ちるようにソファに座り込んだ。




それから時は流れ、赤によって選挙の詳細が発表されてから数日後。


一次投票を間近に控えたこの時期に、最終候補者に自分が選ばれることを確信していた如月かんなは、次の作戦に向けて動き始めていた。


その間に放課後の教室にて、赤の発言の意味に気づく出来事があったのだが、その時の衝撃は心の奥底にしまい込み、感情の整理は後回しにしている状態であった。


「石田武に石田文ねえ〜」


昼休み

廊下を歩く如月かんなは、手元のメモを見ながら呟いていた。


かんなは自分の他に一次投票で選出されるであろう人物として、2人の生徒を予想していた。


中村拓と杉咲花。

勉強に部活に人望。どれを取っても、この2人の当選は確実だろう。


残り2人は、弟月はじめかサッカー部の田中。もしくは一年生の誰かといったところだろうか。

この内の誰かなら辞退する可能性が高いと思われる。


最終投票で勝つための秘策として、演説にて生徒会活動に消極的な生徒と、任命方法に疑問を持つ1年生の浮動票を集める手段を持ち合わせていたのだが、それで安心するかんなではなかった。


より確実で比較的容易な方法。

かんなが思いついたその方法とは、1番の有力候補者である中村拓の票を奪うというものだった。


どうにか実現できないかと拓の情報をかき集めていると、二人の一年生の名前が挙がった、という運びであった。


「とりあえず文って子のとこに行ってみようかな」


そう呟き、かんなは1年生の教室へ向かった。



一年教室前 廊下


「急に呼び出してごめんね」

「いえ、かんな先輩と話せて光栄です」


初対面のはずの後輩から自分の下の名前が出たことに少しの疑問を覚えたが、花の所属するバドミントン部の後輩だと思い出し、疑問を笑顔へと変換させる。


「花先輩から聞いてますよ!凄い人なんですよね?」

「どうかな?凄いかどうかは他人が決めることだからね」

「おー!花先輩と違って知的です。かっこいいです!」

「あはは」


さらっとディスられた花の顔が脳裏に浮かび、乾いた笑みを浮かべる。


「それで、何の用ですか?」

「えーとね。中村拓って知ってる?」

「え・・はい。知ってますけど・・・」


どこか歯切れの悪い文の様子を怪訝に思いながらも、かんなは質問を続ける。


「拓くんと従兄妹だって聞いたんだけど本当かな?」

「はい。そうです」

「小さい頃の拓くんについて知りたいんだけど、教えてくれるかな?」

「・・・」


かんなの問いかけに、バツが悪そうに目を逸らす文。

その様子に何か裏があると踏んだかんなは、さらに踏み込んだ質問をすることにした。


「えーと。もしかしてなにかあったのかな?」

「・・・実はですね」


辺りを見渡し誰もいないことを確認した文は、声のトーンを落としてヒソヒソと語り始めた。


「私と武。あー、私の兄なんですけど。従兄弟の拓くんとは小さい頃から仲良しだったんですよ。頼れるもう一人のお兄ちゃんみたいな感じで。拓くんに影響されて武も野球始めたりして」

「確かにお兄ちゃんっぽい性格だよね」


かんなの言葉に、文は笑顔で頷いて同意する。


「それで私、口癖みたいに言ってたことがあるんです」


そこで一度間を開けると、過去を後悔するように苦い顔でこう続けた。


「『私、将来は拓くんのお嫁さんになる』って」


その言葉と表情から、かんなの中で1つの仮説が浮かび上がる。


「小学生の高学年くらいまで言い続けてたんですけど、恋心みたいなものがうっすらと理解できるようになってからは、言わないようにしてたんです」


文の表情からは、切なさのようなものが溢れだしていた。


「それから拓くんは中学生になって、必然的にあまり遊ばなくなってたんですけど、私も中学生になってしばらくした時に、その・・・『好きだ』って言われまして・・」

「それで文ちゃんはなんて答えたの?」

「実は、その頃に一目惚れした男の子がいて・・・」


もじもじしながら話す文の心中と話の顛末を察したかんなは、会話を切り上げる方向へとシフトする。


「なるほどね。うん、わかった。ありがとう」

「こんな話で役に立ちましたか?」

「うん、ばっちり」

「それはよかったです。それで、このことなんですけど・・」

「わかってる。誰にも言わないよ」

「は、はい。よろしくお願いします」

「文ちゃんも今日のこと秘密にしておいてくれるかな?その方が私も隠しやすいし」

「そうですね。わかりました」


律儀にお辞儀する文に笑顔で手を振りながら、かんなは一年教室前の廊下をスタスタと歩いていく。


悪人じみた考えを胸の内に秘めながら。




11月26日 放課後


一次投票が終わり、最終候補者が発表された次の日。


屋上へと続く階段の踊り場で、中村拓と松咲花が密会を終えた直後。

先にいなくなった花に続いて自主練に向かおうとしていた拓が、花とは別の女子生徒によって再び引きとめられていた。


「ちょっといいかな?」

「またか。今日は来客が多いな」


顔には一切驚いた様子を見せない拓に、来客である如月かんなは言葉を投げかける。


「石田文。この一年生のこと知ってるよね?」

「・・・文がどうかしたのか?」


いつもの無表情の中に動揺がうっすらと顔を出したことに気づいたかんなは、そのまま話を進める。


「実は、私ある女の子に好意を持たれてるみたいでね。しかも、ライクじゃなくてラブの方みたいなんだ」


あえて『誰が』という情報を与えずに話を進めるかんな。

だが前置きと自身の心境から、拓の脳内ではそれが文のことであると自動的に誤変換される。


「でも私、別に好きな人がいるから。その気持ちには応えられないんだよね・・・」


赤みどりの言うように嘘がつけない性格のかんなは、あくまで松咲花についての事実を、さも石田文のことであるかのように語る。


「それで何が言いたいんだ?」


拓の尤もな質問に、絶妙な間を置いた後、かんなはこう答えた。


「今度の演説で、私に票を入れるように言ってくれないかな?」

「は?それに何の意味があるんだ?」

「えーとね。詳しくは言えないんだけど、私が生徒会長になったら、拓くんの望む方向に進むと思うの」

「・・・」


かんなの提案を受け、考え込む素振りをみせる中村拓。

数秒の沈黙の後、拓が導き出した答えは、


「わかった。協力しよう」


如月かんなの当選を圧倒的に有利にする肯定であった。


頭が切れ冷静な判断ができるはずの拓だが、恋が魅せる幻影の前では盲目になってしまうらしい。


こうして、松咲花が地道に選挙活動をしていたその裏で、彼女のライバルである如月かんなの当選がほぼ確実なものへと変化していたのだった。




12月1日 放課後


「というわけ」

「・・・・・」


一通り説明を終えた如月かんなは、ずっと黙って聞いていた杉咲花の反応を待つ。


「みどりさんが教室に来た時から、かんなはもう動いてたんですね」


少し落ち着いたのか敬語口調に戻った花が、確かめるように呟く。


「騙すようなかたちになってごめんね」

「いいえ。これはそういう勝負ですから」


今思えば、一次投票の結果が記された紙に『演説及び最終投票までの期間中の活動については、一切の縛りを設けないものとする』と書かれていたのは、かんなの動きを面白そうだと予想した赤が面白半分で追記したのだろう。


「私はまた勝てなかったんですね・・・」


俯き落ち込む花にかける言葉が見つからず、かんなはじっと沈黙を貫く。


実は、赤みどりの恐ろしさを身を持って知ったかんなは、中村拓との交渉に成功した後、赤会長の『面白そうという理由で演説の後に投票のルールを急遽変更する』などの暴走を防ぐため、青りんごの復縁に力を貸したりもしていたのだが、これ以上の情報は酷だと思い、話すことはしなかった。


「私はかんなと対等な存在に、肩を並べる友人になりたかったんです。生徒会長になれば胸を張って友達と言えるようになると・・そう思ったんですが・・・」


神妙な面持ちで絞り出すように言葉を紡ぐ花を前に、かんなはある言葉を口にした。


「花が今でもそう思ってくれるなら、ひとつお願いを聞いてくれないかな?」

「え?」


顔を上げる花に向かって発せられたかんなのお願いは、花の望みを半分叶え、拓との約束を半分守るものだった。


「それも計算済みってわけですか?」

「そうだね。私のこと嫌いになった?」


不安そうに尋ねるかんなに、今にも泣き出しそうだった花は人差し指で目尻をなぞりながらこう応えた。


「いいえ、もっと好きになりました!」


目の端にうっすらと涙を溜めたまま、いつもの調子に戻った花が満面の笑みを見せる。


そんなリアクションにかんなは一瞬驚いた表情を見せ、その後釣られたように笑い、こう言った。


「花は私の大切な友達だよ」


屋上へと続く階段の踊り場で、互いに健闘を称え合う友人ふたり。


果たして、この踊り場の先にあるのは本当に屋上なのか。

それとも、まだ階段が続いているのか。はたまたエスカレーターやエレベーターが用意されているのか。


そして、上りきった先にある屋上からは何が見えるのか。


その答えは、実際に上った者にしか分からないのであった。

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