第13話 それぞれの青春 その1


常盤祭会場


はじめ、拓、かんな、花、文の5人は、それぞれ屋台で食べたいものを買うため、一時的に別行動をとっていた。


「ふみ〜。どっちが早く食べれるか競争しましょう!」

「いいですけど、後悔しても知りませんよ」


イチゴ味とメロン味のかき氷をそれぞれ購入した花と文が、せーので勢いよく食べ始める。


「イッターい!頭が割れそうです・・・って文!?ちょっと早くないですか!?」

「むふふ。私は頭がキーンってならない特殊体質なのです!」


悶絶する花に向かってドヤ顔で自慢する文。


「師匠って生徒会じゃあんな感じなんだな」

「師匠?文のことか?」

「ああ、この間色々世話になってな。師匠って呼んでるんだ」

「そうか」


そこに焼き鳥を購入したはじめと拓が合流し、花と文のやり取りを見ながら、砂ずりとつくねをそれぞれ頂く。


「おまたせ。花火までまだ時間あるけど何しよっか?」


続いて、バナナクレープを持ったかんなが、ニコニコしながらやってきた。


「やけに上機嫌だな」

「うん。クレープ好きだから」


はじめに言葉を返しつつ、髪を耳にかけて幸せそうにクレープを頬張る。


そんな想い人の仕草に、はじめの焼き鳥を持つ手は、しばし動きを止めた。


「花と文。またコントしてるの?」

「コントじゃないですよ。文が意地悪するんです」

「花先輩が言い出したんじゃないですか」

「文。あんまり花をいじめちゃダメだよ。惨めになるから」

「・・・そうですね。先輩としての面目が丸潰れですよね」

「ちょっと!」


花が大袈裟にツッコミを入れ、それに反応してかんなと文が笑う。


そんな生徒会の日常を垣間見たはじめは、2本目の焼き鳥を取り出しながら、拓に話しかけた。


「お前と武。生徒会では肩身狭そうだな」

「そうか?俺は見てるだけで楽しいけどな」

「そういうもんか」


「確かに拓はそうかもな」と納得しつつ、「武はそうもいかないだろうな」と、はじめは心の中で後輩の心配をするのだった。




二年組側


「武はいいよな。あんな美人な先輩たちと繋がりがあってさ」

「それに妹も可愛いとか反則だよな〜」


武と同じ常盤中の二年生2人が、武に両側からタックルを仕掛け、文句を垂れる。


「えっ!あれ武の妹なの!?」

「めちゃめちゃ可愛くなかった?」

「武。俺のこと紹介してよ!」


それに反応した丸美屋中の二年生3人が、ここぞとばかりに文とお近づきになろうと試みる。


「やめとけやめとけ。あいつ家ではだらしないし暴力振るうし。ろくなことないぞ」

「あんな可愛い子に暴力振るわれるならご褒美だろ」


武以外の二年組が、「うんうん」と揃って頷く。


息ぴったりな反応に苦笑いを浮かべると、武はこう続けた。


「それに、好きな相手もいるみたいだしな」

「まじかよ〜」

「何処のどいつだよ。その羨ましい奴は」

「さあ?誰だろうな」


そう口では喋りながら、武は2人の人物を思い浮かべていた。


「どっちに転ぶかな」

「え?どういう意味だよ」

「いや、なんでもない」


「教えろよー」と、肩を揺さぶられる武。


双子の兄である武は、文の心の繊細な変化を感知し、その内訳をほぼ完璧に把握していた。


それは双子という性質の他に、一歩下がった場所からの観測、という条件があったからこそ出来たことだろう。


そんな妹思いの兄の心配を知ってか知らずか。

文の青春は、この祭りで一気に加速することとなる。




弟月はじめ 中村拓 如月かんな 松咲花 石田文側


「あれ?あそこにいるの赤会長じゃない?」


かんなが一方を指差して言葉を漏らす。

その先には、なんだかいつもよりしおらしく見える、赤みどりの姿があった。


「・・・あっ、花ちゃん!いいところに!」


元生徒会長が、花を見つけてこちらへ駆け寄ってくる。


「花ちゃん助けて!」

「え!?どうしたんですか!?」


花の両肩を掴み、必死の形相で訴える赤。


「実はね、私とりんごとりんごのお兄さんの3人で祭りを回る予定だったんだけど、りんごが急用で来れなくなって・・・」


赤の言葉を受けて後方に目を向けると、りんご飴を食べながら佇む、モデルのようなスタイルの男の姿があった。


「というわけで、ちょっと一緒に来て!」

「え!?私、面識ないんですけど・・・」

「お願い!今度なんか奢るから」

「うう。仕方ないですね」


部活の先輩でもある赤の願いを断るわけにもいかず、花が渋々了承する。


「すみません。ちょっと行ってきますね」

「うん。赤会長、青先輩によろしく言っておいてください」

「ありがとう!伝えとくね」


赤みどりに対する尊敬の意からか、依然会長呼びを続けるかんな。


そんな彼女らに見送られ、花は名残惜しそうな表情を浮かべながら、赤に連れ去られていった。




梅月松竹側


「徹のやつ。なかなかやるな」


九重徹に大食い勝負を挑んだ松竹だったが、現在の戦況は均衡。

大量のたこ焼きを購入したのだが、ふたりとも完食し、松竹が追加の分を買いに屋台を訪れている状況だった。


「おばちゃん。たこ焼き10パックちょうだい」

「さっきの子じゃない。まだ食べるのかい?」

「ああ。おばちゃんのたこ焼き美味しいから」

「あら、嬉しいねえ。これサービス!」


追加で渡してきた1パックのたこ焼きを苦笑いで受け取り、屋台を後にする。


(徹のことだから、1パック増えてもわからんだろ)


既に満腹という状況もあり、少しせこい考えを抱きながら松竹が徹の元へと戻っていると、視界の隅に見覚えのある男性の姿を捉えた。


「田辺先生。こんなとこで何してるんですか?」

「ん。ああ、梅月くんですか。私は見回りですよ」


松竹に声をかけられた合同野球部顧問の田辺が、腕につけた『巡回中』の文字を見せてくる。


「へぇー。先生も大変ですね」

「そうですね。でも、その分やり甲斐のある仕事ですよ」


アハハッと笑う田辺に合わせて笑みを浮かべると、松竹は徐に話を切り出した。


「・・・先生。今回は本当にありがとうございました」

「いえいえ、とんでもない。助かったのはこっちの方ですよ」


深々と頭を下げる松竹に、慌てて手を振り、顔を上げるように促す田辺。


今回の合同野球部だが、結成の裏には田辺の人知れぬ努力があった。


3年生に最後に大会に出て欲しいと考えた田辺は、合同で出てくれる野球部を探して、近隣の学校を順番に訪れていた。


そこで常盤中と同じ境遇の丸美屋中の存在を知り、一緒に大会に出て欲しいと頼み込んでいたのだ。


最初は「受験もあるので」と、断られていたのだが、田辺の熱意に根負けした丸美屋中の野球部顧問が、常盤中の校長に正式に依頼した、という流れだった。


そして、この事実を知っているのは、野球部の中では梅月松竹ただ1人だ。


「俺らはもう引退のつもりだったんで、最後に大会に出れるって知った時は凄く嬉しかったんですよ」

「そうですか。それなら私も頑張った甲斐がありました」


嬉しそうに微笑む田辺を見て、松竹は「こういう大人になりたい」と、密かに思った。


「あっ、そうだ」


思い出したように呟くと、松竹は自身が持つビニール袋からたこ焼きを1パック取り出した。


「これ良かったら貰ってください」

「いいんですか?」

「はい。お礼です」


松竹からたこ焼きを受け取る田辺。

その目は心なしか潤んでいるように見える。


「こんなに優しくされたのは久しぶりです」


と、心底嬉しそうな田辺に、


「それじゃあ、大会頑張りましょう」


と、別れを告げて、松竹は颯爽とその場を去った。



「すっかり遅くなっちまったな」


徹に少しの申し訳なさを感じつつ歩く松竹だったが。


「・・・あれ?」


元居た場所に、徹の姿はなかった。




青りんご側


「どっかにいい男いないかな〜」


赤みどりに急用ができたと嘘をつき、1人で祭りにやってきていた青りんご。


彼女といえば、去年の生徒会選挙の時に、かんなの協力もあって1つ年下の田中と復縁したのだが、青が高校生となったことで自然消滅してしまっていた。


高校でも恋人はできず、運命の相手を求めて祭りにやってきたというわけだ。


「みどりと兄さんと祭りなんて。そんな地獄に付き合ってられるかっての」


乙女の表情をする赤の顔を思い浮かべて、苦虫を噛み潰したような表情をする青りんご。


そんな彼女の表情が、視界に映った1人の少年の姿によって、180度切り替わる。


「あれは・・・。どう見てもイケメン!」


屋台の袖で佇む少年を見つけ、青が鼻息を荒くする。


が、


「王ちゃんおまたせ〜」

「思ったより混んでてさあ」

「はい。あーんして」


少年を囲むように現れた3人の少女たち。


少し派手だが整った顔立ちの美少女たちを前に、青りんごの儚い幻想は崩れ去った。


「はあ。みどりは上手くいってるかな・・・」


幼馴染の恋路を少しだけ気にかけながら。

青りんごは、獲物を狙うハイエナのような目で、一人祭り会場を闊歩するのだった。




赤みどり側


「飲み物でも買ってこようか?何味がいい?」

「あっ、はい。じゃあ、グレープでお願いします」

「グレープね。松咲さんは?」

「えっ、はい。じゃあ、私もグレープでお願いします」

「りょうかい」


赤みどりと松咲花の注文を受けて、青りんごの兄が屋台へと向かう。


「ちょっと!なんで花ちゃんまで緊張してるのさ!」

「しょうがないじゃないですか!私だってイケメン耐性0なんですよ!」


残された赤と花が、慌てた様子で言葉を交わす。


「しまった。グレープよりいちごの方が可愛かったかな・・・」

「どんな偏見ですか」

「ほら、いちごの方が赤いし」


慌てる赤の発言は、いつにも増して支離滅裂だ。


「はあ。赤先輩は青先輩のお兄さんと付き合い長いんじゃないですか?」

「うん。小さい時から知ってる」

「じゃあ、なんで緊張してるんですか?」

「そんなの・・・付き合いが長いからこそだよ!」


顔をいちごのように真っ赤に染め上げる赤は、どこからどう見ても乙女の表情だ。


「はっはーん。成る程ですね〜」


その表情から赤の気持ちに気付いた花は、腰に手を当てて、得意げに胸を張る。


「ここは私が人肌脱ぎますか」

「花ちゃん・・・」

「おまたせ。なんの話してたの」

「「!?」」


飲み物を両手に持った青の兄が帰ってきて、赤と花は同時に背筋をピンと伸ばし、仲良く固まる。


「なっ、なんでもないです!」

「喉乾いたねー。って言ってただけです!」


2人の様子を怪しがりながらも、「じゃあ行こうか」と先導する青の兄。



松咲花という頼りないキューピットを引き連れて、赤みどりは『恋路』という茨の道を歩むのだった。




弟月はじめ 中村拓 如月かんな 石田文側


「拓。ああいうの意外と得意なんだな」

「ああ。コツは盗塁を刺すイメージだ」


先ほどまで遊んでいた射的にて、抜群のセンスを見せた拓。

彼にとって、キャッチャーというポジションは天職なのかもしれない。


「拓くん。ありがとです」

「ああ。好きなだけ食べてくれ」


射的の景品であるお菓子を拓から貰った文が、幸せそうな顔で頬張っている。


「あ!あれやりましょう!」


口の中のお菓子を急いで飲み込んだ文が、ある屋台をみつけて駆け出した。


「金魚すくいか」

「小さい時を思い出すなあ」

「うん。私もやりたい」


文の提案に前向きな反応を見せた3人も、遅れて屋台へと向かう。


「お!いらっしゃい。4人分ね」


屋台のおいちゃんからポイを受け取ると、少し考える素振りを見せ、かんながこんな提案を始めた。


「ねえ。せっかくだから罰ゲーム決めない?」

「おう、いいな。どんなだ?」

「えーとね。『ビリの人は一位の人のお願いを一つ叶える』っていうのはどうかな?」

「それいいですね。やりましょう」

「よし、のった」

「ああ。わかった」


かんなが提案した罰ゲームの内容に、それぞれが様々な思惑を胸に、目の色を変えて賛同する。


急遽始まったこの金魚すくい対決が、文の青春を一気に加速させる要因となるのだが、当の本人はそのようなことなど夢にも思っていないのだった。




九重徹側


「しょうちゃ〜ん。どこっしょ〜」


梅月松竹の帰りが遅かった為、捜索に乗り出した徹は、会場の外れにある石段を上りながら、松竹の名前を呼んでいた。


「もう、祭りで迷子になるなんて。しょうちゃんも困ったやつっしょ」


側から見れば迷子なのは徹の方だったが、自分のことを信じて疑わない徹は、迷いのない足取りで石段を一段一段踏みしめている。


「あれ?ここは・・・」


石段を上り終えた先。

そこにあったのは、以前弟月はじめと訪れた、長らく手入れをされた形跡のない神社だった。


「なんだー。あの場所と繋がってたのかあ」

「にゃー」

「ん?」


大げさに首を縦に振る徹に相槌を打つように、どこからか猫が鳴き声をあげる。


「あっ、いたいた!」


徹が猫の居場所を見つけ、驚かせないようにゆっくりと近づく。


「お前もひとりなのか」

「にゃー」

「そうか・・・。俺たち一緒だな」

「にゃー、にゃー」


まるで会話しているかのように鳴く猫。

頭を優しく撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。


「お前。俺と来るか?」

「にゃー」

「そうか。よし、今日からお前の名前は『だぶるとーる』だ!」

「にゃー、にゃー」


猫を丁寧に両手で持ち上げ、優しく抱えるように運ぶ。


中学3年の夏。

九重徹は、一匹の猫と運命の出会いを果たした。




弟月はじめ 中村拓 如月かんな 石田文側


「それじゃあ始めるか」


水槽の中で泳ぎ回る金魚たちの前で、ポイを片手に屈む4人の少年少女。

その正体は、左から順に拓、文、はじめ、かんなだ。


「1つのポイで何匹すくえるかで勝負ね」

「ああ。わかった」

「手加減しないからな」

「負けないですよー」

「よーいスタート」


かんなの号令で、金魚すくい対決の戦いの火蓋が切られた。


「って師匠!?うますぎじゃね!?」

「ムフフ。金魚すくいは私の十八番なんですよ〜」


はじめの方に顔を向け、ノールックで次々と金魚をすくっていく文。

容器の中では、既に10匹ほどの金魚が飛び跳ねていた。


「出来レースじゃねえか・・・って、かんなもなかなか上手いな」

「まあね。繊細な作業は得意だから」


文ほどではないが、かんなも確実に容器の金魚を増やしている。


「あ・・・」


プロさながらの動きを見せる文の奥では、破れたポイを虚しく見つめる拓の姿があった。

容器の中では一匹の金魚が優雅に泳いでいる。


はじめは既に2匹すくっているため、ビリは拓に決定だ。


「ねえ、あの出目金。はじめくんに似てない?」


かんなが水槽の一方を指差す。

はじめも動きを一旦止めて、その方向に目を向ける。


「俺に?何処がだよ?」

「ほら。水槽の隅でサボってるとことか」

「そういうことか」


かんなの言う通り、その出目金は水槽の端の方でじっと固まっていた。


「あれが俺なら、いざという時はめちゃくちゃ速く動くんだろうな」

「そうかもね。狙ってみようか」


かんながそーっと出目金にポイを近づける。

出目金は逃げる素振りを全く見せず、固まったままだ。


「えい」


ぽちゃん。と音を立てて着水する出目金。


一度は持ち上がったのだが、重さに耐えかねてポイが破れ、出目金は逃げてしまった。


「・・・はじめくんは気をつけてね」

「俺がこのままじゃ太るって言いたいのか?」

「うん。よくわかったね」

「大きなお世話だ」

「ところで、はじめくん。ポイ浸けたままだけどいいの?」

「え?あ、しまった」


かんなと出目金の対決を熱心に観察していたはじめは、ポイを水槽に浸けたままにしていた。

慌てて引き上げるが、時既に遅し。綺麗に破れてしまっていた。


「ってことは、師匠が優勝だな」

「・・え?あっ、やりました」


はじめに突然話を振られ、文が慌てて言葉を返す。


「・・・文?」


手を上げて、嬉しがる素振りを見せる文。

しかし、隣にいる拓の目には、その笑顔は少しぎこちないものに映った。



結局すくった金魚たちは水槽に戻し、久方ぶりに立ち上がった4人。


「そろそろ花火始まるな」

「そうだね。場所取りしようか」


はじめとかんなが花火の為に打ち合わせをしていると。


「すみません。友達に呼び出されちゃいました」


携帯の画面に視線を落としていた文が、申し訳なさそうに言葉を漏らした。


「そうか。じゃあここでお別れだな」

「・・・・・はい。お別れです」


言葉に詰まる文に、はじめは少しの違和感を覚えたが、特に追求することでもないと思い、受け流す。


「拓への罰ゲーム考えとけよ〜」

「はい。わかりました!」


はじめの言葉に笑顔で返事をし、文が足早に駆けていく。


「・・・・・」


その背中を眺めながら、何やら考え込む拓。


「すまん。ちょっと急用ができた」

「は?なんだよ」

「急な用事だ」

「いや、それは分かるけど・・・」


はじめの言葉の続きを待たず、「じゃあな」と拓も駆けていく。


「なんだよ。あいつまで」

「どうしたんだろうね」


困惑する弟月はじめと如月かんなを残し、松咲花に続いて、中村拓と石田文も離脱したのだった。




松咲花側


「すっかり遅くなってしまいました」


赤みどりの恋のキューピットとしての役割を果たした花は、かんなたちと合流する為に、人混みを掻き分けながら進んでいた。


「赤先輩、大丈夫でしょうか?」


先輩の頼みということもあり、赤と青の兄と3人で屋台を回っていた花だったが、花火の時間が近づいてきたため、ふたりを残してこっそりと離脱したのだ。


それは責任を放棄したわけではなく、ふたりのことを観察したうえで、勝算が高いと踏んでの行動だった。


赤に関しては言うまでもないが、青の兄に関しても、赤に対して好意を抱いているように見えたのだ。


「先輩頑張ってください」


赤の健闘を祈りながら歩を進めていると。


「あれ?今のは・・・」


見覚えのある少女とすれ違い、花の足は一時的に速度を緩めた。


「って、今度は中村くん!?」


その少女を追いかける、これまた見覚えのある少年の登場に、花の足は完全に止まる結果となった。


「ということは、さっきのはやっぱり文。う〜ん、これは何かにおいますね〜」


顎に手を当て、目を輝かせる花。


その直後。彼女の歩は、向きを180度変えた。




赤みどり側


(もう!花ちゃんったらどこに行ったんだよ!!)


花の離脱により、想い人とふたりきりという状況になった赤みどり。

心の中では後輩に文句を垂れながらも、青の兄には動揺を見せまいと、必死に冷静を装っていた。


「もうすぐ花火始まるね」

「そっ、そうですね」

「・・・・・」

「・・・・・」


極度の緊張からいつものように言葉が出てこず、会話が思うように続かない。


「やっぱり、りんごも一緒の方が良かったかな?」

「えっ?」


ポツリと漏れた呟きに、みどりが顔を上げる。


「男とふたりきりなんて、みどりちゃんも嫌だよね」

「そっ、そんなことないです!お兄さんとふたりきりで私嬉しいです!」

「ほんと?それならいいんだけど」


ニコッと笑う青の兄の顔を直視できず、顔を逸らして、もじもじとする赤。


「あの、お兄さん。その、私・・・」


伝えたい想いが溢れては弾け、喉から言葉は何もでてこない。


「すみません。私、変ですよね・・・」


「また言えなかった」と肩を落とし、自嘲気味に笑う。


そんな彼女を見つめる青の兄が、まるで心の声がそのまま吐き出されたように、ある言葉を呟いた。


「・・・すきだ」

「・・・え!?」

「あっ、ちがっ!いや、違わないんだけど・・・」


珍しく慌てた様子の青の兄が、両手で顔を覆って恥ずかしそうにしている。


「急にこんなこと言ってごめん。変だよね・・・」


明らかに落ち込む青の兄を前に、赤は耐えきれなくなったように吹き出した。


「ちょっと、みどりちゃん!?」

「あはは。ごめんなさい。なんだか可笑しくって」


屈託のない赤の笑顔を見て、青の兄の顔にも自然と笑みが浮かぶ。


「私たち『変』ですね」

「ああ『変』だな」


ふたりの笑い声が夏の夜空へと吸い込まれていく。


祭の花火が打ち上がるよりも前に。

赤みどりの『恋路』には、明るく綺麗な火が灯った。




石田文側


はじめとかんなの元を去った文は、祭り会場の隅にある砂浜で、ひとり体育座りをして海を眺めていた。


「どうして追いかけてくるんですか」


海の方を向いたまま発せられた文の言葉に、背後にいた男がビクッと背筋を伸ばす。


「気づいてたのか・・・」

「バレバレですよ。足音でわかります」


呆れたように振り返る文の瞳に映ったのは、ハアハアと肩で息をする拓の姿だった。


「途中で見失って焦ったぞ」

「私は小さいですからね。隠れるのは得意分野です」


少し不貞腐れたように話す文。

拓は「フゥー」と大きく深呼吸をして息を整えると、彼女の目を見て問うた。


「どうして嘘をついたんだ」


拓の言葉に少し驚いた表情を見せると、「私もバレバレだったみたいですね」と、首を振りながら呟き、文はこう答えた。


「拓くんの言う通り、友達に呼び出されたというのは真っ赤な嘘です」


先ほど文は、携帯の画面を見てから離脱すると言い出した。

しかし、その携帯の画面には何も表示されていなかった。


つまり、携帯は言い訳のためのフェイクだったわけだ。


そして、隣にいた拓はその事実を知っていた。

それ故に、文を追いかけんと走りだしたのだ。


「でも、しょうがないじゃないですか・・・」


ポツリと漏れた文の言葉は、様々な感情の波に流された挙句に砂浜に打ち上げられ、その拍子に溢れ出たような。そんなニュアンスを感じるものだった。


「金魚すくいの時、かんな先輩と話す弟月先輩の顔を見ましたか?」

「はじめの顔?いいや、覚えてないな」

「言葉で表すのは難しいんですけど、なんというか『生き生き』してたんですよ」


先の見えない文の発言に、拓は真意を探ろうと頭を捻る。


「私の前ではあんな顔したことない。弟月先輩のあの顔は、かんな先輩じゃないと引き出せないんですよ」


そこまで聞いて、拓の脳内で点と点が繋がった。


「そうか。文が好きなのは・・・」


最後まで言いかけて言葉を濁す拓。


その理由は本人にも分からなかった。

もしかしたら、自分の想い人の想い人が親友だと確定した時の、自身の心の変化を恐れたのかもしれない。


「はい。私は弟月先輩のことが好き・・・だと思ってました」

「・・・ました?」


ズキっと、心に確かな衝撃を受けつつ、意味深な言い回しに疑問を呈する。


「でも分からなくなったんです。さっきの感情があの時と一緒だったから」


あの時。

それは二つの時を指していた。


一つは、夏休みの初日に学校ではじめとかんなが話していた時。


その時に抱いた感情に、文は既に違和感を覚えていた。

というのも、もう一つの時の感情とよく似ていたから。


そのもう一つとは、ブルペンでピッチング練習をする、はじめと拓の姿を初めて見た時だ。


そして、その時々の気持ちの名前として有力な候補を、今の文は持ち合わせていた。


「私は『嫉妬』していたのかもしれません」

「嫉妬・・・?」


それは、偶然にもはじめと拓が喧嘩をする要因にもなった感情だった。


ブルペンで久しぶりに拓の姿を見た文は、彼の表情を見て驚いた。

それは彼女が初めて見る顔だったからだ。


そして、その表情を引き出したであろうはじめに対して『嫉妬』のような感情を抱いた。


その特別な感情は「嫉妬」から「興味」に、「興味」から「憧れ」に、「憧れ」から「好意」に徐々に変化していき、最終的に『恋心』という名前で、文の心を支配し続けていた。


スタートが違っただけで、はじめのことが好きだという気持ちは正しいのか。

今の文には、その真偽を判断することができなかった。


「拓くん。今言うのは少しずるいかもしれないけど、まだ私のこと好き・・ですか?」

「ああ。好きだ」

「そうストレートに言われるとやっぱり照れますね。・・・それなら、これを預かってはくれませんか」

「これは?」


文が拓に手渡したのは、例のキーホルダーだった。


「これは私の気持ちです。私にとって拓くんは大切な存在です。でも、それが男女の好きなのかはまだ分からないんです・・・」

「・・・・・」


散乱する気持ちを搔き集めるように話す文。

言葉の続きを急かすような真似はせず、拓はただ黙ってじっと待つ。


「だから、この気持ちに名前を付けることができたら、今度こそしっかり返事をするので、それまで待っててくれますか?」

「ああ。わかった」


1年以上前に拓に告白された際、文は動揺してしっかりとした返事をすることが出来なかった。

そのことが、心のしこりとして文の中にずっと残っていたのだ。


「それじゃあ、これが罰ゲームということでいいな」

「罰ゲームってちょっと酷くないですか!?」


「むふー」と頬を膨らませる文に、拓が「すまん、すまん」と言葉を返す。


そんなふたりの顔に、先ほどまでのぎこちなさはもうなく。


その表情はごく自然で、実に生き生きとしたものだった。




松咲花側


「まさか文の一目惚れの相手が中村くんだったとは。驚きですね〜」


成り行きで、文が拓にキーホルダーを渡す場面を目撃してしまった花は、見当違いとも言えない勘違いをしながら、再びかんなと合流する為に歩いていた。


(えーと。文と拓くんがいなくなったということは・・・)


現在のかんなの状況を整理する花の脳内で、ある光景が再生される。

それを掻き消すように首を振り、花は歩くスピードを速めた。


『まもなく花火が打ち上がります。会場の皆さんは・・・』


会場にアナウンスが響き、周囲の人たちが一斉に空を見上げる。


ドンッ


まもなくして花火が打ち上がる音が会場に響き、夏の夜空に大きな火の花が咲いた。


それと時を同じくして、花の足は歩みを止めた。


「・・・・・」


「おー!」という声が至る所から聞こえてくる中。


花の目は前だけを向き、耳は自らの心の声にのみ向けられていた。




弟月はじめ 如月かんな側


最初は総勢14人の大所帯だったが、紆余曲折を経て、今では2人だけとなったはじめとかんな。


花火の打ち上げ時間に合わせて会場の奥にある広場に移動し、現在は揃って空を見上げていた。


「わぁ、綺麗」

「綺麗だな」


次々と打ち上がる花火を見て、ありふれた感想を述べる。

そんな中、何かを閃いた様子のかんなが、はじめの方にゆっくりと顔を向けた。


「それって私が?」

「は!?ちげーよ!」


慌てて否定するはじめに「つまんないのー」と言葉を返すと、かんなは視線を花火へ戻す。


「・・・浴衣は綺麗だな」

「え?」


かんなが再びはじめの方を向くが、はじめは上を向いたままだ。


「浴衣だよ浴衣。まだ褒めてなかったと思って」

「そっか。ありがと」


かんなもはじめに合わせ、互いに視線は花火に向けたまま、言葉だけを交わす。


はじめの横目にチラッと映るかんなの顔は、花火の明かりの所為か、いつもよりも少しだけ朱い気がした。


「そうだ、大会近いんだよね」

「ああ。明後日だな」

「生徒会のみんなと応援に行くね」

「そうか。なら頑張らないとな」


花火の映像を目に、相手の言葉を脳内に焼き付けるように。

視線は空にじっくりと、言葉はいつもよりゆっくりと。


なんの打ち合わせもなしに、ふたりの意識が自然と重なっていく。


ドンッ


「今伝えるのはずるいよね・・・」

「ん?何か言ったか?」

「ううん。なんでもない」


かんなの口から発せられた空気の振動は、それよりも大きな花火の音に上書きされた。


『花火は以上になります。引き続き常盤祭をお楽しみください』


「・・・行こっか」

「・・・そうだな」


最後の花火が打ち上がった後も、ふたりはしばらく空を眺めたままだった。


しかし、何か特別なことが起きることはなく、程なくして、ふたりの足は日常へと踵を返した。



一堂に集束した青春と言う名の糸。


複雑に絡まった糸の一部は解け、一部はより絡まり、一部は絡まったまま。

ある糸は緊張を緩め、またある糸はピンと張り詰める。


その糸たちが織り成す布は、一体どのような模様なのか。


それを唯一知っている青春の織り手は、意図してかその答えを隠すのだった。

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