第12話 如月かんなの青春 その3
8月15日 夕方 如月家
『拓:はじめ来れるらしいぞ』
スマホの画面に表示されたメッサージを眺め、思わずにやけてしまうかんな。
「あら。どうかしたかい?」
「ううん。手伝ってもらってごめんね」
「いいんだよ。かんなは可愛いからね。着付けのし甲斐があるってもんだよ」
花の提案によって常盤祭に行くことになったかんなは、祖母の手を借りつつ浴衣に着替えていた。
白地に藍色のアサガオが散りばめられた浴衣。
腰に巻かれた紺色の帯が、かんなのスタイルの良さを強調している。
「はい。完成」
「ありがと。おばあちゃん」
姿見の前で体を左右に捻り、最終確認を行う。
「髪は結わなくてよかったのかい?」
「うん。大丈夫」
「最近はそればっかだね」
かんなの現在の髪型はストレートロング。
以前は編み込んだりしていたのだが、想い人にこちらの方が好みだと聞いた日から、かんなはこの髪型を続けていた。
かといって努力をしていないといったわけでは無く、そのツヤツヤな髪質からは、日頃の手入れの丁寧さが垣間見える。
「こっちの方がいいんだって」
「そうかいそうかい」
かんなの祖母が嬉しそうに頷く。
もしかしたら、かんなの表情から相手が想い人だと察したのかもしれない。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい。頑張ってね」
祖母に見送られ、かんなは常盤祭の会場へと向かう。
履きなれない下駄で、カツカツと希望の音を鳴らしながら。
常盤祭会場
「もうかんな遅いですよ!」
会場にやってきたかんなを迎えたのは、片手にイカ焼きを持った松咲花だった。
「いや。まだ集合30分前なんだけど」
「私は更に30分前からいるのです!」
謎のドヤ顔を披露する花に「ごめんごめん」と軽く謝っていると、彼女のもう片方の手に謎のキーホルダーが握られていることに気がついた。
「なにそれ?」
「あっ、これですか」
かんなの問いに、花はある屋台を指差して答える。
「あそこの屋台で売ってたんですよ。なんでも、恋が成就する魔法のアイテムらしいですよ」
「うわー。胡散臭いなぁ」
「まあまあ、そう言わず。こういうのは雰囲気ですよ」
これは余談であるが『常磐堅磐』という言葉が存在する。
これは固くしっかりとした岩の様子から『永久不変』を意味する言葉なのだが、これにあやかり、常盤祭が行われるここ常盤神社は「健康」や「恋愛」にご利益があるとされている。
よく見ると「常盤」と「常磐」では漢字が少し違うのだが、こういった話に細かい指摘は野暮というものだ。
そして、これを利用して金儲けをしようと考えた大人が屋台で売っているのが、花の手にあるキーホルダーだった。
キーホルダーの裏にはそれぞれアルファベットが印字されおり、自身のイニシャルのキーホルダーを想い人に渡すと、その恋が成就するといった謳い文句で売り出されている。
それは願掛けの域を超えて、最早告白と大差ない気もするが、ものは考えようというものだ。
「かんなも買いますか?」
「いやー、私はいいや」
「そうですか」
イカ焼きを頬張りながら、残念そうに呟く花。
「お待たせしました。ふたりとも早いですね」
そう言って、かんなと花の元へやってきたのは、黒地にピンクの牡丹が散りばめられた浴衣に身を包んだ女の子。
いつものポニーテールをお団子に変えた、石田文であった。
「ふみ〜!浴衣可愛いですね!」
「そうですかね?」
「うん。よく似合ってるよ」
「かんな先輩に言われると信用できますね」
「私は!?」
後輩女子にからかわれる花の姿は、いつからか生徒会の日常風景となっていた。
「かんな先輩も凄く綺麗ですね!」
「そうかな。ありがと」
「はっ!私としたことが、かんなの浴衣姿を褒めるの忘れてました」
「別にいーよ」
「そういうわけにはいきません。かんな、とっても綺麗です!上手に殻が剥けた時のゆで卵くらい綺麗です」
「どういうことよ」
「どんな例えですか」
花の分かりにくい例えに、思わず笑い出すかんなと文。
花のこういうところは、部活の先輩である赤みどりの影響を受けているように感じられる。
「花先輩は浴衣着なかったんですね」
「うーん。面倒そうですし」
「花も似合うと思うけどなあ」
「そうですかねー。あっ、そういえば、武くんは一緒じゃないんですね」
「はい。武は野球部のみんなと一緒に来るそうです」
あまり浴衣に興味がないのか、露骨に話を逸らす花。
「花先輩。それ何ですか?」
「あー、これはね・・・」
文が指差したのはキーホルダー。
それを受けて、花が先ほどかんなにしたのと同じ説明を繰り返す。
「恋・・成就・・・。ちょっと行ってきます!」
花の説明を聞いた文が、顔を少し朱くしながら屋台の方へと向かう。
「文ちゃん好きな人でもいるのかな?」
「さあ、どうですかねー」
文に想い人がいることはお互い知っているのだが、相手が知っていることは知らないため、はぐらかす2人。
しかし、その一目惚れの相手が弟月はじめであることは、お互い知る由も無いのであった。
「あれ中村くんたちじゃないですか?」
花が一方を指差して言葉を漏らす。
「あっ、ほんとだ。・・・って、多くない?」
その先には、中村拓を先頭にこちらに歩いてくる合同野球部。
総勢11人のむさ苦しい男たちの姿があった。
「もう来てたのか。待たせたな」
「いや、まだ集合時間前だから良いんだけど・・・もしかして、全員来たの?」
「ああ。みんな予定が空いてたからな。悪かったか?」
「いや、悪くはないけど・・・」
言い淀み、拓の後方を見るかんな。
彼女の理想は、はじめとふたりで祭りを回ることであり、他の人が多ければ多いほどその可能性は低くなる。
さらに、丸美屋中の野球部に関しては初対面であり、名前も知らない人と祭りを回るというのは些かハードルが高いといえるだろう。
そんなかんなの視線にいち早く気づいたのは、もうひとりのキャプテン梅月松竹だった。
「徹!どっちが多く食べれるか。大食い勝負といくか!」
「お!しょうちゃん。俺に勝負を挑むとは100年遅いっしょ!」
挑発なのか謙遜なのかよく分からない捨て台詞を残して、徹が屋台の方へと走る。
それに続いて駆けだそうとする松竹を、はじめが慌てて引き止める。
「おい。行くなら王春も連れてけよ」
「あー、あいつはいいんだよ」
松竹の意外な答えに、はじめが怪訝な表情を浮かべる。
「喧嘩でもしたんだろうか」と、考えを巡らせていると、会場の入り口付近から見知らぬ人影たちが迫ってきていることに気が付いた。
「あっ、王ちゃんいたー」
「もう、置いてくなんて酷いじゃん」
「ちょっと私の分ないじゃん!」
人影の正体は、少し派手な見た目の女の子たち。
1人が王春の右手に、もう1人は左手に、最後の1人は迷った挙句に背後から腰に手を回して抱きついた。
「あつい・・・離れて」
普通の男子中学生であれば歓喜するであろう状況の中、王春は表情一つ変えず、女の子たちの引っ張り合う力に合わせて、右に左に揺れている。
「なんだあれ?」
「あいつは女にモテるんだよ。あんな無愛想な奴のどこがいいんだか」
王春たちは、練習を終えて一度家に帰った際に、丸美屋中の女子生徒である彼女たちと遭遇。祭りに行く旨を伝えると、「私たちも行くー!」と言い出したそうだ。
「それじゃあうちら王ちゃん貰ってくんで〜」
「ああ。好きにしてくれ」
「しょう・・・たすけて・・・」
嫉妬の目で手を振る松竹に見送られ、王春は3人の女の子に連れられて、人混みの中へと消えていった。
「まさに青春の王だな」
そんな光景を眺めながら、もう1人のエースであるはじめは、それらしいことを呟いた。
「しょうちゃんはやく〜!」
「おう!今、行く!」
王春に続いて、松竹も離脱。
「じゃあ、僕たちも行きますね」
石田武を筆頭に野球部の二年組も離脱。
残ったのは、弟月はじめ、中村拓、如月かんな、松咲花、石田文の5人だ。
「それじゃあ私たちも行きましょうか!」
「・そうだね」
「・・そうですね」
「・・・そうだな」
「・・・・ああ」
花の呼びかけに、かんな、文、拓、はじめのそれぞれが、ぎこちなさを露わに返事する。
5つの青春の渦が一堂に会し、1つの大渦となって祭り会場を練り回る。
果たして、それが過ぎ去った後の潮の流れは如何なものか。
満ちているのか、引いているのか。
穏やかなのか、荒れているのか。
それを知るのは観測者のみであり、青春の渦中にいる者たちがこの時点で知ることは叶わないのであった。
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