(問題編2)天狗の謎&一緒にお風呂
前回までのあらすじ。
気になってる一個上の先輩に、一緒にお風呂入ろうって誘われた。
「ど、どうしよう⁉」
『どうって、一緒に入ればいいじゃないか。何も悩む必要はないんだよ』
私は一人トイレに籠って、お姉さんに助けを求めていた。スマホのスピーカーから聞こえるお姉さんの声は、本当になんてことなさそうに穏やかだ。
『親しい同性同士で入浴するだけだ。なにもやましいことはないよ』
「でも私、その……窓子ちゃんのことはやっぱ、そういう目で見ちゃいそうだなって思ってて。それってなんか、フェアじゃないというか……私だけがそうやって思ってるのに、申し訳ないなって思っちゃって……だってほら、アレじゃない⁉」
「指示語が多いなぁ」
ささやき声でテンパる私に対して、お姉さんは楽しそうだった。意地悪だなあって思うけど、その声はなんだかいつもより優しい。
『要するに、自分は相手に性欲を向けていて、けれど相手はそれを知らない。その状況のままで一緒に入浴するのは悪い事なんじゃないかという話だろう? 少なくとも私はね、問題ないと思うよ。無論、君が我慢できずに、許されていない行為にまで及んでしまう心配があるのなら――私はおすすめできないけれど』
「お姉さんは? こういうとき、どうしてた?」
『私? 私が自覚したのは中学生の頃だったかな。毎年何かしらの外泊行事があった訳だけど、一年のその時期には既にしもべ――間違えた、彼女が居たから。適当な理由つけてみんなを大浴場に向かわせて、彼女を自室に招いてね。室内バスのカーテンを閉め切って、丹念に可愛がってあげたものだ』
あれって思った。そこまで教えて貰えると思ってなかったからだ。お姉さんは普段、身の上話を絶対にしない。けれど、いまの話が嘘だとも思えなかった。からかうような声色じゃないし、なにより内容に嫌な説得力がある。
『まあ、心配しなくていいよ。変に意識せず、楽しんできなさい』
お姉さんはそう言って通話を切った。それを見計らっていたかのように、「
「うん、もう行くー!」
スマホの画面を消しながら、そういえば点数を要求されなかったな、と思った。色々教えてもらったはずなのに。
○○○○○○○○○○
「じゃあシャンプーはこれ使ってね、私と同じの」
「うん。同じ匂いになったりするかな?」
「するかも、楽しみー! あと、身体洗うのはこれ。こっちのピンクのタオルね」
「わかった。うわ、ふわふわしてるー!」
あれ?
なんか思いの外、平気だな……?
「んー? どうかした?」
「いやなんでも……」
ところ変わって、お風呂の中。いま目の前には全裸の窓子ちゃんがいて、髪を洗うために三つ編みをほどいてる。背中が思いの外広くて腰回りにうっすら肉がついてて、その生々しさがすごかった。けどトータルで二十秒も見ていると、案外慣れてしまうのだ。下着を外す瞬間を盗み見るときが一番どきどきした。
思えば、プールの前とか後に友達の身体を見るときも特にどきどきしないし。他の人はどうなのか知らないけど、私はそこまで意識しないタイプなのかもしれない。
とはいえ、見ないという選択肢もなかった。いま窓子ちゃんは私と鏡の間に居て、こちらに背を向けるようにお風呂用椅子に座っている。つまり肉眼と鏡を使えば、全身を見れてしまうのだ。だからそのまあ、自然な範囲で。
「……あ。ねぇ深瑠姫ちゃん。これなんでだろ」
椅子からお尻を浮かせた窓子ちゃんが、何かを指さしながらこちらを向いた。一瞬びっくりしながらも、私もその部分を覗き込む。
そこにあったのは、なんていうんだろ、水を出す量を調整するアレだった。蛇口のひねる部分が水お湯の二つぶん付いていて、バスタブにお湯を張る用の蛇口とシャワーホースもそこに接続されている。シャワーかお風呂かを切り替えるツマミもあった。うちのとは形状が違うけど、その機能自体に変な部分はない。
ただ一点、というか一丸? ちょっと変な部分があった。
「ほんとだ。なんか、両方ともお湯が出そう」
言われなきゃ気付かないような部分だった。水を出す取っ手、お湯を出す取っ手、その中央には丸くて赤いマークがある。シャワーを浴びるときに手が届きやすい、湯船から遠いほうがお湯かなってのは感覚で分かる。けれど、それなら丸のうち半分は青色にでもするべきだろう。
「……あ、たぶん分かった」
けれどこの謎の答えは、すぐに解けてしまった。
「この部分、元の素材が赤色で、そこに青の塗料を塗ってたんだと思う。その青色がはげちゃって、全部が赤に見えるんじゃないかな。……ほらここ、びみょ~~に青いとこが残ってる」
赤と青で半分ずつ作るよりも、効率のいいやり方だろう。去年まで気付かなかったのも、まだ色のはがれ方が小さかったからかもしれない。
「おー、納得。深瑠姫ちゃんすごいすごい」
ぱちぱちと手を叩かれて、私はなんだか得意げになる。けれど、ここから話が続いたわけじゃなかった。バスタイムは再び個人の時間になって、私たちは黙々と髪を洗い始める。シャンプーを流すのは順番こで、窓子ちゃんからだ。
「……ねぇ、ちょっとこれ、見て?」
なにやらシャワーホースを眺めていたらしい窓子ちゃんは、急に上半身をひねってこちらを向いた。年齢に対して明らかに大きい二つの胸が、それに従って不揃いに揺れる。さすがにどきどきしてしまった。触れたらどんな感じなんだろう。
シャンプーの泡が垂れて伝い落ちるその部分に釘付けになっていると、窓子ちゃんは「そこじゃなくて」と拗ねたように言う。
……えっ今、おっぱい見てたのばれてた?
「シャワーのね、こっからここ。なんか、この部分だけすごく綺麗じゃない? なんで途中から途中までだけ真っ白なんだろ?」
「あ、ほんとだ……」
大して咎める様子もなしに、窓子ちゃんはシャワーホースを指し示した。全体的にほんのり黒ずんでいるように見えるのは、やはり一部分の白が目立つからだろう。長めのホースの中腹あたり、シャワーヘッドというより根元寄りの部分が、新品みたいにぴかぴかに白い。ツギハギみたいというよりは、グラデーションに近い色の変わりようだ。
おかしいな、と思う。そこはむしろ、他よりも汚れていそうな部分だから……いやむしろ、だからこそか。
「ちょっと貸して? 一旦戻したい――ほら」
私はシャワーヘッドを受け取って、壁にくっついているホルダーに差し込んだ。シャワーヘッドを上部で固定するためのやつだ。すると、シャワーホースは横から見て『し』の字みたいな形になる。書き始めがシャワーヘッド部分、書き終わりが根元部分だ。
そして、不自然に白くなっているのは――いちばん下の方、カーブの部分。
「この下に来る部分って、汚れやすいと思うんだ。両側から水が溜まるし、床からの水跳ねもあるから、カビやすいというか。だからこそ――私たちが泊まりに来るのに備えて掃除してあった。ここだけ綺麗だったのは、ここだけ汚かったことの裏返しなんだと思う」
きれいはきたない、きたないはきれい――をここで引用するのは、なんかちょっと間違っているだろうけど。その綺麗な色にはきっと、前段階があったのだ。そこを集中して綺麗にしたからこそ、かえって周りと異なり目立ってしまった。
「ん~~ん、なるほどー。なるほどー!」
窓子ちゃんはえらく感心したようで、私とシャワーホースを次々と見比べる。素直に驚いてくれると気分がよかった。お姉さんには敵わずとも、私にだって謎解きの才能はあるのだ。たぶん。
そのとき、バスルームに風がひとつ吹き込んできた。
「あ、天狗様がご機嫌だ」
風は窓部分、つまり外からやってきたものだった。網戸が濃くて斜めの窓ガラスが連なっているタイプだから、外から覗くことはできない。けれど、身体を洗う場所に座っていると自然と夜風が入ってくる。
「天狗様て?」
「お風呂の外側の部分にね、ちょっと広いスペースがあるの。物置きと切り株があって、あとは塀に囲まれているだけの場所なんだけど。子供が夜そこに近付くと、天狗様にさらわれちゃうんだって――」
窓子ちゃんが言うには、それは母親から伝え聞いた話らしい。天狗様は風を操る仙人で、機嫌がいいと涼しい風を吹かせて身体の熱を冷ましてくれて、期限が悪いと真っ黒な煙で包み込んで子供をさらってしまうのだという。
実際に窓子ちゃんの母親は、小さい頃長い鼻を持つ天狗の影を見たことがある、と。
「だからね、今は涼しい風が吹いたから、天狗様はご機嫌。深瑠姫ちゃんの謎解きが正解だよーって、知らせてくれたのかも」
「じゃあ、不正解なら煙を流し込まれるってこと……?」
あはは、と二人で笑ってから、窓子ちゃんは髪を洗い流しにかかった。軽く流してから、私の髪のシャンプーもしゃしゃっと落としてくれる。ちょっと長いこと喋っていたから、シャンプーが乾いてかゆくならないための配慮だろう。
「あー、ちょっと熱いかも。深瑠姫ちゃん、温度下げて」
水流で目を閉じてる窓子ちゃんは、温度調節の機械を指し示した。現在時刻も見れるし自動湯張りもできる、なかなか現代的なやつだ。下向きボタンを一回押すと、『キュウトウオンドヲ サンジュウナナドニ セッテイシマシタ』と音声案内までついてくる。
シャワー待ちで暇になった私は、頭の一割で天狗の正体のことを、残りの九割で窓子ちゃんのことを考えていた。
思えば他人の入浴姿なんてじっくり見たことなかったし、それが窓子ちゃんのものだとなると余計に興味が出てしまう。悪い事だとは思ってるけど。
両手で頭皮をしっかり洗うし、毛先にも気を遣ってる。頭を流す際に身体も軽く綺麗にするようで、全身を順番に撫でていく姿が色っぽかった。胸をちょっと持ち上げるような動作をされた時はこちらの心臓も跳ねた。そこに汗かいたりするのかな。
「あー、また見てたな」
だからそう指摘され、私は心底びっくりした。きゅっと目を閉じていると思っていたのに、ほんの少しだけ開けていたらしい。
「イヤっ……あのその」
「ふふふ、いーよ、気にしてないもん。やっぱ見ちゃうものなのかな? 男子とかみんなそうだし、プールの時間だと女子もすごいんだー。視線には敏感なの私」
「女子」の枠に入れて貰えてそうなのが幸いだった。けれど申し訳なくも思う。私がその視線に乗せている感情は、むしろ男子のそれに近いはずだから。
「ごめんなさい……」
「あはは、だからいいって。それに私、深瑠姫ちゃんならいいかなって思うし」
にへっと笑われて、私は少しほっとした。それから、もうあまり見ないようにしよう、と心に誓う。だけど気になる部分もあった。「だからいいって」の「いい」と「深瑠姫ちゃんならいい」の「いい」、その二つの差はなんだろう?
それはすぐに知らされて、そして私は心への誓いを破ることになる。
窓子ちゃんは手を後方でゆるく組むと、その胸を差し出すようにして言った。
「ね、触ってみる?」
私の心臓がひっくり返る。
いやでもそれはさすがに、ねぇ……?
(解答編2&触ってみた回に続く)
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