(問題編)イケニエマガタマ
荷物検査というのは、その名の通り先生に荷物を検査されることだ。朝読書の時間、生徒は机の上にランドセルと横断バッグを置いておくよう指示される。そして、先生が教室を歩き回りながらその中身を順番にチェックしていくのだ。学校に持ってきちゃだめなものが見つかったら、一時的に没収される。
一人あたり十秒くらいでチェックしていくから、正直そこまで丁寧には見られない。不要物を見つけることよりも、不要物を持ってこさせないようおどしをかけることが目的だと思ってる。
それに引っ掛かった生徒がいた。まずは先週。
「ホンっとーーーにあり得ない。まじ運悪かった」
いきつけの自販機がある公園のベンチで、缶ジュースを一気にあおったエナが愚痴った。最近金欠だというので私がおごった一本である。
隣のクラスのエナはいつも高そうな服を着ていて、顔も私くらい可愛かった。頭はそんな良くないけれど、学年内の話題の流行はたいていエナとその周辺が作ってる。なんというかギャルっぽくて、たぶん一番最初に化粧するようになると思う。
「しかも先生に、『こんなもの』って言われた……いみわかんない……」
今日のエナはいつになく弱っていた。つんつんしてるポニーテールもこころなしかしおれていて、ときたま流れる涙を手首のシュシュで拭っている。もう片方の手は、ずっとポッケに突っ込まれていた。
その膝に抱えているのが、クマのぬいぐるみのベアトリスだった。その日行われた抜き打ち荷物検査に引っ掛かったのもその子だ。筆箱くらいのサイズのベアトは当然ながら先生の目をかいくぐれず、没収されてしまったのである。もっとも、お説教を受けたうえでその日のうちに返されたのだけど。
エナが一年生の頃はすでにベアトを持っていたけど、頻繁に洗濯しているのかその毛並みはいつも綺麗だ。フリルのたくさんついたぬいぐるみ用の服を着ていて、今日は外しているみたいだけど最近はブローチも着けていた。そのへんの人間よりおしゃれなクマである。
「くやしいよぅ」
「よしよし、運が悪かったね」
私はエナの頭を雑に撫でる。友達だから肯定しなきゃいけないし、かといって泣きやませたくもなかった。いつも笑顔で気の強いエナが泣いてる姿はなんかいい。名前の知らない欲が満たされていく感覚がある。
「ごめんねごめんね、私のせいで来週も検査になっちゃって」
「んーん、いいよ。私は別に気にしてないから」
エナはベアトを上手に操り、ぺこんと上手にお辞儀をさせた。エナが寝る時もベアトと一緒に居ると自称することを、「男子にこびるための嘘」と一部の女子が言っているらしい。けど、きっとほんとだ。エナとベアトは同じ匂いがする。
その日私たちは、ちょっと遅れてる公園の時計の夕方チャイムが鳴るまで一緒にいた。もう夏の初めであまり暗くなかった。
で、二回目の荷物検査がある金曜日。
先生も半分惰性でやるその検査に、引っ掛かった生徒が居たのだ。
「これは不要物ではありません。お守りです」
「いやーでもね花さん、これはちょっと……」
花ちゃんは真面目で気弱な子だった。でも案外ノリがよくて、涼太くんの次くらいにお笑いに詳しい。ルールはちゃんと守るけど、ふざけていい時はしっかりふざける子だと思う。
クラスの皆は、形だけ朝読書をしながらショーコちゃん先生と花ちゃんのやりとりを見守っていた。誰もがこの状況に強い違和感を覚えていたと思う。なにせ、第二回荷物検査が金曜であると喧伝したのは花ちゃんなのだから。
「けど、大切なものなんです」
「それは分かった。けどね……」
問題となっているのは、ピンクの勾玉みたいな形をしたネックレスだった。地味な服を好む花ちゃんからすると意外なアクセだ。生真面目に切り揃えられた黒髪と四角い縁の眼鏡には微妙にマッチしない。
その眼鏡の奥の目は真剣で、指導する立場にあるショーコちゃん先生のほうがよっぽど戸惑っているように見えた。
無理もない――花ちゃんは、明らかにネックレスを見つけられに行っていた。
どうせ誰も不要物を持ってこないのだから、どうしても二回目の荷物検査はゆるくなる。ましてネックレスのひとつなど、いくらでも隠す方法はあるのだ。
なのに、花ちゃんは隠さなかった。どころか、横断バッグの目立つ位置に入れていた。私は花ちゃんのすぐ後ろの席だからよくわかる。
「とにかく、これは一時的に先生が預かります。それから、あとでもう少し落ち着いて話をしようか。絶対怒らないから」
「はい……」
ズボンの生地をぎゅっと摘まんで震えていた花ちゃんの手から、ふっと力が抜けたのが分かった。無理もない、花ちゃんは優等生だから、先生に何か言われることにはひどく不慣れなのだ。おまけに席は教卓の真正面だから、クラス中の視線が集まる。緊張するのは当然だろう。
先生の手にさらわれていくネックレスを、花ちゃんは少し悔しそうな、でもどこか安堵の混じったような顔で見送っていた。その真っ直ぐな瞳の不意なうつくしさに、私はつい目をそらす。
視線を落とした先にはお姉さんから借りた朝読書用の小説があったけど、読んでるふりをするためにページを適当にめくってしまっていた。元はどのへんだったかよく覚えてない。
けれど結局、朝読書を再開することはなかった。花ちゃんとの問答に時間をかけたせいで、朝の会のチャイムが鳴ってしまったのだ。ショーコちゃん先生がせわしない足取りで隣を通り過ぎていく。
教室に溜まりつつあったしんどい空気を追い払うように、ショーコちゃん先生は手を強く鳴らしてから朝の挨拶をはじめた。
色々話していたけれど、私はお姉さんのことを考えていたから内容はよく覚えていない。
○○○○○○○○○○
「ふーん。で、君はそのエナちゃんの事が好きなの?」
「えっ、今の話聞いててそれ気になったの……?」
その日の放課後、お姉さんの部屋。『マジニン』をプレイしながら謎のいきさつを話す私に対し、お姉さんはからかい半分で尋ねた。ほっぺをつんつんしてきてうざい。
「大切なこと。ね、好きなの?」
「うーん……」
ゲームをポーズ画面にして、脳内にエナの顔を描く。気の強そうな眉毛、ぱっちり二重、小さくてちょっと高い鼻。桜色のくちびる。なんか皮っぽくてよく伸びるほっぺ。
「可愛いとは思うけどまあ、普通に友達かな」
「なるほど」
「あーでも、前に彼氏できたときはちょっとショックだった」
「なるほどなるほど」
「すぐ別れたっぽいけどね」
「なーるほど」
お姉さんはひどく嬉しそうだった。いつもは薄暗い笑みにわずかに色が差している。それからちょっと可愛い角度をこっちに向けて言った。
「まあ、君の好みは私だからな」
「別に……」
どっちかというと窓子ちゃんの方が好きだ。既に振られたようなものだけど。
お姉さんが私の髪に手を伸ばす。細くて綺麗な自慢の黒髪を、細くて綺麗な指が梳く。髪に神経はないはずなのに、なぜだかひどく、くすぐったかった。
「今回の謎解きは新しい制度を導入します」
「えぇーっ、どんなの?」
「もっと楽しそうにしなよ」
腹いせに毛先をぐりぐりいじって枝毛を作りながら、お姉さんは続ける。
「私が話す推理に、賢い君が異議を唱えていくんだよ。推理を否定された私は次の推理をしていく。そしてそのたびに、必要な点数は増えていくんだ」
「まって。謎解きが正確になるたびに、しなきゃいけない悪い事の点数が増えてくの? なんか詐欺みたいじゃないそれ?」
「じゃあ上限は10点としよう」
お姉さんは髪をいじる手を止めると、そのままゲームの液晶を指し示した。
「キーとなるのは『マジニン』だ。そして、君が木曜に語ってくれた荷物検査のルール――この二つから、花ちゃん自ら検査に引っ掛かりにいった理由は説明できる」
(解答編に続く)
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