(解答編?)SIDE:NINJYA
カーテンの閉め切られた薄暗い部屋の真ん中、背の低い丸机。それを挟んで私たちは向かい合っていた。お姉さんが両手で頬杖をつくのに呼応して、グレープフルーツジュースの中に入った大きめの氷が、からん、と鳴った。
いつも近くのカフェからぬすんでくる使い捨てストローで中身をひとくち吸ってから、お姉さんは「さて、」と前置く。
「持ち物検査は最大三段階に分けて行われるそうだね。まずは完全な抜き打ち。そこで問題が起これば次の週に抜き打ち――という名の金曜固定実施。そこでも問題が起こったなら、次の週毎日行われる。違反者のみを厳しく指導するというよりは、全体にうっすらヘイトを集めて不要物持ち込みを防止するのが狙いだろう。あまり健全とはいえないね」
すべてにおいて不健全な存在であるお姉さんは、片方の頬杖を崩してストローの上に指を置き、そのままくるくると動かした。なぜだか分からないけど、その動作に少しどぎまぎしてしまう。
「重要なのは、第三段階――〝第二段階で問題が起これば、次の週毎日持ち物チェックが行われる〟、ということ。つまり来週ってことになるよね。そういえば来週は『マジニン』関連で、君の周囲でささやかなイベントがあった気がするんだけど」
「……サッカー少年団の子たちが、カセットの貸し借りをする」
そう、と言ってお姉さんは笑う。
「花ちゃんは――次週に起こる不要物持ち込みを阻止するために、あえて第三段階を起こした」
荷物検査ルールの、システムの裏。第二段階の検査にあえて引っ掛かることで、次週全日の荷物検査を意図的に引き起こすことができる。その期間中の不要物持ち込みを牽制できる。
「花ちゃんは真面目で気弱。元気のいいサッカー少年たちが教室でカセットの貸し借りをしていたとチクるのは勇気の要る行動だ。なにかしらの仕返しをされるのも怖いしね。……だからこそ、遠まわしな手を打ったんだろう」
「うーん……なんか成り立ってるっぽく聞こえるけど、違うと思うな」
お姉さんは驚いた様子も見せず、ただ薄く笑いながらこちらを見ている。
「まず、男子たちは学校内で貸し借りするとは言ってない。……まあ、その可能性がいちばん高いとは思うけど。
それから、このやり方自体が反感を買うものだと思う。荷物検査の再検査は学年の連帯責任だから、ほかのクラスにも不満が出ちゃう。花ちゃんのこの一件も、あまり悪く思わないようにってエナたちが中心になって言ってまわったんだもん。普通にチクるより、買う恨みの量は多いと思うな」
それから、
「そもそも、第三段階の検査ではカセットの貸し借りを止められない。だってカセットは小さくて、どこにでも隠せちゃうもん。先生のチェックも雑になるから、簡単にすり抜けられちゃうよ。
男子たちの気持ちからしても、ちょっとは控えようって気になるかもだけど、余計にスリルがあっていいなって思われるかもしれない。とにかく、自分が怒られるリスクをしょってまでやることじゃない気がする」
私がそう反論しても、お姉さんは意外そうな顔をしなかった。むしろ予想の範疇だったみたいで、「確かにそうだね」と小さく笑う。それからグレープフルーツジュースの入ったコップに指を入れ、大きな氷をひとつ口に含んだ。
お姉さんの綺麗に並んだ白い歯が、氷を砕く音が聞こえる。残された大きい氷はあと二つだ。
「じゃあ、こういうのはどうだろうか。花ちゃんの席は教卓の前――つまりは最前列中央だ。そして君はその後ろ。たしか、君が朝読書を開始しようとした直後、チャイムが鳴って朝の会の時間になったんだよね。そして先生は君の真横の通路を通って教卓へ向かった」
「そうだよ」
「それはつまり――花ちゃんとのやり取りに時間を使いすぎて、半分近くの生徒に対する荷物検査が行えなかったということだ」
氷にヒビが入る音が聞こえた。
「だったら花ちゃんは――時間稼ぎをしていたのだろう。検査順の後半に潜む、不要物を持ち込んでいた他の誰かに検査が及ばないように」
「それは、結果としてそう見えてるだけじゃないかなぁ」
直感的にそう言ってしまった。自分の言っていることが正しそうだとはぼんやり思うけど、そこに辿り着くまでのルートを私は知らない。とりあえずグレープフルーツジュースをごくごく飲んで時間を稼いでいる私を、お姉さんは楽しそうに見つめている。
その冷たさが脳を冷やし、その甘さが脳の働きを速くする――かどうかは分からないけれど、実際に得られるものはあった。師匠に試される見習い魔女になった気分で、私は組み立てた反論を形にしていく。
「ええとね、まず……二段階目の荷物検査について、みんなに説明してくれてたのは花ちゃんなんだよ。それなのに何か持ってきてる子がいたら、それは自業自得って思うというか……。あと、時間稼ぎっていってもどのくらい粘れるかわかんないし、朝の会やらずに検査続行したかもしれないじゃん。そんなリスク負えないって」
いっぱいいっぱいになって説明する私を、お姉さんはストローでジュースをぶくぶく泡立てながら見ていた。それをコップから引き抜いて、口をつけていた方を私のほっぺに突き刺す。
「なになに、あとついちゃうよ」
「君の肌質なら三秒とかからず元にもどるよ」
ほっぺの肉を吸いながらストローが離れていく。それを再び口に含みながら、お姉さんは優しい声で尋ねた。
「他には? 反論」
「え? ええっと、ええっと……あっ」
お姉さんのいまの言葉は、私のテンポいい返答など予測していなかったのだと思う。ひどくゆっくりしたペースでジュースを飲み直しはじめたからだ。だから私が何かひらめいた声を出すと、長い睫毛の切っ先をこちらに向けて意外そうな目で見遣った。
「花ちゃんが勾玉ペンダントを持ってきた理由が説明できない」
「――その通り」
口の片端を上げて笑った。私が「悪い女」に近付いたときに見せる顔だ。その階段を昇った先にあるものを考える。そもそも、お姉さんの言う「悪」とはなんだろう?
「花ちゃんがペンダントを先生から見える位置にしまっておいた理由は、チェック順が後ろの誰かを守るためだった――これを一旦、真と置こう。その場合、そもそもペンダントを学校に持ってきた理由は何なのか、という話になるよね。花ちゃんはルールをしっかり守る。誰かがうっかり検査をパスできないようなものを持ってくることに備えていた、なんていうのはあまりにも考えづらい」
お姉さんはまたコップに指を入れ、氷をひとつ取り出して噛んだ。冷たそうにもおいしそうにもしないまま、ごりごりと音を立てて砕いていく。
残る氷は、あとひとつ。
「推理が二つも否定されてしまったよ――困ったね」
けれどその否定によって、謎の輪郭が見えてきた。花ちゃんがなぜ勾玉ペンダントを見つかる場所にしまっていたのか。そもそもなぜ持ってきていたのか。
花ちゃんは特別ルールを守る子だ。
なら、もう片方の天秤の上に載り、そして沈めたものの正体はなんだろう?
「というか、なんで今回は変なステップをはさんでるの? いつものお姉さんみたいに、すんなり教えてくれたらいいのに」
「この部屋においては、君が真実と認めたことが真実になるからだよ」
心臓をなぞるような声色だった。少し気を抜けば魂を飼われてしまいそうなおそろしさがある。
「人の心は度し難い。ゆえに面白い。利発でひねくれていて異常に可愛らしい容姿の女の心なんかは特にね。けど……ねぇ君。君は他者に対する関心が特別薄い――そうだろう?」
その推理に、反論できなかった。
カンニングの謎。真相を知るだけで満足できた。
パンツとリコーダーの謎。被害者になったのは私でも、加害者への関心はなかった。
掃除じゃんけんの謎。私はひそかに傷付き泣いた。私に直結する問題だったから。
私は謎そのものに関心を持ち、答えを求め、それを自分の中で完結させてきた。だからこそお姉さんは、段階的な謎解きをしてみせた。私が途中で満足すれば、真実に――真の真実に辿り着かずとも事件は終わる。
「その気がないなら拒みなさい」
お姉さんは残された最後の氷を口に含むと、私のほうまで這い寄ってきた。顔が近付くけど、目は閉じない。覆い被さるように唇を塞がれ、熱いものと冷たいものが同時に口内に侵入してくる。
19点――くちうつし。
お姉さんの舌は私の口にはほとんど触れずに、氷だけを落として引き抜かれていった。わずかにお姉さんの味がするそれを口内で転がす。
「この謎については、君が考えてみるといい。これまで行った謎解きで、まだ使っていない材料があるはずだ。いいかい? 君はいま忍者としてこのゲームをプレイしている。魔法少女にしか見えない真実もある」
私は氷に歯を立てた。
(真相編に続く)
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