(真相編)SIDE:MAGICAL GIRL
「
第二段階の検査から土日を挟み、月曜日の昼休み。給食当番が食器類を片付けに行くのと入れ替わるように、教室の後ろからエナが入ってきた。手を後ろで組んでもじもじしている。なんか可愛い。
「えー、何」
「お願いっ、一緒に来てほしくて……」
がしっと両手を握られる。私より体温の低い手の中に、がさつくプラスチックの感触があった。私はそれを自分の手のひらの中へと滑らせる。小さな小包に入った、円形に近くて少し硬い感触――間違いない、今日給食で出たプルーンだ。
「まったく、しょうがないなぁ……」
「ありがとぅぅぅぅぅ」
プルーンは私の好物のひとつだ。それをこのタイミングで握らせてきたということは、要するに賄賂のつもりなのだろう。昼休みは謎解きに充てるつもりだったけど、プルーンより優先したいという訳でもなかった。それにエナは花ちゃんと同じ、荷物検査に引っ掛かった身だ。なにか情報を持っているかもしれない。
人目につかない場所でプルーンをしまうためにも、手を繋いだまま教室を出たかった。けれど、それはすんなり拒否された。あれって思った。私もエナも特に意味なく手を繋ぐタイプの人間だ。揺れているそれを手に取って、一緒に揺らせばちょっと楽しい。
仕方がないから、プルーンは適当なタイミングでスカートのポッケに突っ込んだ。
場所が変わって、北校舎の三階廊下。音楽室や図工室などの特殊教室が立ち並ぶこのフロアでは、昼休みの人通りが少ない。密会にはもってこいの場所だった。私は賄賂のプルーンを口に含みつつ、「どしたの」と尋ねる。
「えっと、その……恋バナみたいなアレなんだけどね」
「なになにー? 告白?」
もじもじしながら切り出すエナに、冗談めかしてそう返す。続く言葉が私への告白ではないと確信してたからこそ出た言葉だった。そういうのは雰囲気で分かる。
けれどエナが口にしたのは、告白よりももっと意外な言葉だった。
「私、実はいま恋人がいまして。その…………女の子なんだけども」
どくん、と、音がした。心臓ではなく、私の脳が酸素を求めて脈打った。
いま提示されたのはきっと、お姉さんは既に見つけ出していた最後のピース。通常ならば辿り着けない、魔法少女の物語。
頭の底から思考が生まれ、泡のように立ち昇っては消えていく。脳の活動の九割以上を謎解きにあてがい、残った容量でエナに尋ねる。
「相手は――花ちゃんでしょ?」
「え、なんで知って」
「ごめんちょっとトイレ行ってくる!」
このまま会話を続けていても、上の空になるだけだろう。私は戸惑うエナを振り切って、階段横にあるトイレに走った。ドアを開け、中へ。壁に足をぶつけながらドアを閉めて、蓋の閉じたままの洋式便器に座り込む。
一瞬だけ、どうしてこんなに躍起になっているんだろう、という冷めた考えが頭をよぎった。けれどすぐに熱に冒される。真実を知りたいから? 違う、私が知りたいのはきっと、真実を構成する人間の想いだ。
謎の中核となる少女感情。
私はそれを求めている。
今回の謎に込められたそれがこれまでの謎とどう違うのか、私にはまだ分からない。でもきっと本能が知っているし、その道筋は推理で辿れる。
咄嗟にトイレの個室に入りこんだのは正解だった。ここは狭くて、見るものもない。そして何より、とても静かな――
「待って待って花、ここで話すの?」
「いいじゃん、誰も居ないでしょ?」
不意に聞こえてきたのは、エナの声。そして――花ちゃんの声だ。給食当番の仕事を終えてから、こちらに偶然来たのだろうか。私が入った時には反応しなかったはずの人感センサーが起動して、換気扇が回りだす。
いや私居るんですけど、と思った矢先、二種類の足音が私の入っているトイレのドア前で立ち止まる。そして、「ほら、誰も入ってないって」と花ちゃんが言った。
だから、私が――心の中でツッコミを入れそうになって、あっ、と思った。
目に入ってきたのは、ちいさな緑色。
やばい…………トイレの鍵閉めるの忘れてた!
「ごめん花」
「なんで私が怒ってるか分かった上で謝ってる?」
「ええとそれはその」
「はあ……やっぱり」
どご、とドアに体重がかかる音がして、私は思わず身をすくめる。どうやら痴話喧嘩に巻き込まれたようだった。エナが追い詰められているのか、花ちゃんが苛立ちを表現しているのか、ドアのすぐ向こうに居るのが誰かは分からない。角度からして上靴も見えなかった。
けど、壁に阻まれてなお思う――こんな花ちゃん、見たことなかった。
ちゃらん、と、細かい金属同士が擦れる音がした。それから同じ音がもう一つ。
それが何なのか知っている。あの、ピンク色をした勾玉みたいな形のネックレスだ。
でもあの形は、本当はきっと、勾玉なんかじゃなく……。
「私が告白したとき、
でも絵奈は、私たちが四年生までずっとクラス同じで、でも五年になって離れちゃったことさみしかったって言ってくれて、それで、」
かちり、と、重なる音がした。
「この、合わせるとハート形になるペンダント――買おうって言ってくれて、すごく嬉しかったの」
あの形は勾玉じゃなかった。ふたつでひとつの、ハートの片割れ。思えば、エナが荷物検査に引っ掛けたクマのぬいぐるみ・ベアトが着けていたブローチがもう片方だったのだ。そして、あの日――ベンチの上で手首のシュシュを使って涙を拭いていたとき、エナはポッケに入れたもう片方の手の中で、返却されたペンダントを握りしめていたのだろう。
「うん、『いつも持ち歩いていよう』って言ったよね。だから、その、荷物検査うっかり引っ掛かっちゃって、取り上げられて、ごめん……」
「そこじゃない」
震える声で、しっかりと言う。
「私も、生徒指導の先生に『こんなもの』って言われたのに怒ってるの。私たちにとってはすごく大切なものなのに。だから――優等生の私がわざと検査に引っ掛かって、先生に講義しようと思ったの」
そう。それが、語られる真相より一秒早く、私が辿り着いた答えだった。エナはギャルで、厳格な先生からしたらあまりいい印象はない。だからこそ、いい子ちゃんの花ちゃんが同じもので引っ掛かることで、伝えようとしたのだ。
不要物じゃない。『こんなもの』なんかじゃない。お守りなんだと。大切なものなんだと。改めて考えてほしかっただけなのだ。
割に合わない行動だろう。けど、そうする価値のある行動だ。愛を否定されたなら、花ちゃんだってルールを敗れる。
消え入りたい気分だった。この場に居合わせているのが申し訳ない。
ああ。
でも。
ぞくぞくする……。
「うん……ありがとう。花が引っ掛かったって聞いたとき、私も嬉しかった」
とても穏やかな声でエナが言う。本心から出た言葉だろう。このままハッピーエンドかなと思ったけれど、花ちゃんの声は依然として張り詰めている。
「あのね、まだあるの。怒ってること」
「?」
換気扇の音が止まった。数瞬の静けさの果てに、涙の混じった声で言う。
「ペンダントを取り上げられた日に――私の前で泣いてくれなかったこと」
全身の血が一瞬止まった。ごめん、とエナが言う。二つの泣き声が溶けあうのを遠くに聴きながら、あの日のことを思い出す。
私の前で静かに泣くエナ。けれど本来、彼女の隣に居るべきは私ではなかったのだ。
全身がじっとりと汗ばんでくる。夏の暑さもあるだろう、けど、その一番の由来はきっと、自分が何気なく取っていた行動だ。無論私は悪くない、何か強がったのか申し訳なく思っていたのか、花ちゃんを頼れなかったエナのミスだ。
けど――あの背中をさすってあげたい誰かが居たことに、どうしても罪悪感を覚えてしまう。
「……花。そろそろ出る?」
「うん。でも私、ちょっとトイレ入ってく。先行ってて」
「分かった。……じゃあまた、放課後に」
やがて、エナがトイレを出ていった。人感センサーが作動して、再び換気扇が回りだす。停まっていた空気が急速に流れていくのを感じる。
花ちゃんは隣の和式の部屋に入った。おしっこするのかな、と思い、個室から出ずに静かにしておく。けれど水音も、どころか鍵を閉める音も聞こえなかった。リズムいい足音が近付いて、
「――ねぇ、深瑠姫さん」
私のトイレの、ドアが開けられた。
「⁉」
あわや便器から落ちそうになり、私は四肢をばたばたさせた。花ちゃんはそれに構うことなく、一歩進んで完全に個室の中まで入る。
「この前は、絵奈のこと慰めてくれてありがと。エナの親友なんだよね、席も近いし、私もできれば、その、仲良くしたいなって、思ってる……」
いつも通りの、どこかおどおどした口調だった。嘘を言っているそぶりはない、緊張しながら照れながら、私にそう告げてくる。
けれど次の瞬間、その声は冷たく、色っぽくなった。
「でも――絵奈に手ぇ出したら、ゆるさないから」
眼鏡の奥の瞳が尾を引いて、切り揃えられた髪がふわりと踊る。
足音が聞こえなくなってからも、私の心臓は鳴りっぱなしだった。頭がうわついてくらくらする。最後の言葉を思い出すだけでどうにかなりそうだった。
私は別に悪い女なんかじゃないから、今は二人のどちらにも、手を出そうなんて思わない。
けど――エナは本当にいい彼女に巡り合えたなと思った。ちょっと悔しかった。
(新たなる謎に続く)
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