(問題編)正正Tに潜んだ異常
私の通っている小学校では、一学期ごとに掃除の分担場所が変更される。教室掃除は比較的楽な場所だけど、週に二回の掃除の日のうち一回は、ゴミ捨てに行かなきゃいけない。掃除は一年生から六年生までの縦割り班でやるんだけど、ゴミ捨てをするのは五年生と六年生だと決まっている。ゴミ捨て場が、嫌な場所にあるからだ。
ゴミ捨て係になった生徒は、校舎から出て体育館裏まで歩いていかなくちゃいけない。シンプルに遠いし、それから怖い。ちょっと背の高い草の生えた細い道を通らないといけないからだ。もっとも、掃除の時間は当番の先生が細い道の入り口で待っていてくれるから、ちょっとはましだ。
「――でね、たまに男子が告白場所に指定してくるの。ほんと嫌」
「それは配慮がないな。あったところで君はOKしないだろうけど」
だから大抵の場合、ゴミ捨て係はじゃんけんで決まる。私は廊下係だから縁がない話ではあるけれど、それでもじゃんけんの勝敗は気になることではあった。
毎回毎回、同じ人が負けるのだ。
その人は窓子ちゃんといって、六年生の先輩だ。くせのない黒髪を一本の三つ編みにまとめていて、私よりもずっとおっぱいが大きい。ちょっと前までは眼鏡をかけていたのだけれど、アニメのキャラみたいって指摘されて以来コンタクトにしたらしい。もったいないなって思ってる。落ち着いた雰囲気に似合ってたから。
窓子ちゃんはよく学校の図書室にも市の図書館にもきていて、ペンフレンドもいるのだという。私にこっそり教えてくれた。そういうとこも含めて素敵なひとだと思うけど、正直いじめられそうだなとも思う。色々どんくさいとこあるし。
私は、掃除が始まってからしばらく経つとゴミ捨てに出ていく窓子ちゃんを、いつも見ていた。ゴミ箱から取り出したり袋の口を縛ったりするのは皆も手伝ってくれるみたいだけど、運動神経のにぶい窓子ちゃんがやるには少し大変な作業だ。
それ自体は悪いことじゃない。けど――窓子ちゃんがその役目を負うことが、あまりにも多い。というか全部だ。明らかにおかしい。
ただ、じゃんけんをせずに強制的にゴミ捨てをやらされているとか、そんなことはないのだった。窓子ちゃんは私の教室の掃除班で、五年と六年は全部の教室が同じ階にある。つまりは掃除場所まで楽に行けるわけで、ゴミ捨て係になる可能性のある生徒――五年と六年男女一人づつ、計四人――は集合が早かった。
私は廊下で掃除用具の準備をするふりをして、教室掃除の役職決めじゃんけんを見てみた。クラス担任のショーコちゃん先生の立ち合いのもとそれは行われ、一回のあいこを挟んでから窓子ちゃんだけがパーを出して負けた。
「――だからね、同じ掃除班のチカちゃんに尋ねてみたんだけど」
「チカちゃん? ……ああ、君のことを好きな女か」
『ねぇチカちゃん、掃除班で窓子ちゃんをいじめてない?』
『えぇ⁉ そ、そんな事しないよ』
『本当に? 私、嘘つきは嫌いなんだけど』
『うん。いじめでゴミ捨て係になってる訳じゃないよ……』
「――ちょっと待って。君、嘘つきは嫌いかい?」
「別に。けどチカちゃんが嘘ついてるなら、そういえば聞き出せるなって」
「嘘つきじゃん。好きだよ」
廊下掃除を早上がりして、私は教室の前方の入り口でチカちゃんを問い詰めてみたのだけれど、返ってきた答えは肩透かしなものだった。いや別に、いじめじゃないならいいのだけど。チカちゃんは必死な顔をしていて、嘘をついているような様子はない。教室掃除ももう終盤で、後方にどかされていた机と椅子が定位置に戻っていく。
そのとき窓子ちゃんが教室に戻ってきて、入り口を半ば塞いでいた私たちは慌ててどいた。もうちょっと早く帰ってきてたら話を聞かれていたかもしれない。危ない。
すぐに折り返してきた窓子ちゃんは、手を洗うために再び廊下に出ていった。ゴミ捨て場から帰ってきたというのに、ふわりといい匂いがした。
その姿が見えなくなってから、私は詰問を再開する。
『でもさ、絶対におかしいよね。窓子ちゃんって何回連続でゴミ捨てしてる?』
手元に筆記用具がなかったから、私は黒板の隅まで少し歩いて、一本だけ出ていた白くてちびたチョークを持った。水拭きしてぴかぴかの黒板に字を書くのは申し訳ないと思いつつ、私は四月から今まで窓子ちゃんがゴミ捨てをやった回数を正の字で書いていく。正正Tの十二回。もちろんズレはあるだろうけど、四分の一をずっと引き続けることはかなり難しい回数だろう。
『うん……でも、いじめなんかじゃない、から。絶対』
チカちゃんは少しだけ泣きそうな声で言った。これ以上追及するのは可哀想だし、この時はいじめではないと分かればよかった。『わかった。疑ってごめんね、チカちゃんのこと信じるよ』と、とびきりの笑顔で返してあげる。チカちゃんはちょっとびっくりした顔で照れた。こういうところは可愛いと思う。
私は憶えているかぎりのことをお姉さんに話し終えた。ときどき言葉を挟みながらもきちんと聞いていたお姉さんは、「ふむ、」と言って姿勢を正す。
「つまり君は、何を教えてほしいのかな?」
「どうして窓子ちゃんは、いじめでもないのにゴミ捨てじゃんけんで勝てないのか。どんな方法を使って、他の三人はじゃんけんで勝ち続けているのか」
「……ふむ」
お姉さんは、少しだけ冷めた表情をした。
「それだったらね、2点でいいよ――悪いお姉さんが教えてあげる」
いつも通りの決め台詞だけど、いつも通りに受け取るわけにはいかなかった。
「……えっ?」
「2点」
「やっすーー⁉」
私の脳内テープがきゅるきゅる回転し、今日見た映像を巻き戻す。私が使ったスプーンを舐めたお姉さん。私の唇をなぞりつつ「本物がほしくなっちゃった」と言ったお姉さん。つまりお姉さんはいま私とキスしたい訳で、キスぶんの値段をつけるために謎を要求してきたのだ。私はキスひとつで11点もらえる。なら、謎解きが2点で買えてしまうのは安すぎる。
「え、私いま、何点持ってたっけ」
「5点だね。貯金だけで足りることになる」
「えっ、えっ、だったら謎解きは11点か6点が普通じゃ」
「なに? 君はそんなに私とキスがしたいの?」
「そういう訳じゃ」
「ちゅっ」
頭の後ろに電気が走って、私はキスをされたとわかった。唇を歯の上に仕舞いこんでしまっていたので、ゆるく突き出して顔の力を緩める。
お姉さんは押し付ける強さに緩急をつけながら、こちらの唇の輪郭をなぞるように顔を動かした。その溶けそうな感覚をずっと感じていたかったけど、なにせ不意打ちで息が苦しい。肩をタップすると、お姉さんはすぐに身体を離した。
「ほら、やっぱりしたかったんじゃん――私より照れてるよ」
くらくらする視界の中で、お姉さんは満足げに微笑んでいる。今日のお姉さんは甘えんぼさんだなーとか考えてた私が甘かった。私はこの人に勝てないのだ。
「じゃあ、まずは5ひく2で残り3点。普通のキスをしたから11点追加で14点。君の許可なくキスをしたから、倍額のペナルティでプラス11点。つまり25点持っていることになるね。リッチだね」
お姉さんは両手でピースしてみせた。不似合いなポーズだ。けれどそれがチョキとチョキに見えて、私は今日お姉さんが言っていた言葉を思い出した。
〝じゃんけんの必勝法なんて、基本的に成立しないんだよ。基本的にね〟
なら、その基本を超えた先に起こった、ゴミ捨てじゃんけんの真相はなんだろう?
「さて。まずこの問題は――窓子ちゃんはどうして自ら負けることを望んでいるのか。それを解き明かす旅になる」
(解決編に続く)
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