(解答編2)天狗の解&「触ってみる?」

 前回までのあらすじ。

 気になってる一個上の先輩に、おっぱい触ってみるか訊かれた。


 いや。

 いやいやいやいや……。


 まず本当にびっくりしたのは、おゆるしが出た瞬間、窓子ちゃんの裸がびっくりするほど魅力的に見えてきてびっくりしたということだ。窓子ちゃんの胸は内側からカスタードクリームを流し込んだみたいにぷっくりと膨らんでいて、さっきまで三つ編みにしていた濡れた黒髪が輪郭に沿って張り付いていた。その隙間から、うすいピンクの先端部分が覗いている。

 もともと日焼けが軽いほうだけど、ずっと衣服に隠れていた部分は本当に真っ白で透けそうな感じだった。でも病弱な印象じゃなくて、健康的な張りがある。

 あとその、おへその下あたりとか、やっぱちょっと大人なんだなって。


「あはは。緊張しすぎー。こっちまで意識しちゃうよ」


 私はどんな顔をしてその身体を凝視していたのだろうか。窓子ちゃんは照れたように笑って、それからすっと立ち上がった。そのまま私の後方に回って、今まで自分が座っていたお風呂用の椅子に座るよう促す。


「とりあえず頭、しっかり流しな? 触っていいのはそれから」

「あっハイ、了解です……」


 滝に打たれる気分でシャワーを浴びるけど、ちっとも冷静にはなれなかった。何も手につかないというよりむしろ集中力が上がり切ってしまい、私はかつてない速度と丁寧さで髪をすすいでいく。

 思えばさっき、「わぁいやったあ!」みたいなノリで触っておくのが正解だったのだろうか。なんかどんどん改まった雰囲気になってしまってる気がする。

 

 いやでも向こうはまだ、全然軽い気持ちで……


 そのとき後方から、ざぶん、と纏まった量のお湯が流れ落ちる音がした。綺麗になった髪を後方に流してから振り向くと、窓子ちゃんがひっくり返して空になった桶を持っているのが見える。お湯が全身からしたたっていて、どこかの名画にありそうな美しさがあった。その膝に置かれているのは、泡の残ったタオル。


「せっかくだし綺麗にしとこうと思ったんだー」

「あ、ありがとう……?」


 なんか向こうは向こうで気合入ってない⁉


 落ち着け静まれ、私は深瑠姫。学年一の美少女のひとり、テストの点数だいたいトップ、女の子になら誰にも優しい、気高くお茶目な高嶺の花。このバスルームにお姉さんの加護はない、けれど問題は何もない。さくっと触って、それで終わりだ。


 どきどきどきどきどきどき…………


「じゃあその、お、おじゃまします」

「ええと、いらっしゃいませ……?」


 私が生涯ではじめて直に触った胸は、窓子ちゃんのものになった。

 産まれてからこれまで、きっとこれが最初の。


 それは夢のような感触というには露骨なまでに人体で、皮膚と脂肪って感じだった。濡れているからというだけでは説明しきれないほどにしっとりしていて、こちらの指に吸い付いてくる感覚がある。


 それでその、なんかやわらかさがやばくてやばい。下から掬い上げると指の間から抜け落ちてしまいそうになる。力を籠めたら元の形に戻らなくなるんじゃないかという不安から、慎重に慎重に触った。指を動かすたびに脳が幸せで溶けそうになる。


 なにより、これが窓子ちゃんのものだという事実が私の心臓を狂わせた。いつも服越しに見ているそれが、いま私の手の中に収まっているのだ。そう意識するだけで、なんというか世界がおっぱいになっておっぱい。


「ふぅっ……」


 そのとき窓子ちゃんが、何かから逃げるように身をよじった。それを見たとたん、私のお腹の底にどろりとしたものが溜まり始める。

 

 窓子ちゃんの少しだけ開かれた口が。


 触れたいほどに、なんだか――


「――はいっ、そろそろおしまい!」


 ふいに手首を掴まれて、私の手は窓子ちゃんの胸から引き剥がされる。指にまだ感触が残っていた。窓子ちゃんはほんのり赤くなった顔でこちらを見てくる。


「ところで深瑠姫ちゃんも、結構あるよね?」

「え」

「私だけ触らせるっていうのは、フェアじゃないと思うんだけどな――」


 こちらに伸ばされた窓子ちゃんの指が、私の膝上にうごめく影を作った。窓子ちゃんの唇の上を舌が這って、瞳にはぎらついた熱が宿っている。お姉さんが時たま覗かせるそれが、むきだしのままで。


「窓子ちゃん? その、一旦落ち着いて、その……せ、せめて私も、綺麗に洗ってから――」




 バスタブにお湯を張っていたのに、二人ともほとんど入らずに浴室から出た。

 ひどくのぼせていたからだ。天狗様も呆れたのだろうか、あれ以降涼しい風は入ってこなかった。




 ○○○○○○○○○○




 お風呂から上がって、私たちが泊まる部屋。窓子ちゃんは祖母のせっちゃんの家事手伝いをするために一階に残った。私も手伝おうとしたけれど、「お客さんなんだから」と断られてしまう。


 というわけで、私はお姉さんと電話をしていたのだけれど。


『やっぱり。つまり君は憧れの先輩と、文字通り乳繰り合えたわけだ。上出来だね。一方的にその先を求めなかったのも偉いぞ』


 私からは一言も話していないのに、私と窓子ちゃんがお風呂でしたことがお姉さんにばれていた。声のみで繋がっているはずなのに、全てを見透かされているのが怖い。


 けれどお姉さんの言葉には、相変わらずからかうような色がなかった。あくまでも穏やかに大人っぽい感じで、私の行動をジャッジしている。


『それに、君が解いたお風呂の謎――赤い丸と白いシャワーホースの二つとも、それが正解でいいと思うよ。難易度は高くないけれど、横に全裸の好みな女が居る中で瞬時に解けるのは大したものだ』

「全裸の好みな女て」


 間違ってはいないけれども。


『――それで? 君が解けずじまいだった謎があったね。右脳で右乳、左脳で左乳のことしか考えられない今の君には、ちょっと手に余るものだろう。

 というわけで、天狗様の正体を知りたい?』

「うん、知りたい」

『それだったらね、25点でいいよ――悪いお姉さんが教えてあげる』


 25点。胸を十秒触られることと同じ点数。


 ……というか、あれで25点はぼったくりじゃない?


「わかった、けど……どうやって払うの?」

『こっちに帰ってきてからでいいよ。少しばかり利息をつけてね』


 利息がどの程度なのか気になったけど、あの他人を信用しないお姉さんが謎解きを先払いしてくれるだけありがたい。私は「わかった」と言って耳を傾ける。


『まず君、夜に口笛を吹くと蛇が出る、とか、夜に爪を切ると親の死に目に会えない、とか、そういった類の話を聞いたことはある?』

「うーん、たぶんないかも」

『オーケー。じゃあ、そういう話があるという前提で聞いてほしい』


 ここで、電話口から何かを飲みこむ音が聞こえた。口を湿らせるために水分を摂ったのだと思うけど、なんか生々しくてどきっとする。


『これらの言い伝えはね、もちろん様々な信仰に結びついてはいるのだけれど――主には、子供の動きを制限することを目的に語られてきた。

 口笛を吹いたらいけないのは、近所迷惑であるから。爪を切ったらいけないのは、夜の暗い灯りや入浴による爪のふやけが、怪我や深爪に繋がるから。良い子にしてなきゃサンタさんは来ません、という決まり文句に似てるかな』


 サンタさんのやつは小説や漫画で見たことがあった。私の家にはサンタさんなんて来た事ないけど。


『じゃあ――天狗様の言い伝えは、何を防止するために作られたと思う?』


 物置と切り株と塀がある、お風呂の外側の場所に近付かないため。それはきっと満点の答えじゃない。お姉さんは、なぜそこに近付いちゃいけないかを尋ねてる。


「うーん、わかんない」

『この謎を解くためにはね、言い伝えが生まれた当時の状況を推理する必要がある。話を聞くかぎり、給湯パネルはかなり新しいものみたいだね。けど――その他の設備は、そうでもない。給湯ハンドルの塗料が剥がれ、シャワーホースにカビが生える程度には。

 

 けれどそれらの設備も、由緒正しき日本家屋に最初から取り付けられていたと考えるには、まだ現代的すぎる。三階の取り壊し、ドアの新調などのリフォームに対するフットワークの軽さを踏まえれば、お風呂にも大規模な改装があったと考えるのは自然だ。


 私が言いたいのはね、天狗様の全盛期は――んじゃないかということだよ』


 かつて野外活動で入った五右衛門風呂。引率のおじいちゃん先生は、自分の実家でも薪を割るタイプの風呂に入っていたと言っていた。風呂に水を張り、下から火で熱して湯加減を調整していたと。


「じゃあ、切り株は――薪割りの台?」

『だろうね。もっと言えば、倉庫は鉈あるいは斧をしまうためのものだろう。木材の保管場所でもあったはずだ』


 ただのオブジェクトでしかなかったはずの情報が、余すことなく意味を持つ。かつてそこに在った風景が、目の前に浮かぶようだった。


『さて、黒い煙の正体は? 夜に見たという鼻の長い天狗の正体は? そして――天狗様の言い伝えは、何のために作られた?』

「ええと、煙はそのまま、薪を燃やしたときに出るやつでしょ。じゃあ天狗様は……言い伝えができたわけは……うーん?」


 推理が失速してきた私を、お姉さんは「君は電話越しでも可愛いな」と言って笑った。いつものやつだ。それから、最後の仕上げにかかる。


『天狗の鼻はきっと、空気を吹き入れるための管だ。ひょっとこが咥えていたものだね。そして――。薪割りは日中に済ましてしまうだろうけど、刃物を置き忘れていたらとても危険だし』


 どこか寓話的だと思った。子供をさらうと伝えられていた天狗様が、子供の身を守るために生まれた存在だったなんて。


 なにか言おうとしたけれど、お姉さんは『じゃあ、あとは君一人で頑張りなさい』と急に言って電話を切った。どうしたんだろと思っていると、階段の音が聞こえてくる。だんだん大きくなってくる。


 あっ、と思った。


「や、深瑠姫ちゃん。湯冷めしすぎてない?」


 私今から、さっきおっぱい触った相手の隣で眠んなきゃいけないんだ……。





(問題編3&ドキドキ同衾回に続く)


 







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