(解決編)お姉さん突然パンツ脱ぐ
「それだったらね、104点でいいよ――悪いお姉さんが教えてあげる」
「……え?」
「104点」
「たっかーい!」
放課後、私はお姉さんの住む部屋を訪ねていた。お姉さんは相変わらず薄暗い部屋に居て、私にカルピスを振る舞った。お姉さんの入れるカルピスは、なぜだかとても甘くておいしい。
「君の貯金は今4点だ。払えないね、困ったね」
お姉さんは薄暗く笑うと、傍らの段ボールに手を突っ込んだ。その中には大量の知恵の輪が入っていて、お姉さんはそれらを10秒足らずで
「値引きしてよぅ。犯人知りたいもん」
私は可愛い声を出して、膝に乗っかって甘えてみせる。お姉さんは手元の知恵の輪を解いてから、その怖いくらい細い腕で私をゆるく抱きしめた。
「誰がやったか、見当はついているのかな?」
「パンツを教室に置いたのはシゲセン、リコーダー盗んだのがチカちゃん」
「どうして」
「シゲセンはロリコンで、チカちゃんは私のことが好きだから」
「なるほど、可愛らしい推理だね」
お姉さんは私のほっぺをもみくちゃにした。ちょっとかさついた指先から、知恵の輪の鉄の臭いがする。それと、お姉さん本来の甘い匂い、煙草の匂い。
よいしょ、と短く言って、お姉さんは私の身体を引き剥がしてひっくり返す。すごく近くで向き合う形だ。お姉さんの顔はぞっとするほどうつくしい。その薄暗い瞳で見つめられると、心臓を優しくなぞられたような気分になる。
「まず、君の説明にはいくつか情報が欠けている。……まあ、おおかた予想通りだろうけどね。質問ひとつめ。放課後に給食袋を取りにいったときは、リコーダーが無くなっているかどうか確認していない。イエスだね?」
「うん、イエス」
「ふたつめ。パンツはチカちゃんの机の傍に落ちていた。イエスだね?」
「うーん、分かんないや。でも先生、チカちゃんが名乗り出たことについて『やっぱり』って言ってたんだって」
「じゃあみっつめ。パンツを発見した子は相当に早く登校した。そして、チカちゃんもそれに準ずるくらい早く登校した。これもたぶん、イエスだ」
「朝早く来た子はそうみたい。チカちゃんもいつも早いらしいよ」
「じゃあ質問最後」
お姉さんは口の端を歪めて笑う。
「チカちゃんの履いていたスカートは、キュロットスカート――足を入れる場所が二股に分かれているタイプではなかった。……イエスだね?」
「イエス、だけど……」
お姉さんはうっとりとした表情を見せた。今までカルピスを飲んでいたのに、喉の奥が苦しいほど渇く。お姉さんは左手で私の髪を掬って、右手で慈しむように撫でる。人の振りが上手な悪魔に、口説かれているような気分だった。
「君は将来、私よりずっと悪い女に育つね」
未来予想というよりは、呪いの言葉に近かったと思う。その言葉の意味を私が理解するより早く、お姉さんは立ち上がってトイレのほうに歩いていく。
すぐに帰ってくると思っていたけど、思いの外時間がかかった。5分くらい絶えず水音がして、そこから一分くらいで戻ってくる。
そしてお姉さんは、履いていたロングスカートを脱いだ。
「えっなに、なにしてるの?」
「知っていたほうがいい事だよ。女の子ならできる事だ。自分がしたり、相手にさせたりね」
「???」
お姉さんのパンツはベージュだった。すごく細かいレースのついたそれに、お姉さんは指をかける。
「左手」
深爪の指先を揃えて微笑む。
「私がいいと言うまでこの左手から目を離さなければ、100点をあげよう」
○○○○○○○○
お姉さんが苦しそうにひとつ呻くと、その腰が電気を流されたみたいに震えた。グロテスクな生き物に噛まれたみたいになってた二本の指が、べとっとした液体をまとって引き抜かれる。その異常な光景に、私は釘付けになっていた。怖い映画を観てた気分だ。
お姉さんは大きく溜息をつく。
「じゃあ、100点追加ね。どうだった?」
「夢に出そう……」
「うん、出るよ。絶対に夢に出るからね」
乾いたままになっている右手を使って、お姉さんは卓上にあったウエットティッシュを一枚取った。それから何か思いついたような顔をして、汚れた指をこちらに向ける。
「舐めてみる? 甘いよ」
「絶対舐めない」
「そっか」
あっさりと引き下がって指を拭く。使い終わったウエットティッシュはそのままゴミ箱に捨てたから、絶対甘くないんだと思う。お姉さんはまたテーブルに手を伸ばして、今度は普通のティッシュを引き抜いた。普通というか、たぶん高いやつだ。信じられないくらいしっとりふんわりなそのティッシュを、お姉さんは平気で無駄遣いする。
「これで104点だね。真相を聞きたい?」
「聞きたい」
「オーケー。じゃあ、続きを話そうか」
恐ろしいことに、お姉さんはパンツを履き直そうとしなかった。剥き出しの部分を見ないようにしながら、私は耳を傾ける。
「結論から言うとね、二つの事件の犯人はチカちゃんだ。半分正解だったね」
「えっ……? じゃあ、パンツは? だってチカちゃん、プールの後に無くなってたって言ってたんだよ?」
「それはチカちゃんが吐いた嘘」
お姉さんはロングスカートを手に取って立ち上がった。特に変な動きを挟まずそれを履く――いや、パンツ履いてないのは変なんだけど。
「パンツが無くなっていた場合、素肌の上に直にスカートを履くしかない……まあ、多少蒸れてでもよく拭いた水着を着用しておくべきだと思うけどね。どちらにせよ、スカートは本来、特に問題なく履けるんだよ――じゃあここで、着替えを急かされたときのチカちゃんの言葉を思い出してみよう」
〝ちょっと待って、反対の穴に足入れちゃった〟
「わかるね? チカちゃんは穴が一つしかないスカートを履きながら、反対の穴に足を入れていた――おかしいね。つまり、彼女はちゃんとパンツを履いていたんだ」
あれでも、私はパンツを履く場面は見てないし……そう言おうとして思い留まった。水着から洋服に着替えるときは、パンツとズボンやスカートを同時に履くという裏技がある。実際は大して早着替えできないその横着を、きっとチカちゃんもやっていた。むしろ、それだからこそ穴を間違えるミスを犯した。
「それは、分かったけど……ならどうして、教室にパンツが落ちてたの?」
「チカちゃんが脱いだからだよ」
履いたパンツは、再び脱げば身体から離れる。きわめてシンプルな理論だった。ならそこに絡まった人間の心理はなんだろう?
「チカちゃんは放課後に教室でパンツを脱いだ。それはきっと椅子の上か、あるいは机の中の浅い部分にでも置かれたんだろうね。それを履き直すより前に君と教師がやってきて、チカちゃんは教室を出ざるを得なかった」
「いやだから、なんでパンツを……」
プールに入ることを渋るみたいに、私は分からないふりをした。もうちょっと思考すれば辿り着く答えを、私は足踏みして拒んでる。
「チカちゃんはね、私が指でしたことを、君のリコーダーでしようとしたんだ」
ぞくりとした。
この震えは何由来だろう?
「チカちゃんは君のリコーダーの先を盗んで自分の席へ行き、パンツを脱いで事に及ぼうとした。そこに君がやってきて、チカちゃんはリコーダーを持っていた手を机の下にぶつけた。それからリコーダーを返却するタイミングもパンツを履き直す時間も作れないまま、リコーダーを服の中に隠し持つためにランドセルをお腹に抱えた」
全ての謎を解き終えて、お姉さんは短く息をついた。
その目が何を言いたいかわかる――この事件を終わらせる権限は私にある。
チカちゃんの未来がいま、静かに私の手に収まっている。
「お姉さん。私ね、全然気持ち悪いって思えないや」
「うん」
「チカちゃんとも普通に仲良くできると思う」
「うん。でもね、君は性被害を受けた身だ。すぐにじゃなくても何年後かに、この事件が傷になるかもしれない。そもそも、解釈の余地はまだある……パンツはどのように落ちていたかによっては、私の推理が間違っているかもしれない」
「うーん、そっか。じゃあとりあえず、チカちゃんにうまく話を聞くよ」
気付くと、もう夕方になっていた。お姉さんの部屋には時計がないから正確な時刻は分からないけど、カーテン越しの光の入り具合から大体わかる。
帰ろうとした私の背中に、少し――感情のプールにほんの一滴くらい少しの心配を混ぜて、お姉さんの声が掛かる。
「未成熟な身体には、リコーダーなんてそうそう奥まで入らない。せいぜい先が触れた程度だ。けれど消毒はすべきだし、なんなら買い替えてもいいと思うよ。そうなったら買ってあげる。今使ってるのよりずっといいのをね」
さして興味もなかった。
お姉さんの思い通りだとは分かりつつ、私は真夜中のベッドでそれをしてみた。予想はしてたけどよく分からないままだった。あんなに気持ちよさそうだったのに。
次の日登校するとリコーダーは返されていた。けれどチカちゃんはもう私の着替えを盗み見ない。やっぱりリコーダーは盗むべきじゃないなと思った。
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