(解答編)パンツじゃなくて残念でした‼

「それだったらね、6点でいいよ――悪いお姉さんが教えてあげる」

「あ、結構少なめだ」


 放課後、お姉さんの部屋。ほどよくクーラーの効いたその部屋で、お姉さんは真っ白なジグソーパズルをすごいスピードで解いていた。それができてしまうことに違和感はないけれど、お姉さんに真っ白は似合わないよなとぼんやり思う。


 そして、昼に歩く人体模型の謎は6点。かなり安価なほうだけど、『マジニン』の攻略方法を聞きまくってるから点数貯金はゼロ点だ。


「さて、真相を知りたい? 知りたいならどうやって払う?」

「じゃあ、『自分でスカートめくる』にする。ちょうど6点」


 お姉さんは頷くと、パズルを解く手を止めた。それから、立ち上がった私のほうをじっと見る。相変わらずの薄暗い笑みだけど、その実ものすごく期待してることを知っている。パンツ見れるって思ってるんだろうな。


 けれど、お姉さんの思惑は達成できない。今日の私は、スカートの丈より短いスパッツを履いているからだ。残念がる顔を想像するとたまらなかった。でも私は実際に自分でスカートをめくるのだから、文句を言われることもない。ルールの穴を突いただけだ。


 黒と赤のチェック柄の薄い生地を両手でつまみ、もったいぶるようにぱたぱた煽ぐ。ゆっくり焦らしながら見えるかどうかのギリギリのラインまで持っていき、そこから一気に引き上げた。パンツじゃなくて残念でした‼


「おー、ピンクだ」

「んぇえ⁉」


 あれひょっとして履き忘れてた⁉ 私は心底びっくりして、慌てて自分の下半身を見る。すると、そこにあるのは黒いスパッツだけだった。透けて見えるなんてことも当然起こらず、私の下半身をきっちりと隠している。


「へぇ、ほんとにピンクなんだね」


口の片端を釣り上げて、揶揄うように笑われた。自分の顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。私は今、お姉さんにまんまと嵌められたのだ。


「君はまだ勘違いしているようだけどね。私は君にスカートをめくらせることに価値を見出しているのであって、その中身には拘ってない。それを可愛らしい君は、スパッツを履いているからと大層なキメ顔で――ふふ、これで6点とはお得だな」

「うぅ~~~~~」


低く唸って威嚇すると、お姉さんは楽しそうに笑いながら立ち上がった。机にあった濃い烏龍茶のコップをなぜか両手に持って、それから私の耳元で囁く。


「お姉さんも今日ピンクだよ」


 さらに熱くなる私のほっぺを、お姉さんはよく冷えたコップで挟んで冷やす。そこまで予期して行動されたのが悔しかった。何か抗議しようとしたけれど、お姉さんが「さて、」と切り出したから口をつぐんだ。


謎解きの時間だ。


「結論から言うとね。人体模型はずっとそこに在った。そして――ケイトちゃんは、見間違えをしていなかった」


 コップで冷やされたせいで濡れてしまったほっぺをハンカチで拭きながら、あれ、と思った。その二つが、両立し得ない要素だからだ。第一理科室から動いていない人体模型。第一理科室にきちんと帰ってきたケイトちゃん。


「なら――どうしてケイトちゃんは、人体模型が消えたって思ったの?」

「そりゃあ、人体模型はそこに無かったからね」

「???」


私が混乱してきたのを見て、お姉さんは満足そうに笑った。それから、適当に掴んだパズルピースを弄びつつ話を続ける。


「ところでだ。ケイトちゃんは何を根拠に、自分が元の教室に戻ってきたと判断したと思う?」

「そりゃ、教室の名前? ほら、なんか扉の上にある、ネームプレートみたいな……」


「なら――?」


 ぱちっと、脳の奥で電気が弾ける。


 ケイトちゃんは教室の位置関係を覚えるのが苦手で、第一理科室と第二理科室は見た目がそっくり。そんな状況で部屋を識別する指針となるのは、教室の名前を示す室名札だ。長方形のプラスチックでできた札は、たしかに中の紙を取り出して入れ替えることが可能。

 

「でも……誰がそんなことしたの? なんのために?」

「誰がというのは、きっと脚立を持った生徒だろうね。なんのためにと訊かれたら――それは、単なるミスだろう。今朝の段階では元に戻っていたはずだ」


聞きたかった類の答えは、絶妙に返ってこなかった。けどお姉さんは私の反応も承知なようで、烏龍茶をひとくち飲んでから話を続ける。


「脚立の話を聞いたとき、少しだけおかしいと思ったんだ。なんのために使うんだろう、とね。たとえば、教室の上の窓――欄間と言って伝わるかな――を取り外して綺麗にするため、というのも考えられる。

 ただこれは、外した後の置き場を考えた場合、より使えるスペースの広い教室掃除の領分だろう。そうなれば脚立を持ち込むより頑丈な机を足場にしたほうが都合がいい……もっとも、高い場所にあって重い窓を小学生に付け外しさせるか、という疑問もある」

「だから、室名札用の脚立って考えたの? ちょっと唐突じゃない?」

「そうでもないさ」


 お姉さんは私のランドセルに手を突っ込むと、勝手に筆箱を取り出した。そこから抜き取った鉛筆を使って、パズルと一緒に入っていたであろう説明書の裏に『第一理科室』と書き込む。


「これが君が考えていた『だいいちりかしつ』だね?」

「うん? うん……」

「じゃあ、トイレから帰ってきたケイトちゃんが見たのがこれだったら……?」


お姉さんはすぐ下に、ただ一文字だけ異なる語を書いた。


『第1理科室』


「これだったら辻褄が合う。室名を漢数字からアラビア数字に変更するのであれば、札を抜き取って新しいものに替える由になる。二つの理科室はよく似ているから、取り換え役の生徒がミスをしたのだろうね。

 ついでに、ケイトちゃんの発言にも納得がいく――漢字を一切知らないネイティブでも、『一』と『二』を見紛うことはあっても『1』と『2』は間違えようがない」


――ネイティヴでも間違いようがないってそんなとこ‼


綺麗な日本語で反論してきたケイトちゃんの声がリフレインする。少なくともこの場においては、納得できる理論だった。室名札の入れ替えはケイトちゃんがトイレに行っている間に行われた――とは限らない。なにせ、人間は普通出ていく教室の名前など確認しない。


「じゃあ、もしこの推理が違ったら? 室名が漢数字のままだったら?」

「だとしたら、室名札を新調した理由は老朽化だったことにすればいい。それも否定されてしまったら、別の論理を組み立ててやればいい。

 この事件には犯人も被害者も存在しない。あるのは、少女ひとりのわずかなモヤモヤだけなんだ。それを解消するために謎を解いている」


 お姉さんが最後の数ピースを入れ込んで、真っ白なジグソーパズルの全てが埋まった。それを数秒間だけ満足そうに眺めるてから、再び崩してばらばらに混ぜる。


 今日の謎解きはお開きになったようだった。私は明日ケイトちゃんのもとを訪ねて、この推理を自分のものとして披露すればいいだろう。案外、もう忘れてしまってるかもしれないけど。それならそれでいい。


 けれど、私の中にずっと残っているモヤモヤがあった。私は再びパズルを組み始めたお姉さんに近寄って尋ねる。


「今日、ほんとにピンク履いてるの? お姉さんなのに?」

「そういう君はどうなんだい? 見せ合いっこしようよ」

「……ならいい」





 結局のところ、理科室は漢数字表記のままだった。けれど室名札入れ替えのトリックは納得してくれた。なんでも、札が少し横にはみ出ているのに気づいていたという。早く言いなよそれ。


 そして、もうすぐ夏休みが始まる。


 初日から窓子ちゃんの家にお泊りに行くからうきうきだった――これは、お姉さんには秘密だけど。





(うきうきお泊り&通話で謎解き回に続く)





 

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