第十八話 転換点(起)終結

 竜人族が放つ咆哮は、放たれれば大地を穿ち街が点在すれば一掃してしまう破壊力を持つ最凶の技として言い伝えられている。

 元来竜人族そのものが伝説上の生き物として広く流布する存在であり、誰も目にしたことはない存在とされ世に知れ渡っていた。

 人間世界の影に潜伏し存在を浮上させることなく、爪を砥ぎ続けてきた竜人族の戦力を知り得る者などたとえ世界広しとはいえではいないとバッハメルン侯爵は高を括っていた。

 何故自分の正体が一国の姫に知られていたのか疑念はあれどここで始末すれば終い。

 神衣が使えた所で所詮はまだ若き幼子。

 渾身の一撃を用いれば簡単に屠れると信じて疑わなかった。

 龍神咆哮。

 床を抉り轟く空気圧は広く逃げ場はなし。

 王女には死を持ってその身に技の恐ろしさを特と味わうことになるだろうと信じて疑わない。


「神盾」


※※※


 あの戦い。

 三度目の人生で私に助力してくれたクシャトリア公爵を殺したのは竜人族のバッハメルンだ。

 敵陣営を鎮圧し安堵した王国軍を待っていたのは一人の魔族。

 魔族の存在を隠匿。王国の中枢に魔族である竜人が居たのを後世に伝えることは歴史の汚点として語り継がれる事柄と恥じて隠蔽したのである。

 私の為に戦いそして散った命。

 バッハメルン侯爵という驚異をクシャトリア公爵は自身の命と引き換えに倒しきった。

 本来なら功績として後世に引き継がせたい。

 そして彼の行いに報いたかった。

 祖父を敬愛したという私と同じ年頃の孫娘にも事情を全て打ち明けたい一心。

 だけど周りはそれを許さず。

 真実は闇に葬られた。

 龍神咆哮は強烈な破壊力有する技だがまともに受けるのではなく、攻撃の流れを誘導してしまえば安全なのである。

 私の神盾は魔法反射の性質を持つ。ただ完全に相手に跳ね返すには威力が膨大過ぎる為、動きの流れを少し変えるだけで容易く技は逸らすことが出来るのだ。

 これもクシャトリア公爵がバッハメルン侯爵との戦いの中で得た知見そして私が二人の戦いを間近で見たからこそ知り得た侯爵にはおよそ計り知れぬ未来の出来事。

 逸れた一撃は王の間に展開されていた破壊不能の結界を破壊し壁をも突破。外の景色が映り込む。

 やっば!

 これはあとでミカサに怒られる。

 しかもお父様や情報共有をしていない兵士をここに呼び込んでしまう。

 主君である国王は別の場所に避難しているとはいえ王の間で爆発が起これば確認するのが兵士の性。加えお父様ならきっと私のことを憂いてやって来るのがオチ…。

 時間がない。

 お父様達が避難した庭園からここまで全速力で向かってくると仮定したら約十分弱。

 それまでに決着をつけなきゃ。

 

「王女よ何を焦っている」


 私の表情が読み取られた!?

 戦場において相手に自分が何を考え行動しているのかを気取られるのはしてはいけない愚策。

 なのに私は咄嗟の出来事にミスを犯した。

 

「今の爆音を聞きつけたお父様がもうじきやって来るだろうからそれまでに決着をつけないといけなくなっちゃったじゃない!」


 こちらから動かないと場が膠着してしまう。さすれば侯爵の暗殺対象であるお父様が危ない。

 そうあのぽっかりと壁に開いた穴を見れば………。あれ?あそこ結界壊れたから開いてるわけであって。

 

「なぁ〜にあとでいくらでもお相手してあげるから決着はそれまでお預けといこう」


 ニヤリと不気味な微笑みを最後に竜人族の翼は羽ばたき別れを告げた。

 頭からすっぽり抜け落ちていた。

 はなから敵の目的はお父様であって私と戦うことではなく優先順位を選択するはず。

 私自身その思考に辿り着くのが一歩遅れた。なのに侯爵は頭を切り替え行動に移したことに私は……。


「待ちなさい!」


 飛ばれてはもう遅い。

 全身全霊を賭けた疾走で侯爵に迫るもあと一歩手が届かず飛翔してしまった。

 私を嘲り笑うように室内を一度旋回し結界の合間から外へと飛び立つ。

 あぁ〜どうしよう、どうしよう。

 一応対処法はあるけど当てられるかどうかそしてこの姿で身を乗り出せばバレるかも。

 王女が魔族と戦っていたなど誰にも知られたくない。

 

「でもやるしかないか…」


 こうなればお父様には囮になってもらうしかないわね。

 避けたかった手法に出るしかない。

 もしもに備えミカサにはアレを持たせていたしきっと大丈夫。

 大丈夫だよね?

 そうと決まれば。


「ここから飛び降りるのね」


 下を覗き覚悟を決めた。

 始めますか。

 王女レテシアから冒険者サーシャへと姿を変え、神衣オーラを剣に集中させる。

 準備が整えば私は跳ぶ。

 タイミングがカギの降下作戦幕開けだ。


※※※


「何事?」


 ベレスは爆音に空を見上げる。

 煙が立ち込める先は王城の最も安全な場所として決められていた王の間付近。

 ふと疑問に思った。

 じい様が私に教えてくれた秘密。

 王の間は王族の魔力に反応し絶対不可侵の結界を展開し解除しない限り誰も寄せ付けぬ要塞と化すのだと。

 なのに身の危険を感じさせるこの庭園に姿を見せるなんて。

 土煙舞う爆音付近から何かが飛び出す。

 翼?

 太陽の影に隠れ姿を一瞬しか捉えられなかったが、確かに瞳に映った何かには翼が生えていた。


「王を守れ!」


 王様の傍に控えていた近衛騎士団長の号令に瞬時に周りは反応し主君を護る陣形が展開。空の驚異への対応を急ぐ。

 暗部の話だと竜人族を討伐する為策を弄し対処として凄腕冒険者を招いたと聞いていた近衛騎士団長。

 彼の脳裏には冒険者の敗北もしくは竜人族は戦う冒険者から逃げて飛び出してきたと類推される。

 ただどちらであっても最悪なことに奴の目的が王を殺すことに変わりはない。

 魔法詠唱。

 上空に向け夥しい火炎弾を放つ。

 たとえ時間稼ぎでも構わない。

 魔法のスペシャリストアストライアが国境警備に赴き遠くの敵を倒す術が限られた現状を恨みつつも念密に練られた敵の策は恐ろしい。

 だが。

 こうなることを予知した暗部所属の隊員には感服するばかりだ。

 詰めを誤ならければ勝てる。いや勝たねばならぬ。暗部の功績を近衛騎士団が帳消しにするなど言語道断。


「有象無象など屁でもない」

 

 近衛騎士団の攻撃は全く効かず。

 じっとしていられなかったベレスも謎の敵に対し動こうとしたらミカサに止められる。

 

「どうするミカサ?」

「ジャック情けないわね。近衛騎士団長なんだからシャンとしなさい」

「俺らじゃ相手にならないと進言したのはお前だろっ」

「あれれそうだっけ」

「たくもぉ。でお前が息巻いて連れてきて冒険者とやらは死んだのか」

「縁起でもない。世迷言は吐かないで頂戴」

「冒険者を雇うなら大金払ってカルミラ=バッハレイでも喚べれば良かったんだけどな」

「彼女なら出払ってるわ」

「なんだって!?」

「それよりもほらおいでよ」


 攻撃を受けても尚竜人族は止まることなく陣形の外側に配置された近衛騎士を一人ずつ取り除き中心に立つ主君へと迫る。

 近衛騎士団長ジャックが持つ剣に力が籠もった。命のやり取りが始まるからだ。

 なのに彼女の振る舞いがどうにも気になってしまう。自分の服のポケットを手当り次第に探り出す。

 土壇場で気でも狂ったのか。いやそんな筈はない。ミカサともあろう人間が狼狽し誤った行動を取ってしまう等断じてあり得ぬ。

 懐から出てきた代物は一見すればただの石。けれど違う。

 あの石には魔力が込められている。


「不発なら恨みますから」

「構え絶対死守しろっ!!」

「とった」


 迫る竜人族に意識を集中させた近衛騎士団長を含む最終防衛陣。

 目的へとあと一歩まで近寄った竜人族。

 両者の間にミカサは一石を投じる。

 託された最後の一手。

 光の盾が竜人族の前進を妨げ両者は困惑する。

 一方は突然現れ身を護ってくれた盾に対し、そしてもう片方は光の盾の正体をある程度理解し歯痒く投石者であるミカサを睨みつけた。


「よもやこのような小細工を…」

「神盾が壊せないのは証明済。時間稼ぎご苦労ミカサ」

「小娘如きが!」


 急降下してきた冒険者に竜人族は意識を向け反撃を試みるも遅い。彼女の移動速度は素早く狙いすました一撃が竜人族の心臓を貫いた。

 こうしてグスタリウス家の反乱は完全に収束したのである。

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